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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第四章
75/127

盾の咆吼

          ◆     ◆

 それは、この世界の盾にしてはかなり異質だった。

 まず大きい。広く使われている盾というのは、上腕に括りつけて取り回せるくらいの、鍋のフタに毛が生えた程度の大きさのものだが、これはそれよりもさらに大きく、所謂大型盾ラージシールドよりも二回りは大きい。ゆえに腕に革ベルトなどで装着するのではなく、裏に設置された持ち手を掴んで使うタイプだ。


 次にその形。世にある盾は、だいたい円形か方形のどちらかである。円形の盾は表面が弧を描いており、剣や矢の威力をそらすのに特化している。方形の盾は平面だが厚みがあり、主に攻撃を受け止めるのに特化している。


 だがこれはそのどちらでもなく、どちらでもある。

 つまり、盾の上部が方形で下部が円形――やじり型なのだ。上下ともに先は鋭く尖っており、盾でありながら攻撃的な印象を見る者に与える。

 そして最後に装飾がある。普通は無い。盾にそんなものつける奴は頭がおかしい、とさえ言われるほどだ。何しろ盾だ。使えばあっという間に傷がつき、下手をすれば壊れる。下手をしなくてもいつか壊れる、どう考えても消耗品だ。そんなものに意匠を凝らすのは、よっぽど防御が上手くて盾を使う必要が無い達人か、盾を壁にかけて飾りにするよっぽどの金持ちか、救いようのない馬鹿である。


 しかしこの盾には、表面に大きな十字の文様があった。十字は閃光を具現化したように鋭く浮き彫りにされ、その中心は剣の如き鋭さを持っている。これがまた、盾でありながら攻めを思わせる。

 その神々しいまでに輝く銀色の輝きは、魔と戦い滅するために生まれたかのように感じる。


 いや、それは当然であろう。何故なら、これはかつて実際に魔王を倒したものであり、そもそもこの世界の神が魔と戦うために生み出した、

 勇者の盾なのだから。

          ☽

「な、何!? これって、まさか……!?」

 驚いたスブメルススの声と顔に、シャイナは堪らず笑う。

 どうだ。これがあたしの新しい盾だ。

 シャイナは光とともに左手に宿った盾――スクートを改めて見る。何て綺麗な、そして強そうな盾なんだろう。さすが伝説の勇者の盾。これならば、例え火竜の炎でさえ難なく防ぐ事ができるだろう。たぶん。そんな気がする。


 それに、何だろうこの高揚感。さっきまで筋トレしていた疲れが、嘘みたいに消えている。すでにスクートの増幅魔法がかかっているのかと思うくらい、身体の中から力が湧いてくる。絶好調だ。

「さあ、やろうぜ。第二ラウンドだ」

 シャイナが一対一サシでやる気満々でいると、平太が慌てて声をかける。

「おいおい待て待て。今回は別に人質を取られてるわけじゃないんだから、わざわざ一対一で戦う必要なんてないだろ」

「そうだ。しかも今の奴は、最初から本来の力を全開にしている。その上お前は鎧を着ていないではないか。死ぬ気か?」


 珍しくグラディーラに心配され、シャイナ拍子抜けしそうになる。たしかに、二人の言う事は理解できる。だが、わざわざ追って来たのみならず、嫌いな元の姿に戻ってまで、自分と再戦しようというスブメルススの心意気を、シャイナは無碍にする事はできなかった。

「……悪い、これはあたしのわがままだ。頼むからコイツとはサシでやらせてくれ」

「あら、いいの? あたしとしては願ったり叶ったりだけど」

「シャイナ――」

「頼むよ」

 シャイナの目を見て、平太は何も言えなくなった。唾と一緒に言葉を飲み込むと、

「……わかったよ。けど、ヤバくなったら勝手に参加するからな。後で文句言うなよ」

「ああ、わりーな」


「話はついたようね。ねえ、そっちでチョロチョロしてる二人も聞いた!? 何かしようとしてるみたいだけど、しばらく手出し無用でお願いするわね!」

 振り向きもせずに、スブメルススは大声で背後に呼びかける。その先には、船の反対側から回り込んで魔法で援護しようとしていたドーラとスィーネが隠れていた。

「やれやれ……バレてたのか」

「シャイナさんはまた厄介な事を……」

 帆柱に背中をへばりつけて身を隠していた二人が、ほぼ同時にため息をつく。

 とはいえ、船の上では使える魔法も限られてくるので、実際のところ二人は動きあぐねていた。船が壊れるので、エーンの村のように雷を落とすわけにもいかないし、海賊の時のように海に落としたところで、相手は魚の魔物なので痛くも痒くもないだろう。


「仕方ない。ここはシャイナに任せるか」

「不安は残りますが、それしかないようですね」

 こうして、シャイナとスブメルススの一対一の決闘が成立する。

 二人は示し合わせたように、甲板の中央へと移動して対峙した。


 海風がシャイナの赤毛を揺らす。その正面には、八本の触手を揺らす巨大な海獣。美醜両極端の構図は、まるで画家がトチ狂って描いた絵画のようだった。

「行くぜ」

 先手はシャイナだった。かき消すように姿が見えなくなったと思ったら、次の瞬間にはスブメルススの背後にそびえる帆柱の上部で、まるでそこが地面であるかのように垂直に立っていた。

「は、」

 速い。そう言う間もなく、再びシャイナが消える。スクートの増幅魔法によって数倍に強化された筋力と、鎧を着ていない事で軽量化されたのが相まって、今のシャイナは魔族すら超越した瞬発力を手に入れていた。


 巨体のスブメルススは、振り返るどころか目で追う事すらままならない。たまらずすべての触手を身体に巻きつけて防御に回すが、シャイナはその隙間を縫って攻めてきた。

 疾風が通り過ぎるたびに、硬質な音がしてスブメルススの鱗が飛び散る。

 甲板を金属の薄板が叩く音が絶え間なく続き、このまま攻勢が続けばシャイナの圧倒的勝利は間違いないように思えた。

          ☽

「すげえな。圧倒的じゃないか」

 平太の言う通り、誰の目にもシャイナが一方的にスブメルススを削っているように見える。


 だが、興奮する平太とは対称的に、彼の隣に立つグラディーラは酷く不安そうな顔をしていた。

「やはり無理か……」

「は?」

 グラディーラの苦々しいつぶやきを、平太は思わず聞き返す。

「無理って何がだよ?」

 今度は逆にグラディーラに質問された。

「気づかんのか?」

「何が?」

「さっきからあれだけ攻撃しているのに、スブメルススから一向に血が出ておらん」


 言われてみれば、シャイナが猛然と攻撃しているわりに、甲板に落ちるのは鱗ばかりで一滴の血も流れていない。そこでようやく平太は気づく。

「まさか、シャイナの攻撃はスブメルススに効いてないのか」

「そうだ」

 胸が潰されたように、グラディーラは言葉を吐き出す。もしかすると、シャイナの手に握られているのがただの剣でなく自分であったら、という悔しさがあるのかもしれない。平太はそう邪推する自分を、心の中で殴った。


「こうなったら、わたしたちも行くぞ」

 いずれ必ず迎える限界を見越して、グラディーラが剣にその身を変えようとする。

「待て」

 だが、平太はグラディーラの腕をつかんでそれを止めた。

「なぜ止める? このままでは――」

「シャイナがまだ諦めてないんだ。もう少しだけやらせてやろうぜ」

「何を言う。もう勝負は決したも同然だ。取り返しのつかない事になったらどうするつもりだ!?」


 仲間の危機を見過ごそうとする平太に、グラディーラは彼の腕を振りほどいて食い下がる。

「勝負はまだついちゃいない。何より、シャイナがまだ諦めてないんだ。もしここで俺たちが勝手に割り込んだら、きっとあいつにすげえ恨まれるだろうぜ」

「しかし……」


 それでもまだ何か言おうとするグラディーラの言葉が、はっと止まる。見れば、平太は爪が食い込んで掌から血が滴るほど、強く拳を握り込んでいる。

 彼だって、今すぐ加勢したい。だが、あのシャイナが一対一を望んだ勝負なのだ。だからきっと彼女なりの、剣士としてのプライドとか誇りとか、そういう本人にとっては命よりも大事なものをかけているのだろう。


 平太だって、伊達に今までシャイナを見てきたわけではない。彼女がどれほど自分の剣に自信と誇りを持っているか、少しは知っているつもりだ。

 そして、剛身術に引け目を持っている事も。

 自分が剛身術を継げなかった事に、負い目を持っている事も。

 だから、スクートと契約し、彼女の増幅魔法に一縷の望みを託したのだろう。

 剛身術が使えなくとも、魔族になど負けないと証明するために。

 平太に、剛身術など使えなくとも負けはしないと見せたように。

 この勝負は、彼女にとって、そういう意味を持っているのだろう。

 だから、今はまだ、邪魔をしてはいけないのだ。

 彼女がまだ、諦めていないのだから。

          ☽

 グラディーラが気づいたのだから、当然シャイナはとっくに気がついていた。

 この剣ではスブメルススに勝てない。


 わかっているのに、斬りつける。だが剣は硬い鱗を剥がしはすれど、その下にある分厚い肉にはまったく届いていない。

 こんなにも強く斬りつけられるのに。

 こんなにも速く動けるのに。

 でたらめに振り回してくる触手を、盾で受け止める。以前なら簡単に力負けしていたのに、今は逆に押し返せるほど強くなった。

 それでもこいつに勝てないなんて。


 触手が再生して身体が大きくなっただけかと思ったら、鱗の硬度が以前よりもさらに増している。以前人型だった時は触手を斬り落とすくらいはできたが、今はまったく比べ物にならないくらい厚くて硬く、まったく刃が通らない。

 これがハートリーなら、鱗の硬度など関係なく斬鉄くらい軽くやってのけるだろうか。いや、そもそも彼には剛身術があるか。


 結局、ここが自分の限界なのだ、とシャイナは痛感した。

 どれだけ剣の腕を磨こうと、どれだけ身体を鍛えようと、

 魔法で力を増幅しても、

 ヒトを超えたものには勝てない。

 シャイナの剣は、彼女の心を表すかのようにボロボロになっていた。

          ☽

 シャイナの思考は、スクートに伝わっていた。

 シャイナの悔しさは、スクートの悲しみだった。

 スクートはこの時ほど、己が盾だという事を呪った事はない。確かに、盾ならば主をどんな攻撃からも守れるであろう。何なら傘の代わりに雨を凌いだっていい。役に立てる事こそが喜びである。


 だが、盾はどうあっても盾である。

 剣の代わりにはならぬ。

 そして今、己の主は、何よりも剣を欲していた。

 けれど、スクートはその事が悔しいのではない。

 主の望むものが与えられぬ、自分の無力さが悲しいのだ。


 意識の中でスクートは、自分の悲しみがシャイナに逆流しないよう懸命に堪える。シャイナの悔しさに、自分の悲しみが足されるのを避けるためだ。これ以上、彼女を苦しめるわけにはいかない。

 そうしている間にも、スクートの中にどんどんシャイナの悔しさが流れ込んでくる。小さな彼女の胸と心は、あっという間にはち切れそうになる。それでも容赦なく流れ込んでくる無念に、スクートは悲鳴を上げそうになる。


 だがスクートは必死で耐える。この身は盾だ。どんなものであろうと、すべて受けきって耐えるために生まれたのだ。

 主を守るために。

 けれど今は、今だけはそうではなく、

 守るためではなく、敵を切り裂くための刃が欲しい。

 スクートは、死にそうなほどそう願った。

          ☽

 シャイナは願った。力が欲しい――どんな敵にも負けない力が。

 スクートは願った。刃が欲しい――どんな敵も切り裂く刃が。

 その身を焼き尽くすような二人の願いが重なった時、

『うわあああああああっ!!』

 スクートが叫び、

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 シャイナが咆えた。


 瞬間、スクートから激しい光の爆発が起こり、シャイナは光に飲み込まれた。

「な、何!?」

 突然の爆光に、スブメルススは振り回していた触手を慌てて顔や身体に巻きつけて防御を図る。


 閃光は一瞬であったが、眩しさにくらんだ目はすぐには回復してくれなかった。それでもようやくスブメルススの目が視力を取り戻した時、彼女は自分の目を疑った。

「何よ……それ?」


 それは、この世界の盾にしてはかなり異質だった。

 まず大きい。広く使われている盾というのは、上腕に括りつけて取り回せるくらいの、鍋のフタに毛が生えた程度の大きさのものだが、これはそれよりもさらに大きく、所謂大型盾ラージシールドよりも二倍は大きい。持っているシャイナの身長の、ゆうに半分以上はあるだろう。ゆえに腕に革ベルトなどで装着するのではなく、裏に設置された二箇所の持ち手を掴んで使うタイプだ。


 次にその形。世にある盾は、だいたい円形か方形のどちらかである。円形の盾は表面が弧を描いており、剣や矢の威力をそらすのに特化している。方形の盾は平面だが厚みがあり、主に攻撃を受け止めるのに特化している。


 だがこれはそのどちらでもなく、どちらでもある。

 つまり、盾の上部が方形で下部が円形――やじり型なのだ。上下ともに先は鋭く尖っており、盾でありながら攻撃的な印象を見る者に与える。


 そして最後に――

 盾の縁にエッジがある。

 普通は無い。盾にそんなものつける奴は頭がおかしい、と言うか、誰もそんな事考えもしなかった。何しろ盾だ。盾は剣と対になる物だ。剣で攻めて盾で守る。どう考えても防御専用だ。そんなものに刃をつけるのは、よっぽどの変人か、救いようのない馬鹿である。


 しかしこの盾には、縁にぐるりと刃がつけてあった。刃は光を受けて七色に輝き、まるで波のように揺れている。これがまた、盾でありながら刀剣のような美しさを感じさせる。


 その神々しいまでに輝く虹色の輝きは、魔と戦い滅するために生まれたかのように感じる。

 いや、それは当然であろう。何故なら、これはスクート自身が主の願いを叶えるために、その身を変化させた、

 シャイナのための盾なのだから。

          ☽

「これは……」

 盾から武器へと変化を遂げたスクートの姿に、シャイナは驚愕すると同時に、困惑した。


 これは盾なのか。

 それとも剣なのか。

 スクートが変化したものなので、盾なのは間違いないが、それにしても縁を取り囲む刃の何と見事なことか。その鋭さは、剣士の目から見ても惚れ惚れするほどだ。


 これなら、竜であろうと殺せるかもしれない。

 竜が殺せるのなら、

 目の前のバケモノだって。

 シャイナは二箇所の持ち手を掴むと、刃のついたスクートの具合を確かめるように振り回した。


 一振りするごとに、刃が空気を斬り裂いて唸りを上げる。その音と手応えに、シャイナは自分の直感が確信に変わるのを感じる。

 しかも初めて使う、初めて見る形状の武器なのに、この身体に馴染む感じはどういう事だろう。まるで長い間ずっと修練を積んできて、身体の一部のように扱える。


 この感覚にはうっすらと憶えがある。あれは確か――とシャイナは記憶の糸をたぐり寄せる。

 そう、あれは小さな弟妹たちをあやすために、持ち上げたり振り回したりした時と同じ感じだ。

 考えてみると、この盾も元はスクートという少女なのだから、扱いが似ているのも頷ける――


 のだろうか。本当にそうか? その理屈はおかしくないか? 自分で自分の思考に疑問を持ちつつ、シャイナはちょうど棍棒や槍のような長柄の武器を取り回すような感じに、スクートを身体に沿わすように振り回す。

 そうして前後左右に振り回し、最後に右の腰溜めに構える。うん、やはりしっくりくる。これは間違いなく、自分のための武器だ。


「ありがてえ」

 これなら勝てる。シャイナがそう思った時、

『おねーちゃん!』

 スクートが思念で話しかけてきた。平太から話に聞いてはいたが、実際にされると少しびっくりした。

『スクートがんばったよ。これならあいつに勝てる!?』


 その言葉に、シャイナは今までの自分の思考がスクートに漏れていた事にようやく気づいた。そして、自分の勝手なこだわりに、スクートがどれだけ心を痛めたかを。


 シャイナは痛烈に己を恥じた。そうだ。こいつは盾や武器などではない。断じてモノのように扱ってはいけないのだ。この時シャイナは初めて、平太のグラディーラに対する扱いに納得がいった。そうか、こういう事か。

 こいつらにだって、心があるんだ。

 大きく息を吐く。頭の中には、スクートの緊張が伝わってくる。まるで子供が大人の期待に応えようと、必死になっているかのようだ。


 精一杯の優しさをもって、シャイナは答える。

「当たり前だ。あたしとお前なら、魔王にだって勝てるさ」

 家族に向ける笑顔と声でシャイナが言うと、シャイナはスクートの感情が爆発するのを感じた。

『うんっ!!』

 心地よい風のようなものが心を吹き抜けるのを感じると、自然とシャイナの身体に力が湧いてきた。それは魔法のような、という意味ではそうであったが、スクートの増幅魔法とは違う意味であった。

 シャイナはスブメルススを睨みつける。

 改めて思う。

 負ける気がしねえ。

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