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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
72/127

イカンセンオ

          ◆     ◆


 目が覚めると、馬車の中だった。


 意識がはっきりしてくると、車輪が小石を踏んで車体が揺れる振動と、がたがたという音がはっきりしてくる。

「あ~……」

 夢ではなかった。


 シャイナは仰向けに寝転がったまま、ぼんやりと幌を見る。そっと自分の唇に指を触れた。

 初めてだったのに。

 スクートの唇の感触が蘇り、シャイナは恥ずかしいやら驚いたやら色々な感情がいっぺんに込み上げ、何だか泣きたくなる。

 天井の幌がじんわりと滲む。

「女同士なら数に入りませんよ」

「うわああああああっ!!」

 いきなりスィーネの顔が視界に入って来て、シャイナはびっくりして跳ね起きようと上体を勢い良く起こし、

「がっ!」

「ぐ、」

 スィーネに頭突きを食らわせた。


「って~……。何だよお前はいきなり……」

「それはこっちのセリフです。いきなり起き上がらないでください。痛いじゃないですか」

 額をさすりながら、スィーネはやはり冷静に文句を言う。

 シャイナはさらに文句を言おうとするが、恥ずかしいところを見られた照れが勝って、口を開いたものの言葉が出てこない。


 口をぱくぱくさせているシャイナを見て、スィーネの表情が少しだけゆるむ。そのほんのわずかな変化が、シャイナを落ち着かせた。

「……どれくらい寝てた?」

 もごもごと尋ねる。

「そうですね。一刻ほどでしょうか」

「そか……」

 そこで会話が止まる。馬車の揺れるがたごとという音をしばらく聞いていると、ふと馬車の中がいつもと違う事に気づいた。

「あれ? 他の奴らは?」

「ヘイタさんとグラディーラさんたちは、今はケインさんの馬車に乗ってもらっています。ドーラさんとシズさんは、御者席に」

「へえ……」

 平太たちはともかく、ドーラとシズが運転とは珍しい事もあるものだ。と思ったが、グラディーラたちを引き離し、スィーネが自分の看病をする以上、残った二人が運転する他あるまい。単純な引き算だった。


「で、今どこに向かってんだ?」

 気を失う前は停車していたが、今動いているという事はどこかに向かっているという事になる。となると、当然行き先があるのだが、自分はそれをまったく知らされていない。

「ウィアテルグムに向かっています。あと――そうですね、まあ四半日といったところでしょう」

 聞いた事もない地名だった。もっとも、シャイナはパクス大陸の地名など何も知らないが。


「そのウィアなんとかってのは、勇者とのどんなゆかりがあるんだ?」

 そうですね、とスィーネはガイドブックを開く。

「特に明記されてませんね。よくある立ち寄っただけとか、宿に泊まっただけなど、名所を水増しするための土地でしょう」

「何だよそれ……元も子もねーな」

 ただ、とスィーネはガイドブックから視線を外さずに言う。

「温泉があるそうですよ」

          ☽

 パクス大陸は、水にまつわる資源が豊富である。単純に工業用や農業用のみならず、井戸水や湧き水などの名水も多い。

 水が良ければ農作物はもちろん家畜や魚の質も良く、それらを使って作られる酒や郷土料理はとても美味な事で知られている。


 ちなみに、「山の幸が美味しいらしいよ」とは、かつてドーラが平太に説明したものであるが、ぶっちゃけて言うと何でも美味い土地である。


 そして冷たい水だけでなく、温かい水、つまり温泉も豊富に湧いている。美味い水があって美味い料理があり、そして美味い酒と温泉があるとくれば、人間考えるのはただ一つであろう。


 観光地化である。


 パクス大陸には、このように豊富に存在する温泉を、勇者巡礼とからめて観光地にしている場所が多数存在する。いま平太たちが逗留しているウィアテルグムもその一つで、そこはパクス大陸でも有数の温泉地であった。

          ☽

「わーい、あったかーい。ひろーい!」

 ばしゃばしゃと波を立てながら、スクートは湯船を縦横無尽に泳ぐ。

 温泉は地面からこんこんと湧き出る天然温泉で、広さは宿の大広間ほどだ。石組みの湯船が中央にあり、それを囲むように木造の柵が立てられていて露天風呂となっている。幸い今は他に客はおらず、貸切状態だった。仮にいたとしても、スクートのどう見ても子供な姿に、許してもらえたかもしれないが。


「ちょ、スクートちゃん、お風呂で泳いじゃダメですよ」

 スクートが跳ねたお湯がかかって濡れそぼった前髪を、シズは指でかき分ける。栗色の髪が開かれると、その下からほんのりと上気した頬が現れた。同じように普段は白い肌がうっすらと桃色を帯び、シャイナほどではないが豊満な胸と、くびれのある腰、そしてほどよく張った尻を艶めかしく彩る。


「温泉はいいねえ……もうここに住んじゃおっか……」

 脳ミソがぐだぐだに溶けてしまったかのような表情と声で、ドーラは湯船に肩までどっぷり浸かりながら空を仰ぐ。まだ日が高いうちに入る風呂の、何と心地よいことだろうか。半分以上本気で、魔王や世界の事など忘れかける。ちなみに体型はスクートと似たり寄ったりである、とだけ記しておこう。


「もー、ドーラさんも何言ってるんですか……。シャイナさんもグラディーラさんも何か言ってくださいよー」

 それぞれのお目付け役に仕事を振るが、二人ともシズたちから少し離れた場所で、ある意味ドーラ以上にぐだぐだに溶けていた。


「あ~……染みる……。全身の筋肉がバラバラになってほぐれるようだ……」

 シャイナは全身筋肉痛が温泉によって癒やされる快感に、骨の髄までとろけてしまっている。顔のだらしなさ具合ではドーラといい勝負だ。ついでに胸もだらしなく湯船に浮いているが、それ以外に余分な脂肪はまったく見られず、腕や足など筋肉がくっきりと浮かんでいる。特に腹筋など、ナイフ程度じゃ刺しても刃が通らないんじゃないかと思うくらいバキバキに割れていた。


 一方グラディーラは、いつもの毅然とした態度はどこに行ったのか、まるで長年思いを寄せた男にふられでもしたかのようなどんよりとした表情で、抱えた膝に顔を突っ伏して湯に浸かっている。

「わたしの……いったい何が悪かったというのだ……」

 時折小声でぶつぶつと自問自答する姿が実に痛々しい。これがあの伝説の聖剣とは、誰も思わないだろう。本来なら美術品のように神々しく見えたであろう彼女の裸身も、今は後光がさすどころか周囲よりも若干暗く見えるほどだ。


「これは酷い……」

 あまりの酷さに、シズは温泉の真の恐ろしさに今ごろになって気づく。そう、温泉は人を容易くダメ人間にしてしまうのだ。

 このままではここで本当に旅が終わってしまう。せめて自分だけでもしっかりしなくては、とシズは自分を奮い立たせる。


 だがそこで、シズの心に黒い影がよぎる。

 ドーラとシャイナ、そしてグラディーラがこのまま温泉で堕落し、そして魔王討伐の旅から脱落すれば、自分が平太にとって一番近しい存在になれるのではなかろうか。

 思い起こせば、平太に詐欺師の束縛から解放されて以来、様々な恩返しの方法を試してきたが、どれも平太のお気に召すものはなく、それどころかそんな事しなくていいんだよと軽く諭される始末であった。

 一時は思い余って身体を差し出そうとまでしたが、それすらも平太は間接的に断った。その時は内心ホッとしつつも、自分に女としての魅力が欠如しているのかと悩んだ事もあったが、何よりも平太が自分の事を大事に思ってくれている事がとても嬉しかった。今でもあの時の事を思い出すと、胸の奥がじんわりと温かくなってくる。

 そんな平太と二人きりでの旅。想像しただけで子宮が下りてくる。


「わたしもいるんですけどね」

「きゃあああああああああああっ!!」

 突然スィーネが思考に割り込んできて、シズは驚きのあまり叫び声を上げる。

「二人きりじゃなくてすみません」

 スィーネは会釈程度に頭を下げるが、まったく悪びれていない。普段通り背すじを伸ばし、慎ましい胸を張っている。ただ野暮ったい神官着がなくなった分、彼女の体型がはっきりと見えた。棒のようだと思っていたが、意外とメリハリはある。


「ひ、人の心を読まないでください!」

「別に心を読むとか大層な事をしたわけではありませんよ。あなたがそういう顔をしていただけです」

「……そういう顔ってどういう顔ですか」

「それは、わたしの口からはちょっと」

「言えないくらい酷かったんですか!?」

「冗談はさておき、ドーラさんやシャイナさんは温泉から上がれば元に戻るでしょう。それよりも、今もっとも心配すべきなのは――」

 言いながら、スィーネは視線を二人とは別の方向に向ける。

「グラディーラさんの方です」

 その先には、グラディーラがまだ膝を抱えてうずくまっていた。


「あ~……」

 たしかに。いつも聖剣としての誇りや自信にあふれるグラディーラが、このような姿を見せるとはただ事ではない。

「とりあえず、何があったのか事情を聞いてみましょう」

 スィーネが湯船の中を歩いてざばざばとグラディーラの方に近づくと、シズも慌てて彼女の後を追った。二人でグラディーラを挟み込むようにして座る。

「何をそんなに落ち込んでいるのですか?」

「良かったら、話してくださいよ。話せば少しは楽になるかもしれませんよ?」

 スィーネとシズが、うつむいたままのグラディーラの顔を、下から覗き込むようにして声をかける。


 グラディーラは最初、二人の言葉など耳に入らないかのように小声で自問自答を続けていたが、根気よく声をかけ続けているうちにようやく相談をする気になったのか、ぽつりぽつりと話し始めた。

 要約するとこうである。


 最近、平太の態度が冷たい。


「なるほど」

「それで、何か心当たりはあるんですか?」

 無言。まあ原因が自分でわかっているのなら、ここまで情緒不安定にはならないだろう。仕方なく、二人は誘導尋問じみた要領で聞き取りを始める。

 それによりわかった事は、

「自業自得ですね」

「それはグラディーラさんが悪いですよ」

 かえってグラディーラにトドメを刺す結果となった。


「なん……だと?」

「だって、そうじゃないですか。男性って、女性が別の男性を褒めると機嫌が悪くなるものですよ」

「殿方というのは、いくつになっても中身は子供のようなものです。そのような事をされれば拗ねるのも当然でしょう」


 スィーネとシズは、グラディーラの話の中から的確に原因を突き止めた。つまり、グラディーラが平太の前でシャイナや前勇者を褒めちぎったから、彼が拗ねたのだ。

「そんな……たったそれだけの事で……」

「何を言ってるんですか。たったそれだけの事が、男の人にとっては重要なんじゃないですか」

「グラディーラはわかってないなあ。男心のなんたるかってものを」

「そーそー。男って奴ぁプライドが服着て歩いてるようなもんだからよう、そこんトコ気ぃ使ってやらなきゃ。ったく面倒な生きもんだよなーホント」

 シズの言葉に、それまで意識が別の次元をさまよっていたドーラとシャイナが、さも自分は経験豊富のような口ぶりで便乗する。


「くっ……」

 平太に愛想を尽かされる原因が自分にあった後悔と、それに気づかないのはこの中で自分だけだった屈辱の混じった声で、グラディーラは拳を握り締めて呻く。

「そんな事言われても、わたしは聖剣だ。お前らと違って人間の――男の事など勇者しか知らぬ」

「え……?」


 ざわ。


 泣き出すように吐き出したグラディーラの言葉に、湯船をバタ足で泳いでいるスクート以外の全員の動きが止まる。

「ぐ、グラディーラさん? その、知ってるって、ももも、もしかして……」

 シズが身体と声を震わせながら尋ねる。それまで上から目線だったドーラとシャイナであったが、今は顔を真赤にしてグラディーラの返答を見守っている。ごくり。


「ん? もしかしてって、何だ?」

 意味がわからぬといった感じのグラディーラ。

「あ、あの、その……ですね、」

 シズは詳しく訊こうとするが、言葉にしてしまうのに抵抗があってなかなか口から出てこない。

「もしかして、勇者とは男と女の関係だったのですか?」


 ざわわっ。


 スィーネのド直球な問いに、一同がおののく。コイツ、どういう面の皮してやがるんだという疑念と、よくやったという賞賛の混じりあった視線を一身に受け、心なしかスィーネの顔がドヤ顔に見える。


「え? あ、いや、違う違う! そういう意味ではないっ!!」

 だが一同の期待とは裏腹に、グラディーラは質問の意味を理解すると、瞬く間に顔を真赤にして両手と顔を激しく横に振りまくった。

「違うのですか?」

「全然違うっ! わたしが言っているのは、文字通りの意味だ!」

「つまり、勇者以外の人間の男性と接した事が無い――というわけですか」

「それ以外の意味があるか!」

「……なあんだ、つまんない」

「ったく、驚かせやがって……」

 それまで手に汗握っていたドーラとシャイナは、違うとわかるや否や掌を返すように態度をコロリと変える。


「うるさい! そっちが勝手に勘違いしただけだろうが。あとガッカリするのかホッとするかどっちかにしろ!」

「ねーねー、グラディーラおねーちゃん。男と女のかんけーってなーに?」

「スクート、お前には10年早い!」

「えー……、スクートだって500年以上生きてるのに……」

「スクートさん、男と女の関係というのはですね――」

「スィーネ、余計な事を教えるな! って言うか何なんだお前らは!? わたしの相談に答える気があるのか無いのか、経験があるのか無いのかどっちなんだ!?」

 凄い剣幕で怒鳴るグラディーラに、一同は無言でうつむいたり目をそらす。結局は、誰も経験などありはせず、ただの耳年増であった。


「誰も無いんかいっ!!」

 グラディーラ、怒りのあまり西方訛りでのツッコミであった。

          ☽

 一方男湯では、平太とケインが隣り合って湯船に浸かっていた。


「いやあ、あっちは賑やかですねえ」

「何やってんだか……」

 男湯と女湯は隣接しているが、覗き対策なのかやたら仕切りの板が分厚く高い。なので向こうで何やら会話しているのはわかるが、その内容までは聞き取れない。ただ女湯が騒がしい、と感じる程度である。

 とはいえ、男二人で黙って湯に浸かっているこちらよりは、はるかに楽しそうなのは間違いない。


 あっという間に会話がなくなる。こちらも平太たちの他に客はなく、女湯よりもやや狭い湯船を持て余していた。

「ふう……」

 わざとらしく息をつきながら、平太は湯を掌ですくって顔を洗う。そういえば、この世界に来てからというもの、まともに風呂に入ったのは初めてではなかろうか。グラディアースには風呂に入る習慣がなく、いつも水浴びか濡れた布で身体を拭くだけだったから、この機会に茹だるまで浸かっておこう。


 ちらりと隣に座るケインを盗み見る。普段薄汚れた革鎧を着ているせいかぱっとしなかったが、脱いでみると意外と――いや、平太の目にもはっきりとわかるくらい鍛え上げられている。

 それに、身体中のそこかしこに新旧無数の傷があり、まるで歴戦の冒険者のようだった。いつもはどう見ても冴えないチンピラなのに、服を脱ぐと勇ましく見えるとはおかしな話だ。


「それにしても――」

 ケインが話を始めたので、平太は慌てて視線を彼の身体からそらす。別にやましい気持ちなどなかったのだが、男が男の裸をじっと見るのもおかしなものなので、ついそうしてしまう。


「あの魚の魔物――たしか、スブメルススって言いやしたっけ? あれと戦ってた時のシャイナ姉さん。勇ましいったらありゃしやせんでしたねえ」

 思い返しているのか、しみじみ、といった感じでケインが語る。

「そうですね」

 平太もまた、あの時のシャイナの動きを思い出す。剛身術を使ってまで目と頭に焼き付けたのだ。記憶の鮮明さと正確さなら、ケインには負けないと自負している。


「しかもあのスブメルススっての。何と魔王の配下の四天王って言うじゃないですか。そんなのと互角以上に渡り合うなんて、とんでもねえ強さですよ、いやホント」

 ケインはそれからしばらくシャイナの強さを褒めちぎり、平太はそれに頷いたり合いの手を入れたりしていた。


 そして唐突に、

「なので、ここらであっしは抜けさせていただきやす」

「――え?」

 どう「なので」なのか良くわからなかった。頓狂な声を上げて平太がケインを見る。彼は「いやあ」と頭を掻くと、いつものように飄々とした態度と軽い声で、

「あんなバケモノたちに目をつけられてるお兄さん方とつるんでたら、あっしも命がいくつあっても足りやせんからね。なので、ちょうどいい頃合いでさあ。ここらであっしは別行動させていただきやす」


 その時、平太の頭には、お前が勝手について来たんだろうとか、何ビビってケツまくってんだよこの野郎とか、そういうのも少しはあったが、

 何より、寂しいという感情が湧き起こっていた。

「……そうですか」

「すいやせんね。てめえから勝手について来ながら、ビビってケツまくるような真似しちまって」

「い、いえ、そんな……」

 心を読んだかのようなケインのセリフに、平太は内心どきりとする。

「命は大事ですよ。だから、その、別に気にしないでください」

 自分たちは魔王を討伐しに行くのだ。危険はこれからもっと増すだろう。だからこれでいいのだ。


 それに、これ以上彼にグラディーラたちの事を隠すのに、何だか抵抗を感じるようになっていた。いっその事全部打ち明けて仲間になってくれれば――なんて事を考えるが、やはりそれは間違いだと思い直していると、

「それに、あっしがいない方が、グラディーラの姉さんにも何かといいでしょう」

 そう言ってケインがにやりと笑った。

 さっきよりもどきりとした。


「やっぱり、知ってたんですか……」

「ええ、まあ。って言うか、スクートの嬢ちゃんの時はあっしもいやしたし」

「ですよねー……」

 言われてみれば、グラディーラの素性を隠す事ばかりに気を取られて、スクートの時は情報がだだ漏れだった。用心のためにと策を巡らせたつもりだったが、どうにも肝心なところで間が抜けている。自分は策士にはなれそうにないなと、平太は思わず苦笑した。


「すいません。ずっと疑うような真似をして」

「いやいや。あっしのような素性のわからぬ人間を警戒するのは、別段間違った事じゃあございやせんぜ。むしろよく知らない人間を頭っから信じるような間抜けは、ここじゃ長く生きられやせん」

「世知辛い話ですけどね」

「ですね。けれど、人を疑うってのは別にやましい事じゃあございやせんぜ」

「そうですか?」

 ええ、とケインは頷く。


「人を疑うって事は、そいつについて考察するって事でもありやすからね。この状況でコイツならどうするか。裏切るのか、裏切らないのか。コイツは信じるに値するかってね。けれど、疑わないって事は一見正しいように見えて、実はただの責任転嫁と思考停止なんですよ」

「つまり、裏切ったらそいつのせいとか、責任を相手に丸投げして、考える事を放棄してるって事ですか」

「人間なんて、今日と明日で別人になったりしやすからね。丸ごと信用なんて、そう簡単にできやせんぜ。そういやお兄さん、いつか仲間についてあれこれ悩んでいやしたが、あっしに言わせれば、仲間なんてのはただの言葉だけのもんで、捉え方は人それぞれですよ」


「じゃあ、ケインさんの思う仲間って、どういうものなんですか?」

 ケインはう~ん、と顎を指でさすりながら少しの間考えると、

「そうですね。戦場でそいつに背中が預けられる相手ですかねえ」

「もし、そいつに背中からバッサリ斬られたら?」

 平太が質問すると、ケインはにやりと笑って答える。

「あっしが預けた背中を斬ったんなら、そん時ぁ笑って斬られてやりますよ」

 ケインの言葉と笑顔で、平太の中で何かが少しだけ吹っ切れたような感じがした。少なくとも、今までみたいに仲間とは何か、みたいな中二臭い事で悩むのが馬鹿馬鹿しくなった。


「ところで、ケインさんはこれからどうします?」

「そうですね……会わなきゃならん人もいやすし、一度古巣に戻りやす」

「そうですか。じゃあ送別会も兼ねて、最後にみんなで食事とかどうですか?」

 平太が提案すると、ケインはいいえと首を横に振った。

「別れの挨拶ってのはどうにも性に合いやせんでね。この湯から出たら、その足で向かいやす。皆さんには、お兄さんからよろしく言っといてくださいな」

「そうですか……わかりました。道中、お気をつけて」

 そう言って平太が右手を差し出す。

「ありがとうございやす。そちらさんこそ、良い風が吹きやすように」

 二人は固い握手を交わした。

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