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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
7/127

食事は美味しく楽しく

     ◆     ◆


 郷に入りては郷に従えという言葉があるが、さすがに従えないものがいくつかある。


 平太は自室の寝台に寝っ転がりながら、そんな事を考えていた。


 今は昼食後の休憩中で、午後からあるシャイナとの剣の訓練までは自由時間だ。これまでなら朝の基礎体力作りの疲れを癒やすため昼寝に勤しむところだが、体力がついたおかげか、ここのところ昼寝しなくても大丈夫になってきた。


 で、寝台に寝転がったものの、昼寝するでもなく何をしているのかというと、先の通りである。


 我慢できないことがある。


 風呂に入る習慣がないのは平太も同じなので、湿らせた布で身体を拭くだけでも別に構いやしない。


 クソをした後水が流れないのもいい。田舎の婆ちゃんの家はつい最近までボットン汲み取りだった。


 柔らかいトイレットペーパーではなく、硬い葉っぱでケツを拭くのもまあ何とか我慢しよう。


 だが毎回メシを手づかみで食うのは、さすがに慣れなかった。


 平太の記憶が確かなら、食事の時にナイフとフォークが使われだしたのは19世紀からだという。つまり歴史的に見れば、ヨーロッパではつい最近まで手づかみによる食事が一般的であったということだ。


 かと言って、平太は中世ヨーロッパの人でも、ましてや現在進行形で手づかみ食事文化を突き進んでいるグラディアースの住人でもない。食器を使って食事をする世界の人である。


 そこで平太は考えた。


 無いのなら、作ればいい。


 最初はナイフとフォークを作ろうと考えたが、フォークはともかくナイフが木では強度に欠ける。かと言って金属を加工する技術も知識も道具もない。平太に加工できる素材など木か粘土くらいだ。


 だが諦めてはいけない。確かにここは異世界で、ちょっと中世っぽい世界だ。が、平太は日本人である。日本と言えば、ナイフとフォークなどよりも遥かに太古から、食事に用いられる食器があるではないか。


 そう、箸である。


 箸なら平太でも木から簡単に加工できるし、何よりこちらの方が慣れている。


 思い立ったが吉日とばかりに、平太は訓練と勉強の間にヒマを見つけ、箸を作ろうと決めた。


 まずは素材集め。


 武器やアイテムの生成はまず素材集めから。これは基本である。グランディールオンラインの世界で数しれぬほどの武器やアイテムを生成してきた平太にとって、単一素材から生成できる箸を作るミッションなど造作もないことだ。


 と、最初は甘く考えていた。


「木材ってどこを探せばいいんだ……?」


 異世界といえど、ここはゲームの中の世界ではない。「素材になる」材料はあっても、「◯◯の素材」などと説明がましく表示された材料などありはしない。何をどう使うかは自分で考えなくてはならないのだ。


「そもそも、箸の材料って何だ?」


 ググれカス。


 まずは服を脱ぎます。


 などと一人でノリツッコミをしてみたところで、事態は1ミリも前進しない。


 元の世界でなら、知識は机の上のパソコンに無限にあった。平太自身は阿呆でも、パソコンさえ扱えれば大抵の情報は手に入る。当然箸の材料から作り方――何だったら自作箸キットみたいなのをネット通販で買えるだろう。


 しかし、ここには便利な魔法の箱は存在しない。代わりにモノホンの魔法が存在しているが、仮にドーラの魔法を使ったところで箸ができるとも思えない。


 そもそも、平太はこの箸作りに関してはドーラたちには秘密にしておくつもりだった。こっそり完成させておいて、食事の時にスッと取り出して優雅に箸を使って食事をしてみせれば、ドーラかシャイナあたりがすぐに興味を惹かれて「それ何だ?」とでも食い付けばしめたもの。そこから新たに彼女たちの分の箸を取り出して配り、平太自ら日本の箸の使い方を伝授してやるのだ。


 そうすれば、これまで手をベタベタにしてケダモノの如くメシを喰らっていた彼女たちは、箸の便利さに眼から鱗がフィーバーの如く落ちまくり、それを作った平太の素晴らしさに気がつくことであろう。もう平太の株はうなぎ登りである。


 陶酔したドーラたちに囲まれる自身を想像し、思わず気持ち悪い笑い声が出る。


「ハーレム展開か……悪くない」


 たかが箸ひとつでここまで都合の良い展開を妄想できるのは、ある意味才能ではなかろうか。


「いかん、そんな事をしている場合ではない」


 放っておけば一日中でも続けられそうな妄想を中断し、平太にしては珍しく現実に目を向ける。妄想を具現化するためにも、まずは行動を起こさなければならない。現実はゲームと違い、実際に動かなければ駄目なのだ。


「そうだ、あれなんか使えないだろうか」


 平太の脳裏に、箸の材料になりそうな素材の当てが思い浮かんだ。脳内で様々なシミュレーションを繰り返し、それが加工できるか、どう加工するかというプランを練る。


「よし、何とかなりそうだ」


 道具はすでに当てがある。材料さえ決まれば、後はもう行動あるのみだ。


 平太は勢い良く寝台から跳ね起きると、物音を立てないように自室を抜け出した。行く先は庭だ。



 広い屋敷の中を足音を殺して歩き、石を積んでこしらえた原始的な竈のある台所から勝手口を通り抜け、ようやく庭へと出た。


「あったあった」


 台所の裏手には、竈で使う薪が積み上げられていた。平太はここ数日毎日のように薪割りをしていたため、木材の当てと言えば薪というふうに思考回路ができていた。


 平太は適当な薪を一つ見繕うと、切り株を流用した薪割り台に突き刺してある鉈を引っこ抜いた。


 薪に鉈の刃を少し食い込ませたまま、軽く振りかぶって台に打ち付けてやると、面白いように綺麗に真っ直ぐ割れた。何度か繰り返し、箸に加工しやすい太さにまで分割してやる。


「こんなもんか」


 適当な太さの木材が十本ほどできあがると、平太は鉈を元の場所に突き刺し、その場を後にした。


 途中、台所で切れ味の良さそうな包丁を一本失敬し、来たときよりもさらに慎重に自室へと戻る。


 運良く誰とも顔を合わすことなく、平太は自室へと帰り着いた。


「さて……どうしよう?」


 材料と道具は揃えたものの、ここから具体的にどうすればいいのか考えていなかった。単純に、木材を削って箸を作ればいいだけだと思うが、果たしてそれだけで良いのだろうか。


 マニュアル世代の弊害とでも言うのだろうか。何かをする際、手本となる教本や指示書などがないと途端に不安になる。自分で考えて行動することが苦手なのだ。


 特に現代の場合、インターネットで検索すれば、手本やら見本やら動画やら一から十まで何でも手に入る。だから頭を使わないし、記憶もしない。必要ならすべて手元にある端末が教えてくれるからだ。


「もっといろいろ勉強すりゃ良かったなあ」


 今さら言っても後の祭りだ。ここには便利なウィキペディアもユーチューブもない。便りになるのは己の知識と経験だけなのだ。


「とにかくやってみるか」


 椅子にどっかりと座り、意を決して包丁を手に取る。刃物を使って木を削るなど、いつ以来のことだろう。高校生の頃、授業で彫刻刀を使ったのが最後だろうか。


 左手に木材、右手に包丁を持つ。手を切らないように気をつけて、慎重に刃を木材に当てた。


 緊張の一瞬。ゆっくりと右手に力を入れると、刃先が木材に潜り込んでいき、


「あ……」


 刃を当てる角度が深かったせいか、一気に取り返しのつかない厚さを削ってしまった。


 いきなり第一投で木材一本ダメにしてしまった。しかも包丁が思ったより良く切れる。勢い余って自分の手を切らないように気をつけなければ。


「ドンマイドンマイ。失敗は誰にでもある、気にすんなよ」


 自分が失敗したくせに、まるで他人が失敗したのをたしなめるような口ぶりで平太は独りごちる。


 新たな材木を手に取り、今度は刃の角度を浅くして力を入れる。刃はほとんど抵抗なく木材の表面を薄く削り、皮一枚といった感じの削りカスが頼りなく床に落ちた。


「意外と加減が難しいな」


 ナイフで鉛筆を削るのもままならない平太にとって、慣れない刃物での工作は如何に自分が無力かを再確認させられる行為であった。


 と同時に、不思議と感動を覚える瞬間でもあった。


 楽しい。


 素直にそう思えた。


 ただ包丁で木を削っているだけなのに、何がここまで楽しいのだろう。自分で考え、行動し、何かを作り出しているからだろうか。


「物を作るって楽しいなあ……」


 娯楽も何も無い世界のせいか、単純な事がとてつもなく面白い。これまで生産的な事は何ひとつせず、してもゲームの中でのデジタルな出来事のみだった平太は、ただ木を削るだけの行為に夢中になった。


 気がつけば、残りの材木すべてを削っていた。明らかに人数分以上の数があることに今さら気づき、平太は苦笑いする。


 それに、お世辞にも出来は良くなかった。


 手作り感あふれると言えば聞こえはいいが、どれ一つとて同じ形の物はなく、それぞれ削り過ぎで細かったり削りが足りなくて太かったり丸かったり角ばってたりと無駄にバラエティ豊かだ。


 それでも、初めて自分で作った手作りの箸たちはどれも輝いて見えて、我が子のように愛おしかった。子ども以前に彼女すらいたことないけど。


「よし、さっそく今晩使ってみるか」


 平太は出来上がったばかりの箸をひとまとめにし、何か適当な紐でくくっておこうかと紐を探しかけたところではたと気づく。


「……一応一回洗っておくか」


 それから平太は箸を洗って、今夜のリハーサルをした。



 午後からの剣の稽古も終わり、待ちに待った夕食の時間。平太は早くお披露目したい気持ちを抑えつつ、皆が席に着くのを待つ。


 今日の食事当番はスィーネだった。彼女は僧侶なので、献立は比較的肉より野菜が多い。そして几帳面な性格から、予め食材を食べやすい大きさに切ってくれているので、箸を使って見せるのには絶好の好機だ。


 食卓に全員の分の食事が並べられ、スィーネが席に着き、何だかよくわからない祈り言葉を唱えて、慎ましいながらも気兼ねのないいつもの晩餐が始まった。


 皆それぞれ思い思いの食材を手にし、口に運ぶ中、平太は悠然と懐から自作の箸を取り出した。


「ん? 何だいそれ?」


 さっそく目ざとく見つけたのは、大方の予想通りドーラだった。魔術師である彼女は人一倍好奇心や知的探求心が旺盛だし、平太の世界について興味津々なので、当然と言えば当然か。


「ああ、これかい? いやあ、見つかっちゃか~はっはっは」


 答える平太の声は、深夜の通販番組に出てくる変な外国人よりもわざとらしい。見つかったもナニも、見つかるように出したくせに。


「何ですか、その木の棒は?」


 ここでスィーネが食いついたのは予想外だった。だがこれで残るはシャイナ一人だけだが、彼女は箸に興味がないのか平太に興味がないのかガン無視でメシを喰らっている。


 まあいい。三人のうち二人の興味を引ければ上出来だ。平太はそう考えて、リハーサル通りのセリフを吐く。


「これはな、俺の世界の食器で箸というものだ」


「ハシ? こんな小さな木の棒を川に掛けるのかい?」


「それは橋な」


 ドーラのベタベタなボケに冷静にツッコミを入れる。これも予想通り。


「確かに、それは木の切れ端ですね」


「……いや、その端でもない」


 ボケは予想通りだが相手が予想外だった。苦手意識があるわけではないのだが、どうにもスィーネ相手だとやりにくい。真面目な委員長タイプと漫才は相性が悪いのだろう。


 さておき、


「これはこうやって使うんだ」


 平太は箸を手に持ち、皿の上の野菜を摘んで口に運んだ。最初はただの棒きれと侮っていた二人だが、平太が料理を飲み下す頃にはその表情が驚きに変わった。


 グラディアースに箸が登場した瞬間であった。


「おおおおおおおおおおおおおおっ! なにそれ? すごいよ今のどうやったの!?」


 ここでドーラがまさかのスタンディングオベーション。食事中だというのに席を立ち、拍手喝采をしたあと食卓に両手を突いて前のめりになって平太の方を見ている。子どもか、と思わずツッコミたくなるが、ここまで興味を持ってくれると嬉しくもある。


 頑なに無視を決め込んでいたシャイナだったが、さすがにドーラの大声にちらりとこちらを見たが、すぐにまた手づかみでの食事に戻った。


「ドーラ、食事中ですよ、はしたない」


 代わりにスィーネがたしなめると、ドーラは咳払いを一つしてそそくさと着席した。


「ねえねえ、ヘイタ。もう一回、もう一回やって見せて」


「いいぜ、何度だって見せてやるぜ。だけどいいのかい、見てるだけで?」


 そう言って平太は右手で箸を使って料理を摘んで口に運びながら、左手で懐から三人分の箸を取り出す。


 わかりやすいくらいドーラの表情が明るくなった。子どもが新しいおもちゃを買って貰ったら、こんな顔をするだろう。平太は背中にぞくぞくするものを感じた。これが優越感というやつだろうか。


 平太がドーラとスィーネの分の箸を配る。二人は素直に受け取ったが、シャイナは怪訝な顔をして、「いらねーよ」ときっぱり断った。


 だがすぐさまドーラが「えーシャイナもやろうよ。面白そうだよ」と無邪気さ爆発の笑みで呼びかけると、彼女には聞こえない程度の小さな舌打ちをして平太の手から自分の分の箸を引ったくった。


「で? で? どうやるの? どうやるの?」


 もはや食事のことなどそっちのけで、ドーラは箸に夢中である。対しスィーネは普段とまったく変わらず冷静ではあるものの、初めて手にする異世界の食器に少なからず興味はあるようで、静かに観察している。


「これは、二本で一対になっているのですか? それにしては太さや削り方が違うようですが」


「ホントだ、よく見たら違うや。何か意味があるのかな?」


「……いや、それはただ単に俺が下手なだけだ」


「ンだよお前が作ったのかよコレ。ヘッタクソな上にきったねーな」


「下手糞なのはともかく、ちゃんと洗ったから汚くはねーよ!」


 思わぬところで恥をかいたが、とりあえず全員に箸が行き渡った。ここまでは概ね予定通りだ。


「さて……」


 咳払いを一つ挟むと、一同の視線が平太に集まった。それを開始の合図とし、平太は箸の講座を始める。


「俺はこの世界ではよそ者だ。だからこの世界の文化や風習に対してどうこう言ったり、無理矢理自分の世界の風習を押し着せたり広めようとも思わん。だが、」


 そこで平太は一度言葉を切り、食卓の上に置かれた手洗い用の木の器を手に取る。


「毎回の食事に関してだけは、少しばかり物申したい事がある」


「それがこのハシってわけかい?」


「そうだ。この世界に来てからというもの、三度のメシのたびに俺は思っていた。


『なぜ誰も食器を使わないのか』と」


「使わないのかって言われても、昔からこうだしねえ」


「食事は手で食べ、手が汚れたら洗う。これが昔からの食事の作法です」


 そう。ここではそれが当たり前。昔からの風習、習慣、作法。そういうのは十分理解しているし、先にも言った通り頭から否定したり自分の世界の風習を押し通そうというつもりは平太にはさらさらない。


 ではなぜ平太が箸を持ち出したかというと、理由は複数あれど根底にあるのはホームシックである。


 口では何だかんだと言いながらも、深層心理のあたりでは元の世界が恋しいのだろう。それが箸を使ってメシを食いたいという欲求につながったとしても、別におかしな話ではない。


 と同時に、手づかみでメシを食ってる野蛮娘たちに文明の一端を見せびらかして悦に浸りたいとか、あわよくば尊敬の眼差しや賛辞の言葉を浴びたいなどというアホな欲求もあったりする。


 アホな方の欲求は、ドーラやスィーネの態度を見る限り概ね満たされたと言えよう。平太が箸の使い方を教えてやると、ドーラはさっそく嬉しそうに今教わったばかりの箸を使っての食事を始める。


 だが慣れない異国の食器をすぐに使いこなせず、野菜を箸でつまんでは落とし、その都度情けない声を上げてテーブルの上を転がっていく野菜を追いかける。結局は箸を握って料理に突き刺して食べるが、本人が満足なら良いだろう。


 片やスィーネはスジが良く、あっという間に箸の使い方をマスターしていた。


「なるほど、これは便利ですね」などと感心しながらも、まるで日本で生まれ育ったかのように自然に箸を使いこなしている。


 ではシャイナはというと、


「どうした? もう一度説明してやろうか?」


 どう間違えたらそうなるのか理解に苦しむようなアクロバティックな箸の持ち方をしているシャイナに、平太はにやにやしながら声をかける。


 当然鼻っ柱が強いシャイナは「うるせえあっちいけ」と一蹴するが、教える立場という一段高い位置に自分を置いている今の平太は無駄に心が広い。


「しょうがないな。ちょっと貸してみろ」


「あ……」


 見かねた平太がシャイナの手を取って、正しい箸の持ち方をさせようと指を開かせる。が、


「おい、力抜けよ。握り締めてたら箸が持てないだろ」


「う、うるせー……」


 何を抵抗しているのか、シャイナはぎゅっと手を握り締めている。もの凄い握力で、平太の指がまったく入らない。


「だから力抜けっつーの。顔真っ赤にするほど力入れんなよ」


 平太が全力でシャイナの指から箸を引っぺがそうと両手で彼女の手を掴むと、シャイナは喉から空気が這い上がるような悲鳴を上げた。


 その拍子に、シャイナの手の中で箸が音を立てて折れた。


「あ……」


 二人の声が重なる。シャイナは自分の手の中でぐしゃぐしゃに折れた箸の成れの果てと平太の顔を何度も交互に見ると、


「い、いらねーよこんなモン!」


 顔から火を吐く勢いで箸を平太の顔面に投げつけた。


「いでっ!」


 シャイナの投げつけた箸はすべて平太の顔面にヒットし、すべてがバラバラになって床に散乱した。


「この野郎何すんだいってーじゃねーか!」


「うるせーお前がくだらねえモン持たせるのが悪りーんだろうが!」


 額を突き合わせてガンつけ合うシャイナと平太。このまま再びケンカが始まるかと危ぶまれたその時、ばちん、と勢い良くテーブルに箸が置かれる音がした。


 突如差し込まれた大きな音に、二人の注意が無理矢理そちらに向けられる。視線の先には、スィーネが毅然とした顔でテーブルに置いた箸に両手を添えていた。


「失礼、思ったよりも大きな音が出てしまいました」


 スィーネはまず己の無作法を謝罪した後、


「せっかく作っていただきましたものの、申し訳ございませんがこれは私には必要ないようです」


 ついっと両手を前へと伸ばし、箸を平太の方へと押し返した。


「おい、」


 よりにもよってこの中で一番箸を使いこなしていたスィーネに突き返され、平太はしばらく彼女の真意がわからず呆然とした。


「ん~、じゃあボクもやめとこうかな」


「お前もかよ?」


 さらに床に散らばった箸を拾い集めていたドーラも、スィーネに続いて箸を返すと言ってきた。平太はますますわけがわからなくなって混乱した。


「お前ら……」


 二人が箸を辞退した理由を、シャイナはすぐに理解したのだろう。余計な真似をとばかりに眉をつり上げるが、その怒りはすぐに大きなため息となって呆れ顔から吐き出された。そんなシャイナを見て、二人は満足そうに笑った。


 そこまでのやり取りを見て、ようやく平太は理解した。スィーネとドーラは、シャイナをのけ者にしないために箸を使わないことに決めたのだ。


 もし二人がこれから食事に箸を使うようになると、この中で手づかみで食事をするのは箸を使いこなせないシャイナだけになってしまう。そうなると、自分一人だ

けが野蛮な因習に取り残されているような気にさせてしまうかもしれない。二人は、シャイナにそんな思いはさせたくなかったのだろう。


 三人の友情の深さに、平太は感銘を受けた。それと同時に、互いを思いやる関係を羨ましく思った。自分には、そういう相手はいなかったから。


「わかったよ、じゃあこれは返してもらう」


 自分のせいで三人の友情にひびを入れるわけにもいかず、平太は素直に引くことにした。皆の箸を回収し、少し迷ったが自分の分はそのままにした。


「ごめんよ、せっかく作ってくれたのに」


「気にするな。元は俺のわがままだからな」


「そう言っていただけると助かります」


 手を汚さずにメシが食いたいという安直な考えで箸を作ってみたが、その結果あわや三人の友情を壊しかねない結果になるところであった。


 平太は異世界とはいえ根付いた文化を変える難しさと、安易な改変は思わぬところに落とし穴があることを気づかされた。


 結局、彼女たちはその後もいつも通りに手づかみで食事を終えた。



 夕食後、平太は自室に戻り、再び寝台の上に寝転がった。


 燭台の頼りない灯りに照らされる薄暗い天井を見ながら、夕食での出来事を振り返る。


 何が間違っていたのか。


 どうすれば問題を解決できるのか。


 いや、そうではない。問題などどこにもない。問題があるとすれば、無闇にこの世界の文化に一石を投じようとした自分の方だ。立てなくてもよい波風を立て、壊さなくても良い関係を壊すところだった。危ないところだった。彼女たちの深い思慮と厚い友情がなければ、一体今ごろどうなっていたやら。


 だが悪いことばかりではない。今回の失敗でわかったことがいくつかある。


 まずドーラたちの反応を見るに、この世界の住人も新しい文化や技術にまったく否定的ではないということだ。むしろ彼女たちには好感触だったと思える。


 ならば条件さえ満たせば、平太の世界の文化や技術をこのグラディアースに輸入し、あわよくば根付かせることができるのではなかろうか。


 根付かせるまでいくと大層な目標だが、当座の目的はこの屋敷の住人――つまりあの三人に認知させたい。今や平太の目標は、ただの思いつきのわがままからかなりそれていた。


 ――あの三人に食器を使わせたい。


 本人も気づいていないが、初めて自らの手で物を作ってテンションが上っているのだろう。彼の中に眠っていた職人魂っぽい何かに火が点いたのかもしれない。


 それか、ただ単に意地になっているか。


 ともあれ、あの三人に認知させるには、三人がそろって使えるものでないと駄目なのは今回のことでわかった。


 となるとネックになるのがシャイナの不器用さである。


「何であいつ戦士のくせにあんなに不器用なんだよ……」


 手先の器用さと剣の腕前は別なのだろうか。それにしても箸ひとつ満足に扱えないとなると、使える食器は自然とそれ以下の必要器用度のものとなる。


「……となると、やっぱりナイフとフォークかなあ」


 しかしこれはすでに強度と材質の問題があるので却下。


 シャイナほど不器用でも使え、かつ木材でも使用に耐える強度を持ち、さらに平太でも制作可能な食器となると、あとはもうスプーンぐらいしか思い浮かばない。


「汁物にしか使えんな」


 あとこの世界にカレーライスやチャーハンのようなご飯ものがあれば、の話だが。


「待てよ」


 そこで平太ははたと気づく。あるではないか。不器用どころか子どもでも使えて、作るのもさほど難しくなく、なおかつ木でも十分使用に耐えれる食器が。


「その手があったか」


 我ながら惚れぼれするような名案に、平太は一人でにやりと笑う。


 そうと決まれば話は早い。平太は両足を勢いよく振ってその反動で起き上がる。寝台から飛び出すと、壁の燭台を外して部屋の外に出た。



「おい~っす」


 翌朝。あくびを連発しながら平太が食堂に向かうと、すでに三人とも席に着いていた。


「おはよ~」


「おはようございます」


 ドーラとスィーネは平太の顔を見るなり朝の挨拶をしてきたが、シャイナだけはだんまりを決め込んでいた。どうやら昨夜のことをまだ気にしているようだ。


 意図的にこちらを見ないようにしてるシャイナを、こちらも意図的に視線から外しつつ平太も自分の席に着いた。


 テーブルの上には、いつもと変わり映えのしない朝食が乗っかっていた。そしていつもと変わり映えのしないお祈りをして、食事に取りかかる。


 そこで再び平太は懐に手を入れると、その動作を皆が目で追う。一人は何をするんだろうという好奇の目で。一人はまた何か良からぬことをという冷たい目で。


 そして一人はすぐに視線をそらし、


 出てきた物が予想と違っていたので、二度見をした。


「また何か面白そうな物を作って来たね。今度は何だい?」


 やはり真っ先に食いついてきたのはドーラだった。もしやコイツわざとやってるんじゃないかと思うくらい、話をするきっかけとしては最高のタイミングである。


「これかい? これは、」


 そう言って平太が皆に見えるように掲げたそれは、


「先割れスプーンというものだ」


 匙の先が欠けたような、これまで見たこともない奇抜な形状に、一同から感嘆の声が漏れる。


「それもヘイタの世界の食器かい?」


「そうだ。これはこうやって使うものだ」


 平太が皿の上の料理を、先割れスプーンですくって口に運ぶ。だがそれだけでは誰も感心しなかった。


「スープなどには便利かもしれませんね」


「でもハシほどの汎用性はないなあ」


 スィーネとドーラが口々に感想を言うが、反応は芳しくない。しかしまだこれで終わったわけではない。


「まだまだ、これからだ」


 すかさず平太が先割れスプーンの尖った部分を使って料理をぶっ刺し、これみよがしにゆっくりと口に運んで見せた。


「おおおおおおおおおおっ!? 何それ何それ!? 刺さるの? 刺していいの?」


 いきなりドーラのテンションが上がり、椅子から立ち上がる。テーブルに両手を突いて前のめりになる姿は昨日と同じだが、細かいジャンプを繰り返して腰が上下する興奮した犬のような姿は昨日はなかった動きだ。


「ドーラ、興奮しすぎですよ」


 昨日同様ドーラをたしなめるスィーネだが、今日はイマイチ効果がない。それほどドーラのテンションが上がっている。何が彼女をそこまで興奮させるのか。


「だってホラ、すくって刺して何でもできるんだよ? しかもすごい簡単に。これならみんなで使えるじゃないか」


「あ……」


 ドーラの声に、シャイナが食事の手を止める。つまり彼女はこれで全員が同じ食器を使って食事ができることに興奮していたのだ。


「そういうことかよ……」


 してやられたという顔をして舌打ちをするシャイナだったが、その表情はどこか嬉しそうに見えるのは平太の自惚れであろうか。


「おい」


「ん?」


 照れ臭そうに顔を赤らめたシャイナが右手を差し出してくる。平太はあえて一度ボケて、彼女の手を取って握手をしてみた。速攻でその手を叩かれた。


「ちげえよバカ! どうせみんなの分も作ってあるんだろ? 使ってやるからさっさと渡せよ」


 叩かれた手を振りながら、平太はにやりと笑う。その顔を見て、シャイナはますます顔を赤くする。


「ヘッタクソとか汚いとか言うなよ?」


「言わねーよ。いいからよこせ」


 ひったくるように平太から先割れスプーンを受け取ると、シャイナはこれで満足かと言わんばかりにすぐさまそれを使って食事を再開した。


 シャイナが無事使えることを確認すると、ドーラはスィーネと視線を交わし、二人は昨日よりも満足そうな顔で笑い合った。


「ほら、お前らの分」


「わーい、ありがとう」


「ありがとうございます」


 ドーラは嬉しそうに先割れスプーンを両手で持って上に掲げ、全体を舐め回すように眺める。


「あれ?」


 すると柄の部分に自分の名前が拙いグラディアースの文字で彫ってあることに気づいた。ドーラが平太の方を見ると、


「せっかく字を習ってるんだし、こうすればどれが自分のかわかりやすいだろ」


 そう言って平太が照れ臭さ半分、自慢半分みたいな顔で自分の先割れスプーンを見せる。確かに彼の分にも柄に自分の名前が掘られているが、よくよく見ればドーラのものより一回りは大きかった。


 続いて今度はスィーネの先割れスプーンを見せてもらう。すると彼女のは平太とドーラの中間ほどの大きさだった。


 そこでドーラは気づく。平太は彼女らの手や口など、身体の大きさに合わせて先割れスプーンのサイズを変えていたのだ。だからドーラのは小さく、スィーネのはやや大きく、シャイナのは大きいのだ。


「なるほどねえ」


「わたしたちに合わせてそれぞれ作ってくださったのですね」


「フン、ヘイタのくせに味な真似しやがって」


「くせになって何だよ、お前何様だよ? 文句があるんなら返せよ!」


 取り上げようとする平太の手をかわし、シャイナは笑いながら言う。


「うっせえ。しょうがねえから使ってやるって言ってんだよ。男なら一度やったものを返せなんて言うんじゃねえ」


 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。仕方なく平太は「もう壊しても作らないからな、大事に使えよ」と捨て台詞みたいなものを残して食事を再開した。その様子を見て、ドーラとスィーネは再び顔を見合わせて嬉しそうに笑い、彼女たちも自分の先割れスプーンを使って食事を始める。


 こうしてグラディアースの世界に初めて先割れスプーンが登場したのであった。


 ところで、平太はあえて黙っていたことがある。彼の住む世界では、先割れスプーンは主に箸などの食器が使えない小さな子ども向けの食器であることを。


「ま、言わぬが華ってやつだな」


「あ? 何がだよ?」


「いや、別に」


 ぽつりとつぶやいた言葉に反応したシャイナを軽くいなし、平太は食事を続ける。あしらわれた事に気づいたシャイナは、少しむくれたような顔をするが、新たな自分専用の食器に視線を落とすと、ふふんと楽しそうに鼻から息を漏らした。


 今日もグラディアースは平和である。


 今のところは、だが。

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