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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
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コンクラータ会戦

          ◆     ◆


 勇者を待ち続けて、もう何回朝日を見ただろう。スクートは考えてみたが、そもそも数えていなかったので答えが出るはずもなかった。


 姉のアルマがいなくなったのを契機に、勇者を探しに行こうと思い立ったものの、どこをどう探せば見つかるのかまったく見当もつかなかった。

 だったら勇者との思い出の地を順に巡る、世間では勇者巡礼とか呼ばれているのをやれば、いつかは勇者に出会えるのではないかと思った。


 だが、心身ともに幼いままのスクートは、自分たちが旅した場所をあまり憶えていなかった。何度も一生懸命思い出そうとしたが、薄ぼんやりとしか憶えておらず、これをより処にして探すにはあまりにも頼りなさすぎた。

 仕方がないので、スクートは勇者を探し回る事を諦めた。だからさらに一生懸命考えて、一番思い出に残っている場所でずっと待ち続ける事に決めた。

 それが、スクートと勇者が一番最初に出会った場所、伝説の盾が眠っていた地、コンクラータの岬である。


 ここでずっと待っていれば、いつかきっと勇者が自分を探しに来てくれる。スクートはそう信じて、今日も岬の先端で待つ。


 日が昇ってくるにつれて、岬に来る人の数も増えてきた。昔は人などめったに来ないただの岬だったのに、いつの間にか観光地みたいになってしまっていて、スクートは最初、驚いたのと同時に自分の思い出の場所が荒らされているような気がして、何だか厭な気分だった。


 けれど後になって、ここを訪れる人たちは皆かつて勇者が歩んだ道のりをたどっているのだと知ると、何だこの人たちは勇者の事が好きなんだと少し気が晴れたものだった。

 なので今隣で若い男女が朝っぱらからいちゃついていても、二人が白装束を着ている巡礼者たちだから笑って許せるのだ。


 スクートが見てきた限り、巡礼をするのは比較的高齢の者が多い。やはり人生をそれなりに終え、そこそこの蓄えと時間的余裕を得た者が多いからであろう。とは言え若い巡礼者がまったくいないわけでもない。この若者たちのように、婚前旅行の代わりに巡る者もいるようで、団体の中にはたいてい何組かは若い二人連れがいる。


 だからこうして仲睦まじそうにしているのを見せつけられるのも慣れたもので、スクートは完全に無視して手すりにつかまっていた。


 だが眼下の海を眺めていると、

 突然、がいん、と固い音がして、

「――あ、」

 額に衝撃が走った。


 吹っ飛ばされたスクートが仰向けに倒れると、頬に生ぬるい液体が点々とかかる感触がした。

 視界の端では、さっきまでいちゃついていた二人組の男女の、

 首から上がなくなっていた。

 頭を失った男女がそれぞれ左右に別れて倒れると、周囲の人たちは一瞬何が起こったのか理解できず、呆然と二つの死体を見て、首の断面からじくじくと真っ赤な血が水溜まりのように広がって自分たちの足元に来て初めて、

「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!」

 誰かが悲鳴を上げた。


 一度きっかけが与えられると、そこからは連鎖反応だった。あちこちで悲鳴が上がり、一気にパニックが起こる。

 一秒でも早く死体から離れようと、白装束たちが岬の反対側へと駆け出す。死体を見ていない者たちも、悲鳴を上げ血相を変えて逃げ惑う人たちにつられて全速力で走り出した。途端に人と人がぶつかり、倒れたり柵にぶつかったりしてケガ人が生まれ、二次被害が続出する。


 ゆっくりとスクートが起き上がる頃には、岬は完全に混乱の様相を呈していた。

 右手で額をこする。血は出ていなかったが、かなりの衝撃でびっくりした。何が当たったのか見えなかったが、相当の威力であったのは、生身の人間の頭が破裂したのでわかる。


 尻についた砂を手で払いながら、周囲を見回す。もうほとんどの人間が逃げ去ってはいたが、逃げ遅れたのか突き飛ばされて転んでケガをしたせいなのか、まだ数人が残っていた。


 スクートは人間には目もくれず、用心深く身構える。何かに攻撃されたのは確かだが、その何かがまったくわからない。まだどこかに潜んで、こちらを狙っているかもしれない。

 だが攻撃してきた方向だけはわかった。敵は海にいる。スクートは油断なく岬の方へと視線を向けながら、ゆっくりと後ろへと下がる。


 すると、手すりの向こうの断崖絶壁から、何者かが飛び上がって来た。スクートは急いで目で追うが、影は太陽を背にするほどの高さまで飛び上がり、逆光でよく見えない。

 眩しくて影を見失わないようにするのがやっとだった。そうしているうちに、影は手すりを越えて岬へと降り立つ。


 影は、人の形をしていた。


 だが、全身を光沢のある鱗で覆われているので、明らかにヒトではない。長い手足と豊満な肉体から、雌型であるのはわかる。濡れた光沢のある皮膚と、手足のヒレと水かきから、こいつが海から来て、この崖を登って来たのは間違いない。だが、一見しただけではさっきどうやってスクートたちを攻撃したのかはわからなかった。


「あら? 命中したと思ったのに生きてるじゃない。案外頑丈なのね」

 魔物は、スクートに向かって言葉を話した。どうやらただの人型の魔物ではなさそうだ。スクートは警戒の水準を一段階上げる。

「でも、あれくらいで死なれても面白くないし、あんたには聞きたい事もあるし、」


 なんと標的は自分だったか。スクートは警戒水準を最高マックスに上げる。魔力を全身にみなぎらせ、いつでも身体能力フィジカル増幅ブーストできるように備える。

 戦うためではない。

 逃げるためだ。


 盾である自分には、攻撃力がない。使える魔法も補助魔法なので、自分にかけたところでたかが知れている。

 スクートは魔物の挙動に神経を集中しながら、魔力を下半身に集中する。向こうが少しでも隙を見せたら、一目散に逃げる算段だ。相手は恐らく水棲の魔物だ。陸を移動するのは苦手なはず。だったら、強化した脚力で全速力を出せば絶対に追いつけない。逃げるが勝ちだ。


 しかしそんなスクートの考えを嘲笑うかのように、魔物が唇を歪ませた。まるで息を吹きかけるように、形の良い唇を尖らせると、

 次の瞬間、スクートの額の同じ場所に、さっきと同じ衝撃が襲った。そして同じく硬質な音が響く。がいん。

「な……」

 二度目でやっと理解した。

 敵の攻撃の正体は、水だ。

 口から水を物凄い威力で吐き出したのだ。


 そして、スクートは自分の失敗を悔いた。

 相手が飛び道具を持っていては、いくら脚力を強化してもそれより先にやられてしまう。この場合の正解は、魔物を見た瞬間に脇目もふらずに逃げ出していなければならなかったのだ。


 だが後悔しても時すでに遅し。頭に超高圧の水鉄砲を受けて吹っ飛んでいるスクートの足に、何かが巻きついた。

 足をつかまれたのは感覚で理解できた。しかし、理屈は呑み込めなかった。何しろ自分と魔物との距離は、たっぷり十歩以上は離れていたのだ。この一瞬で詰められる距離じゃない。

 なのに、何故。

「つ~かま~えた~」

 魔物がにやりと笑った。

 その口には、サメのような牙がびっしりと生えていた。

          ☽

 コンクラータに到着した時、異変に一番最初に気づいたのは、意外にもドーラだった。


 岬の入り口で馬車を降りた途端、ドーラはネコ耳をぴくぴく動かしながら、「ん?」と眉をしかめる。

「どうした――」

 ドーラの異変に気づいたシャイナが彼女に声をかけるのと同時に、自身も身を固くして構えた。その反応の速さはさすがだと言えるだろう。しかもこっちは聴覚ではなく嗅覚でだ。


「血の臭いがしやがる」

「ついでに悲鳴もね」

 平太などは潮の匂いしか嗅ぎ取れないが、シャイナのみならずドーラも異常を訴えたとなると、これはもう何かが起こっていると思って間違いないだろう。


 平太たちが用心しながら歩いていると、岬の方からパニックを起こした巡礼者たちが怒涛のようにこちらに向かって走ってきた。

「な、なんだあ!?」

 平太が慌てて身構えるが、巡礼者たちは平太たちには目もくれず、一目散に走り去って行った。あまりに突然な事だったので、誰かを引き止めて事情を問いただす事もできなかった。

「なんか、もの凄い慌ててたね」

「岬の方で何かあったのでしょうか?」

 ドーラとスィーネが、全速力で走る老人の背中を見送る。


「どうしましょう……?」

 不穏な空気に怯えたシズが、平太の腕にすがりついてくる。

 その時、平太の頭にスクートの事が浮かんだ。彼女は、日の出から日の入りまでずっと岬の先端で勇者を待っているはずだ。もし岬で何かあったとしたら、彼女が巻き込まれている可能性が少なからずある。


 そこで平太は、非戦闘員であるシズを連れて行くか迷った。だが何が起こっているかわからないのに、一人で馬車に残しておく方が危険と判断した。

「とりあえず、みんなで行ってみよう」

 油断するなよ、と付け加えるまでもなかった。すでにみんな最高の緊張感をもって、周囲を警戒している。ただ武器を抜いていないだけで、いつでも戦う準備ができている。

 さすがだな、と平太が感心していると、

 がいん。

 分厚い銅鑼を叩いたような音が響いてきた。


「今の音は、何でやしょう?」

「あっちだ」

 ケインの問いに、ドーラが岬の方を指差す。音のした方に向かいながら、平太は悪い予感がした。恐らくそれは、みんな同じだろう。

 そして悪い予感は外れないというのは、地球でもグラディアースでも同じようだ。岬の先端に一同が到着すると、そこには、


 スクートがいた。

 しかも、サメが女体化したみたいな魔物に捕まっている。

「スクート!」

 妹が魔物に襲われているのを見て、グラディーラが真っ先に駆け出した。

 続いて彼女を追うように、平太が走り出す。

「チッ。あの馬鹿、また先走りやがって……」

 敵の正体も状況もわからないのに動いた二人に、シャイナは舌打ちをしつつも追いかける。ドーラとスィーネは他に魔物がいないか周囲を警戒しつつ、魔物へと向かった三人を援護する態勢に入る。

          ☽

 スクートは、魔物に羽交い締めにされていた。全身の筋力を増幅させて振りほどこうとするが、魔物の拘束はびくともしない。それどころか、ますます締め付ける力が増す。女性っぽい見た目からは想像できない力だった。

「はなして……苦しい」

「あら、これくらいで音を上げちゃダメよ。あんたには、もっともおっと苦しんでもわらなくっちゃ面白くないもの」


 懸命にもがくが、やはりどうしようもない。魔物の肌がぬるついて力がうまく入らないのが、スクートの脱出をさらに困難にしていた。

「ところで、あんた一人? 確か、他に仲間がいたわよね?」

 スクートは驚いた。この魔物、自分の事を知っている。だから狙ってきたのか。

「し、しらないもん!」

「しらばっくれてもダ~メ。わたし、ちゃあんと憶えてるの。あんたと、女が他に二人。そしてあんたたちを従えた――ええっと、確か勇者とか呼ばれてた男が一人、」

「だから、しらないもん!」

 この魔物は危険だ。スクートは直感でそう判断した。スクートの頭ではうまく説明できないが、この魔物は自分だけでなく、姉二人と勇者を狙っている。何とか振り切って、逃げなければ。そして、できればこの事を姉たちに伝えなければ――

 勇者が危ない。


 勇者を案じる一心でスクートは魔物の力に抗うが、逆に意識が朦朧としてきた。

「ま、話す気がなくてもいいのよ。その可愛い指を一本ずつねじ切っていけば、厭でも話したくなるわ。何本目に泣いて謝って話したがるか、今から楽しみ」

 魔物の力がわずかに緩む。気絶などさせてしまうと痛みを感じなくなるので、そうはさせないつもりだ。あくまで意識のあるうちにスクートを拷問にかけようという気がありありと見えて、スクートは魔物の残忍性に改めて恐怖を感じる。


 締め付けられる苦しさから開放されたかと思った矢先、何かがぬるりとスクートの腕を這い進み、左手の小指にさしかかるのを感じる。魔物の両腕は、今もスクートの身体に組み付いているのに。

 ――その可愛い指を一本ずつねじ切っていけば。という魔物の言葉が、スクートの恐怖心をさらに増幅させる。防御力に関しては長姉にも引けをとらないスクートは、痛みや損傷に関する経験が極端に少ない。なので未知なる経験がこれから襲う恐怖は、肉体の痛み以上に彼女の精神を蝕んだ。


「いや……いや……」

「いいわ、その反応。痛くしてあげるから、もっともっと泣き叫んでね」

 何かがスクートの小指に絡みつく。スクートは死に物狂いで拳を握り、小指を伸ばそうとする力に抵抗する。

 だがそれも虚しく、ゆっくりと、もの凄い力で小指が伸ばされ、持ち上がり、

 みし、と骨が軋む痛みが走ると、限界は呆気なく訪れた。

「いやああああああああああっ!!」


 あとわずかでも指が反ったら骨が折れるというところで、

「やめろ!!」

 絶望の中に差す、一筋の光のような声が響いた。

 あの声は――スクートはその声を聞いただけで、安堵のあまり涙が溢れてきた。

 涙で滲んではっきり見えないが、あれは間違いない。

「おねえちゃん!!」

 スクートは叫んだ。

「グラディーラおねえちゃん!!」

 涙声で叫ぶスクートの声に、ぼんやりとした人影は応える。

「妹を離せ! さもなくば斬る!」

 刃のような鋭い声が、スクートの不安や恐怖をすべて斬り去った。

          ☽

「妹を離せ! さもなくば斬る!」

 凛と言い放つグラディーラの声は、まさに刃の如き鋭さがあった。


「誰よ、あんた。いきなり出てきてやぶから棒に――」

 突然現れた闖入者に、魔物は最初興ざめしたような声を上げたが、

「この匂い……」

 何度か鼻をひくつかせると、それまでふざけて遊んでいるとさえ思えた表情が、みるみる凶暴なものへと変わっていく。


「憶えてるわ……お前も、あの時の女の一人ね」

「む……、貴様は……」

 突如敵意を剥き出しにした魔物に、グラディーラは一瞬気圧されそうになったが、彼女もまた何かを思い出したのか、それまで妹を人質に取られた事に対する怒りが、じょじょに魔物個人への怒りへと変貌していく。


「スブメルスス……、まさか、貴様まで蘇っているとはな……」

「知ってるのか、グラディーラ?」

 平太の問いに、グラディーラは魔物――スブメルススから視線をわずかも動かさずに答える。

「こいつの名はスブメルスス。イグニスと同じく、魔王直属の四天王の一人だ」

「なんだと……」


「あら、イグニスが蘇ったのを知ってるってことは、」

 スブメルススは「ははあん」と、何か得心がいったという感じにニヤリと笑う。

「あなたたちね。イグニスを負かしたのは」

「仲間の仇討ちか。貴様らしくないな」

「やあねえ、そんなんじゃないわよ。別にわたしはあのバカが負けようが死のうが、知ったこっちゃないわ」

「だったらどうして――」

「ただの興味本位よ。魔王様が復活して以降――いいえ、五百年前でも、魔族わたしたちと戦おうなんていう骨のある人間なんて、数えるほどしか現れなかった。いたとしても、ただの狂人か酔狂の延長で、四天王のわたしたちが出る幕なんてほとんど無かったわ」


「だからこうしてわざわざ足を運んできたというのか。魔族の四天王というのも、案外ヒマなのだな」

「そうよ。知らなかった?」

 スブメルススの顔は、本当にそうだから少しくらい同情してくれ、といったような、妙に人間臭いものだった。

「知るかっ!」

 危うくグラディーラはその表情にほだされそうになる。だが目の前の敵は、女の形をしているが魔物で、しかも今はスクートを人質に取られている。こうして普通に会話をしているだけでも異常なのだが、どうにも四天王ともなると戦いの中でさえその状況を楽しもうという妙な遊び心を持つ奴が多くて困る。


 その一瞬の隙をついて、スブメルススは唇をすぼめる。狙いはグラディーラの眉間。この技は、初見だと絶対見切れない。そして、五百年も空白ブランクがあるグラディーラも、ほぼ初見と同じ。

「気をつけて! こいつ、水を飛ばす!」

 だがついさっき二度も食らったスクートは別だ。スブメルススの唇の動きを見て、すぐさま大声で警告する。

「チィッ、余計な真似を!」

 必殺の一撃を邪魔され、悪態をつきつつもスブメルススは発射した。

 スブメルススの体内で超圧縮された水が、弾丸のように一直線にグラディーラの顔面へと飛ぶ。


「なっ!?」

 スクートの警告は届いた。だがその意味を理解するのに用いたわずかな時間が、グラディーラの行動を致命的に遅れさせた。

 スブメルススの放った水の矢が、回避する動作に移ろうとした体勢のグラディーラを襲う。


 殺った――スブメルススがそう確信した瞬間、

「おらぁっ!!」

 身体全体で飛び込むようにして、シャイナがジャンプ一番グラディーラとスブメルススの間に割って入った。

 そしてシャイナは、腕に持った盾でスブメルススの水鉄砲を受け止めた。吹っ飛ばされるシャイナ。もし直撃していたら、グラディーラと言えど無事では済まなかっただろう。


「シャイナ!」と平太が叫ぶ。

 地面に落ち、転がるシャイナ。回転の勢いを利用して起き上がると、

「か~、腕が痺れた。こんなの食らったら身体に穴が開くぞ……」

 盾を持った手を握ったり開いたりしながら、腕と盾の状態を確認する。両方問題無し。だがあと何発も受け止められまい。

「だが、今ので見切った」

 シャイナはにやりと笑うと、音もなく剣を抜いた。

 戦闘開始だ。

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