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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
61/127

ドーラ、少女に懐かれる

          ◆     ◆


 決着は、思った以上に早くついた。

 平太たちが少女にどう話しかけようか迷っている間に、闇の向こうからシャイナたちがぞろぞろとやって来た。


 誰も負傷しておらず、平太はほっとする。

「ずいぶんとお早いお帰りで」

 戦闘には参加していなかったケインが尋ねると、シャイナは「いや、まあなあ……」と納得できないように頭を掻く。

「あいつら、ちょっと剣を交えたらあっさり逃げて行きやがってよ」

「よほど臆病なのか、ずいぶんと諦めのいい連中でしたね」

「まあ典型的な小悪党だったね」

 出番がなくて消化不良なのか、ドーラが手に持った杖をもてあそぶ。


「さて、」

 スィーネが少女に向き直る。

 少女は、まだ十歳かそこらだろうか。身長はドーラより少しだけ低いが、痩せぎすであまり健康そうには見えない。髪は紫色だが今はあちこち汚れ、どこかに引っかけたのかところどころ跳ねたりちぎれた跡があるのが痛々しい。


 スィーネはまだ震えている少女を刺激しないように、ゆっくりとした動作で彼女の前でしゃがんで目線を合わせる。

「もう大丈夫ですよ」

 静かに、そして優しい声でスィーネが話しかける。だが少女はまだ恐怖を引きずっているようで、大の大人たちに囲まれたこの状況にまだ怯えている。


 子供の対応に慣れたスィーネでも、すぐに少女の怯えを解くことは不可能であった。少女は目の前にいるスィーネから逃げるように、ドーラに抱きついて彼女の服に顔をうずめた。

「あ、あれ……?」

 まったく予想外だったのか、突然少女に抱きつかれ、ドーラは驚きの声を上げる。


「あらあら」

「参ったな……なんでボクなんだろう?」

 少女にどう接して良いのかまったくわからず、おろおろするドーラ。だが少女は構わず、懸命に彼女にしがみつく。

 やがてドーラは観念したのか、少女の頭をそっと抱きしめる。片手で頭を撫でてやると、少女の身体から少しだけ力が抜けるのを感じた。

 髪を撫でていると、手に木の枝や葉っぱが当たったので取ってやる。そうしているうちにドーラは、自分の身体からも余分な力が抜けているのに気づいた。


 触れ合っているうちにドーラの中で眠っていた母性本能が目覚めたのか、表情に余裕というか貫禄のようなものが見え始める。そして何かを決心したのか、うん、と大きく頷くと、

「この子の面倒はボクがみる」

 みんなに向かってそう宣言した。


「おいおいマジかよ?」

「マジだよ。もう決めたんだ」

 シャイナに向けて、ドーラはふん、と鼻息を吐く。どうやら並々ならぬ決意のようだ。

 平太たちはそれぞれの顔を見やる。皆それぞれ、同じような「ああ、これはもう何を言っても無駄だろうな」という顔をしていた。


 ドーラとケイン以外の全員が、同時にため息をつく。

「わーったよ。好きにしな」

「とりあえず、今日はもう夜も遅いですし。明日の朝、改めて話し合いましょう」

「うん、それでいいよ。それじゃあ……」

 そこでドーラは平太を見て、

「悪いけど、ヘイタは今夜は外で寝てよね」

「え?」

「え? じゃないよ。あんな事があったばかりなんだ。男の人がいたらこの子が怖がって眠れないじゃないか」

「ああ……なるほどねえ」

 見ると、少女はまだドーラにしっかりと抱きついたままだ。一瞬だけこちらを見たかと思うと、すぐにまた顔をドーラの胸に押し付ける。

「ほら」

「わかったよ……」

 渋々平太が馬車から自分の毛布を引っ張り出していると、

「あの、良かったらあっしの馬車で寝やせんか?」

 二人の会話を聞いていたのか、ケインが申し出て来た。

「え? いいの?」

「あっしは別に構いやせんぜ」

 平太は少し迷ったが、まあここ数日平太たちのメシを相伴に預かっていたのだ。それくらいの協力をしてもらってもバチは当たらないだろう。


 こうして平太はケインの馬車へと向かった。

 ケインの馬車は、平太たちのより一回り小さく、幌も年季が入っていた。だが良く手入れされているようで、穴やほつれは特に見当たらない。

「お、お邪魔します……」

「どうぞどうぞ。むさ苦しい所ですが、ささ、ずいっと中へ」

 馬車の中に入ると、意外と綺麗に片付いていた。荷物自体が少ないせいもあるが、むしろこっちの方が整理整頓されてるくらいだ。


「それじゃ、とりあえずおやすみ」

 特に話す事もないので平太はさっさと毛布を敷いて寝ようとする。

「おやすみなさいやせ」

 ケインも平太から少し離れた所に自分の毛布を敷いて、ごろんと横になった。


 それからどのくらいの時間が経過しただろう。

 すっかり平穏を取り戻した林から響く虫の声は、意識してしまうと耳にこびりつくくらいうるさく、静寂とはほど遠い。


 平太は慎重に寝返りをうつ。衣擦れの音すら出さないようにと、神経が磨り減るくらい気を使う。無意味に咳がしたくなるが、それも必死に堪える。咳よりも屁がしたいが、屁なんて到底できない。


 居心地が悪い。

 何だろう、この感じ。夏休みに親戚や祖父母の家に泊まった時は、もう少し気兼ねがなかったように感じる。ドーラたちと同じ馬車の中で寝る時でさえ、こんなに神経をすり減らす事はなかった。


 久しぶりに思い出す、他人と同じ空間にいる気持ちの悪さに、平太の心の奥底にしまい込んでいたトラウマがむくりと頭をもたげる。あれはそう、


 修学旅行だ。


 家族以外の他人と同じ部屋で寝るという経験は、友人のいたことのない平太には学校行事での旅行でしかあり得ない。


 修学旅行。その単語だけで平太のトラウマにスイッチが入る。

 班分け。好きな人同士集まれ。いつも余る自分。誰にも必要とされない自分。周囲ではどんどん完成するグループ。焦り。教室での孤立。呆れる教師。おい誰か日比野を入れてやれという教師の声に、一斉に上がる不満の声。お情けでの参加。周囲の邪魔者を見る視線。異分子の混入に落胆する顔。今度はグループ内での孤立。お前当日は休めという無言の脅迫。宿では自分だけのけ者。楽しそうな他の連中。押し入れで寝たあの夜。


 班分けの記憶は、焦燥の記憶。恥辱の記憶。落胆の記憶。疎外感の記憶。

 自分が世界から余った存在であることを見せつけられる、絶望の記憶。

 次々と起こるフラッシュバックに、鼻の奥が熱くなる。目に涙が溜まってくる。


 漏れそうになる嗚咽を、必死になって歯を食いしばって堰き止めていると、

「眠れやせんか?」

 静かに、ケインが尋ねてきた。


 今声を出せば、涙声しか出ない。平太は黙っていたが、起きている気配を察したのか、それとも寝ていようがお構いなしだったのかケインは続ける。

「あっしもでさあ」

 知らんがな、と思ったが口には出さない。それっきりケインは黙り込み、再び馬車の中に静寂が訪れる。


「それにしても、驚きやしたね」

 またケインが喋りだした。独り言だろうか。

「林の中から人の気配がした時は、野盗か何かと思いやしたが、まさか人さらいが子供を追いかけてるとはねえ。まあ、それは別段珍しい話ってほどじゃないんですが、」

 よくあるのかよ、と平太はこの世界のバイオレンスっぷりに改めて舌を巻く。


「あっしが驚いたのは、むしろお兄さんがたの方でしたね。子供が追われてると見るや、あっという間に駆け出して助けに行くなんて、あっしには到底真似のできる事じゃございやせんでしたぜ」

 そういうものなのだろうか。平太は考える前に身体が動いていたし、きっとドーラたちもそうだろうと思う。


「普通なら――いや、あっしなら、あの子がどうなろうと知ったこっちゃございやせん。むしろこっちに来るなとさえ思ってやした。面倒ですからね。野盗と戦うのも、その後子供の面倒を見るのも」

 それは、かつての平太も同じであった。正義感や倫理よりも、まず厄介事に関わりたくない、面倒だという感情の方が勝つ。そして他者と同じようにその場は見て見ぬふりをし、後になってああすれば良かったと後悔したり自責の念に囚われたりした。


 だが今は違う。そんな思いをしないために、平太はこの世界で変わろうと決めたのだ。

 だから、考える前に動いた。

 けれど、ドーラたちはどうなのだろう。ケインの行動基盤がこの世界での基本デフォルトだとしたら、彼女たちはそこから逸脱している事になる。


 いや、そもそも彼女たちとケインでは条件が違う。彼の基盤を基本にはできない。

 何故なら、彼は人間で男性だからだ。

 ドーラのように亜人ではないし、シャイナのように性別で職業選択を制限されたわけでもない。

 つまり、差別も迫害もされない側の存在なのだ。

 強者の立場から、弱者の気持ちなんてわかるわけがない。結局のところ、ケインにも平太にも、彼女らの真意を理解できるはずがない。ただ漠然と、少女を助けたのは同じ弱者だから、と理解した気になる事しかできない。


 その事を説明しようにも、平太は上手く言語化できない。そもそも、自分でも理解しきれていないものを、どうやって他人に説明できよう。

 そうして平太が頭の中で言葉をひねり出そうとしていると、闇の中にケインの寝息が漂ってきた。

「……寝たのか」

 平太は呆れたような、ほっとしたような息を吐く。

 そのまま静かにケインの寝息を聞いていると、いつの間にか平太も眠りの中に落ちていった。

               ☽

 翌朝。


 一晩経過して少女は一応の落ち着きを取り戻したように見えた。だが相変わらずドーラにべったりで、彼女以外の者が声をかけると身体を強ばらせ、より強くドーラにしがみついてしまう。


 こうして庇護欲をくすぐられたせいか、ドーラはその小さな身体のどこにそれほどの母性があったのかと周囲を驚かせるほど甲斐甲斐しく少女の面倒を見た。これに対し平太たちは、ならばいっそのことドーラに少女の面倒を任せる事にした。

 そうして朝食後。ドーラが少女の口の周りを布で拭きながら言った。

「どうやらこの子、ショックで口がきけなくなってるみたい」

 昨晩の間に色々と質問したものの何ひとつ返事がなく、これはショックのあまり茫然自失しているのではとドーラたちは判断した。とりあえず一晩寝れば少しは回復するかと期待してみたが、結局朝になっても状況はほぼ改善されなかったらしい。その結論がこれだ。


「名前とかどこから来たとか訊いてみたんだけどね。言葉はわかってるみたいだけど返事はさっぱりだったよ」

「一時的なものだとは思いますが、楽観はできませんね」

 スィーネの診断に、一同の視線が少女に集まる。少女はぎゅっとドーラの服の裾を握った。


「精神的なものだからな……。やっぱり親元に返してあげるのが一番なんじゃないか?」

「けど、どこから来たのかわからないんじゃ、探しようがありませんよぉ……」

 平太とシズは、そろって「う~ん」と唸る。

 その時、少女は片手でドーラの裾を掴みながら、もう片方の手で林の方向を指さした。

「え? こっち?」

 ドーラの問いに、少女はこくりと頷く。

「こっちにキミの家があるの?」

 再びこくり。

「どうやら方向だけはわかったようですね」

「それでもすごい前進ですよ」

 シズがスィーネの手を取って喜ぶと、その動きに少女が驚いてまたドーラにしがみつく。


「あちらとなると、コンクラータからかなり外れますが、いかがなさいましょう?」

 スィーネがガイドブックを見ながら問いかけるが、答えはすでに決まっている。

「コンクラータへは、この子を送り届けてから行けばいいさ」

 危うく「どうせ急ぐ旅でもなし」、と言いかけて平太は思いとどまる。忘れがちだが、この世界には魔王がいるのだ。しかもこの間、長い封印から復活している。何も音沙汰がないが。


 とはいえ、目の前の困っている少女を放り出しては寝覚めが悪い。どうせ関わりあった縁だ。袖すり合うも他生の縁ではないが、助けたのなら最後まで面倒を見ないとそれは偽善でもなくただの自己満足だ。


「けれど、ガイドブックによると、この方向に村などありませんが……」

 スィーネが難しそうな顔でガイドブックをめくったり、上下左右回転させたりしてどうにかして少女の指す方向に村を見つけようとしている。

「きっと何も無い普通の村だから、勇者巡礼用のガイドブックには載ってないんだろう」

 単純に平太はそう判断したが、スィーネは「それはそうかもしれませんが……」といまいち納得できないようだ。


「まあとにかく行ってみようよ。行けばわかるさ」

 劇的な状況の進展にテンションが上がるドーラを、ケインは呆然と見ていた。

「どうしたの?」

 その視線に気づいたドーラが尋ねると、

「あ、いや、まあ……何て言いやすか、」

 ケインは一度これから発する言葉を検閲するかのような間を取り、

「皆さん、本当にお人がよろしいですな」

 取りようによっては馬鹿にしてるんじゃないかと思われるような言葉が出た。


 だがドーラはその言葉を額面通りに受け止めたのか、「え? そうかな……」と照れている。

「そうですぜ。子供とはいえ、見ず知らずの他人にそこまでするなんて、あっしには到底考えられやせん」

 ケインの言葉に、ドーラはようやく彼が何を言いたいのか理解したようで、「そうだねえ」と苦笑する。


「確かに、自分でも人がいいと思う。でも、ボクらは人とは違うことをやっているんだから、人と同じじゃいけないんだ」

「違うことって何ですかい?」

 ドーラは少し躊躇うが、思い切って喋り出す。

「何を隠そう、ボクたちは勇者御一行様なんだ」

「はあ……」

 当然のことながら、ケインは意味がわからず微妙な返事をする。


「ついこの間魔王が復活したのは、周知の事実だと思う。そして、にも関わらず何の動きもないのも」

「……ですね。おかげで今まで通りの生活ができてやすが、まさかおたくら……」

 ケインの信じられないという顔に向けて、ドーラは自信満々で頷く。

「そう。ボクたちは魔王を討伐するために旅を続けてるのさ」

「はあ……」

 またもやケインが微妙は声を上げる。今度は理解できないというのではなく、驚きや呆れの混じった声だった。


「とは言うものの、ボクたちだって最初からこんなお人好しだったわけじゃない。っていうかむしろケインと同じだった。他人よりも自分が大事なのは、当たり前だと思っていた。けれど、ある時ね、ボクらにこう言った奴がいるんだ」

 そこでドーラはちらりと平太を見る。平太は厭な予感がした。

「『魔王を倒すだけが勇者の目的か? そしてそのためなら、目の前の困った人を見捨てるのがお前らの言う勇者なのか? 大を生かすために小を殺すような打算をする奴を、勇者って言えるのか?』って」

「ほほお……」とケインが感嘆の声を漏らす。


「そしてさらにこうも言ったんだ。『俺はそんなクソみたいな奴を、勇者だなんて認めない。俺が知ってる、俺がなりたい勇者ってのは、もっとこう馬鹿がつくくらい真っ直ぐで、打算とか抜きに、自分の信じた正義を貫く奴のことだ』と」

 よく憶えているな、と本当に感心してしまう。だがそれ以上に恥ずかしい。過去の未熟な自分の言動を掘り返され、平太は全身がむず痒くなってきた。

「その言葉でボクは目が覚めたね。蒙が啓けたと言ってもいいかもしれない。それからボクたちは、勇者一行の名に恥じない行いを心がけるようになったわけさ」


 ドーラが語り終えると、ケインは意外にも感動したように拍手する。

「そいつは何とまあ……ご立派なお言葉で。で、その御仁はどこのどなたですか? さぞや名のある御方でやしょう」

 ケインが尋ねると、ドーラたちは一斉に平太を指さした。

「やめろおおおおおおおおおっ!」

 予想通りの辱めを受ける展開に、平太は耐え切れず両手で真っ赤になった顔を隠す。その様子を見て、ケインは再び「ほほお……」と含みのある声を出した。


「って事は、お兄さんが勇者ってわけですかい」

「やめろ。やめろ……」

 とうとう耐え切れず、平太は両手で顔を隠しながら寝返りをうつように地面を転がり始める。


「なるほどねえ。ようやく合点がいきやした。勇者御一行ですかい……そりゃあ強い上に慈悲深いわけだ」

 だがそれでもケインの絶賛は止まらない。ここまで来ると、コイツわざとやってるのではないかと思えるほどだ。

「お願い……もうやめて……」

 こうしてケインの褒め殺しは、平太が転げ疲れてぐったりするまで続いた。

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