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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
59/127

馬車でGO!

          ◆     ◆


 材料の肉がなくなると、自然と焼き肉パーティはお開きとなった。野次馬たちは、はちきれそうになった腹をさすりながら満足そうに帰っていく。彼らの手には、フォークが大事そうに握り締められていた。


 平太が後片付けをしていると、

「全部綺麗になくなりましたね」

 スィーネが洗った皿を持ってきてくれた。

「さすがにこれだけの人数でも無理かと思ったけど、何とかなって良かったよ」

「これも全部、ヘイタ様のおかげですよ」

 平太の隣で片付けを手伝っていたシズが、我が事のように自慢気に言う。

「そうですね。お肉も柔らかくて顎が疲れませんでしたし、味つけも豊富で飽きることなく最後まで美味しくいただけました」

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるよ」

「お前、もういっそ焼肉屋になれよ」

 腹をぱんぱんに膨らませて地面に転がっているシャイナの言葉に、平太は「そうだな。それもいいかもな」と答える。


「けど、それは魔王を倒して、全部終わった後だけどな」

 そう、これは焼き肉を極める味修行の旅ではないのだ。もちろん、世界中に先割れスプーンやナイフとフォークを広めるための行商の旅でもない。目的はあくまで、魔王を倒すための旅なのだ。


「そうだね。全部終わったらだね」

 シャイナの隣で身体が風船のように丸くなったドーラが、大の字になって空を見つめつつしみじみと言う。


「魔王を倒した報奨金で王都に店を出そう。ヘイタが店長兼コックで、シズがウェイトレス。シャイナが用心棒でスィーネが会計。ボクは仕入れ担当でもしようかな。うん、何だかすごく楽しそうだ」

 夢見るような口調で、ドーラは夢を話す。他の仲間たちも同じ夢を見ているのか、彼女と同じ遠くの空を見ていた。

「でも、」とそこでドーラは言葉を区切る。

「ヘイタは元の世界に帰らなくちゃ」


「あ……」と声を漏らしたのは、平太だけではなかった。

 帰る。そのひと言で、夢が覚める。

 現実へと、引き戻される。

 シャイナたちはうっかりしてた、といった感じにバツが悪そうな顔をする。


 平太は、驚いていた。

 決してその事を忘れていたわけではなかった。だが、この世界でドーラたちと焼肉屋をする話よりも魅力的に見えなかった事は確かだ。


 本当に、それもいいかもな、と思った。

 けれど、それは駄目だと言われた。

「ヘイタには、ヘイタの世界があるんだから」

 諭すようなドーラの口調は、シャイナたちだけではなく自分にも言い聞かせているようだった。


「俺の……世界……」

 改めて考える。

 帰るか、

 残るか。


 揺れ動く心に、平太は考えるのをやめた。いや、己の心が揺れ動いている事が怖くなって思考が中断した、と言った方が良いだろう。

 このまま彼女たちと旅を続けていたら、揺れるどころか残る方向に針が振れて止まるようになるのだろうか。


 平太が変化する心境に驚いていると、

「さて、そろそろルワーティクスの革が弛緩する頃合いだから、俺は仕事に戻るかな」

 武具屋のオヤジが立ち上がって大きく伸びをした。それを見て、シャイナも立ち上がる。

「それじゃ、あたしも行くかな」

 店に向かって歩き出すオヤジが、ぴたりと足を止める。平太の方を向き直って、

「あんちゃんのおかげでたっぷり精がついたぜ。これならいい仕事ができそうだ」

 そう言ってにやりと笑い、ぐっと親指を立てて見せた。

「仲間の命を預かる鎧だ。一番いい仕事をしてくれよ」

「任せとけ。それじゃ行くぞ、今夜は徹夜になるから覚悟しとけ」

「おうよ」

 オヤジが顎で示すと、シャイナは隣に並んで歩いた。


「やはり問題はその馬鹿でかい胸だな……。先にそっちをやっつけて、胸のパーツを基盤に全体を組み立てるか」

 オヤジはシャイナの胸を見ながら、手で大きさを測るような仕草をする。指がわきわき動いてるのがいやらしい。

「……言っとくが、変な事したらぶっ殺すぞ」

「安心しろ、こっちはプロだ。仕事と趣味は混同しねえよ。それよりこっからは時間との勝負だからな。疲れてへばってるヒマはねえぞ。覚悟しとけよ」

「ハッ、そりゃこっちのセリフだ。戦士の体力なめんじゃねえぞ。それより先にそっちがへばって、未完成になりましたって事にならねえようにちゃんと気張れよな」

「ハン、俺なんかこっから店まで走って戻れるくらい元気だっつーの!」

「あたしだってそれくらい余裕だっつーの!」

 言うなり二人は揃って全力ダッシュを始めた。あっという間に見えなくなる二人の姿に、平太たちは呆然となる。


「……まあいいか、元気そうだし」

「わたしたちはこれからどうしましょうか?」

「それについては、わたしから提案があります」

 シズの疑問に、これ幸いとスィーネが提案する。

「そろそろ我々も馬車の導入を考える頃合いだと思いますが、どうでしょう」

「馬車ねえ……」


 旅の財布を預かるドーラが、是非を吟味するように唸る。平太とシズがそれをじっと見守っていると、

「ま、いいんじゃない? ちょうど臨時収入もあったことだし」

 今しがた実演販売で手に入れた銅貨の詰まった袋を自慢気に掲げる。じゃらり、と重そうな音がした。

「やった」

「これでこの先の旅が楽になりますね」

 ドーラのお許しが出て、平太とシズは楽しそうにお互いの手を軽く叩き合わせる。


「では資金も問題ないようですし、この後は馬車を買いに行きましょう」

 スィーネは「もちろん、みんなで」という言葉を忘れない。ドーラに任せると危ないというのもあるが、これから全員が寝泊まりするものなので、多くの意見があった方がいいからだ。

 平太たちはそれぞれ返事をすると、後片付けの続きを始めた。

               ☽

 それから二日後。

「どうよ」

 全身を岩のような鎧で身を固めたシャイナが訊いてきた。平太はもう何度目になるのか数えるのもうんざりするくらいの質問に、

「ああ、いいんじゃない。かっこいいよ」

 これまたうんざりするくらい繰り返した返事をした。


 宿で寝ていたところを、まだ陽も昇らないうちから叩き起こされたので、平太はあくびを噛み殺すのに必死だった。

「そうだろうそうだろう」

 対するシャイナは完徹のようで、目の下に濃いくまがあるものの、徹夜明けのテンションのせいでやたら機嫌がいい。ご丁寧に全身鎧を着込んでいるのは、店からこの宿まで着て来たのだろう。どれだけ嬉しいのか。


「じゃあもうちょっと寝かせてくれよ。まだカミサマだって寝てるぜ……」

 そう言って平太が毛布を頭からひっかぶると、

「いやいやいや、そうつれない事言うなよ。せっかく出来上がったばかりの鎧をお披露目してやってるんだ。もうちょっと付き合えよ」

 もの凄い力で毛布を引っぺがされた。


「お披露目ならみんなが起きてからすればいいだろ。ってか何で俺なんだよ」

「バッカお前、ドーラたちに鎧の良し悪しなんてわかるわけねーじゃねーか。訊いたところでどーせろくな返事が返ってくるわけでもなし」

「まあ、そりゃそうかもな」

 だからと言って、平太とて似たようなものである。鎧の良し悪しなどわかるはずもない。

「ンなもん、最初ハナっから期待しちゃいねーよ」

 だったら何で、と眠気と不機嫌の混じった声で尋ねると、シャイナは平太の寝台に腰を下ろし、にや~っと意地が悪い笑みを浮かべ、

「お前のカニ鎧よりこっちのがぜんっぜんカッコいいから、見せびらかしてるだけに決まってるだろ」

 予想を遥かに上回る最低な答えが返ってきた。どうやらイグニスの件以来ずっと、平太のカニ鎧を羨んでいたようである。


「あっそ、良かったね……おやすみ」

 隙あらば寝ようと試みるが、シャイナは「おいおい待て待て」と執拗に平太を起こす。

「お前のカニ鎧は軽いわりに硬度が高いってのが売りだったが、あたしのこのルワーティクスの鎧は、重量はそこそこあるが硬度ならお前のカニに負けねえくらい、いや、きっと上だな。うん、」


 それに、とシャイナは寝台から立ち上がる。すると、不思議な事に鎧のこすれる音がほとんどしなかった。

「この新しい鎧は、あたしの身体のすべてのサイズにぴったりと合わせて作ってある。つまり、出来合いの鎧と違って余計な隙間や丈がないから、動きをまったく妨げねえ。おまけに可動部にはなめした革が挟んであるから、鎧がこすれる音もしねえ。どうだい、すげえだろ」

「はいはいすげーすげー……」

 このくだりは平太が記憶する限り五回目である。途中何度も意識が飛んだから、正確ではないが。


「さらに、ルワーティクスの革の、死後一日経つと柔らかくなるという特性を利用すれば、金属ではできない、または難しい曲面の加工が簡単にできる。そのおかげであたしの鎧には複雑な曲面加工がふんだんに使われてて、その滑らかで計算され尽くした曲面は敵の剣や矢の勢いをまともに受け止めることなく逸らしてくれる。あ、おい、寝るなよー聞けよー起きろよー」

 シャイナは遠慮のない力で平太の身体をぐいぐい揺するが、平太は意地でも目を開けなかった。


 結局、シャイナは平太が聞いていようが聞いていまいが関係なく、同じ話をさらに三回した後、電池が切れたようにぱたりと眠った。

               ☽

 それから数時間後。宿をチェックアウトした平太たちは、大通りの市場へと向かった。そこから購入した馬車を引き取り、自分たちの馬を繋げるために馬繋場へと引っ張っていくのが大変なのだが、それは平太が剛身術で難なくこなした。ただ大通りを人が馬車の荷台を引いて歩く姿は、ちょっとした見ものだった。


 馬を荷台に繋ぐと、これで完璧に馬車になった。これから自分たちの家代わりとなる新しい足を、ドーラたちはしばし感慨深そうに眺める。

 荷台は運良く酒を運ぶ業者の中古が手に入り、値段が手頃なわりに程度の良いものだった。重い酒樽を大量に運ぶだけあって作りもしっかりしてるし、何より広さも五人が寝泊まりするのに充分あるし幌もまだ新しい。これで金貨五枚は破格だろう。


「ついに馬車持ちか……」

 ドーラがしみじみ言うと、

「散らかさないでくださいね。特にシャイナさん」

 スィーネがさっそく中に荷物を乱雑に放り込んでいるシャイナを注意する。

「わ~ってるよ。ん? こりゃ何の箱だ?」

 すでに中に置かれたいた木箱を見つけ、シャイナが不審な声を上げる。

「あ、それはナイフとフォークの在庫だよ。昨夜魔方陣でフェリコルリス村の工房長に手紙を送って、朝一番で取り寄せたんだ」

「いつの間に……って言うか魔法活用しすぎだろ」

 昨日の河原での即売会で味をしめたのか、それとも前からそうするつもりだったのか、とにかく商売に関してはドーラの動きに無駄がない。


「あんまり在庫を置くなよ。そのうちあたしらが寝る場所がなくなるぞ」

「は~い」

「言っとくが、置き場所に困ってもグラディーラには頼るなよ。そういう約束だからな」

 平太が念のために釘を差しておくと、ドーラは一瞬の沈黙の後、

「や、やだなあ、わかってるってば」

 にへら、とわざとらしい愛想笑いを浮かべた。

「考えてたな」

「あははは~……」


 乾いた笑いをするドーラはさておき、平太は昨日使った鉄板も馬車の中に積み込む。鉄板は昨日使ってみてわかったが、外で料理をするのに非常に便利だ。だがさすがに1メートル四方の鉄板は、馬で運ぶには大きすぎる。しかし馬車だと難なく積み込めるので、スィーネが言う通り、馬車持ちの冒険者の必須アイテムだというのがわかった気がする。


「さて、荷物の積み込みも終わったし、そろそろ出発するか」

 平太の声に、スィーネはこのパクス大陸の旅ではお馴染みになったガイドブックを取り出す。

「では次の目的地は、コンクラータですね」

「そこには何があるんだい?」とドーラ。

「そこは、勇者がかつて伝説の盾を手に入れた岬があるそうです」

「伝説の盾、か……」

 平太はつぶやく。正直、大剣があるので盾にそれほど魅力を感じないが、片手剣と盾がこの世界での通常装備なので、郷に入りては郷に従うべきかもしれない。それにまだ手に入ると決まったわけではないので、とりあえず行ってみるのも手だろう。


「よし、じゃあそのコンクラータに行くか」

「コンクラータはここから南に五日、といったところですね」

「馬車で五日? じゃあ歩くとなると――」

「その数倍はかかるでしょうね」

「は~……巡礼も大変だなあ」

「修行も兼ねているのでしょう。ですが、我々にはそこまで時間に余裕はありませんし、素直に馬車で参りましょう」


 そうだな、と平太は馬車の御者席に座り、他の者たちが馬車の中に入るのを確認すると、出発の号令をかけた。

「んじゃ、出発!」

 勢いよく手綱を振って馬を発進させよとしたそのとき、

「あー、ちょっと待った! そこの馬車待った!」

 大声で叫びながらこちらに向かって駆けて来る男の影があった。


「おっとっと……」

 いきなり出鼻をくじかれ、平太はバランスを崩す。そうしている間に男は馬車の前に駆け込む。

「いやあ、間に合って良かった良かった」

 ふう、と右腕の袖で額の汗を拭うが、汗どころか息も乱していなかった。


「何か用ですか?」

 平太が御者席から立ち上がって見ると、男は「おお、こりゃ失礼」と敵意の無い事を示すように両手の平をこちらに向けて万歳の格好をする。

 男は長身で痩せ気味の、一見若いのか年寄りなのかわからない風貌をしていた。だがその使い込まれた革の鎧、腰に挿した短剣、そして長い黒髪の隙間からのぞく油断ならない双眸は、平太でも彼が年季の入った冒険者だとわかった。


「ああ、あんた、もしかすると――」

 平太は、男に見覚えがあった。確か、ソヌスポルタの街に入る前に追い越して行った馬車の御者が、この男だったと思う。その事を告げると、男は「ほっほう」と嬉しそうに笑った。


「あんたのような有名人に憶えててもらえるなんて、光栄ですな」

「有名人? 俺がかい?」

 平太は驚く。いったいいつの間に有名人になったのか、検討もつかなかった。

「そりゃそうだ。何せあれだけの冒険者が手を焼いていたルワーティクスをあっさり狩ってきたんだ。おまけに見ず知らずの野次馬たちに焼き肉を振る舞う気風の良さ。今この街でお兄さんがたを知らない奴はいやせんぜ」

「マジでか……、照れるな」


「ただ、有名ってのも良し悪しで、お兄さんがたを良く思っていない連中も多いのは事実でしてね」

 男が言うには、せっかく儲け話を聞きつけてソヌスポルタくんだりまで足を運んだのに、後から来たよそ者に獲物をかっさらわれて頭に来てる冒険者も少なくないらしい。


「あんたもその一人かい?」

「まさか」と男はおどけたように肩をすくめる。

「あっしはその逆でさあ。あんたらの強さに一目惚れしたんですよ」

「はん、こういう奴は絶対腹に何か隠してるって相場が決まってんだ。信用できっかよ」

 幌の中から顔を出したシャイナの言葉に、男は「へへへ」と薄気味悪い笑みを浮かべる。

「まあぶっちゃけると、あんたたちからは金の匂いがするから、着いて行くとおこぼれにあずかれそうってのが本音ですかねえ」

「それ見ろ。調子のいい事言いやがって。お呼びじゃねえんだよ、帰れ帰れ」

 しっしっと犬を追い払うようにシャイナは手を振る。だが男は気にした風もなくにやにやと笑っている。


「まあ金の匂いってのは否定できないが……」

 そこで平太はちらりと幌の中に視線を巡らす。中にはドーラと、彼女が背もたれにしているナイフとフォークの入った木箱があった。

「けれど、着いて来たっていい事ばかりじゃないぜ。何しろ俺たちはちょっとたちの悪い魔物に目をつけられてるんだ。いつ襲われてもおかしくないし、とばっちりを受けるかもしれないぞ」


 遠回しに危ないから関わるなと釘を差してみたのだが、男はさらに笑う。

「そりゃあいい。魔物の方からあんたたちに寄って来るってわけか。だったら当分食いっぱぐれる事はなさそうだ」


 どうやら逆効果だったようである。

「おっと、名乗るのが遅れちまってすいやせんねえ。あっしの名はケイン=ムマーキってケチな冒険者でさあ。まあ追い払われても勝手に着いて行くんで、以後お見知りおきを」

 男――ケインは勝手に自己紹介をすると、「それじゃ、あっしは自分の馬車を取ってきやすんで」と人の話も聞かずに去って行った。


 ケインの姿があっという間に人混みに消える。平太はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて思い出したようい御者席に腰を下ろして手綱を握り直すと、

「……とりあえず出発するか」

 小さく号令をかけて仕切り直した。

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