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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
55/127

第二回素材クエ

今回から試験的に改行の仕方を変えてあります。

☽は場面転換の改行だと思ってください。

          ◆     ◆


「それで、代用品って何だよ!?」

「近い、近いよお客さん……あと苦しい」

 シャイナに胸ぐらを掴まれ、店主は両足が完全に床から離れている。二人の顔は息がかかるほどの距離であったが、傍から見ると肉食獣に噛み付かれる寸前としか表現できないので、羨ましいどころか店主に同情しか感じない。


「おっと、すまねえ」

 シャイナは店主を床に下ろす。店主は苦しそうに何度か咳をすると、

「ルワーティクスって知ってるか?」

 一同は、そろって首を横に振る。


「ルワーティクスってのは、簡単に言や岩イノシシだ。ただしそこらのイノシシの十倍はデカいし、その名の通り皮膚は岩のように硬い」

「そのルワーなんとかって奴の革が、代用品になるのか」


 シャイナの問いに、店主は自信ありげに「そうだ」と頷く。

「でも、いくら硬いって言っても革なんだろ?」

 平太の言葉に、店主は「こいつわかってねえな」といった風に鼻から息を吐く。

「代用品って言い方をしてるが、ぶっちゃけ強度はこっちの方が高いくらいだから安心してくれ。それに――」

「それに?」

「あんたたちは、ある意味運がいいかもしれねえぜ。何しろ最近街の近くにルワーティクスが出没して、防壁に穴開けていきやがった。それで懸賞金がかけられたところだからな」

 なんかどっかで聞いたような話だな、と平太は思う。


「ああ、だから街に冒険者の姿が溢れてるのか」

「どうりでどこも品薄なわけだぜ」

 ドーラは合点がいったという風に手を叩き、シャイナは舌打ちをする。


「つまり、そのルワーティクスを狩れば、シャイナの鎧の素材が手に入るだけでなく、懸賞金ももらえるってわけか」

「そういうこった。ま、狩れたらの話だがな」

 店主は平太に向けて、にやりと笑う。


「これだけ冒険者が集まってるのに、どうしてまだルワーティクスが狩られてないかわかるかい?」

「そいつらがヘボだからだろ」

「シャイナさん、それはあまりにも皆さんに失礼ですよ」

「あんだよ。本当の事だろ?」

「いやいやお客さん、そいつは大きな間違いだ」

 店主の話では、ルワーティクスに懸賞金がかけられて以降、どこからか儲け話を嗅ぎつけた冒険者たちが毎日のように集まり、そして狩りに挑んでいった。

 しかし誰一人として、獲物を仕留めた者はいなかった。

「当然、冒険者の中にゃあお客さんの言う通りヘボもいた。がしかし、歴戦の猛者たちもたしかにいた。なのに誰も狩れなかった。当然、硬い皮膚に対抗するために鈍器系の武器を装備してたのにも関わらず、だ」


 だんだんと話が講談のようになってきて、平太たちは店主の話に釣り込まれるように身を乗り出す。

「つまり、狩られていないのにはそれなりの理由があるって事か」

 その理由とは。平太たちは店主の次の言葉をわくわくしながら待つ。

「硬すぎるんだよ」

 がっかりである。シャイナは腹立たしそうに舌打ちをし、ドーラとシズは露骨に落胆した顔をしている。あの無表情なスィーネでさえ、気落ちしたように眉を下げている。


「あ、……うん、まあとにかく、」

 おほん、と店主はすっかり冷め切った店内の空気を払うように咳払いをする。

「単純な話だが、一つの利点を突き詰めて進化するのも、生き残るための戦略だからな」

「鈍器系の装備でも歯が立たないって、どんだけだよ、」

 と、そこで平太はある疑問にぶつかる。


「ちょっと待った。それだけ硬い革だったら、加工の手間も金属と変わらないんじゃないのか? 金属加工と同じくらい時間がかかるんだったら意味ないぞ」

「お兄さん、そいつは心配いらねえぜ。ルワーティクスの革ってのは面白いもんで、普通の状態なら叩こうが斬ろうがびくともしない硬度だが、死んでから一日経つと、革がパン生地みたいに柔らかくなるんだ。そしてさらに一日経つと再び岩のように硬くなるっていう性質を持ってるんだ」


「死後硬直の逆みたいなものか……。じゃあ、柔らかくなった時に加工してやれば、」

「粘土をこねるくらい簡単に鎧ができる。お客さんの場合、そっちのお姉さんの、」

 そこで店主はシャイナを見てにやりと笑い、

「そのばかでかい胸に貼っつけて型を取ってやれば一丁上がりさ」

 なるほど、と平太がつられてシャイナの胸に目を向けると、シャイナは慌てて腕組みをして胸を隠した。隠しきれてないが。


「つまり、そのルワーティクスを狩ってくれば、二日でシャイナの鎧ができるってわけだな」

「しかも懸賞金のおまけつきでな。どうだいお客さん、やってみないかい?」

「ちなみに、懸賞金はおいくらで?」

「金貨二十枚だ」

「やろう」

 懸賞金の額を聞いた瞬間、ドーラは目の色を変えて即答する。そして周囲の視線が自分に集まっているのに気づき、照れ隠しのように言った。

「ま、シャイナの鎧のためだからね」

「あーはいはい、そういう事にしといてやるよ」

「本当だって。別に懸賞金に目がくらんだわけじゃないからね」

 誰がどう見ても目がくらんでいるのだが、そこはあえて何も言わないのが仲間の優しさというものだろう。


「さて、旅の財布を握るドーラのお墨付きは出たが、お前はどうなんだ?」

「え? 俺?」

 勇者巡礼をたどるこの旅の間は、平太がリーダーなのだ。今シャイナは、自分に判断を委ねている。


 平太は周囲を見回す。シャイナだけでなく、ドーラもスィーネもシズも、平太の決断を見守っている。


 ごくり、と唾を飲む。今度は迷いはなかった。指揮を取るのにまだ慣れていないだけだ。平太はにやりと笑い、すぐさま答える。

「よし、やろう。ルワーティクスを狩るぞ」

「そうこなくっちゃ」


 シャイナは嬉しそうに笑いながら平太の肩を叩くと、店主に向き直る。

「それじゃ教えてくれ。ルワーティクスについて、あんたが知ってる事全部だ」

 ここからは狩りの時間だ。

 そうなると必然、主導権を握るのは狩人たるシャイナである。

 平太はリーダーの役目が一時的だが終わった事に、少しだけ残念さを憶えた。だがすぐに、やはり柄ではないなと思い直した。


                  ☽


 翌日。平太たちは、ソヌスポルタから馬で半日ほど離れた場所にある森の中にいた。


 あれから武器防具屋の店主からルワーティクスについての情報を得たシャイナは、すぐさま行動を開始。そのせいで街に着いたその日に街を出て野宿となり、「せっかくソヌスポルタに着いたのに魚料理を食べないなんて……」、とグラディーラに文句を言われた。


 店主曰く、ルワーティクスは基本的に野生のイノシシと性質が同じらしい。ただ、イノシシの十倍は大きく、百倍は硬い。

「だが、生きてるなら殺せる」

 血を流すのなら神でも殺せるとでも言うかのように、シャイナは森の中を生き生きとした足取りで歩く。今の彼女は紛れも無く狩人だった。


「イノシシと同じなら、見つけるのはそう難しくないんだよな。ただみんな硬さに負けてるだけで、」

 ぶつぶつ言いながらも、シャイナは地面に着いた足跡を入念に調べる。今見つけた足跡は普通のケモノのようだ。件のルワーティクスなら、大人の頭くらいひと踏みで潰せるほど大きい。


 朝から森に入り、今は昼を過ぎた頃か。さすがに疲労が溜まり、集中力が続かなくなってきた。

「そろそろ昼飯にするか」

 先頭のシャイナがそう告げると、後ろを歩いていた平太たちが安堵の吐息とともにその場に荷物を下ろす。

「昼食か」

 シズが皆の昼食を用意していると、どこから嗅ぎつけたのかグラディーラが平太の前に姿を現した。


「なんで呼んでもないのに丁度いいタイミングで出て来るんだよ……」

「わたしはお前と魂で繋がっているからな。お前の考えは、だいたいわたしに筒抜けだ」

「ゲッ!? じゃああれからずっと俺の思考はお前にだだ漏れだったのか!?」

「すべてではないが、重要な情報は自動的にわたしにも届くようになっているぞ」

「メシの時間は重要じゃないだろ」

「何を言う。超重要だ」

 真顔で言うグラディーラに、平太はもうそれ以上何も言えなかった。


                    ☽


 昼食を終えて後片付けをしていると、グラディーラがナイフとフォークを手に持ってしげしげと見つめていたので、平太は声をかけてみた。

「どうした?」

「うむ。この、ナイフとフォークと言うのか。便利なのは良いのだが、如何せんまだ慣れぬな」

「ずっと手づかみだったからな。急にこれを使えってのは無理があるさ。じょじょに慣れていけばいいよ」

「そうだな。これはヘイタの世界の食器だと聞いたが、お前の世界とはどういったものだ」

「どういった、って言われてもひと口じゃ説明できないな」

「構わん。わたしが興味あるのだ。どんなものでもいいから、とにかく話してくれ」


 それならば、と平太は自分が住んでいた世界の話をした。政治、経済、科学、文明、教育、文化、風土、風俗、思いつく限りの事を、彼の知る限り話した。

 平太の話を聞きながら、グラディーラは見たこともない異世界を想像し、「おお」と驚いたり「本当かそれは」と真剣に質問したりした。そして平太の話がひと通り終わると、

「なるほど。それがお前のいた世界か」

 しみじみ、という感じで目を閉じ、異世界の余韻に浸るかの如く息を吐いた。良いも悪いも言わなかった。言った事は一つだけ。

「帰りたいか?」

 それだけだった。


 グラディーラの問いに、平太はすぐに答えられない。かつてなら、即答だったであろう。こんな娯楽の無い低文化の世界。剣と魔法のファンタジーっぷりに興奮していたのは最初だけで、慣れてしまえば不便が勝つ一方だった。

 なのに――

 それなのに、今は帰りたいとすぐに思えない自分がいた。


 言葉に詰まる平太の姿に、グラディーラは「ふむ」とつぶやく。そしてその間こそが答えだとばかりに問答を切り上げて立ち上がる。

「さて、それではわたしは戻るとしよう。そのルワーティクスとやらが見つかったら、また呼んでくれ」

 食事が終わったのですぐに消えるかと思いきや、グラディーラは「ああ、そうだ」とシズの方へ向き直る。

「保存食もたまには悪くないが、こればかりだと栄養が偏るからな。夕食はもっと栄養バランスを考えた献立だとありがたい」

「はあ……」

 今しがた昼食を食べ終わったばかりだというのに夕食の注文をされ、シズは驚いたような困ったような顔で生返事をする。


「そう思うんならてめえが何か狩るなり採るなりして来いよ」

 シャイナが文句を言うと、グラディーラは淡々と答える。

「わたしは剣だ。剣はただ斬るためだけにある。それ以外は専門外だ」

「剣なら食うのも専門外だろ」

「聖剣のわたしを普通の剣と一緒にしてもらっては困る。聖剣ともなれば、食事くらいしても何ら不思議ではない」

「お前……」


 ああ言えばこう言うグラディーラに、シャイナは我慢できずに立ち上がる。あわやケンカかとなる寸前、二人の間に平太が割って入った。

「ンだよどけよ」

「まーまー、落ち着けよシャイナ」

「これが落ち着いていられるかよ。聖剣だか何だか知らねえが、働きもせずメシだけ食ってるくせに偉そうな事言いやがって」

「ぐ……」

 働きもせずに親の金でメシを食って偉そうな事言っていた元ニートの平太に大ダメージ。ふさがりかけた傷を忘れた頃にえぐられ、平太は泣きそうになる。


「そ、そんな事はないよ。前に説明しただろ。グラディーラがいたから、四天王の一人を撃退できたんだって。だからまったく何もしてないってわけじゃないから」

「だがよ、その四天王ってのはあいつと因縁があるからやって来たんだろ。つまり、あたしらはとばっちりを受けただけじゃねーか」

「それはそうかも知れないけど、そもそも俺たちが結界を解いちゃったから彼女の気配が外に出て、それを嗅ぎつけられたんじゃないか。原因の半分は俺たちにもあるよ」

「ンだよそれ。てめえ、あいつの肩持つのかよ」

 平太はただ、グラディーラも仲間として皆に受け入れて欲しいだけなのだが、実際にイグニスと戦った現場を見ていないシャイナたちにすれば、彼女の能力に疑問を持つのは当然かもしれない。


「フン、ヘイタはわたしと魂の契約を交わしたのだ。つまり一心同体。肩を持って当然であろう。それとも、お前はわたし以上の力を彼に与えられるとでも言うのか?」

「グラディーラも、今はそういう煽りやめてくれないか……」

「ヘン、剣風情が偉そうなこった。お前なんか誰かに使われなきゃただの大飯食らいの穀潰しじゃねえかべろべろべ~」

「シャイナも、子供みたいな挑発はやめろよ……」


 あちらを立てればこちらが立たずとでも言うのだろうか。ここはどちらを立てても波風しか立たないような気がする。平太は本能的にそう感じると、どうすれば皆がグラディーラを認めてくれるのか一計を案じた。


「よしわかった。だったら、こうしよう!」

 両手をぱんと鳴らし、平太は一同を注目させる。

「要はグラディーラが仕事をすればいいんだろ? それなら、今回の獲物は俺とグラディーラだけにやらせてくれ。そうすれば彼女の実力がみんなにもわかるし、ちょうどいいと思う」


「お、おい、マジかよ!?」

「それはちょっと危険じゃないかなあ」

「蛮勇と勇気は違いますよ」

「ヘイタ様、それはかなり無茶なんじゃ……」


 シャイナを始め、ドーラやスィーネやシズが口々にやめろと言う。だが平太は彼女たちの制止に対し、余裕の笑みを返す。

「大丈夫。魔王の四天王を追い返したんだ。野生のイノシシなんてちょろいもんさ」

「しかしよう……」

「それでもし俺たちがルワーティクスを狩れたら、みんな彼女を仲間として認めてやってくれないか?」

 四天王と比べると格が下がるのは否めないが、これまで幾多の冒険者たちが狩れなかった獲物を単独で狩るのだ。実力を示すには充分だろう。


「そんな遠回しな事をしなくても、魔王と戦うのにわたしの力は必要不可欠なのだ。仲間だ何だと生ぬるい事を言わず、お前はただわたしを剣として振っていればいいではないか」

 自分はただひと振りの剣であると言い切るグラディーラの両肩を、「違う」と平太は掴む。


「確かに、魔王と戦うのに聖剣の力は必要不可欠かもしれない。けれど俺はそんな打算や損得勘定じゃなく、お前を仲間の一人として扱いたいんだ。そして、できればみんなにもそうして欲しい」

 平太はグラディーラの肩を掴む両手に力を込め、にやりと笑う。

「俺の個人的なわがままだってのは重々承知している。だけどお前だって、自分は無駄飯食らいじゃないって証明したいだろ?」

 挑発するような平太の言葉に、グラディーラも同じくにやりと笑う。

「当然。わたしは聖剣だ。むしろわたしと共に戦えるのを、お前らは光栄に思うべきだぞ」

「それでこそ伝説の剣だ。だったらその力、もう一度俺たちに見せてくれ」

 グラディーラはするりと平太の手をすり抜けると、

「お望みとあらばいつでも」

 右手を胸に当てて一礼し、かき消すように姿を消した。


 グラディーラがいなくなると、しばしの沈黙が流れた。

「本当にお前らだけでやるのか?」

「ああ。だからみんな手を出すなよ」

 平太の決意が伝わったのか、誰もこれ以上止めようとはしなかった。ただシャイナだけが、

「ケッ、勝手にしろ」

 と不機嫌さを隠そうともせずに言い放つと、荷物をまとめ始めた。捜索再開だ。

 平太は見るからに荒れてるシャイナの背中を見ながら、「参ったな、怒らせちまった」とつぶやく。


 二人から少し離れた場所では、スィーネが敷物を畳みながら、

「ただのヤキモチですよ」

 と独白する。

「え? 何ですか?」

「いいえ、ただの独り言です」

 シズは不思議そうにスィーネの顔を見るが、すぐに気を取り直して出発の準備を急いだ。


                    ☽


 シャイナの探索能力は、機嫌の良し悪しでムラが出る事はない。そうして着実に獲物の痕跡をたどり続けていく限り、彼女に追えない獲物はない。いきなり翼が生えて空を飛びでもしないかぎり。


 つまり、平太とグラディーラがルワーティクスと対峙するのは、時間の問題であった。

「見つけたぜ」

 茂みに身を隠しながら、シャイナが小声で言う。


 視線の先には、イノシシの身体を十倍ぐらいにして、毛皮の代わりに全身をコンクリートで固めたような、まさにルワーティクス《岩イノシシ》の名に相応しい巨大な生き物が凶悪な牙で地面を掘って何かを貪り食っていた。

 目を凝らして見れば、それはワニのような大型の爬虫類だった。恐らく地中の巣にいたのを、丸太みたいに太い牙で掘り返されたのだろう。

「ゲ……、肉食ってるよ。そんなとこまでイノシシとそっくりなのかよ」

 地球のイノシシも雑食で、稀に猟犬が返り討ちに遭って食われる事もあると聞く。つまり、凶暴性も同じということか。


 平太たちの位置は風下で、臭いで気づかれるという心配は今のところはない。だがいつ風向きが変わるかわからないので、動くなら今しかない。

「それじゃ、行ってくる」

 みんなに声をかけ、平太が動く。

「頑張ってね」

「ご武運を」

「気をつけてくださいね」

 それぞれが平太の背中に言葉をかける中、シャイナだけが無言だった。

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