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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
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バストトラブル

          ◆     ◆


 イグニスが目を覚ました時、自分が一体どのくらい気を失っていたのかすぐにはわからなかった。


 まだ自分が空を飛んでいるという状況や、速度や角度から放物線の最高点を過ぎたあたりだと判断し、早くて数秒、遅くても十数秒であろうと当たりをつけた。


 魔力を噴出し、制動をかける。空中でしばらく立ち止まり、自己分析を始める。状況が把握できたところで、イグニスは苦々しくつぶやいた。


「負けたのか、俺は……」


 信じたくない事だが、信じなければならない。イグニスは鎧の胸の砕かれた部分に触れる。今もまだ残る鈍痛。手が触れた瞬間さらに鋭い痛みが走り歯を食いしばる。


 どうやら肋骨を数本折られ、胸骨にヒビを入れられたようだ。


 とそこでイグニスはある事に気づき、傷の痛みを忘れるほど激しい怒りと屈辱に震えた。


「あの野郎……手加減しやがっただと?」


 自分はあの時確かに斬られた。こうして空高くふっ飛ばされたのは、鎧が刃を防いでくれたおかげだ――と思っていた。


 しかしそれは、砕かれた鎧の痕跡を見れば違う事がすぐにわかる。これは、刃によって穿たれた損傷ではない。剣を受けて鎧が砕けたのなら、砕けた箇所の表面の損傷は広く、そして内部の損傷は切り込みのように狭くなる。


 なのにこの鎧は砕けた箇所の断面が均一である。


 これではまるで――


「峰打ちかよクソがぁっ!!」


 聖剣を持っていたとはいえ、ただの人間に負けた。これだけでも死ぬほど屈辱なのに、その上峰打ちという手加減までされていたと知り、イグニスは怒りと恥辱で気が狂いそうになる。


 真相は平太が無意識に剛身術で剣の切れ味を抑えていたのだが、イグニスにそれを知る術はない。


 あまりに頭に血が上ったため魔力が一気に噴出し、もの凄い速度ででたらめに飛ぶ。


 だがそんな不規則蛇行飛行も、胸の傷が痛みすぐに止まる。


 胸を押さえ、痛みが収まるまで息を荒らげて耐える。ようやく痛みが引くと、この怒りと痛みの恨みをぶつけるべく、今すぐにでも引き返してあの人間を切り裂きたい衝動に駆られる。


 が、傷の痛みで思うように剣が振れない。これではまともに戦うのは無理だろう。一日に同じ相手に二回も負けたとなると、これはもう四天王としてではなく、生き物として恥ずかしい。


「クソッ! 今日のところはこれぐらいにしといてやらぁっ! ツラは憶えたからな、人間!!」


 チンピラの捨て台詞のようなもの吐き、イグニスは痛む胸を押さえながらフラフラと飛んだ。


 向かう先は遥か北――人間が魔王の城と呼ぶ場所である。


 そこでふとイグニスの脳裏に、ウェントゥスのトカゲ顔がよみがえる。


「あ……」


 そういえば、今日はいつもの会議をすっぽかしてしまった。異世界人の顔を見たらすぐ帰るつもりだったのだが、不意に鼻に届いた聖剣の匂いに我を忘れ、結果としてサボる形になっていた。


「あ~……、ウェントゥスに何て言おう……」


 明日顔を合わせれば、必ず会議欠席の理由を問われるだろう。だが正直に話す気にもなれず、イグニスは魔王の城に着くまでの残りの時間を、ウェントゥスへの言い訳を考えるのに使わざるを得なかった。



「さて、これからどうしようか」


 ドーラはスィーネに治癒魔法をかけてもらった箇所をさすりながら、みんなに向けて言った。今はグラディーラは別の空間に引っ込んでおり、スィーネはシズの傷を癒している。シャイナは鎧を脱ぐのに手間取っているので、順番が最後になっていた。


「一応剣は手に入ったけど、どうする?」


 ドーラは平太に問う。一応最初の目的通り、伝説の勇者の剣は手に入れた。その正体が食欲旺盛な銀髪の女性だったのは予想外だが、中身はどうあれ聖剣なのは間違いない。それを踏まえて、まだ勇者巡礼を続けるのかと訊いているのだ。


「う~ん……」


 平太は悩む。早急に必要だった剣が手に入ったのは幸運だった。だがこの幸運が次もあるとは限らないし、そもそも他の武具が見つかるとも限らないのだ。そんな不確定極まりない寄り道に、これ以上仲間を付き合わせて良いのだろうか。


「ちょっといいか?」


 平太が悩んでいると、シャイナが手を上げた。全員の視線が彼女に集まる。


「さっきの爆発で鎧がベコベコになっちまった。できればどっかの街で修理か新調したいんだが」


 見れば、シャイナの鎧はあちこち凹んでいる。やけに脱ぐのに手こずっていると思ったらそういう事か。鋼の鎧がああなるには、相当な威力で石が当たったのだろう。


「ずいぶんデコボコだけど、穴が開いたわけじゃなし、まだ使えるでしょ」


 節約家のお母さんみたいな事を言ってるが、ドーラの本心は出費を避けたがっている感がありありだった。だがシャイナに穴が開いてからじゃ遅いし命に関わる問題なんだよと言われると、それ以上強く出られなくなる。


「まあ新調は無理でも、せめて修理くらいはしねえとな。これじゃもう鎧としてあまり役に立たねえよ」


 シャイナは鎧の胴の部分をさする。元は滑らかであったであろうそこは、今では凹んでいない箇所はどこにもなかった。突然平太の方を見て、


「っつーかなんであたしより爆発の近くにいたお前が軽傷なんだよ!」


 シャイナに恨みがましい目で見られ、平太は困惑する。そんなこと、自分だって知りたい。


「きっとその鎧がカニの甲羅でできてたおかげだね」


 平太の代わりにドーラが説明すると、シャイナの鋼の鎧と平太のグランパグルの鎧は、強度的にはそう大差はない。なのにどうして被害に差が出たかと言うと、平太の鎧はカニの甲羅を素材としており、その甲羅が持つ細かいトゲが石の威力を分散させ、衝撃をまともに受けずに済んだのだそうな。


「つまり、石をまともに受けたあたしの鎧は凹んで、いくつものトゲで受けたこいつの鎧は何ともなかったって事か?」


「そういうこと」


「ンだよそれぜんぜん納得いかねー!」


 子供のように駄々をこねられても、そうなのだから仕方がない。


「だったらお前もカニ鎧を着ればいいじゃないか」


 平太のやけくそ気味なひと言に、両手両足をぶんぶん振り回して大きな子供みたいになっていたシャイナの駄々がぴたりと止まる。


「そうか~……その手があったか」


 さっきまでの駄々が嘘のように、シャイナの顔がにんまりとした笑顔になる。絶対良からぬ事を考えているに違いない。平太でなくても誰もがそう思う笑顔だった。


「よし、あたしもカニの鎧にする!」


 やっぱり、と平太は内心で嘆息する。新しもの好きのシャイナの事だ。いつかそう言う日が来るのではないかという気はしていた。そして飽きっぽい彼女は、すぐに自分の言った事を忘れて別の新しい物に飛びつくであろう。そこまで予想できた。


「――となると、どっかでカニを調達しないといけねえな……。パクス大陸にグランパグルっていたっけ?」


「ボクに聞かれてもわからないよ」


「と言うか、今から狩る気ですか?」


 正気を疑うという感じでスィーネが言うが、シャイナの顔はどう見ても本気だ。付き合いの長いドーラとスィーネは、彼女が言い出したらきかないのを知っているので、すでに諦めた顔をしている。


 だが平太は知っている。その希望が叶わないのを。これを言ってしまえば、彼女が落胆するであろうひと言を、言うか言うまいか迷う。


 しかし、傷は浅い方がいいと、平太は意を決して口を開いた。


「シャイナ、カニの鎧は諦めた方がいい」


「ああ? なんでだよ?」


 それまでの上機嫌が嘘のような声と表情に、平太の決意がしおれそうになる。


「仮にパクス大陸にもグランパグルがいて、それが今すぐ手に入ったとしても――」


「しても?」


「それをデギースに送って鎧ができるのに一ヶ月はかかる」


 そう。平太の鎧を作るのに、それだけ時間がかかったのだ。二回目という慣れがあったとしても、劇的に期間が短縮されるという事はないだろう。


「あ……」


 時間という盲点に気づき、シャイナがしまったという顔をする。材料の問題をすっ飛ばしたとしても、問題はまだ残っていたのだ。


「しまった。そいつは盲点だったぜ」


 あちゃ~、とシャイナはしかめっ面で天を仰ぐ。それから常人の三倍くらい肺活量がありそうな長い長いため息をつくと、そこでようやく熱が冷めたのか、


「じゃ、しゃーねーか……」


 本当に仕方なく渋々と言った感じで諦めた。


「ま、まあそんなに気を落とすなよ。鎧なら、街に行けば修理なり買い換えなりできるだろ」


「そうだよ。街に行けばきっと気にいる鎧の一つや二つあるさ」


 平太とドーラの気休めのような慰めに、シャイナは「そ~か~?」と気のない返事をする。どうやら本気でカニの鎧が欲しかったようだ。


「となると、シャイナの鎧の事もあるし、いつまでもここにいても仕方ない。とりあえず山を降りて、次の巡礼地に向かってみよう」


 とりあえずこれ以上シャイナを落ち込ませないようにと、平太は次の方針を打ち出す。とにかく身体を動かせば余計な事を考えないだろうし、先の事は進みながら考えればいい。


「そうだね。行こうか」


「では、次の巡礼地は――ソヌスポルタですね」


 ドーラが尻を払いながら立ち上がり、スィーネはガイドブックを見ながら言う。


「ソヌスポルタ、ですか?」とシズ。


「今いる霊山スピルトゥンスから東に少し、と言ったところでしょうか。オリウルプスやオブリートゥスほどではありませんが、なかなか大きな街のようですよ」


「街が巡礼地なんですか?」


「勇者が泊まった宿があるようですね」


「それだけ、ですか?」


「はい」


 ガイドブックによれば、霊山スピルトゥンスのようないわくありげなものは少数で、ほとんどの巡礼地は勇者の足跡をたどっただけの、ちょっと強引な格付けらしい。


「でも、大きな街だったらまた美味しいものが食べられるかもしれませんね」


「ソヌスポルタは海が近いので、海の幸が豊富なようですね。ここは是非、オブリートゥスとの食べ比べをしてみたいものです」


 なんだか旅の主旨が観光に傾いてきた気がするが、聖剣を手に入れたのと窮地を脱したお祝いのようなものを兼ねて、ここは少し羽根を伸ばすのもいいかもしれない。


 いや、“手に入れた”という言い方は正しくないか。聖剣はグラディーラという人格を持っているのだ。この場合、“仲間にした”といった方が良いかもしれない。


 それはさておき、と平太は誰にも気づかれないほど小さなため息をつく。


「どうやら本当に晩飯は魚になりそうだな……」


 グラディーラの言葉を思い出し、平太は独りごちた。



 それから一行は山を降りた。


 麓に戻ると、イグニスが落下した時の爆発が巡礼者たちに目撃されていたようで、少し騒ぎになっていた。だがあれこれ意見が出たもののどれも正確性に欠け、最終的に局地的な落雷だという線で片がついたようだ。


 それから平太たちは、一路ソヌスポルタへ向かった。


 長い年月、数えきれないほどの巡礼者に踏み固められた道は広くなだらかで、下手な街道よりも歩きやすかった。


 馬に乗った平太たちは、幾人もの徒歩の巡礼者を追い越すが、道を通るのは当然彼らだけではなく、商人や待ち合いの馬車も見かけた。


 馬で数時間ほど歩くと、ソヌスポルタの外壁が見えてきた。


 巨大な門と、街を囲む高い石造りの壁。まさに大都市という風貌だ。ガイドブックに大きな街と記載されているだけあって、外観からもその規模の大きさが伺えた。たしかに、王都オリウルプスとまではいかないまでも、地方の大都市オブリートゥスやフェリコルリスに負けずとも劣らずといった感じである。


「けっこう近かったな」


 平太の声に、スィーネがガイドブックを取り出して答える。


「ソヌスポルタは、元は霊山スピルトゥンスの近隣にある小さな村だったそうですが、巡礼地となったためにこれだけ発展したそうです」


 有名人が泊まった宿効果とでも言うのだろうか。それにしても小さな村がここまで大きくなるには、一体どれだけの人がここを訪れたのだろう。平太が数百年の時の流れに思いを馳せていると――


「前のお兄さんがた、ちょっとごめんよ」


 後方から、一台の馬車が迫って来ていた。


 御者席に座って手綱を持つ男は、革の鎧を着ていた。よく見れば、腰に短い剣を挿している。


「ありゃあ冒険者だな」


 一目見て、シャイナが御者の素性を見抜く。平太には目つきの鋭さくらいしかわからないが、特有の立ち居振る舞いや匂いを感じ取ったのだろう。


「急いでるようだ。道を開けてやれ」


 シャイナに言われ、平太は馬を道の端に寄せる。


「悪いね。それじゃお先に」


 御者は愛想よく会釈すると、手綱をひと振りして馬の速度を上げる。馬は一度いななくと、足を早めて平太たちを一気に追い抜いて行った。


「街もすぐ目の前ってのに、何をあんなに急いでるんだろう?」


「さあな。クソでもしたかったんじゃねえか」


 それとも、とシャイナは続ける。


「何か美味い話があの街にあるか、だ」


 目の前に迫る城壁のような大門に視線を向け、シャイナはにやりと笑う。



 門の前には衛兵が二人立っていた。平太たちはてっきり長い時間足止めされると思ったが、意外にも二三の質問をされただけですんなりと通してくれた。


 大きな街にしてはずいぶんと不用心だなと思っていると、自分たちより後に来た冒険者風の一団も、同じようにすんなりと街への立ち入りを許可されていた。


「俺が言うのもなんだが、こうもあっさり通れると、衛兵仕事しろって感じだな」


「でも大きな街になると、それだけ人の出入りも多いからね。一日に何十、何百人と調べていたら、少しはサボりたくなるのかもしれないよ」


 とは言うものの、サボりにしては大っぴらだし、冒険者こそちゃんと調べないといけないような気がする。


 これは何かあるのかも、と平太たちは首を傾けながらも馬を預け街を歩く。すると巡礼者が多いのは当然の事ながら、それに混じって少なくない数の冒険者を見かけた。


「これはやはり、何かあるね」


 知的好奇心を刺激され、ドーラは目を輝かせる。ついでにネコ耳も震わせる。


「冒険者ギルドでもあるのか?」


「いえ、彼らにそういった組織だったものはないはずですが……」


「基本、冒険者は根無し草だからな。あいつらを取りまとめようだなんて、飛んでる鳥を管理するようなもんだ」


「つまり不可能、と……」


 言われてみればもっともだが、妙なところが現実的で少しがっかりする。


 冒険者の量が気になりつつも、平太たちはとりあえず当初の目的を果たすために武器防具屋へと向かった。


 店は、大きな街だけあって何軒もあったが、残念ながらどの店にもシャイナの眼鏡にかなう鎧はなかった。正確に言うと、合うサイズの鎧がなかった。


「胸が無駄に大きすぎるんだよ」


 いつになくトゲのある口ぶりで、ドーラがつぶやく。


「しょーがねーだろ。好きででかくなったわけじゃねーし。それに街に冒険者が増えて、どれも品薄らしいんだよ」


 最初はみな同情的だったが、さすがに四軒目になると呆れを通り越して若干腹が立ってきた。


 確かに女性用の鎧は数からして少ないし、その上シャイナほどの体格となるとさらに少ない。そして彼女ほどの胸のサイズとなると、店の人間に「もう探すよりオーダーメイドで作った方が早いんじゃないか」と言われる始末である。


「どこかの蛮族の女性は、弓を射るのに邪魔だからと自ら乳房を切り落とすそうですよ」


 普段は胸の事などまったく気にしてないような素振りのスィーネさえも、無駄足続きでご機嫌斜めのご様子だ。普段の辛口ぶりがさらに辛さを増している。


「よし、じゃあそんな邪魔な胸は切ろう」


「そうですね。どうせ使い道の無い肉の塊ですし、良い機会なので切ってしまいましょう」


「お前ら! 人の胸を勝手に切ろうとするんじゃねえっ! それに使い道がないって勝手に決めるな!」


「あはははは~……」


 ドーラとスィーネにちくちくと口撃されるシャイナを、シズは複雑な気持ちと表情で見ながら微妙な距離を保ちつつ歩いていた。



 こうしてさらに二軒の武器防具屋を後にした一行であったが、ついにドーラの我慢の限界がきた。


「次の店になかったら、もう諦めてよね」


「わかったよ……。こうなったら多少サイズが合わなくても妥協するか」


 妥協してその胸が収まるのだろうか、という一同の疑念はさておき、最後のチャンスとなった店に、平太たちは足を踏み入れた。


「らっしゃい」


 店は、今までの中で一番小さく、そして一番小汚かった。


 ああ、こりゃハズレだな。誰もがそう思った。


「何をお探しで?」


 店主と思われる男が、のっそりとカウンターから出てくる。子供のように身長が低いが、腕の太さなど平太の足より太い。頭は落ち武者のようにハゲ散らかしているが、その代わりへそまで届くほどの立派なヒゲをたくわえていた。


 この世界にもドワーフがいたのか。だとすると、エルフもいるかもしれない。そう期待した平太であったが、よくよく見るとただの小さいマッチョのオッサンだったようで彼の夢は儚く散った。


「なに泣いてんだよ?」


「なんでもない……それより、早く用を済ませろ」


「あ、うん……」


 釈然としないまでも、シャイナはとりあえず店主に要件を告げる。


「あんたに合う鎧か」


 店主は無遠慮にシャイナの身体を頭のてっぺんから足の爪先までしげしげと眺め、やがてそのねめつけるような視線は胸で止まる。


「ないな」


 即答であった。


「マジか~……」


 最後の望みを託した店で即終了を告げられ、シャイナはがっくりと肩を落とす。


「やっぱり、胸ですか?」


「胸だな」


 平太が念の為に訊いてみると、やはり店主は即答した。


「じゃあ、胸の部分だけ交換とか、ちょこちょこっと手直ししたりとかできませんかねえ?」


「服じゃあるまいし、鋼の板だからなあ。型を取って、それに合わせて玄翁で叩いて形を作るんだ。一晩やそこらでできるもんじゃねえよ」


「なるほど……」


 やはり無理な注文だったか。


「だったら、胸の部分だけ革とかで代用できませんか?」


 平太の提案に、店主は「う~ん」と唸る。


「できないことはないが、バランスが悪くなるし、革だと防御力が心許ないだろう。見たところ、あの姉ちゃんは相当な手練だ。だとすると、戦闘でも一番前や壁役など、誰よりも危険な場所に立つはずだ。それなのに一番大事な部分が頼りないと、いざって時に命を落とすかもしれないぞ」


 そう言われてしまうと、早くできるという理由だけで無理に革を推す事ができなくなる。


 ちらりとシャイナを見る。彼女は吊るしの板金鎧を名残惜しそうに見ていた。あの鎧自体に、特に文句も欠点も無い。サイズは元より強度や動きやすさ、それに値段も良心的だ。


 ただ、胸が――


「そうだ」


 尋常じゃなくがっかりしている平太たちを不憫に思ったのか、店主が何やら思い出したように言う。


「代用品がないこともないぞ」


「マジっすか!?」


「本当だろうな! 嘘だったらぶっ殺すぞこの野郎!」


 もの凄い速度でシャイナに詰め寄られ、店主は「お、おう……」と小さく呻いた。

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