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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
50/127

伝説の剣

          ◆     ◆


 おほん、と咳払いをひとつ打ち、ウェントゥスはいつものセリフを言う。


「え~、第331回『魔王様がいない間どうしようか』会議ですが――」


 そこでウェントゥスの言葉が止まる。見れば、魔王城の会議室にはいつもの面子が揃っておらず、自分の他にはコンティネンスとスブメルススしかいない。


 普段なら真っ先に目につく、あの真紅の鎧が見当たらないのだ。


「イグニスはどうしました? また遅刻ですか?」


 短気で飽きっぽいイグニスは、会議をサボりはしないものの遅れて来る事が少なくない。今日もまた解散するギリギリになって現れるのかと思いきや、コンティネンスが岩でできた腕をゴリゴリ鳴らしながらゆっくりと挙手した。


「どうしました、コンティネンス?」


「イグニスは、」


 コンティネンスの声は、その体躯に相応しいくらい太く重く、そして遅い。


「いま、」


「いない」


「それは見ればわかりますよ。しかし、とうとうサボりですか。まったく……」


 ウェントゥスは眉間にしわを寄せる。それは、もしカメレオンに表情筋があって困った顔をしたらこういう感じだろうという顔だった


「あいつは、」


「今朝、」


「パクスに、」


 ウェントゥスも気の短い方ではないが、さすがにコンティネンスの喋り方にはもどかしさを感じる。早く結論を言って欲しいが、下手に口を挟んで言葉を中断させると、コンティネンスは几帳面にまた最初から話を始めてしまうのだ。


 人差し指でテーブルを神経質につつきながら、どうにか最後まで話を聞き終える。要約すると、イグニスは今朝からパクス大陸に出かけたそうだ。これだけ言うのに、実に十分以上かかった。


「パクス大陸に? 一体どうして?」


 そこからさらに十分経過。


「異世界人の一人がウィルトースラに上陸したから、様子を見に行った?」


 五分経過。


「確かに、パクス大陸には伝説の剣が眠ると言われる霊山スピルトゥンスがありますが、しかしたかが異世界人が一人そちらに向かったからと言って、わざわざ四天王の一人が直接様子を見に行くなど……」


 十五分経過。


「まあ悪い芽は早く摘むに越したことはありませんが、正直イグニスがそこまで仕事熱心だとは思えませんね」


「おれも、」


「そう思う」


 そこでふと、ウィントゥスは室内にスブメルススの姿がなくなっている事に気づいた。


「あれ? スブメルススは?」


「スブメルススなら、」


 それから十分ほどの時間を費やして、コンティネンスはウィントゥスに、スブメルススは自分が話を始めた時点で会議に見切りをつけて退室していた事を説明した。



 霊山スピルトゥンスでは、平太たちは一軒の小屋の前にいた。


 小屋は平屋の丸太小屋だったが、登山者がたまに使う山小屋や別荘のように限定された時期だけ使うようなものではなく、質素ながらも妙な生活感があふれていた。


「こんな所に山小屋が……」


「誰か住んでるみたいだね」


 平太たちが遠巻きに小屋を眺めていると、突然扉が開いて、


「誰だお前ら」


 小屋の中から銀髪の女性が出て来た。


 女性は長い銀髪を無造作に後頭部で束ねている。鋭い目つきと定規で引いたようなはっきりとした眉は、スィーネの凛とした部分とシャイナの野性的な部分を足して二で割ったような印象を受ける。


 服装は地味な平服だが、山の中で生活しているためなのかスカートではなく男性と同じパンツ姿で、とても活動的に見える。しかし美麗な見た目や男まさりな服装よりも一番平太たちの目を引いたのは、その手にしっかりと持たれた鳥のもも肉と思しき肉の塊だった。どうやら食事中だったらしい。


「人の声がするからもしやと思ったら、お前たちあの結界を超えて来たのか?」


 手に持った肉でびしっと指し示されても緊張感の欠片も無いが、口ぶりからのあの結界について何か知っていそうな感じがありありとする。


「俺たちは別に怪しい――」


 そこで平太は自分たちの格好を思い返す。巡礼とはほど遠い完全武装の上に、自分はカニの甲羅を主体にした装備一式。カニ素材の大剣こそ今はないが、それでも見た目の怪しさは相変わらず抜群だ。


「……いや、まあ見た目はちょっと怪しいかもしれないが、とにかくやましい事をしに来たわけじゃない」


 銀髪の女性は平太の姿をじっと見て、言ってる事に間違いはなさそうだと判断したのか、表情から少しだけ警戒心のようなものが消えた気がする。


「では何をしに来た」


「ここにかつて勇者が手にした伝説の剣があったと聞いてやって来たんだが、その途中でこの結界を見つけたというわけだ」


「伝説ならその先も知っているだろう。あれはもうここには無い」


「ああ。だがここに来れば何か手がかりがあるかもしれないと思ったんだ」


「あんなもの、捜してどうする?」


「もちろん、魔王を倒すためだ」


 平太の言葉に、銀髪の女性は改めて平太を含め全員を睥睨する。その視線のあまりの鋭さに、シズはシャイナの背後に隠れてしまった。


「魔王か……」


 銀髪の女性は小さくそうつぶやく。その時の寂しさと悲しさ、そしてわずかばかりの懐かしさなど複雑な感情が入り混じった表情が、彼女の刃のような美しさをさらに引き立てて平太は一瞬目を奪われた。


 だが女はすぐに表情を引き締め、危険なだけの抜き身の刃に戻る。


「だったらあいにくだったな。あんなものはここには無い。言い伝えの通り、勇者とやらが持って行ったきり行方知れずだ」


 わかったらとっとと帰れと言わんばかりに、銀髪の女性は背中を向ける。


「待ってくれ」


 が、その背中を平太が引き止める。


「あんた、本当は何か知ってるんじゃないか?」


「……なぜそう思う?」


 女は振り返らない。


「結界について何か知ってるような口ぶりだったし、何よりあんたはさっきから伝説の剣の事を『あんなもの』と、まるで実物を見たことあるかのような言い方をしていた。言うなら普通『そんなもの』だろ」


 女は答えない。


「あの結界を張ったのは、あんたじゃないのか?」


 女はしばらく沈黙し続けた。


 やがて手に持った肉を見て、ため息をひとつ吐くと肉にがぶりと噛みつく。もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、


「やれやれ、すっかり冷めてしまった」


 そこでようやく女は平太の方へ向き直る。


「中に入れ。知りたい事を教えてやろう」


 女はそれだけ言うと、小屋の中に姿を消した。


「どうする?」


 ドーラの不安げな声に、平太は自信を持って答える。


「教えてくれるって言うんだ。願ったり叶ったりじゃないか」


 そう言って先頭を切って平太が小屋に入ると、他の連中も覚悟を決めて彼の後に続いた。



 小屋の中は、外から見た印象の通り飾り気も何も無く、ただ純粋に生活のための空間だった。小さな木のテーブルに木の椅子に寝台など、人ひとりが住むには過不足ない。が、ただそれだけという感じで味も素っ気も無く、広さも平太たち五人が中に入るとあっという間に手狭になった。


 女はかまどの蓋を開けると手に持ったすっかり冷め切った肉を中に突っ込んで軽く炙り直す。冷めて固まっていた脂が火に炙られて溶け、雫となって滴り落ちると火がぱちんと弾けた。


「よし」


 女は満足そうに頷くと、温め直した肉にかぶりつく。ほくほくと熱そうにしながらも口いっぱいに頬張った表情はとても幸福そうで、その肉がどれだけ美味いかを如実に物語っている。


 だがその顔は小屋に入って来た平太たちの視線に気づくと、再びきりりと引き締まってしまう。ごくりと肉を飲み込み、手に持った肉を背後に隠す。


「見ててもやらんぞ。これはわたしの昼飯だ」


「いや、別に欲しいわけじゃないんだが」


 平太の言葉を信用してないのか、女は残りの肉をひと口で頬張ると、口からはみ出さないように手で押さえながらむっちむっちと噛み砕いで嚥下する。


「どこか適当に座れ」


 適当にと言われても、人数分椅子があるわけでもなし、かと言って全員が車座に座れるほど広いわけでもない。


 結局、平太たちは入り口に固まってひしめくようにして床に座った。鎧の肩当てが当たると痛いので、平太とシャイナは隣り合わせだ。


「さて、何から話そうか」


 女は肉の脂で汚れた手を、桶に入れた水でばしゃばしゃ洗って布で乱暴に拭う。ついでにその布で口の周りの脂も拭う。


「お前の言った通り――」


 女は平太を指す。


「あの結界を張ったのはわたしだ」


 やはりそうか、と平太は思う。だが予想できたのはそこまでで、彼女の意図やその正体までは知る由もなかった。


「どうしてあんな結界を?」


「それは……」


 女はそこで口ごもる。言いたくないというよりは、どうやって言えばわかりやすいだろうかと思案しているような間のとり方だった。


 やがて女は結論が出たのか、「それは、」と仕切り直す。


「わたしがその伝説の剣だからだ」


「は?」


 女以外の全員が口をそろえて言った。


 見事にハモった。


 冗談かと思った。


 平太たちの反応が予想通りだったのか、女は言い直しも取り繕いもしない。先の告白はただの前振りだと言わんばかりにやおら立ち上がると、


「では、証拠を見せてやろう」


 室内が一瞬で閃光に満たされた。


「うわ……っ!?」


 目を刺すような眩しい光に当てられ、平太たちは咄嗟に手を顔の前にかざして防御する。


 光は次の瞬間には収まり、眩しさにやられた目がゆっくりと回復してくると、女の姿はそこにはなく、一本の剣が床に突き刺さっていた。


「マジか……?」


 平太はまだ視界の端に黒い幕がかかった目を懸命に凝らし、女の姿を探す。だが、あれだけ目立っていた長い銀髪の姿は見当たらず、その代わりと言わんばかりに女の立っていた位置に剣が突き立っていた。


 剣は、女神が刀身を抱いているのをイメージしたような、見事な装飾が施されたものだった。よく見ればその女神が先の女に似てなくもないが、それは今起こった出来事に影響されてそう見えるだけだと平太は浮足立つ自分を落ち着けようとした。


 改めて剣を見る。柄や柄の装飾を除けば、それ自身は普通の直刀に見える。近い例を挙げるとハートリーの持っていた剣に似ているかもしれない。だが刃こぼれひとつ無い、まるで今名工が打ち終えたばかりのその刀身は、伝説の剣とは大げさだが、相当の業物であることは平太のような素人の目でもわかった。


 平太は興奮のあまり転びそうになる。よろけた足をどうにか踏ん張り、よたよたと剣に近づく。刃に触れて切れそうなほど顔を近づけて剣を見つめる。その血走った目は傍から見ると変質者のそれで、ドーラたちはちょっと引いてる。


「ぎ……」


「ぎ?」


 のぼせたように呻く平太の言葉を、一同疑問とともに復唱する。


「擬人化剣娘キターーーーーーーーーーっ!!」


 突然天を仰ぎながら発狂したかと思うほどの平太の絶叫に、剣は驚いて再び銀髪の女の姿に戻り、ドーラたちは「ああ、またコイツ何かおかしな事言い出した」と近所に住む見慣れた狂人を見るような目になる。


「そうだよ、こういうのだよ。こういうのでいいんだよ。剣と魔法の世界で神と魔王や竜がいる王道ファンタジーと言えば、ケモ耳とかエルフもいいがやっぱ擬人化だよな。く~~~……」


「おい、こいつさっきから何を言ってるんだ……?」


 いきなりの平太の奇行に、女が不安そうな声で尋ねる。だが彼の仲間たちの答えは、びっくりするほど淡々としたものだった。


「ああ、気にしなくていいよ。ときどきああなるけど、普段は結構まともだから」


「異世界から来た人ですし、恐らくあちらの言葉なのでしょう」


「最近見ないんでマシになったと思ったが、やっぱりこの間竜とタイマン張ったせいで壊れたみてーだな」


 平太の奇行に慣れきった仲間の態度に、女は「はあ……」と不安げな声を出し、


「異世界……そういうことか」


 納得するように小さくつぶやく。


「それで、剣の姿をさらすって事は、ボクらの事を信用してくれたって事でいいのかな?」


「いや、こう見えてわたしは結構目方が重くてな。剣の状態のわたしを引き抜けないようでは話にならん。これは謂わば最初の試験みたいなものだ」


 そう言うと女は再び剣に姿を変えた。伝説によれば、聖剣は勇者が引き抜くまで誰にも抜けなかったと聞く。世界中から力自慢が集まってもびくともしなかった剣の重さとは、いかほどのものだろうか。誰もが相当の重量を想像している中、


「なんだ、そんなことなら――」


 平太は柄を掴むと、軽々と剣を引き抜く。剛身術をもってすれば、たとえ剣が数トンあろうと問題ではないのだ。


「な……っ!?」


「うん。確かにハートリーさんの剣よりも重いけど、持てないほどじゃないな」


 驚く剣をよそに、平太は数回素振りしてみせる。


「どうやら最初の試験とやらはあっさり合格のようですね」


「ぬう……」


 再び光って変身を解いた女は悔しそうに呻く。こうして何度も変身する瞬間をその目で見ても、やはりどこか現実味がない光景だった。


 剣から人型に戻った女は、次はどんな難題を吹っかけてやろうかという顔で腕を組む。背筋の伸びたその立ち方は身体に一本の芯が通っていて、まさに剣といった感じだった。


 そこでふと疑問が湧いたのか、ドーラが女の足元をまじまじと見つめながら問う。


「さっき相当重いって言ってたけど、そう重いようには見えないけどなあ」


 すると女はそれまでの厳しい目つきをわずかに緩める。


「わたしは空間魔法を使えるからな。自分の重量で床が沈んでしまわないように、常に足元の空間を固定しながら歩いているのだ」


 説明が好きなのか自慢がしたいのか、それまでよりも滑らかな舌運びで女が語る。


「なるほど、空間魔法か。だからあんな結界が張れるんだね」


「そういう事だ」


 何度も頷く姿は、実に誇らしげだ。どうやら自慢がしたかったのかもしれない。


 だがあの結界と先の変身だけでは、彼女が自分を伝説の剣だと言うのを信用するには少し足りなかった。ドーラに解ける程度の結界や変身では、魔術師であれば可能だからだ。


 しかし今、魔法の中ではトップクラスに難易度の高い空間魔法を常時使い続けるという力量と、その膨大な魔力量は、彼女が人ならざる者だという事を裏付けるに充分足りえるものだった。


「お前、なかなか見どころがあるな」


「お前じゃないよ。ボクはドーラ=イェームン。ドーラでいいよ」


「これは失礼した。重ねて未だ名乗らぬ無礼を許せ。わたしの名はグラディーラ。かつて勇者とともに魔王と戦った聖剣だ」


 銀髪の女――グラディーラは聖剣のような清涼で切れ味のある声で名乗った。彼女が名乗ったのをきっかけに、平太たちはそれぞれ自己紹介をした。


「ところでその、グラディーラ。次の試練というのはまだかな?」


 いよいよ彼女が伝説の聖剣の化身である事が明らかになり、平太の興奮が抑えきれないものとなる。が、それに反してグラディーラは先ほどまでの自信に満ち溢れた表情が一転し、平太に対して非常に申し訳無さそうな顔をする。


「それなんだが……」


「うん」


「先ほどの試練を突破されるとは思っていなかったのでな。試練はこれで種切れだ」


「それじゃあ――」


 これにて試練終了か、と平太の顔がぱあっと明るくなる。


「すまん」


 それに先手を打つように、グラディーラが深々と頭を下げた。


「へ?」


 いきなり頭を下げられ、平太は呆然とする。他の者たちも、何故彼女が突如謝罪をするのか理解できなかった。


「正直に白状しよう。わたしはもう、戦いたくない。聖剣は引退したのだ」


 いきなりの引退宣言に、平太は彼女が何を言ったのか数秒ほど理解できなかった。他の者も、聖剣って引退するものなのかしらと唖然としていた。

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