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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
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まったく男って奴ぁ

今回はちょいシモ(?)です。

     ◆     ◆


 こうして平太はドーラたちの魔王討伐隊、いわゆるパーティに加わった。


 平太の勇者としての旅が、いま始まる。


 と、世の中そう甘くはできていない。


 お忘れかもしれないが、日比野平太はニートである。彼には特殊な能力はおろか、長いネトゲ廃人生活が災いして人並みの体力も筋力も無い。


 異世界に来たことによって、何らかの能力が付与されたり目覚めたりなど、そういう都合のいいこともない。


 つまり勇者にはほど遠く、どちらかと言えばお座敷チワワに近い存在である。いや、外に出て1キロも歩かないうちに体力が尽きる平太の方が、チワワより弱いと言えよう。


 ぶっちゃけそこらの町人Aの方が戦闘力が高く、いくら表立って魔族が活動していないとはいえ、このまま長い旅に出るのは無謀が過ぎるというものだ。


 というわけで、せめて旅に耐えられる必要最低限の体力と戦闘力をつけ、あとこの世界の常識や言語を覚えるまで、平太はドーラたちに鍛えられる事になった。


「言語って、そういえば普通に話せてるのに覚える必要があるのか?」


「それは当然あるよ」とドーラ。


「今はボクの魔法で言葉が通じているだけだよ。けれどこの先魔族との戦いで、どれだけの魔力が必要になるかわからないからね。ほんの少し足りないせいで、生命を左右する局面が来るかもしれない。だからできる限り不要な魔法を使わないようにしないと。そのためにも、なるべく早くこの世界の言葉を覚えてね」


 そう言われてしまっては反論の余地はない。こうして朝は基礎体力作り、昼は戦闘訓練、夜は語学や社会常識などの勉強というスケジュールが決まった。


 ただでさえ努力や勉強、頑張るという事が嫌いな平太であったが、何よりも彼を苦しめたのは、運動でも勉強でもなかった。



 それは、平太がこの世界に来て一週間が過ぎた日の事である。


「心なしか身体が軽くなってきたな……」


 夜。自室で寝る前に軽く身体をほぐしながら、平太は自分の身体の変化に驚いていた。


 相変わらず全身筋肉痛ではあるものの、連日運動している事によって筋肉が活性化され、平太は少しずつ歳相応の肉体年齢を取り戻しつつあった。


 青白かった顔や腕も、今では少し日に焼けて健康的に見える。


 早寝早起きして三食しっかりと食べ、適度な運動と勉強。これで健康にならない方がどうかしている。


 食事は少々味気なかったが、慣れれば現代社会の過剰な味付けに毒された舌がリセットされ、むしろ素材の味がよくわかるようになった。


 あとグラディアースは肉食文化のようで、毎食のように肉が出る。このおかげでタンパク質の補給が十分できており、奇しくも近代トレーニングの栄養学に則った食生活ができていた。


 生活設備に関しては、風呂なし便所は汲み取りの安アパートに越したと思えば、まあ何とか我慢できなくはない。


 が、どうにも我慢できない事が一つだけあった。


 それは、娯楽が無いという事だ。


 グラディアースには当然テレビもラジオも漫画もインターネットもパソコンも無い。現代日本で平太が毎日当たり前のように触れていたサブカルチャーが、娯楽が何一つ無い。


 特にパソコンとネットが無いという環境が、重度のネットとゲーム中毒の平太には辛いものがあったが、辛いと言えば別の意味で辛い問題がもう一つあった。


 平太は大人しく床につく。明日も早いし、朝からシャイナの監督によるランニングやら筋トレやらのハードトレーニングが待っている。


 だが、身体は疲れているのになかなか寝つけなかった。


 興奮しているのだ。


 脳ではなく、下半身が。


「オナ禁八日目、なう……」


 思い返してみれば、日本にいた頃は毎日こなしていた日課を、もう八日もしていない。異世界にやって来た当初はそれどころではなく、頭からすっかり抜け落ちていたので何ともなかったが、今の暮らしにようやく慣れ始め、一度思い出してしまってからはもう頭から離れなかった。


 困った。腰が張って眠れない。


 まるで思春期丸出しの中学生のような話だが、平太もまだまだお年頃。頭と股間は中学生なみである。


 ならば夜中にでもこっそりちょいちょいとヌいてしまえば良い話ではないかと思うであろうが、自室とは言え他人の部屋でというのは気が引けるし落ち着かないものである。


 それに何より、同じ屋根の下に異性が、それも複数いるというのが妙に引っかかり、いまいち行動に起こそうという踏ん切りがつかない。


 こうして悶々としたまま夜が明け、また厳しい特訓の朝が始まる。


 こうなったら性欲を運動で発散させるしかない。そう考えた平太は、内心無駄だと思いながらもがむしゃらに走った。


 特訓を始めた当初は一周も走れなかった屋敷の庭も、今では十周二十周と走れるようになった。平太は息の続く限り走り続けた。


 が、いくら汗みどろになって走っても、頭の中から煩悩が消える事はなかった。


 当たり前だ。身体を動かしただけで性欲が消えたら、この世から性犯罪は消えてなくなっている。それでも疲れきってしまえば、泥のように眠れるはずだ。三大欲求に対抗するには、同じ三大欲求をぶつけるしかない。性欲を打ち消すには、睡眠欲だ。



 最初に平太の異変に気づいたのは、意外にもシャイナだった。


 狂ったように庭を走り続ける平太を見て、最初は「ああ、とうとう頭がおかしくなったか。いや、元からか」と生温かい目で見ていたのだが、平太の走り回る姿が何となく何かに似ているような気がして、それに思い当たった時、なるほどとすべてを理解した。


 サカリのついた犬が同じ場所をぐるぐる走り回っている姿が、ちょうど今の平太の姿にそっくりなのだ。


 あの年頃の男の頭は、四六時中エロい事でいっぱいだと聞く。そういえば、平太がこの世界に来てもう一週間になる。その間、そういう事を一切していないとすれば、そろそろ限界か。


 まったく、これだから男は。とシャイナはうんざりしたものの、男嫌いが高じてこと性に関してまったく門外漢の彼女は、男はそういう生き物だという知識はあるものの、ではそれをどうすれば良いのか、という知識や経験までは持ち合わせていなかった。


 だが放っておくのも気が引けた。まさかとは思うが、溜まりに溜まった性欲が勢い余って、ドーラやスィーネに危害を及ぼす事があるかもしれない。スィーネはどうこうしようにも平太じゃ手に負えないだろうが、ドーラは男に力づくで迫られたらどうにかなってしまうかもしれない。


 それはいけない。かと言って自分が身を挺して代わりに何とかしてやろうという気もさらさらない。彼女にだって選ぶ権利というものがある。


 考えた末、とりあえず自分の考えが本当に当たっているのか、本人に確認する事にした。自分の思い違いならそれで済む話である。


 走り疲れて力尽き、だらしなく地面に大の字になってぜいぜい喘いでいる平太に歩み寄って、シャイナは単刀直入に尋ねた。


「なに? お前溜まってんの?」


 的中だった。


 ついさっきまで死にそうな顔で息を荒らげていた平太が、いきなり盛大に噴き出したかと思うと跳ね起き、顔を真っ赤にして逆ギレした。


「はあ!? ななななななななな何言ってるか全然意味わかんねーよバカじゃねーのバカじゃねーのバーカバーカバーカ!」


 鬱陶しいので一発殴って黙らせる。気のせいか、一瞬平太が首をよじって拳をよけようとしたように見えたが、拳は無事平太の顔面を捉え、予定通り黙らせる事に成功した。再び地面に大の字になる平太。


「うるせえ。ガタガタ喚くとぶん殴るぞ」


「もう殴ってるじゃねーか!」


 一発殴られて落ち着きを取り戻したのか、それともひと目で欲求不満を言い当てられて観念したのか、平太はそれ以上ごまかすように喚くのをやめ、その場にあぐらをかいて座った。


「別に恥ずかしい事じゃねえって。男ならみんなそうなんだろ?」


 よく知らないけど、と内心思いながら、ふてくされる平太の隣にしゃがみ込んで背中をバシバシ叩く。


「まあお前も一応男だもんな。そりゃ仕方ないよな、溜まるモン溜まっちまうよな」


 と、そこでシャイナは平太の背中を叩いていた手を止め、その腕をぐいと彼の首に引っ掛けて強引に引き寄せる。


「だがな、あたしらに変な気起こすんじゃねーぞ。特にドーラに手ぇ出したりしてみろ。殺すぞ」


 思い切りドスをきかせた声で脅す。これで並大抵の男ならタマが縮み上がって妙な気も引っ込むというものだが、意外にも平太は「出さねーよ」とシャイナの腕を振り払ってきた。


 いやらしい目で見られると腹が立つが、最初ハナっから女として見られていないのも何だか癪に障る。複雑な乙女心を隠しつつ、シャイナも本格的に地面に座り込む。


「さて、どうしたものかねえ」


「何がだよ?」


「お前のソレ、どーにかしねーといけねーだろ」


 シャイナが肘で平太の肩をぐりぐりつつくと、平太は恥ずかしさと投げやりの混じった態度で言った。


「いいよ、別にどーにかしなくても……」


「それじゃ困るだろ。っつっても、あたしがどーこーするわけでもねーが」


「どうこうされてたまるか!」


「そうだ。こういうガクジュツテキな事は、頭の良い奴に相談するに限る」


「だから放っておいてくれって……相談?」


 名案だと思ったのだが、平太は逃げ出そうした。シャイナは反射的に平太の頭をがっちりと掴む。兜ごと頭を握り潰す戦士の握力だ。いくらもがこうが外れはしない。


「そうと決まれば善は急げだ。ドーラに相談しよう」


「いーやーだー! はーなーせー!」


 大の男を片手で引きずって、シャイナはドーラの姿を求めてのしのしと歩く。今の時間はたしか、自室で執務をしているだろう。



「え? ……なんだって?」


 自室で机に向かって書類書きをしながら、ドーラは今しがたシャイナが言った事を聞き返す。


 室内はいかにも執務室といった感じで、扉の正面に壁いっぱいの大きな窓と、その前にこれまた大きな事務机が鎮座している。左右の壁を全部覆い尽くすように書棚が立っており、棚は左右両方とも隙間なく分厚い本が並んでいた。


「だーかーら、コイツが溜まってるみたいだから、何かいい知恵ないかって訊いたんだよ」


 シャイナは部屋の中央に置かれた応接用のソファに身体を投げ出している。片手は相変わらず平太の顔面にがっちり食い込んでいて発言権はおろか生殺与奪権まで握られていた。


「いい知恵って言われても……そういう事はその、そういう事をしないと解決しないんじゃないかなあ……」


 羽根ペンを手で弄びながら、ドーラはごにょごにょと言葉を濁す。


「なんだよその『そういうこと』って。もっとビシっとした解決策はないのかよ?」


 知恵を授かりに来たとは思えない大きな態度で、シャイナは掴んだままの平太の頭をぐりんぐりん回す。


「なんかこう、あるだろ? ガクジュツテキにそのテの欲求を抑え込む方法とか、頭から煩悩がバッサリ消え去る魔法とか」


「そんな方法も魔法も知らないよ……」


 ドーラはため息をついて持っていた羽根ペンをペン立てに挿すと、


「しょうがないなあ……」


 執務机の引き出しから小さな革袋を取り出した。


 袋の口紐を開き、中の物を指でつまんで取り出す。


「はい、これで色街にでも行ってくればいいよ。相場とかよく知らないけど、これだけあれば足りるでしょ」


 そう言って金貨を一枚、机の上を滑らす。


 机の端から落ちた金貨を、シャイナは床に落ちる寸前に掴み取る。人差し指と親指で挟んで金貨をまじまじと見つめて口笛を一つ吹くと、親指で弾いた。


 金貨は澄んだ音の尾を引きながら天井近くまで跳ね上げられ、落ちてくると再びシャイナの掌の中に収まった。


「そうか、その手があったか。さすがドーラ、あったまいー」


 ドーラの快刀乱麻を断つが如き妙案に、シャイナは感心する。が、


「しかし、それだけのために金貨一枚ってのはちょっと勿体なくないか? これだけあったら一週間は食えるぞ」


「仕方ないよ。ボクらが何とかするわけにもいかないだろ? 必要経費だと思うしかない」


 必要経費、という言葉に仕方なく納得したものの、シャイナは「う~ん……」と唸りながら、手の中の金貨を手放せずにいる。


 そこでようやく金貨に意識がいって顔面を掴んでいる手の力が緩んだシャイナの隙をついて、平太がアイアンクローの呪縛から逃げ出すのに成功する。


「おい、いい加減にしろよ!」


 痛む顔をさておいて平太がツッコミを入れるが、彼女らは当然のように無視。


「けどよお、これから先、コイツのナニが溜まるたびにこれだけかかるってのも問題だぜ。ただでさえ旅は出費がかさむってのに、こんな浪費以外の何者でもないモンに大枚はたくってのはちょっといただけねえな」


「けど、他にどうしようもないじゃないか……」


 そう言われてしまっては、シャイナも黙らざるを得ない。まさか自分が相手をするわけにもいかないし、する気もない。例え金貨一枚をもらったとしてもだ。


「だから、お前らい――」


 無視するのならば、無視できないほどの大声を出すまで。そう決意を込めた平太がありったけの大声で叫ぼうとしたその時、


「皆さん、何をごちゃごちゃとやっているのですか」


 いつの間にそこにいたのか、スィーネが三人の中心に立っていた。突然の登場に全員が驚きの声を上げるが、本人はまったくの無表情でそれまたが逆に怖かった。


「いたのかよ……脅かすなよ……」とシャイナ。


「もうお昼だというのに、誰も広間に来ないので呼びに来たんですよ。そしたら何をまあ益体もない事を話し合っているのやら……」


 スィーネは無表情の中に、ほんのわずかだけ呆れの色を加える。ただでさえ無表情で淡々と喋るのが気に食わない上に、そのほんのわずかが決定的に腹が立つ。


「ンだと? だったらお前は何とかできるのかよ?」


 できるわけがない。僧侶と言えば、身持ちが堅いので有名だ。寺院だって男子禁制が当たり前だし、戒律からして姦淫を禁じている。一生処女を貫き通す尼僧だって少なくはない。


 そんな堅物に何ができる。始めから勝負が見えたケンカに、シャイナの口元がいやらしく歪む。


 が、


「できますよ」


 しれっと言い放ったスィーネの言葉に、歪んだ笑みが一瞬で解けて固まった。ドーラも固まった。


「いいー加減にしろおおおおおっ!!」


 室内の止まった時間を再始動させたのは、すっかり行き場を失っていた平太の怒りを込めた叫びだった。


 しんとした室内に、平太の息切れが響く。彼の呼吸が整うまで、誰も何も言えなかった。


「お前らなんなんだよ!? 人のことサカリがついた動物か何かだと勘違いしてるのか? 馬鹿にしてるのか? それともオモチャにして遊んでるのか!?」


「いや、決してそういうつもりじゃ……」


「そうそう。お前だって辛そうにしてたじゃねえか。な? ココは無理せず、スッキリして来い。金なら――」


 金貨を渡そうとしたシャイナの手を、平太が払う。金貨は硬い音を立てて床を跳ね、転がっていった。


「それが馬鹿にしてるって言うんだよ! だいたい何だよ、風俗って! ふざけんな! 行かねーよ! 金で女を抱こうなんて思わねーよ!!」


 そこでこれまでの剣幕が嘘のように、平太の語調が弱々しくなっていく。


「だいたい、そういうのは、本当に好きな者同士じゃないと……ごにょごにょ」


 最後には真っ赤になって、蚊の鳴くような声でごにょごにょ言い出した。その姿に、女性陣は全員「ああ、コイツ間違いなく童貞だな」と確信したが、その一方で感心する部分もあった。


 グラディアースでは女性の身分は悲しいかな低い。女を家事労働や性欲のはけ口としか見ていない男が多い中で、平太のようなある意味純粋な考えの持ち主は稀有なのだ。


 女をモノではなく、自分と同じヒトとして見てくれている。平太の持つ価値観に、彼女たちは少なからず感動を覚えるのであった。


「とにかく、俺のことは放っておいてくれ。自分で何とかする……いや、別にそういう意味じゃ、ああもう、何でもない……」


 もはや支離滅裂であったが、言いたい事は理解できた。


「わかったよ、茶化して悪かったな」


 シャイナは転がっていった金貨を拾い上げると、黙ってドーラに返した。ドーラも何も言わずに金貨を革袋に戻し、机の引き出しにしまった。


 これでこの話はおしまい。皆がそう思っていた矢先、


「あのう、やはり問題は何一つ解決していないように思えるんですが」


 遠慮がちに申し出たスィーネのひと言が、室内の空気をぶち壊した。


「馬鹿野郎! 話を蒸し返すんじゃねえよ!」


「ですが、問題を先送りしているだけでは何も解決しないかと」


「いいんだよ。この話はもう終わったんだ。だいたい、お前に何ができるってんだよ?」


「ですから、先ほどからわたしが処理して差し上げましょうかと申し上げているではないですか」


 「できますよ」よりもさらに強い肯定の言葉に、シャイナとドーラは息を呑んだ。コイツまさか、という疑念がよぎるが、彼女に限ってそれはない、と確信に近いものとが葛藤を始める。


「勘違いしないでください。処理と言っても、まさか本当にわたしがお相手をするわけではありません。僧侶にとって肉欲は大敵。古来より先人たちは、悪しき欲に対抗する手段を講じるために血道を上げてきました。そして現在、その成果があってわたしたちには欲に打ち勝つ術があります。それを駆使して差し上げましょう、という意味でございます」


 誤解が完全に解けると、固まっていたシャイナとドーラの表情がだらしなくふにゃふにゃに溶ける。


「何だよ、脅かしやがって……。そりゃそうか。よく考えりゃ、そっちにはとんと縁遠いスィーネがそんな真似できるわきゃねえよな」


 緊張の糸が解けてへたりこみそうなほど脱力して、シャイナがにやにや笑う。


「あら、生娘なのはシャイナさんもでしょう」


「ばっ……てめえ、何くだらねえ事言ってやがる!」


「恥ずかしがる事はありませんよ。安売りすれば良いというものでもなし。良いではありませんか、ここにいる全員仲良く新品という事で」


「うわあ、ボクまでとばっちりだよ……」


 仲良く全員恥をかいたところで、「さて」とスィーネが場を仕切り始める。誰のせいで脱線したのか丸で意に介さぬ様子だ。


「話がまとまったところで、ちゃっちゃと済ましてしまいましょう。このままではせっかくわたしが作ったお昼ごはんが冷めてしまいます」


 昼飯が冷める事の方が一大事といった感じで、スィーネがさっさと段取りを始める。


「では平太さんはここに立って、そう、そこに」


「お、おう」


 言われるがままに、平太はスィーネの指示した場所に立つ。


「では次に、少し足を開いて。いえ、軽く肩幅程度で結構です。そんなに緊張しないで、もっと身体を楽に。力を抜いて。ええ、それでそのまま動かずじっとしていてくださいね」


 スィーネは平太の前に立つと、一度大きく深呼吸した。平太もドーラもシャイナも、恐らく彼女が魔法かあるいは神の奇跡的な何かを行うと予想していた。

 が、


「えい」


 軽い掛け声をひとつかけると、スィーネは平太の股間に容赦のないトゥキックをお見舞いした。


「あ」


 ドーラとシャイナが同時に、無意識に声を漏らす。完全に意表を突かれた時に漏らす声だった。


 対して、平太は声も出なかった。


 ずん、と音がして両足が軽く床から浮いた後、足の裏が床に降りるまでのほんのわずかな間に、彼の顔色は七色に変色し、最後には死人のような土気色になって止まった。


 膝から崩れ落ち、顔面から床に倒れた時には、平太は口から泡を噴いて失神していた。噴いた泡が一段落するまで、ドーラとシャイナは呆気にとられて身動きひとつできなかった。


「ふう」


 ひと仕事終えたといった感じでスィーネが息を吐いて、ようやく二人は金縛りが解けたように動き出した。


「おわあああああああああっ! 何やってんだてめえ!?」


「あわわわわ、あわ、あわあわあわあわ、泡噴いてる! 泡噴いてるよ!!」


 目の前で起きた去勢行為に、さしもの二人も動揺を禁じ得ない。いくら戦士のシャイナでも、相手を剣で殺した事はあっても、金玉を蹴って殺した事はないのだろう。


「落ち着いてください。股間を蹴り潰されたからといって、そう易易と人は死にません」


「……いや、死ぬだろ」


「って言うかやっぱり潰すつもりで蹴ったんだ……」


 どこまでもマイペースなスィーネは、仲間二人の冷静なツッコミを聞き流すと、未だ気を失っている平太のそばでしゃがみ込んだ。


「お前、いくら性欲を抑制するためって言っても、去勢はやり過ぎじゃねえのか……?」


「いえ、去勢して完全に男性の機能を取り去ってしまうと、肉欲との戦いという試練がなくなってしまいます。それでは意味がありません。一回で楽になってはいけないのです」


 そう言うとスィーネはよいしょと平太の身体を仰向けに転がし、今しがた自分で蹴り潰した彼の股間を神の奇跡で治癒し始めた。


「与えるのは痛みのみです。痛みの恐怖が身体に染みつき、肉欲を凌駕するまでこの荒行は何度でも続きます」


 恐ろしい事を平然と言ってのけるスィーネの姿に、ドーラとシャイナは改めて彼女の底知れぬ恐ろしさを確認した。二人は今日、たぶん生まれて初めて自分が女である事と、彼女が仲間である事を神に感謝し、なるべく彼女を怒らせないようにしようと心に決めた。あと少しだけ平太に同情した。

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