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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第三章
48/127

出発再び

今回から第三章です。

          ◆     ◆


 ハートリーが手配してくれた船は、大型の旅客船だった。


 この船はカリドス大陸からパクス大陸、ディエースリベル大陸を経てフリーギド大陸と向かう。要は全大陸を経由するから、それなりの設備を持つために大きくなるのは当然なのだが、そうなると料金もそれに応じて高くなるのに気づいたのは、平太たちが自分たちの乗る船を見た後だった。


「でかい船だなあ」


「世界一周するような船だからね。これくらいじゃないと」


「しかしそうなると、船代も高かったんじゃないのか? ずいぶん張り込んだな」


「あれ? ヘイタが払ったんじゃないの?」


 ドーラは初耳という顔をする。


「いやいや、この旅の財布を握ってるのはドーラだろ。俺はてっきりハートリーに金を払ってるものだと思ってたんだが」


 そう言うと今度はドーラが「いやいやいや」と、手とネコ耳を振る。


「ボクだって、ヘイタがお金を払ってくれてるものだと思ってたよ。だってここ最近だと一番仲いいじゃん」


 言い終わると同時に、二人の顔から血の気が引く。どちらもお互いがハートリーに金を払っていると勘違いしていたのだ。


「大部屋の個室って言ってたな……」


「どれくらいの値段するんだろうね……」


 二人はしばらく沈黙すると、


「ま、出世払いってことで」


「そうだね。今度会った時に返せばいいさ」


 自分たちの都合のいいように解釈した。


「出世払いというのは、出世する見込みのある人が言う言葉ですけどね」


 当然、スィーネの辛口のツッコミは聞こえない。



 乗船すると、船内は外見以上に豪華だった。豪華客船、とまではいかないが、先の海賊船と比べるとまさに雲泥の差である。


 乗船する際に乗船券を船員に渡すのだが、その船員の服装や態度からして海賊船などお話にもならない。だいたい、普通の船員は確認した乗船券を客の目の前で破り捨てたりはしない。そこで気づくべきだった――というのは後の祭りだが、こうして何が正しいかを知るのは大事なことなのだと気づいたのは大きな収穫かもしれない。


 しかし過度な装飾はないものの、瀟洒な船内に平太たちはこれは場違いな所に来てしまったと思った。


 自分たちの身なりを見ると、旅慣れたと言えば聞こえはいいが、鎧甲冑に着古した衣服である。いかにも冒険者、あるいは根無し草の旅人といった風体だ。


「落ち着かないな……」


 特に平太はカニの甲羅を用いた装備である。初めて見る奇抜な装備に、周囲の視線が集まる。


「ヘイタの鎧は珍しいからね」


 かく言うドーラも、いかにも魔術師といわんばかりのローブ姿である。スィーネも神官着姿なので、周囲からかなり浮いている。


「これは……早く部屋に入った方が良さそうですね」


「確かに。さっさと着替えようぜ」


 ハートリーめ、こんな高そうな船を選びやがって、とシャイナは腹を立てるが、それは完全に八つ当たりであった。


「とにかく部屋に行こう」


 平太は乗船券を確認し、自分たちの部屋を探す。広すぎて途中何度か乗客案内の係員に尋ねなければならなかったが、何とか券に記載された部屋にたどり着くことができた。


「やれやれ……やっと着いた」


「ヘイタ様、早く中に入りましょう」


 歩き疲れたシズに促される。乗船の際に渡された鍵を使って部屋の中に入ると、一同は再び圧倒された。


 下手な宿屋よりも設備の充実した室内は、大部屋と言うよりは裕福な家族向けの部屋だった。


「これまた落ち着かない部屋だな」


 室内を調べてみると、家具類は当然のように揃っているし、何より浴室と便所がついている。当然湯は注文しないといけないが、室内に個室便所がついているというのはポイントが高い。


「本当にいくらするんだろうね……」


 一般的な船旅の場合、三等客室――つまり複数組による相部屋だと一人金貨一枚。二等客室だと金貨五枚。一等客室となると金貨十枚以上というのが相場である。


 この部屋は、安く見積もっても二等以上に相当するであろうから、単純計算で金貨五枚を五人分=金貨二十五枚といったところであろうか。


「うわあ……」


「どんだけ出世したらいいんだろうな……」


 ますます次回ハートリーに合わせる顔が無くなった二人をよそに、シャイナやスィーネたちは荷物を下ろし、てきぱきと自分の寝床を確保していた。


「この格好ではこの場に相応しくないように思えます。とりあえずは着替えましょう」


「そうだな。どう見ても鎧は必要なさそうだしな」


 シャイナは言うなり鎧のベルトを外し始めた。


「あ、あの、そういう事ですので、ヘイタ様はしばらく部屋の外で待っててください」


「お、おう……」


 シズに背中をぐいぐい押され、平太は一時的に部屋の外に追い出されてしまった。


 部屋の前にカニの鎧を着た男が立っている。明らかに見た目不審者なのだが、幸い他の客に見られる事なく平太も無事着替える事ができた。



 普段着に着替え終わった平太たちは、食事をしようと船内の食堂へと足を運んだ。


 またもや係員に場所を尋ねながら、どうにか一行がたどり着いたのは、食堂と言うよりはもはやレストランだった。


「まあ、だいたい予想はついたけどね」


「まあな」


 ネコ耳を横にしてぼやくドーラに、平太が相槌を入れる。


 船の規模を見れば予想がついた事だが、この船は明らかに富裕層相手のようだ。見れば、服装からいかにも金持ちとわかるのが全体の六割。平民が頑張って一生の思い出に奮発しました、といった感じのが三割。そして残り一割が平太たちのような、他に船がなかったから仕方なく乗ってしまった。或いは何かの間違いで乗ってしまった風来坊アウトローたち。


 幸いな事に、この船は船賃さえ払えば出自に関係なく誰でも乗せてくれる。だからこそ平太たちでも乗船できたのだが、かと言って大多数を占める富裕層の醸し出す上流階級的な雰囲気に押され、それ以外の客が萎縮しているわけでもない。みな他人は気にしないだけなのか、それとも経済的差別が少ないだけなのか、それぞれが船の旅を楽しんでいる。


 平太たちも給仕に案内されて、テーブルに着いた。渡されたメニューを見ると、思ったより良心的な価格設定なので、ドーラが小さく「良かった」とつぶやく。


「酒」と真っ先に注文をつけようとしたシャイナを遮って、スィーネがてきぱきと注文を入れると、しばらくして一行のテーブルに次々と料理が運ばれて来た。


「うわあ、おいしそう」


 ずらりと並んだ料理の壮観さに、シズが嬉しそうに笑う。普段は作ってばかりの彼女だが、食べる事も好きなのだ。


 料理は、船の上だけあって海の幸が多かったが、それだけでなく山の幸や肉類も満遍なくあるのがこの船のレベルの高さを表していた。


 また、食材の種類だけでなく、調理法もこれまでにない斬新さだった。とは言うものの、平太にしてみればようやく見慣れた物に近づいただけなのだが、これまで単純に焼いただけ煮ただけ切っただけの料理に比べれば飛躍的な進歩だ。何しろ焦げ以外の色がある。


「これは……見たこともない料理ですね」


「この焼いた肉の上にかかってるのは何だろうね?」


「たぶんソースじゃないか」


「何それ?」


「味のついた汁と言えばいいのか……。とにかく塩味以外の味がついてると思うぞ」


「本当?」


「たぶんな」


 平太が解説すると、ドーラたちはまじまじと目の前の料理を見つめる。見た目も美味そうだが、何より立ち昇る湯気を吸い込むと、鼻孔を何とも言えぬ香りがくすぐる。これはもう確実に美味いと、食べる前からわかるような芳香だった。


 さすが世界を股にかける船である。きっと世界各地の料理を知り尽くし、あらゆる調理法を会得したコックでも雇っているのだろう。


「は、早く食べよう」


「落ち着けよ。がっつくと田舎者だってバレちまうぞ」


「それじゃ、いただきます」


 平太が両手を合わせると、他のみんなもそれに倣う。別に平太が教えたわけではないが、いつの間にかみんなにうつってしまったようだ。


「――と、その前に」


 平太は合わせていた手を離して懐に忍ばせると、銀色に輝く二つの棒を取り出した。


「お前ら、準備はいいか?」


 一同はこくりと頷くと、平太同様懐から二本の銀色の棒を取り出す。


 いや、よく見ればそれは棒ではなく、ついこの間この世界に誕生したばかりのナイフとフォークであった。


 ではどうして彼らが試作品のナイフとフォークをこうして持ち歩いているのかというと――


「もう一度説明するぞ。これがナイフ……見たまんまだな。これは食べ物をちょうどいい大きさに切るための物だ」


 言いながら、平太は右手に持ったナイフで自分の前の皿に盛られた肉を切ってみる。


 が、ナイフをいくら押したり引いたりしても、肉が動いてしまうので上手く切れない。


「切れねーじゃねーか」


 シャイナがツッコミを入れるのも当然である。しかしそこは予定通りだ。


「そうだな。そこで登場するのが、このフォーク。すきを小さくしたような見た目の通り、この先に物を刺して口に運んだり、刺して押さえながらナイフで切るための物だ」


 平太が左手に持ったフォークで肉を突き刺し、押さえながらナイフを動かすと、肉はあっさりと一口大の大きさに切れた。


「そして切り分けたらこうやって口に運ぶ」


 そのまま切った肉を口に入れ、もぐもぐと食べる。レア気味に焼かれた肉の肉汁と、香辛料を利かせたスパイシーなソースが絡まった絶妙な味が口の中に広がる。


 肉の美味さに「ん~」と唸る平太の声と、その所作に感心して「お~」と唸るドーラたちの声が重なる。


「サキワレスプーンヌだと突き刺すのと掬うしかできなかったけど、これだとさらに食べやすくなるね」


「切り分けるのと口に運ぶ動作に無駄がありませんね。それに、両手を使うので片手がぶらぶらするサキワレスプーンヌよりも見た目が上品な気がします」


「フォークで押さえるからナイフで切りやすいな。剣と盾の関係みたいで、あたしにも使いやすい」


「細かいものも、ナイフを使ってフォークの上に集めてあげると掬いやすいです。やっぱり両手が使えるのは便利かもしれませんね」


 ドーラたちは、平太の予想を遥かに上回る順応性でナイフとフォークを使いこなしていた。これなら、他のグラディアースの人々にも受け入れられるかもしれない。


 ――などと、単純に試用試験モニタリングのためだけにこんな衆人環視の前でナイフとフォークを持ち出したのではない。


 そもそも、先割れスプーンの時平太は、この世界に自分の世界の文化を持ち込む事に対して消極的だった。


 ではなぜ今こんな人だらけの場所で目立つ事をしているのか。


 宣伝である。


 先割れスプーンの時は、正直売れようが売れまいがぶっちゃけどうでもよかった。売れればいいかな、みたいな、当たればいいよねと宝くじを買うのに近い心境だった。


 だが、今は事情が違う。このナイフとフォークが売れなければ、ここまで投資した資金が水の泡と化してしまうのだ。


 なので平太たちは、知恵を絞ってこのナイフとフォークを売る方法を考えた。


 そこで出た案の一つが宣伝である。


 客が知らない商品など、この世に存在しないのと同じである。そしてほとんどの客の場合、知らされないとその商品の存在を知ることはない。


 宣伝なくして商売は成り立たぬのだ。


 それは情報に溢れる平太の世界でもそうであるし、情報に乏しいこの世界でも同じだ。いくら新しい便利な物があっても、知らない物は買いようがない。


 だから平太たちは、あえて人前でナイフとフォークを使うことにした。そのために事前に打ち合わせをし、セリフを考え、練習を繰り返した。


 こうして実演販売のような真似をした甲斐あってか、狙い通りに周囲の注目を集めることができた。食事をするには落ち着かないが、背に腹は代えられない。


 近くのテーブルでは、小さな子どもが肉の脂で汚れた自分の手を見、次いで平太たちが使っているナイフとフォークを見、彼らの真似をしてエアナイフとエアフォークを使ってみるが、やはり物足りないといった感じで隣に座っている母親に「おかーさんあれほしいー」と桶で手を洗うのも忘れてねだる。


 平太たちの様子を見た客たちの中には、突然カルチャーショックを受け、手づかみで食事をしている自分たちの姿に違和感や羞恥心のようなものを憶えている者たちもちらほらいた。


 だが当然、平太たちの方がマイノリティなのは間違いないし、数としては彼らを奇異な目で見ている連中の方が多い。


 しかし目的はあくまで宣伝と、富裕層を含め色々な層に新たな文化という一石を投じることなのだ。波紋は小さいながらも広がり、いつしか大きな波へと変わるかもしれない。そしてその波はこの世界の古い文化を洗い流し、新たな文化を広める土壌を作るかもしれない。あくまで可能性ではあるが。


 ここで特に期待しているのは富裕層である。何しろ金持ちの友達や知り合いはやはり金持ちで、金持ちは見栄やら見栄えやらのためなら金を惜しまない。この見たこともない食器に食いつくとしたら、彼らの可能性が非常に高いのだ。


 こうして一見楽しそうでありながら、その実打算や計算、期待や欲望を孕んだ食事は一応無事に終わった。後はこれを繰り返し、可能な限り多くの人の目と記憶に焼付け、そして彼らの俎上に載ることによって伝播すれば万々歳といったところか。



 それから平太たちは口コミが広がるのを期待しつつ、食事のたびに宣伝を繰り返した。


 何度か「お前らが使っているそれは何だ」的な事を直接尋ねられたので、その都度商品名とフェリコルリス村で生産している旨を伝えた。ただこの船はこれからカリドス大陸を離れるので彼らがすぐに客になるわけではないが、どんな小さな種でも蒔いておくに越した事はない。


 それよりも大きな収穫は、客の中に何やらおかしな物を使って食事をしている奴らがいるという噂を耳にした船の料理長が接触を図ってきた事だ。


 料理長は新しい調理法やメニューを取り込むのに貪欲な男だった。船に乗ったのも世界中の料理を学ぶために好都合だからという理由らしい。


 そんな料理に命をかけているような男が、手づかみ以外の方法でメシを食っている連中を放っておくわけがない。


 料理長は平太たちに、ナイフとフォークについて根掘り葉掘り尋ねてきた。可能なら乗客全員分の食器を今すぐにでも購入し、この食堂に採用したいと言う。


 彼もまた、現在の手づかみ食事に疑念を持つ新世代思考の持ち主だったのだ。何しろ手づかみでの食事は、料理が冷めてからでないと食べられない。熱々の料理を熱いまま食べて欲しいと思っていたところに、彼の希望を叶える物が現れたのだと言う。


 こうして大口の取引先を得た平太たちは、早速料理長と契約を交わす。その日のうちにドーラの魔方陣で指示を送り、注文された数量のナイフとフォークの生産を急がせた。



 食堂の契約を取ってしまうと、船での活動はあらかたやり尽くしたと言ってもいい。そこで平太たちは、今度は逆に目立たないように心がけた。過剰な宣伝は客の不快を買うからだ。


 ナイフとフォークさえ取り出さなければ、平太たちなどその他大勢である。食堂でメシを食っていても誰も何も気にしない。こうして久しぶりに落ち着いて食事をしていると、平太の耳に隣のテーブルの客の話が飛び込んできた。


「もうすぐパクス大陸だね」


「楽しみだわ、勇者巡礼」


 勇者巡礼? と平太は耳に引っかかりを憶える。さり気なく隣のテーブルを盗み見ると、若い男女が向かい合わせで食事をしていた。二人の服装は装飾など一切無く、旅装束を思わせる質素なものである。どうやら富裕層ではなく、旅人のようだ。


 平太は食事をしながら聞き耳を立てる。


 だが二人からはそれ以上勇者巡礼の話は出てこず、平太はやきもきしながら食事を終える羽目になった。



 部屋に戻った平太は、ドーラたちに質問してみた。


「なあ、勇者巡礼ってなんだ?」


「ああ、それはね――」


「五百年前、勇者が伝説の武器防具を探す旅をした道をたどる巡礼の事ですね」


 説明しようとしたドーラの話を、珍しくスィーネが遮った。


「伝説の武器防具?」


 確かドーラの話では、そんな都合のいいもの無いとか言っていたはずでは。


 平太がじろりと睨むと、ドーラは慌てて言い訳を始める。


「だって、五百年前だよ? 伝説って言えば聞こえはいいけど、要は誰も確認のしようがないおとぎ話じゃないか。そんなあやふやなもの、無いも同然だと思わない? 少なくともボクはそう思うね」


 最後の方は開き直りだったが、言わんとしてる事はわからなくもない。平太の世界にだって、古来より伝わる武具や武人の伝説は数多くある。しかしそのほとんどが、何の証拠も根拠もないただの言い伝えやおとぎ話なのだ。


 もちろん歴史的に証明されたものも存在するが、それに付随する逸話などはやはり眉唾ものが多かった。


「それでもこうして今も巡礼って形で残ってるんだから、まったくの事実無根ってわけじゃないんだろ?」


「どうでしょう? たしかにそれぞれの史跡には逸話などが残っていますが、わたしは勇者の足跡をたどるという名目で観光をしているという認識です」


「ボクだって似たようなものだよ。勇者が巡ったとされる場所を順に回って、各地で帳簿に印をもらう旅行だと思ってるよ」


「なんかお遍路みたいだな……」


 平太の世界にも似たようなものがあるが、まさかこれもそうなのだろうか。だとしたら、平太の想像する勇者の装備を探す旅ではなく、ただの観光旅行になるかもしれない。


 平太が勇者巡礼について悩んでいると、


「なんだ、勇者巡礼がしたいのか?」


 シャイナが会話に参加してきた。


「いやまあ、したいって言うか、勇者の持つ伝説の武器防具に興味があるんだ」


「ああ、お前の剣折れちまったもんな」


「でしたら、あるかどうかもわからない勇者の武具よりも、どこか大きな街で自分に合った物を探せばよろしいのではありませんか?」


「そりゃあまあそうだけど……」


「スィーネの言う通りだよ。ただでさえ旅に遅れが出てるんだ。これ以上のんびりしていたら、」


「いいじゃねえか、行こうぜ」


 シャイナのそのひと言を正しく理解するのに、ドーラたちは数秒かかった。


 この中で一番賛成しそうもない彼女が、まさかいの一番に行こうと言い出すとは誰も予想しなかったからだ。


「遅れたからどうだってんだよ。だいたい元から期限も何も決めてねえじゃねえか。ちょっと寄り道するくらい、どってことねえだろ」


「しかし、あまり悠長な事をしていますと、魔王が世界を、」


「魔王なんてずっと音沙汰ねえじゃねえか。今さら焦ったところで何も変わらねえって」


「それは……」


「いやいやいやいや。寄り道するって事は、つまりそれだけ余計に旅費がかさむってことだよ。ウチには今そんな余裕ないよ」


 言いくるめられてしまったスィーネに代わり、今度はドーラが食ってかかる。


「金ならまたサキワレスプーンヌの儲けが入るだろう」


「次に入るのは来月なんだよ。それまでは倹約しないと、それこそ宿にも泊まれなくなっちゃうよ」


「金カネうるせーな。宿に泊まる金がなかったら、野宿すればいいじゃねーか」


「そんな……」


「とにかく、コイツが行きたいっつってんだから行かせてやればいいじゃねーか。だいたいコイツは勇者になるんだから、勇者の武具くらい持ってないとサマにならねーだろ」


 何だかもうぐちゃぐちゃな理由だが、シャイナが他人の事でこんなにもわがままを言うのは初めてかもしれない。そう思ったドーラとスィーネは、仕方なしではあるが勇者巡礼に賛成した。


「そうなると、パクス大陸で途中下船になりますね」


「あ~あ……そしたらまた船を探さないといけないし、船代がかかるよ」


「いいじゃねえか。どうせハートリーの奢りだったんだ。ハナっから無かったもんだと思えばいいんだよ」


 がっくりと頭とネコ耳を垂れるドーラの首に腕を回し、シャイナは豪快に笑う。平太はシャイナに向き合うと、「ありがとう」と礼を言った。


「べ、別に礼を言われるような事じゃねーよ」


「いや、でもシャイナのおかげで勇者巡礼できるようになったし、」


「フン、勘違いするなよ。これは別にフェリコルリス行きの借りを返したとか、そういうんじゃ全ッ然ないからな」


 誰も何も言ってないのに、シャイナは顔を真赤にしながら言う。照れ隠しのつもりなのか、ドーラのネコ耳を指で弾いてぺるんぺるんしている。ドーラは迷惑そうだ。


「……うん、まあ、とにかくありがとう」


「だから、礼なんかいらねえっつってんだろ」


 今度はドーラの耳を人差し指と中指で挟んでぺねぺねし始めた。これ以上突っ込むとドーラの耳が取れかねないので、平太はもう何も言わなかった。


 こうして新たに目的地が決まった。


 パクス大陸だ。

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