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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第二章
47/127

キャンプ解散

          ◆     ◆


 翌朝、平太が朝飯を食っているとハートリーがやってきた。


 彼が訪ねて来る用となると、ひとつしか思い当たらない。そう、馬車である。


 だがハートリーの表情はいまいち冴えない。と言うか見るからにバツが悪そうである。


「いやあ、それがのう……」


 話をするより実際に見た方が早いと、ハートリーは平太の先に立って歩き始めた。


 平太が黙って後をついて歩くと、ハートリーは港とは逆方向に足を向けた。そう言えば、こちら側に足を運ぶのは初めてかもしれない。


 今は避難民キャンプとなった倉庫街を抜け、ひと気の無い道をてくてく歩く。周囲は相変わらず似た建物ばかりだが、中身は倉庫ではなく小型の船を収容したり修理したりする船渠ドックだった。


 船台に乗せられた小舟を男たちが取り囲み、とんてんかんてんと槌を振るっている。その音に混じって、波の音と海鳥の鳴き声が聞こえる。微妙にリズムのずれた即興の音楽を聞きながら歩いていると、前を歩いていたハートリーが止まった。


「着いたぞ」


 空きドックと思しき建物の前に、それは山となっていた。


「これは……」


「すまんのう。どうにも手違いがあったようだ」


 ハートリーはすまなさそうに頭を掻く。当てにするなとは言ったが、話を振って期待させた責任を感じているのだろう。


 確かに期待はした。この男なら何とかしてくれるであろうと。しかしながら、いま目の前に高々と積み上げられたそれは、馬車というよりは“馬車だったもの”だ。


「これは……ちょっと想定外ですね」


 中古の馬車、と聞いて想像していた平太は、このうず高く積まれた馬車の部品たちに圧倒される。


 確かに、これらも中古と言えばそうかもしれない。だが、素人目に見てもこれらはまともな経緯でここに集められた物ではないだろう。何しろ車輪だけでも十個はあるし、荷台と思われる木枠も三つばかしある。他にも様々な部品が集められており、どう見ても一台分のものではない。


「これ、一体何台分の事故車なんですか?」


「さあ、俺にもわからん。俺は中古の馬車が欲しいと言ったつもりなんだが、どうやら話がねじ曲がって伝わったようでな」


 昨夜、業者が持ってきたこれらの廃材を見て、ハートリーは頭を抱えた。だが今さら手違いだからと返品できそうにもなく、仕方なく自腹で買い取ったと言う。


「さすがにこれでは使い物にならんか」


 ハートリーはため息をつくと、掌で額をぴしゃりと叩く。


「やはりこれは廃棄処分しかあるまい。すまんかったのう。せっかく見てもらったが、これは――」


「ちょっと待ってください」


 ハートリーの言葉を遮り、平太が待ったをかける。


「捨てるのはさすがにもったいないし、早計かもしれない。一応、専門家に見てもらって使えるかどうか意見を聞いてからでも遅くはないでしょう」


「そ、そうかのう……」


「どうしても捨てるって言うのなら、俺がタダで引き取りますよ」


 平太がにやりと笑うと、ハートリーは「しっかりしとるのう」と苦笑いした。



「無理だ」


 もしや、という淡い期待を込めてギデレッツとスィーネを連れて来たが、廃材の山をものの数秒見回しただけで一蹴されてしまった。


「やっぱり駄目か……」


「仕方ない。バラして薪にでもするかのう」


 プロが言うのなら仕方ないと、平太やハートリーがこのガラクタの山をどう片付けようかと思案の方向を切り替えかていると、


「いくらなんでもこれだけじゃ無理だ」


「……え?」


 ギデレッツは廃材の山に歩み寄り、改めて材料を吟味するようにしげしげと眺める。


「うむ、この車輪はまだ使えるな。こちらの台座も。車軸は無いが、この荷台と組み合わせたら何とかでっち上げられそうだ」


「マジか」


「どうやら、何とかなりそうですね」


 几帳面に廃材のリストを作っていたスィーネだったが、どうやらそれは無用になりそうだ。


「じゃあ材料さえ補充すれば、こいつらを使って馬車が作れるんだな?」


「こんだけありゃ、四五台は作れるぜ」


「そん、なに」


 一台できればましだと思っていたが、まさか四五台も馬車が手に入るとは。後は馬さえ確保できれば、これで輸送手段は問題なくなる。


「じゃあ必要な材料を目録にしてください。後でこちらから発注しておきますんで」


 事務的な仕事はスィーネに一任してある。なので資材の発注などは彼女に書面で渡すのが一番確実なのだが、


「悪いな。俺っちは字が書けねえんだ」


 うっかりしていた。ドーラやスィーネが普通に読み書きしているせいで忘れがちだが、この世界の識字率は低い。デギースのような商売人ならまだしも、一般人で読み書きができるのはまれなのだ。


「あ……、じゃあ……」


 平太が対応に窮していると、


「では後で口頭で申しつけください。わたしが書き留めますので」


 スィーネがごく自然に会話に入り込み、フォローしてくれた。


「すまんな」


「お気になさらずに」


 平然と事務的な声と表情で応えるスィーネに、ギデレッツはしかしなあ、と小さく漏らす。


「何か?」


「いや、あんたみたいな若い娘が読み書きできるなんてって驚いてな」


「わたしはたまたま教会で読み書きを習う機会を得ましたが、ディエースリベルでも女性は、いいえ、ほとんどの人は読み書きができません。それはたぶん、どこも同じだと思います」


「そうかい。まあ俺っちは文字なんて知らなくても大工ができるから生きていけるがな」


「しかし、今回みたいな場合もありますし、この機会に文字を覚えてはどうですか?」


 ギデレッツは突然の話に少し驚いた顔をするが、すぐに真顔に戻り「そうだな……」と少し考える。


「いや、やめておこう。今さら新しい事を始めるにゃ、少しばかり歳を取り過ぎた」


「そうですか? 何かを始めるのに早いも遅いもないと思いますが」


「かもしれん。だがな、考えてもみてくれ。大工が字を覚えて何になる? 実際、これまで俺っちは何の不自由なくこうして仕事をこなしてきた。材料なんて、口で言や業者が運んできた」


 そういう事ではないのだが、とスィーネが口を挟む前に、ギデレッツは笑いながら言う。


「それよりも、あんたさえ良けりゃコスケロに字を教えてやってくれ。べっぴんさんに教わりゃ、あの馬鹿も少しは利口になろうってもんだ」


「それは……」


 わずかに眉が下がるスィーネに、ギデレッツは「冗談だよ」と笑う。


「あんたが言いたいのはそういう事じゃないんだろうが、やっぱり俺っちには無理だよ」


 しみじみとギデレッツが言うと、スィーネは静かに「そうですか」とその話をそれ以上続けることはなかった。


「ところで、場所はここを使っていいのか? さすがにこれだけの材料となると、運ぶだけでも一日仕事なんだが」


「すまんのう。ここは一時的に置かせてもらってるだけなんで、使うのならよそに動かさんとならんのだ」


「そうか……。しょうがねえな。じゃあコスケロを連れて来ねえとな」


「ああ、それには及ばん」


 ハートリーはそう言うと、ちょいちょいと平太を手招きする。


「なるほど」


 その意図を察し、平太はハートリーと共に材料を一箇所に集める。しばらくして、すべての材料がひとつの大きな山となった。


「さすがにこれだけあると、一人では運べんからのう」


「当たり前だろ」


 ギデレッツのツッコミは当然である。一人が二人になったところで、この馬車だった物の塊はびくともしないだろう。


 が、剛身術を使う二人なら話は別だ。


「おい、そっち持て」


「了解」


 ハートリーに言われるがまま、平太が山の端に手をかける。その反対側をハートリーが持ち、


「そいじゃせーので行くぞ。せーのっ」


「よいしょ」


 掛け声と同時に、山がひょいと持ち上がる。


「なっ……!?」


「よし、じゃあ運ぶぞい。あまり揺らすと山が崩れるからゆっくりとな」


「うぃす」


 驚くギデレッツをよそに、二人はえっちらおっちらと歩調を合わせて歩き出す。


「たまげたなあ……何もんなんだこの二人」


 ギデレッツのつぶやきに、スィーネが冷静に応じる。


「ただの変人ですよ」



 それからさらに四日――つまり、火竜がケラシスラ山を離れてから七日が過ぎた。


 さらに慎重を期して一日様子を見て、火竜が山に戻る気配無しという報告を得ると、ハートリーは今回の火竜帰還におけるケラシスラ山の噴火の危険はなくなったと判断した。


 非常警戒警報が解除されると、避難してきた人々はみな安堵の声を上げ、元いた自分たちの村に帰る準備を始めた。


 元々着の身着のままに近い状態で避難してきた者がほとんどであったため、まとめる荷物はほとんど無く、避難民たちの撤収は村ごとに順番に行われていった。


 その一方、この避難生活の間にアホほど荷物が増えた避難民たちがいた。


 フェリコルリス村の連中である。


 ギデレッツとコスケロによって四台の荷馬車を得た彼らは、一台に山のような砂型を積み、もう一台には鋳造で余った材料を積み、残った二台に老人たちが分乗した。馬は、港で働く荷馬車用の馬を安く売ってもらった。


「世話になったな」


 村人を代表して、工房長が平太に礼を言う。


「こっちが勝手に世話しただけだ。それに何度も言ったが慈善事業じゃない。儲けがあると思ったから、それにかこつけただけだ」


「それでも、礼のひとつくらい言いたくなるさ」


 なにしろ、と工房長は荷馬車に視線を走らせる。二台の荷馬車に乗っているのはみな老人たちだが、その表情はかつて家族に棄てられてひねくれまくったクソジジクソババとは思えないほど生き生きしていた。


「墓に片足突っ込んで、家族に早く死ねと疎まれていた俺らに、生きる目的や希望を与えてくれたんだ」


 聞けば、今まで馬鹿にされたり邪魔者扱いされていた老人の中には、鋳造で仕事する姿を家族に見せることによって威厳を取り戻せた者もいるという。そして息子や孫を見習いに持つようになった者までいるらしい。


「一時的とはいえ、いい夢見させてもらったよ」


「勝手にいい思い出にするな。あんたらにはこれからもビシバシ働いてもらうからな」


 平太は工房長にパヤンという男がじきに村に訪れるから、指示通りに契約を結ぶように言い置いた。


 それからドーラが描いた魔方陣の皮紙を渡し、これに毎月決まった日に売り上げの半分を乗せておくようにとも言い含めておく。


「わかったよ。どれだけ売れるかわからねえが、言われた通りやっておく」


「売れるさ」


 平太の言葉は希望ではあったが、半分くらい確信はあった。何しろ相手はあのパヤンだ。すでにデギースにはサンプルとこの村の情報を送っており、次回の納品の際に売り込むように指示も出してある。先割れスプーンをあれだけ買った男だ。ナイフとフォークもきっと食いつくだろう。たぶん。


 そうこう話しているうちに、フェリコルリス村の撤収する番がやってきた。海上警備隊の隊員の呼びかけに、徒歩の村人たちがぞろぞろと歩き出す。


「お前さんたちは、これからどうする?」


「とりあえず、船を探すよ」


「どこまで行くんだい?」


「フリーギドさ」


 そいつは遠いな、と工房長が右手を差し出してくる。


「何はともあれ元気でな」


「お互いにな」


 そう言って平太はギデレッツの右手を握った。彼の手は、やはり皮が厚く固く、職人の手だった。



 平太と工房長が固い握手を交わしている頃、シャイナは弟妹たちとの別れを惜しんでいた。


 母親の姿はここにはない。スキエマクシに避難した際に、診療所に入院となったからだ。そのおかげか、荷馬車に乗せられる時の顔色は、以前より格段に良くなっていた。あとは滋養を摂って養生していれば、しばらくすればまた歩けるようになるだろう。


 シャイナは母親の事を含め、家族の面倒をしっかり頼むと長男に言い含めた。


「今はまだ大変だけど、この事業が軌道に乗れば村はきっと豊かになる。それまで頑張って、みんなで支え合うんだぞ」


 それからこれは、とシャイナはこっそりと革袋を握らせた。中身はシャイナにしては珍しく、これまでコツコツと貯めたヘソクリである。


「大事に使えよ」


「わかったよ、姉ちゃん」


 一番上の弟は、しっかりと胸を張って言った。まだまだ頼りないと思っていたが、それは自分の記憶の中の幼い弟の面影のせいだったようだ。


 こうして見れば、ずいぶんとたくましくなったではないか。男の子の成長は、思った以上に早いというが――。


 そこでふと、シャイナの頭に平太の顔が思い浮かぶ。あいつも最初はびっくりするぐらい頼りなかったが、今ではあの頃が信じられないくらいたくましくなっている。弟もいずれはああいう男に――


 いやいや、とシャイナは頭を振る。


 なんでそこであいつの顔が出てくる。それに、少しばかりたくましくなったとはいえ、あんなのまだまだひよっこである。ちょっと門が開けて剛身術が使えるようになったようだが、剣の腕は自分に遠く及ばないし、まだ人を斬れない甘ちゃんだ。まあ人を斬れないのは一概に悪い事とは言えないが、いざという時を考えると不安が残る。しかしそのいざという時を何とかしてきたのはあいつだし、むしろピンチになるほど力を発揮すると言うか思いもつかない方法で突破口を開く。そうなると結局頼りないのか便りにならないのかわからなくなってくる。まったく、いつまで経っても掴み所がない奴だ。


 違う、そうじゃない。あいつの話はいいんだ。今はそういう事じゃなくて、弟たちの事をだな――


「――ちゃん。姉ちゃん、」


「ん? な、なんだ?」


「姉ちゃん、なにボーっとしてんだよ」


「別にボーっとなんかしてねーよ」


「なんだか顔赤くね?」


「赤くねーよ」


 慌てて顔を両手でべたべた触るが、触ったところで色がわかるわけでもない。


「なに慌ててんだよ。ひょっとしてあの兄ちゃんの事でも考えてたとか?」


「かかかっかかっかかか考えてなんかねーよ! は!? なにバカ言ってんだお前ぶん殴るぞ!」


 シャイナは弟にゲンコツを食らわす。ごつっと骨まで響く音がした。


「いてーよ姉ちゃん。殴ってから言うなよ」


「うっせーバーカ。お前が変な事言うからだ」


 弟は涙目になって頭をさするが、他の弟妹たちに「姉ちゃんに殴られてやんのバーカバーカ」などとからかわれていた。泣きっ面に蜂である。


 一方、シャイナはそんな弟妹たちをちらりと見て、弟が平太のように成長した姿を想像し、


「……ないない」


 と小さく手を振った。



 こうしてフェリコルリス村の連中も自分たちの村へと帰り、スキエマクシの倉庫街は再び本来の姿と静けさを取り戻した。


「やっと終わったか……」


 すっかりひと気がなくなり、寂しさすら感じるようになった倉庫を前に、平太がため息を吐くようにつぶやく。


「終わったと言うか、むしろこれから始まったような気がするよ」


「そうですね。彼らが自分たちの村で、ここと同じように生産できるか――という挑戦もあるでしょうが、鋳造によって村を復興させるという目的は、まだ始まったばかりでしょうね」


 ドーラとスィーネの話はもっともである。フェリコルリス村にとって、これからが始まりだ。自分たちにできるのは鋳造を復活させ、そのための投資や流通のパイプを繋げるところまでで、そこから先は彼らの努力と、運であろう。


「うまく行くだろうか」


「行ってもらわないと困るよ。サキワレスプーンヌの利益のほとんどを投資したんだ。是が非でも売れてくれないと、大赤字どころの騒ぎじゃないって」


 ドーラはすっかり痩せてしまった革袋を名残惜しそうに見つめる。あれだけはち切れんばかりに膨らんでいた給金と先割れスプーンで得た儲けの詰まった革袋は、今やほとんど空に近い状態である。


 さすがに有り金を全部突っ込む真似はしなかったが、これで潤沢な資金に物を言わせた余裕のある旅は夢のまた夢となった。


「まあ、過ぎたる大金を持つと、良からぬものを引き寄せたり、自身も目や心が濁ったりしますから。いっそこうやって使ってしまうのが良かったのかもしれません」


「金はこえーからなあ。持ってるに越したこたぁねえが、持ち過ぎるとろくな事になりゃしねえ」


 そこまでの大金を持った事があるのかと問いたいが、それは野暮なのでやめておく。一般論だ。


「さて、それじゃあ俺たちもそろそろ行こうか」


 平太が仲間たちにそう持ちかけると、見計らったようにハートリーが現れた。


「おんしら、もう行くんか」


「はい。とりあえずひと段落したんで」


「そうか。で、どちらに向いて行く?」


「最初の目的通り、北のフリーギド大陸を目指そうかと」


 北か、とハートリーは含みを持たせるようにつぶやく。


「したら、フリーギドに向かう船に当てはあるのか? なかったら、俺が話を通してやっても良かぞ」


「マジでっ!?」


「ぜひとも」


「任せた」


「お願いします」


「…………………………」


 船の手配で手痛い経験のある平太たちは、一人を除いて即答だった。


「ほいじゃ、明日の便を取っといてやるから、今日は旅支度でもして明日の朝またここに来るがええ」


「了解っす」


 こうして船の手配という不安要素が解決した一行は、安心して旅支度に専念できた。


 ただ一人、ドーラだけが虚ろな目で黙々と準備をしていた。



 翌朝、言われた通り同じ場所で待っていると、ハートリーがやって来た。


「待たせたかのう?」


「いえ、全然」


 互いに朝の挨拶を交わすと、ハートリーが懐から人数分の乗船券を取り出した。


「約束通り、フリーギド大陸に向かう船の個室を押さえたんだが……」


 そこでハートリーは少し申し訳無さそうな顔をする。


「あいにく大部屋一つしか取れんかったが、構わんかのう?」


「なんだ、そんな事ですか。全然大丈夫ですよ」


 平太が笑って答えると、ハートリーは安堵の息を漏らす。


「そうか、まあそう言ってもらえるなら良かったわい」


 全員分の乗船券をまとめて平太に渡すと、続いてハートリーは背中から一振りの剣を取り出す。


「これは餞別ぞ」


 それは、稽古の時に使っていた半片手剣だった。平太は渡された剣を鞘から抜いてみる。刃はしっかりとあった。真剣である。


「これは……」


「自分の剣を見つけるまでのつなぎぞ」


「いいんスか?」


「ええから持ってけ。どうせ数打ちの安物ぞ」


「じゃあ、遠慮なく」


 平太は少し考えて、剣を鎧のベルトの部分に挿し込む。大剣は鎧の背中に引っ掛けるフックがあって、そこにかけていたのだが、この半片手剣だとそれができないのだ。


「剣は所詮道具ぞ。それを忘れるなかれ」


「はい」


 平太はハートリーの目を真っ直ぐ見て答える。ハートリーも平太の目を真っ直ぐ見て満足そうに頷くと、


「そいじゃ、俺は仕事があるからもう行くわ。おんしらももう行くがええ。船の時間に遅れるぞ」


 名残惜しむでもなくさらりと言うと、軽く片手を上げて去って行った。そのあっさりとした去り方は、また会える事を確信しているかのような潔いものだった。


 ハートリーの姿が消えると、ようやく平太たちはこれが彼なりの見送りだったのだと気づく。あまりにも普通で、まったく別れという感じがしなかった。


「それじゃ、行こうか」


 平太が仲間たちに告げる。そう、これで終わりではない。また始まるのだ。


「うん、行こう」


「行きますか」


「しゃーねえ、行くか」


「はい、行きましょう」


 それぞれが、自分たちに言い聞かせるように言う。


「行こう、フリーギド大陸へ」


 ずいぶんと大きな寄り道をしてしまったが、そのおかげで得たものは計り知れなかった。次はどこでどんな出会いがあるのだろう。平太は期待と不安を胸に歩き出した。


 仲間たちとともに。

今回で第二章完です。次回から第三章に入ります。


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