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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第二章
45/127

鋳造開始

          ◆     ◆


 平太たちとフェリコルリス村との契約が成立した翌日、さっそくナイフとフォークの生産が始まった。


 とはいえ、すぐに作業が始まるわけではない。まずは工房長を始め、かつて鋳造に携わった老人たちによって設備を確認したりする作業が必要だ。


 その間平太たちは製品の元となる鋳型を作った。


「……また俺が木を削るのかよ」


「ガタガタ文句言うんじゃねえよ。お前が作らなきゃ、一体誰が作るってんだよ」


 実物を知っているのは平太だけなので、図面だけでなく型となる素体の制作も彼の仕事だった。平太は木工のスキルが上がった。


 こうしてできた素体を砂が入った木枠に押し込み、砂型が完成する。そこに高温で溶かした材料を流し込むのが砂型鋳造である。


 平太たちが借り受けた工房は砂型鋳造がメインだったようで、広大な工房の中には砂型がずらりと並んでいた。


「これ全部砂型かよ」


 体育館の数倍はあろう敷地に整然と並べられた砂型に、平太が感嘆の声を上げる。


「今回は鋳物が小さく軽いからな。この上にさらに重ねて縦方向にも空間を使う」


 だが工房長の声は、見慣れた物を見ているような平然としたものだった。かつてフェリコルリス村で鋳造が盛んだった頃は、こんなものではなかったのかもしれない。


「マジかよ。一体型枠がいくつ必要になるんだ?」


「さてのう。だが型枠が増えればその分人も素体も必要になる。お前さんはじゃんじゃん素体を作ってくれ」


「こりゃ十個や二十個じゃ利かないだろうな……」


 こうして平太は昼夜を問わず、木を削ってナイフとフォークを作ることとなった。平太は木工のスキルが上がった。上がった。上がった。


「今なら仏像くらい彫れるかもしれないな俺……」


 そんなぼやきはさておき、こうして三日が過ぎた。


 平太は工房長に呼ばれ、試作品を検品する。彼の顔は疲労の色が濃く、目の下には濃いくまがあった。


「どうだ? お前さんの注文通りだと思うが、一応確認してくれ」


「そうだな、」


 平太はまだ余熱の残るできたてホヤホヤのナイフとフォークをあらためる。砂型鋳造の欠点は製品の表面がざらつくことだが、それは研磨すれば良いだけの話だ。


 図面で指示した通り、ナイフの刃先は丸くなっており、これなら子供でも安全に使える。フォークも特に問題ない。


「上出来だ。この調子で量産してくれ」


「わかった。今回の分のいくつかは検品用の見本として間引いておくから、後でまた確認しておいてくれ」


 平太は了承すると、ふらふらと自分の作業場へと戻った。あれから丸三日、ろくに寝ていない。


 寝ていないのは工房長を始め老人たちも同じなのだが、彼らは工房に入ると昔を思い出したのか、いきなりしゃきんと腰が伸びて活力に満ち、作業を始めて二日三日と過ぎて村の若者たちが次々とへばっていくのに対し、むしろどんどん元気になっていく。


「老人に三八式歩兵銃を持たせるといきなり元気になるアレみたいなものか……」


 平太は流れ出る汗を拭う。


 熱い。それにしても熱い。


 借り受けた時はがらんどうとして寒々しかった工房も、ひとたび火が入ると蒸し風呂のように熱い。常時材料を高温で溶かしているから当たり前なのだが、あまりに熱くてそこに居るだけで体力が持っていかれる。


 緯度的に南にあるカリドス大陸の人々は、他の大陸の住人に比べれば比較的暑さに強い。それでも、一日中工房の中に居ると堪えるようで、たたらを踏んで溶鉱炉に空気を送る作業をしている若者たちも、疲労の色がかなり濃いようだった。


「これは少し休息を取った方がいいかもしれんな……」


「ヘイタ様」


「わっ!?」


 寝不足で頭が混濁していたところに背後から急に声をかけられ、平太は情けないほど大きな声を上げて驚く。


「あっ、す、すいません。驚かせてしまって……」


 どくどく言う心臓を抑えるように胸に手を当てて振り返ると、シズが申し訳無さそうな顔をして立っていた。


「なんだシズか……脅かすなよ」


「申し訳ありません、ヘイタ様」


 見ると、シズも大量の汗をかいている。彼女もまた、この熱苦しい工房でずっと立ち働いていたのだろう。顔色はずいぶんと良くなったが、平太たちはまだ彼女に無理はさせたくなかった。


 だが平太たちが気遣ってそう言うと、むしろシズは根を詰めてしまう。たとえ善意によるものであっても、自分が特別扱いされるのが厭なのだろう。あまり強く言ってこじれても仕方ないので、無理だけはしないようにと言い置いてあるが、本人は果たしてどこまで留意しているのやら。


「何か用?」


「あ、はい。ハートリーさんが竜の件について話があるそうです」


「竜か……」


 鋳造が始まってからずっと忙しかったので、すっかり失念していた。そういえばそんなこともあったな、という印象だった。


 だがハートリーの呼び出しに応じないわけにもいかないので、平太はシズにわかったと告げると、疲労と眠気で鉛のように重い身体をどうにか動かして海上警備隊の詰め所へと向かった。



「酷い顔だのう」


 開口一番、ハートリーは平太に向かってそう言った。


 通された部屋は、ハートリーの執務室だった。これまで事あるごとに使ってきた会議室ほどの広さはないが、その分書棚や机など事務的な設備がある分、職場という雰囲気がする。ハートリーはいかにも偉そうな椅子に座って高そうな机に向かい、そして積み上げられた難しそうな書類にペンを走らせている。


「ずっと覆面で顔を隠してる人に言われたくないですよ」


 いきなりの暴言に少しムっとする平太に、ハートリーは慌てて訂正する。


「スマン、言い方が悪かった。酷い相貌だと言いたかったんだ」


 言い方を変えてもあまり良くなったようには聞こえないが、とにかく顔色が悪いという意味で言ったのだろう。


「まあ、最近ずっと寝てませんから」


「鋳造をやるから力を貸せと言われた時は何をするかと思ったら、おんしら、ずいぶんと景気良くやっとるらしいのう」


「その節はどうも。工房の手配や材料の交渉をしてくれて助かりました」


「俺は話をつけただけぞ。しかし、あれだけの規模の工房をフル稼働させるとなると、相当経費がかかるだろうて。回収できる見込みはあるのか?」


 平太はにやりと笑う。


「なけりゃやりませんよ。見ててください。このスキエマクシから、世界が変わりますから」


「ほお……そりゃあずいぶんとでっかく出たもんだのう」


「それより、わざわざ呼びつけたのは世間話をするためじゃないでしょう」


 平太が眠気でしょぼしょぼする目をこすりながら言うと、ハートリーは「おお」と両手を打つ。


「そうそう、竜ぞ。竜の話ぞ」


 今朝、フェリコルリスに調査に行かせた部下から、竜がケラシスラ山から離れたという報告が入った。


「竜だってずっとねぐらにはいないでしょ。狩りとかウンコしに出かけたんじゃないですか?」


「それはそうなんだが、このまま一週間竜が戻らんかったら、あの山はもう安全っちゅうことになるからな」


「どういうことスか?」


 わけがわからない平太にハートリーが説明するには、この世界の竜はねぐらを一週間空けることはまず無いのだそうな。もしそれだけの期間竜が戻って来ないということは、そのねぐらは放棄されて別のねぐらを探しに旅立ったのだという。


「そういうもんスかねえ」


「そういうもんぞ」


 となると、報告が入った今日から一週間のあいだ竜がケラシスラ山に戻らなかったら、もうあの山とその周囲は安全ということになる。


「一週間か……」


 平太は顎を指でつまみ、考える。


「仮に一週間後、竜が戻らなかったらどうなるんスか?」


「そうだのう、もう避難する必要もなくなるから、この避難キャンプも解散だのう」


 やはりそうなるか。つまり最短であと六日しか、今の工房を使えない。六日で作れる量など、たかが知れている。


「キツいな……」


「なに、六日などすぐに過ぎる。運が良ければ六日後には皆元の村に帰れるだろうて」


 ハートリーは避難生活のことを言っているようだが、平太は工房での鋳造のことを考えていた。避難生活をしている人々には悪いが、できればあと最低二週間はこのスキエマクシの工房で生産したい。


 フェリコルリスの村もかつては鋳造が盛んだったから、当然スキエマクシの工房には劣るが、それなりの設備が残っている。


 だが問題は材料の輸送と、製品の搬送にかかるコストである。港町スキエマクシから馬で三日も離れたフェリコルリスでは、これらが相当ネックになる。


 その点スキエマクシの工房なら、他の大陸から材料を輸入しやすいし、製品を輸出しやすい。港町に工房があると、製造即流通と無駄がなくて良いのだ。


「まとまった数の鋳造ができるまで、期限を伸ばそうか?」


「いえ、申し出はありがたいけど、自分たちだけ特別扱いしてもらうわけにもいかんでしょう。他の村と同様、避難キャンプが解散されたらフェリコルリスに戻りますよ」


 とは言うものの、材料や途中までできあがった製品の運搬など、頭が痛い問題は山積みである。


 こういう時こそ魔法の出番なのだが、平太が思いつくような事はすでに先人が数えきれないほど思いつき、試して無理だと証明されている。


 ちなみにドーラに同じ事を尋ねてみると、


「あのねえ……、簡単に言うけど、物質転送の魔法ってもの凄く高位の魔法なんだよ?」


 説明できなくはないが、すると長いし面倒だし、そもそもコイツのおつむで理解できるかどうか怪しい。だったら最初からしない方が時間と労力の節約になるからやっぱりやめとこう、というような顔をされた。


「そうなのか?」


 いつもさらっと使っているのでメールや郵便感覚だったが、確かに言われてみれば物質を瞬間移動させるのだから、現代科学をはるかに超える水準の物理現象を引き起こしていることになる。そう考えるとめちゃくちゃ大変な事のように思えた。


「それに、ボクくらいの魔法使いでもせいぜい大人一人分くらいの重さを送るのがやっとで、とても流通に使えるものじゃないよ」


 さらっと自分を上げてくるのは置いといて、重量制限というのは盲点だった。いくら魔法でも、限界というのはあるらしい。そもそも無限に転送できるのなら、この世界の流通はすでに魔法によってすべて賄われているはずだ。そうでないのなら、何かしらの欠点があるはずなのをまず気づくべきだったか。


「なかなか世の中上手くいかないものだな」


「転送できるだけでもかなり上手くいってる方だけどね。これ以上高望みしたらバチが当たるよ」


 いちいちもっともである。それはさておき、そういう経緯で魔法で何とかしようという案はすでに却下されている。


「運搬用に馬車でも買うか……」


 ナイフもフォークも単品なら小さいし軽いが、運び出すとなると木箱一杯に詰め込むので重さも相当なものになる。当然人力による運搬は無理なので、馬車の購入は妥当と言えよう。


 問題は――


「馬車って買うといくらするんだろう?」


 現時点で結構な額の経費を使っているので、これ以上の支出はできれば控えたい。何しろドーラの給金と先割れスプーンで得た収益も、今ではかなり寂しいものになっている。これでもしナイフとフォークが売れなかったらと思うと、想像だけで胃がキリキリと痛む。


「馬車か。ピンキリだが、運搬用の物なら金貨十枚はするだろうな」


「十枚か……」


 悩む。必要経費なのは間違いないが、回収できるかどうかわからない物にこれ以上の投資をして本当に良いのだろうか。だが馬車は欲しい。


 平太はひとしきり悩んだ末、


「作るか」


 DIY《自作》という結論に至った。


「何だ。馬車を作るのか?」


「少しでも節約したいんでね。やれることは何でもやっていかないと」


「倹約精神は立派だが、素人が作ると逆に高くつくかもしれんぞ」


「それなんスよねえ……」


 ハートリーの言う通り、素人が下手に作ると材料を無駄にして余計に高くつく場合が往々にしてある。結局はプロに頼むか、正規品を買った方が安上がりになるのが世の常である。


「何とかなりませんかねえ?」


「俺に聞かれてものう……」


 ハートリーは苦笑する。何でも何とかしてくれそうなこの男でも、さすがに無理だったか――と思ったら、


「中古ならどうだ?」


「何か当てがあるんですか?」


「まあ無いこともないかもしれん」


「……ずいぶんふわっとした情報ですね」


「断言して下手に希望を持たせると、もし駄目だった時に辛いからのう」


「なるほど。つまりあまり当てにするなと」


「駄目もとぐらいの気持ちでおってくれると、こちらも気楽なんだがのう」


「わかりました。当てにはしてますが、万が一駄目でも責めたり文句を言ったりしませんので、是非全力の本気で何とかしてください」


「さらっと無茶を言いよるのう……。まあ一応当たってはみるが、本当にあまり期待せんでくれよ」


「わかってますって。期待しないで待ってますよ」


「それと、あまり根を詰めるなよ。人間、何でも独りでできるわけなか。そのために仲間がおるのだから、頼めるものは頼んでしまえ」


「はあ……」


 煮え切らない返事に、ハートリーは「本当にわかってるのかコイツ」という目で平太を見た後、「そうだ」と思い出したように言う。


「そう言えばおんし、あの馬鹿デカい剣はどうした?」


「あれですか……、折れちゃいました」


 平太が大剣の折れた経緯を話すと、ハートリーはははぁん、と感心と呆れの混じった声を漏らす。


「竜に斬りつけおったか。そら折れるわ」


 いくら剛身術で強化されても、限度というものがある。それに使い手が未熟な平太なら、一度斬りつけられただけでも良い方だろう。


「そうでなくとも、竜は種として人間より遥かに上位におるからのう。あれを傷つけようと思ったら、それこそ魔法でも使わんとどうにもならん」


「そんなに凄いんですか?」


 ゲームやフィクションの中でしか知らない平太としては、竜及び龍は人間が頑張ってレベルやスキルを上げていけば、いつか必ず勝てるハードル的な相手という印象があった。


「凄いも凄くないも、竜の上位種ともなれば、神殺しもおるくらいだからのう」


「おお、ファンタジー……」


 さすが異世界。神殺しときた。殺される神には申し訳ないが、神殺しという肩書ほど安易でありながらその凄さを現すのに効果的なものはないだろう。


「やっぱり、ハートリーさんでも竜を倒すのは無理なんですか?」


「俺か? まあトカゲの親玉みたいなのは何匹か倒したことはあるが、今回の火竜のような高位の竜の相手となると、さすがに勘弁願いたいのう」


「げ、火竜って高位種だったんですか?」


「地水火風の属性を宿す竜は、どれも高位種ぞ。おんし、よく生きて帰ってこれたのう」


 他人事だと思ってハートリーはがははと笑うが、本人は今さらながら血の気が引く思いだった。神をも喰らい殺す竜にケンカを売るとは、我が事ながらとても正気とは思えない。


 しかし、それだけに竜殺しの称号はある意味神殺しよりも高い。どちらも物語に出てくる勇者や英雄、剣豪なら当然のように持っているものだ。平太もいつかはどちらかの称号を――


「いや、無理だな」


 火竜との件を振り返るに、どう考えてもあれは人間がどうこうできるものではなかった。たとえあの時ドーラがいて魔法を使おうとだ。竜はやはり、最強の魔獣なのだ。


「で、おんし、替えの剣はあるのか?」


「ないっス」


 あの大剣は苦労の末倒したレクスグランパグルの甲羅を使い、デギースが作った謂わばオーダーメイドで、世界に一つしかない平太だけの剣だった。その替わりなど、おいそれとあるものではない。


「なんか、いい剣ないですかねえ?」


「そうだのう……」


 ハートリーは少し考えるように腕を組む。


「今のおんしなら、俺と同じ超重鋼の剣でも扱えるだろうが、人と同じものじゃ面白くなかろう」


「いや、この際面白いかどうかはどうでもいいんだけど」


「伝説の勇者の剣とかどうだ?」


「あるの?」


 ベタ過ぎる感はあるが、いかにもファンタジー的なアイテムの登場に、平太のテンションが少し上がる。


「あるぞ。この世界のどこかに、前の勇者が魔王と戦った時の装備が眠っとるという話ぞ」


「どこかにって、伝承とか情報はないんスか?」


「何せ五百年前だからのう。ほとんど残っとらんだろうし、残っとったとしてもかなり歪んどるだろう」


「それじゃ何もわからないんじゃ……」


 ひと口に五百年と言うが、現実でも百年そこらで伝承は簡単に途絶える。現代の歴史家が科学技術の粋を駆使して研究しているならまだしも、この世界の文化水準だとなおのこと後世に残すのは難しいだろう。


「碑文とか石版とかないっスかねえ」


「さあのう。まあ地道に世界中歩き回ったら、何か手がかりくらいは見つかるかもな」


 そんな悠長なことをしていたら、老衰で死ぬか魔王に世界を征服されてしまう。


「勇者も後の人のことを考えて、もっとわかりやすい場所に隠すとか確実に伝わる方法を考えてくれりゃあいいのに」


「簡単に見つかったら悪用されるかもしれんし、何より魔王を封印した後だからのう。もう必要ないものと、それらも封印したのかもしれん」


 だが結局魔王は復活した。五百年という年月は勇者の伝説ばかりでなく、彼が施した封印も風化させてしまった。


「自分が死んだ後の未来のことなんて、あんま気にしないよなあ」


「身も蓋もない話だが、まあそういうこったな」


「じゃあもう探させるつもりすら無いのかもしれませんね」


 本当に悪用させないためなら、伝承などの手がかりは残さないだろう。そうなるともう探すのは不可能だ。


「超重鋼でこしらえるなら、鍛冶を紹介してやろうか?」


 ハートリーの申し出はありがたいが、平太は「う~ん」とひと唸りしてから、


「いえ、フェリコルリス村の件が片付くまで、とりあえず剣の事はいいです」


 剣を新しく打つにしても何にしても時間は必要だが、今はとにかく目の前の問題に集中したい。そして何より今の平太にそんな金は無い。


「ほうか。まあ気が向いたらいつでも言いんしゃい」


「その時はぜひ」


 平太はそう言って軽く頭を下げると、執務室を出た。


「さて、どうしたものか……」


 詰め所の廊下を歩きながら、平太は独りごちる。


 とりあえずシャイナを探すことにした。

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