避難民キャンプ
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後から追いかけてきたハートリーたちスキエマクシ海上警備隊の持って来た水や食料のお陰で、シャイナたちは飢えや渇きからようやく解放された。
いい気なもので、先ほどまで文句を垂れ流しシャイナたちに非難轟々だった老人たちも、腹がくちくなり喉が潤うと途端に上機嫌になった。聞こえよがしに「警備隊さま様じゃ」とか「水も食料も準備せず救助に来るどっかの誰かとは大違いだ」とか口にしている。平太はだから口減らしに捨てられるんだよと思ったが、黙っていた。
「逃げ遅れた村人たちはこれで全部かのう?」
老人や子供たちを馬車に乗せると、ハートリーはシャイナに確認をした。
「あとは……」
シャイナは言いにくそうに一度言い澱み、照れ臭いのかぼそぼそと言う。
「おふくろだけだ」
むっつりとして視線をそらすシャイナに、ハートリーは「ほう……」とひと言だけつぶやく。
ハートリーは木陰に寝かせていた母親に歩み寄り、脈や目の色など医者の診断みたいな真似をすると、彼女を丁寧に抱き上げ自ら馬車の中に運び込んだ。
「出発ぞ」
ハートリーが号令をかけると、一行はスキエマクシへ向かって夜の山道を進み出した。
シャイナは先頭を馬で進むハートリーに自分の馬を寄せると、彼は「来たか」という顔をして彼女のために場所を少し空けた。
周囲の警備隊たちが胡乱な目をするが、シャイナは気にせずハートリーが馬をずらした場所に自分の馬を滑り込ませる。
夜の山道は昼間と打って変わって暗く危険だった。本来なら朝日が昇るまで動けなかったのだが、警備隊たちが持つ松明の明かりのおかげでどうにかゆっくりと進めている。
「何ぞ用か?」
にやりと笑うハートリーの顔を見て、シャイナは鬱陶しそうな顔をするが、一度目を閉じて何かを飲み込むようにして自分を落ち着かせる。
だが、すぐには言葉が出てこない。礼を言うのはこっ恥ずかしいし、来た事を責めるのも何か違う気がする。なので単純に思ったことを口に出してみた。
「どうして来たんだよ?」
「来んほうが良かったか?」
「それは……」
来なくて良かったとも言えず、シャイナの言葉は尻すぼみになる。
「来て良かっただろ? まあ感謝しろとは言わんが、せめて礼の一つくらいは言って欲しいものだのう」
がはは、と笑うハートリーに向けて、シャイナは小さく「うるせえ」と舌を出す。
「そういや、絶妙な頃合いに出て来やがったな。まるで、あたしらがこうなることを見越したような……」
根拠の無い思いつきだが、自分で言った言葉の妙な説得力に、シャイナははっとする。
「あっ!? てめぇ、さてはこうなるって知ってて、あたしらを先に行かせたな!」
「人聞きの悪いことを言うな。確かに俺らは組織ゆえに、手続きやら余計なもんで初動が遅い。だが、だからと言っておんしらのような民間人を上手いこと使って、俺らが到着するまでの時間稼ぎをさせようなどという小賢しい考えは――」
ハートリーはそこで言葉を一旦止める。馬の蹄の音と、松明が弾けるぱちぱちという音だけが夜の森に響いた。
「ま、あったんだがのう」
憎たらしいほどの笑顔であった。
「やっぱりあったのかよ!」
「怒るな怒るな。おんしらが先に行かねば、あの者たちは助からんかったのではないか?」
思い出す。たしかに、もし自分たちが駆けつけていなかったら、フェリコルリスの村は火竜に焼き尽くされ、シャイナの家族も老人たちも死んでいただろう。
「お、おう……」
「それに俺らが後から追いかけなければ、おんしらは水も食料も尽きて途中で干か
らびていただろうに」
「う……、それは……」
それを言われると弱い。事実、その通りなのだから。
「結果的にみんな助かったのだ。細かいことは気にするな」
「いや、細かいことじゃねえだろ」
「それに、俺らもただ事務的なことで遅れたわけではないぞ。ちゃんと先の先を見越して、やるべきことをやってから来たからこそ、出発するのに時間がかかったんだ」
「何だよその先の先のやるべきことってのは?」
胡散臭そうな目でシャイナが見ると、ハートリーはふふん、と自慢気に鼻を鳴らす。
「そいは、戻ればすぐわかる」
「ンだよめんどくせえ……」
本当に面倒くさいが、こうなったらハートリーのことだから、いくら問い詰めても口を割らないだろう。まあどうせ明日にはスキエマクシに着くのだ。今焦って聞き出さなくてもすぐにわかる。
「わぁったよ。ったく、相変わらずガキみてえな性格しやがって。いい加減直さねえとずっと独りモンだぞ」
「俺は少年の心をいつまでも忘れとらんだけぞい。この純真さがわからんようでは、おんしこそいつまで経っても生娘ぞ」
「うるせえっ! 余計なお世話だ!」
シャイナは顔を真赤にしてこの場から離れていく。ハートリーの大笑いする声が、闇に吸い込まれていった。
翌日。
夜通し歩き続けたおかげで、昼を前に一行はスキエマクシに戻ることができた。
そこで平太たちが見たものは、倉庫区画一帯を使った中規模の避難民キャンプであった。
かつて平太たちが寝泊まりに使っていた倉庫は元より、使えそうな倉庫は片っ端から避難所と化している。どこかで炊き出しをしているらしく、スープの入った椀を並べた盆を持った女性が、いそいそと自分の家族のいる場所へと歩いて行く。
「すごいな……。これ全部フェリコルリスから避難してきた人たちか」
「いや、見覚えのない顔が多すぎる。たぶんこの近辺の村々から避難してきた連中を、全部ひっくるめてここで面倒見てるんだろう」
「マジかよ……?」
シャイナの言葉に、平太は改めて周辺を見回す。体育館のような大きな倉庫一つが、村一つ分の割り当てになっているようだ。倉庫の中は簡易的に間仕切りされており、一応家族ごとの空間は辛うじて確保されてはいる。
「火山の噴火から避難してきた人全部って……一体何人いるんだ?」
「さあな。けどあの辺りは山奥の小さな集落ばかりだから、村の数に比べて総数は大したことねえだろ」
とは言うものの、大型の倉庫を丸ごと使っていても、家族が数組寝泊まりすればたちまち手狭になる。
それに、避難所は所詮避難所である。いくら間仕切りされていても、厳密にプライベート空間が確保されているわけではない。声は筒抜けだし、ちょっとした身動きで生じる生活音も周囲に丸聞こえだ。これではすぐにストレスが溜まるだろうが、背に腹は代えられないだろう。
とは言え、これだけの規模の避難民キャンプを、ハートリーはわずか数日で用意したのか。
「これが先の先ってやつか」
シャイナが自分の家族の安否で頭がいっぱいだった頃、ハートリーはこのスキエマクシ周辺の村里すべての人間のことを考えていたのだ。
その上、準備足らずのまま先行したシャイナたちの尻拭いをするために、水と食料を持って追行した。そこに、救助は時間との勝負のため巧緻より拙速を尊ぶという意味はあったものの、助けられたという事実は変わりない。
「ったく、とことん抜け目のないオッサンだぜ」
悔しいが、まったく敵わない。あれから何年も経ち、剣の腕も人生の経験もそれなりに積んできたつもりだったが、結局差は埋まるどころかますますその差を見せつけられる結果になった。
見れば、今もなお近隣の村々から避難民が続々とこのスキエマクシに集まり続けている。その数は正確には把握できないが、百や二百ではきかないだろう。
そして、そのために警備隊の人間たちは仮設住宅を作る場所の確保や、水や食料など生活必需品の確保に東奔西走している。これらはすべてハートリーの指示である。
「おい、そこのきみ!」
「ん?」
声をかけてきたのは、若い警備隊員だった。見れば、大きな木箱を両手で抱えている。中に入っているのは、どうやら干し肉などの保存食だった。
「この食料を、みんなに配ってくれないか?」
「なんであたしが……」
「今はみんな大変な時なんだ。少しでも余裕があるなら、それをみんなのために使うべきじゃないのか」
若い隊員の青臭い言葉にシャイナは辟易するが、すぐ後ろのスィーネが、
「わかりました。それで、どこに運べばよろしいのですか?」
と勝手に引き受けてしまった。結局、シャイナたちは隊員に渡された木箱を持って、指示された倉庫――今は避難所となっている所に向かった。
「ったく、余計なことすんなよなー」
「いいじゃないですか。どうせ手が空いているのですから」
文句を言いながらも、シャイナが木箱を肩に担いで歩いていると、突然周囲の人混みから中年の男が飛び出して来た。
「お前かぁ、余計なことしやがったのは!?」
男は大声で叫びながら、走って来る勢いのままシャイナに殴りかかろうとした。
が、シャイナは驚きも慌てもせずひょいと男の拳をかわすと、すれ違いざまに足をひっかけて男を転ばせた。
男が人混みに向かって盛大にすっ転ぶと、いきなり足元に人が転がり込んできて驚いた女性が悲鳴を上げる。
「くそっ……!」
男が立ち上がろうとするが、それよりも早くシャイナが男の背中に木箱を置き、その上に自分が座る。男は地面に押さ込まれ、「ぐえ」と呻いた。
「いきなり何しやがる」
シャイナが男の顎を両手で掴み、上体を反らさせるように引っ張る。奇しくもそれは平太の世界のプロレス技、キャメルクラッチの体勢だった。
「いでででででっ! お、お前らが悪いんだろ。こっちの事情も知らずに余計なお節介焼きやがって!」
男は喚くが、どうにも事情が飲み込めない。
「とりあえず放してあげたら?」
「このままでは埒が明きませんし、とにかく事情を聞いてみましょう」
ドーラとスィーネに諌められ、シャイナは舌打ちをしつつも立ち上がって箱をのけ、男を解放する。
男は腰を押さえて咳き込んでいたが、やがて痛みも薄れて落ち着いてくると、思い出したようにシャイナたちをきっと睨みつけた。
「お前らだろ、村に残してきた……を勝手にここに連れて来たのは!?」
「はあ?」
公衆の面前で大声で話すことが憚られるのか、さっきの勢いはどこへやらと男の声は尻すぼみになる。勘の鈍いシャイナはまだ気づいていないようだったが、平太たちは男が何に対して腹を立てているのかすぐにピンと来た。
「ほら、アレだよ。こいつら、あの老人たちを村に置き去りにしてきた家族だよ」
平太が小声で説明してやると、シャイナはようやく理解したようで、「は~ん、なるほどねえ」といかにも悪そうな顔をする。
「そいつは残念だったな。捨てたはずの犬が戻って来ちまったようなもんか? だったら今度は戻って来ないようにもっと遠くに捨てるか、追って来られないようにてめえで始末しとくんだな」
ざまあみろ、という感じでシャイナが笑うと、男は顔を顔を真赤にして怒るかと思いきや、落ち込んだようにうなだれた。
「お前らはそれで満足なんだろう……。だがな、俺らはこれからも生きていかなきゃなんねえ。生きてくだけでもやっとなのに、あんな重荷を背負っていかなきゃならねえ俺らの気持ちなんて、お前らにゃわかんねえだろうよ」
平太たちにとっては助けてそこでお終いかもしれないが、彼らはこの先ずっとあの老人たちの面倒を見ていかなければならないのだ。犬や猫のように、気軽に助けてハイお終いというわけにはいかない。最後まで面倒を見れないのなら、最初から助けてはいけないのだ。
が、そんなことは平太たちも最初から覚悟していたことである。
「なめんじゃねえぞ」
「へ……?」
「あたしらが無責任にあいつらを助けたと思ってんのかよ? まあ確かにあいつらはついでに助けたようなもんだがな、あたしは――あたしの仲間たちは、そんな気軽に犬猫を拾うような感覚であいつらを助けたわけじゃねえ」
決然と言い放つシャイナの姿は実にカッコ良かった。
が、少しして小声でドーラに「……だよな?」と確認を取る姿は凄くカッコ悪かった。
「まあ、助けたからには最後まで面倒を見るつもりだけど、ボクたちにできるのはあくまで援助くらいだからね。最終的にどうなるかは、村の人たち次第だというのを忘れないで欲しいな」
「神は己の足で立ち上がろうとする者にのみ、救いの手を差し伸べてくれます」
ドーラとスィーネから言質を取り、シャイナは再び強気を取り戻してふんぞり返る。
「わかったか。あたしらはちゃんと覚悟してあいつらを助けてやったんだ」
「じゃ、じゃあ具体的に何をしてくれるんだ?」
「……何すんだよ?」
「俺に訊くなよっ」
唐突に話の重要な部分を振られ、平太が慌てる。
「どうした? 具体的な案ぐらいあるんだろ?」
「う……」
男に詰め寄られ、シャイナは呻きながら後退る。
「うるせえ! とにかく何とかしてやるから、お前らは大人しく避難生活してろ!」
詰め寄る男の顔をわし掴みにして押し戻す。男は手型の残る顔をにたりと歪めると、
「言ったな。絶対何とかしてもらうからな。村の他の連中にもきっちり話しておくから、もう取り消せないぞ。逃げるなよ!」
子供のようなことを叫んでさっさと逃げて行ってしまった。
男が去ってしまうと、周囲の人だかりも見世物はもう終わりとばかりに散っていく。残ったのは、やっちまったという顔をして立ち尽くすシャイナと、やっちまったなコイツという顔をして立つその仲間たちであった。
「あ~もうこりゃ引込みつかないぞ」
「しょうがねえだろ。こうなっちまったもんは」
「とりあえず、まずはこれを言われた所にまで届けましょう。考えるのはそれからでも遅くはないでしょう」
「そうだね。それに村の人らの話を聞けば、何か名案が浮かぶかもしれないしね」
一同はそろって大きくため息をつくと、とりあえず言われた通り食料を運んだ。
用事を終えたドーラたちは、フェリコルリス村の避難所に行く前に打ち合わせをすることにした。
場所は、あまり一目につかない方がいい。けれど、今もなお周辺各地から避難民が集結している状態で、とてもそんな場所は都合よく見つからなかった。そうこうしていると、
「おんしら、何しとるか?」
巡回していたハートリーに会った。
平太は仲間たちと顔を見合わせる。この男、信用に足るのは間違いないが、果たしてどこまで頼って良いのだろう。事情を話せば力になるどころか、たちまちのうちに解決してくれそうな心強さがあるのだが、それではあまりに無責任だ。
「ん? どうした?」
そんな扱いに困る便利アイテムを見るような目で見られ、ハートリーは居心地の悪そうな声を上げる。
「どうしよう……?」
「とりあえず、事情くらいなら話してもいいかな?」
平太が小声で相談すると、ドーラも彼の扱いに困っているフシがあった。さすがに彼女もこの男を便利に使うのは間違いだとわかっているのだろう。
平太は、とりあえず人目につかず相談ができる場所を探していることを伝えた。
「それなら、警備隊の会議室を使えばええ」
「いいんですか?」
「構わんよ。どうせ避難民への対応で人はほとんど出払っとる。誰も気にしやせん」
いいのかな、と思いつつ、他に選択肢もなさそうなのでこの申し出をありがたく受けることにした。
「……で、どうしてお前がまだいるんだよ?」
「そりゃあ警備隊の施設を使うんだ。責任者がおらんと、もしもの時に困るであろう」
海上警備隊の詰め所にある会議室に移動したものの、いつまで経っても去ろうとしないハートリーに、とうとうシャイナがキレ気味に問いかけた。
この男、話し合いに自分も混ざるつもりだ。タダで場所を提供してくれるとも思わなかったが、まさかこうなるとは相変わらず予想の斜め上をいく。
「それともナニか? 俺に聞かれたら困る話しでもするのか?」
「ンなわけねーだろ」
「だったら俺に遠慮せんと、ガンガン話し合えばええ。会議室っちゅうんは、そのための部屋ぞ」
言ってることはもっともだが、やってることはただの野次馬である。
「この人、もしかしてヒマなんじゃないでしょうか……」
小声でつぶやくシズの声に、本人以外は深く頷いた。
このままハートリーを気にしても埒が明かないので、平太たちは話し合いを始めた。こうなったらもうどうにでもなれである。
「――で、あの村を救う具体案なんだけど、俺は産業でも観光でも何でもいいから売りを作った方がいいと思う」
「確かに、お金を渡すだけならその場しのぎだけど、彼らの努力次第で長く続く方法があればそれに越したことはないね」
「なるほど。猫に魚を与えてその日を永らえさせるより、釣りを教えて将来食べるに困らないようにするというわけですね」
平太とドーラのやり取りに、スィーネが感心したように言葉を挟む。
「でも、あの村って何か名物とか産業ってある?」
「ん~……」
ドーラの問いに、シャイナは困ったように頭を掻く。ばりばりと掻きむしって跳ねる赤毛が、彼女の困った度合いを見事に表している。
「ないんだなこれが」
断言である。
「まあそう都合よく何かあるとは思ってなかったけど、できれば若者だけでなくあの老人たちが関われるような産業か興行があればなあ……」
室内に一同の唸り声が響く。老人を使った村興しというお題は、あまりにも無茶が過ぎる。
だがそこに、思わぬところからヒントが出された。
「そう言えば、あの村は昔は鋳造が盛んだったらしいぞい」
ハートリーの言葉に、一同の視線が彼に集まる。
「そんな話聞いたことねえぞ」
「おんしが生まれるずっと前ぞ。今の年寄り連中が若い頃までは、大層盛んだったそうだがな」
「けど、今はそうじゃないってことは、」
平太の問いに、ハートリーはうむ、と答える。
「鋳造に使う鉱物を採り尽くしてのう。あえなく終了じゃ」
「しかし、材料ならよそから取り寄せれば良かったのではなかったのですか?」
スィーネの疑問はもっともである。多少コストはかかるが、材料さえ入手できれば鋳造は続けられたのではなかろうか。しかしハートリーが言うには、フェリコルリス村が鋳造をやめたのには様々な要因が重なったそうである。
「まずはフェリコルリスの鋳造の需要が少なくなった」
鋳造は、このグラディアースにおいて数少ない工業の一つである。その需要は当然大都市に集中し、需要が集中すれば必然供給も集中する。巨大な工房を持つ大都市に需要と材料を取られ、山奥の小さな村は潰されてしまったのだ。
「次に後継者の問題」
需要がない工業を継ぐ者など、よほどの物好きか伝統を命より重んじる老舗くらいである。そうでない連中はこぞって鋳造を捨て、新たな道を歩み出した。
「だが、結局どれも成功しなかった」
現状を見れば一目瞭然。どれも大した成功を収められず現在に至り、フェリコルリス村は貧乏が染み付いたひなびた村になったのである。
「何だかしんみりしちゃう話だねえ……」
よその土地とは言え、凋落していく話というのは聞いて楽しいものではない。会議室に重い空気が立ち込める中、一人平太だけが何かを必死に思い出そうとしていた。
「どうしたの?」
「いや、何だろう? 鋳造と聞いて、何か忘れてるような……」
「そういやそうだね」
「あの……もしかして、サキワレスプーンヌのことじゃないでしょうか?」
おずおずと遠慮がちにシズが口を挟むと、平太とドーラは同時に彼女の方を向いて「それだ!」と叫んだ。




