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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第二章
39/127

ケラシスラ山

     ◆     ◆


「わっ!?」


「地震か」


 突然の地震に驚いて地面にしゃがみ込む平太と違い、ハートリーは慣れたものと言わんばかりに平然と立っている。


 揺れは激しかったが、ものの十秒ほどで収まった。


「止まった……のか?」


「どうやらそのようだのう」


 まさか異世界にも地震があるとは思わなかったので、かなり驚いた。だがハートリーを始めスキエマクシの人たちは、みな一応用心のために屋内から出てきてはいるものの、別段慌てた様子はなかった。


「みんな慣れてるのか?」


「ああ、ここじゃこの程度はしょっちゅうよ」


 聞けば、カリドス大陸には火山がいくつかあり、地震は日常茶飯事なのでみんな慣れていると言う。


「火山って、いつ噴火するかわからないから危なくない?」


「火山と言うても活動をやめとるのがほとんどぞ。ちなみにシャイナの故郷フェリコルリスの近くにもでかいのがあるが、あれはざっと500年くらい何も起きとらん」


 そういうのって当てにならないんだけどなあ、と平太は思ったが、地球の常識が異世界では通用しないのを、つい先日身を持って知ったので黙っていた。


 それに異世界のことだ。地震のメカニズムが地球のように、大陸プレートの摩擦によって起きているとも限らない。もしかするとベヒモスとか大地の精霊がくしゃみをしたとか、日本の迷信でいうナマズのような存在がいるのかもしれない。


 と、このときの平太は異世界であることを前向きに捉えていたが、まさか後に異世界の方がよほど理不尽であることを思い知らされるとは思いもしなかったであろう。


 ハートリーの口ぶりや、周囲の人々の態度を見ていると、そう大したことはないのだろう。日本でも台風や地震の多い地方の人は慣れたもので、外部の人間が見たら暢気に見えるほどだと聞く。平太はそう納得し、その日の稽古を終えた。



 翌朝。


 約束通り、平太は診療所までシズを迎えに行った。


 診療所に着くと、すでに退院手続きを済ませたシズが、入り口の少し横に立って待っていた。


「ごめん、待った?」


「いいえ、今手続きが終わったところです」


 ベタな待ち合わせの会話をすると、一瞬気まずい空気が流れる。こういうとき、他のメンツがいれば何かしら会話があるはずなのだが、生憎ここには平太とシャイナしかいなかった。


 シャイナに場の空気を読んだ気の利いた応対を望むのは無謀というものなので、平太は諦めて「それじゃあ行こうか」とシズを誘って歩き出した。


 ちなみに他のメンツ――ドーラとスィーネは、書類整理の引き継ぎがあるとのことでこの場にいない。平太など、雑用しかしていないので引き継ぎもクソもなく、昨日雑用の担当者に「明日から来れないんスが」と言ったら「あ、そう」と呆気なくお役御免となったくらいだ。


 倉庫から荷物を引き上げる前に、警備隊の詰め所に寄ってハートリーに挨拶をして行こうと思って歩いていると、どうも通行人や店の人間が妙にざわついているように感じる。


 シャイナも街の異変に気づいているらしく、何かを嗅ぎ分けようと何度も鼻を鳴らし、周囲にさりげなく視線を巡らせている。


 そうしているうちに海上警備隊の詰め所に着くと、詰め所は昨日までののんびりした様子とは打って変わって隊員たちが大慌てで走り回っていた。


「何があったんだ?」


 平太たちは騒然とする詰め所に圧倒されつつも事態を把握しようとするが、誰も彼も平太たちのことなど見向きもせずに立ち働いているので、一向に情報が入らなかった。


 しまいにシャイナが短気を起こし、すぐ横を通りすぎようとした若い隊員の首根っこを掴んで強引に止まらせた。


「おい」


「うわっ……!?」


「ずいぶん騒がしいじゃねえか。いったい何があった?」


 若い隊員は乱暴な止め方に怒ったようにシャイナを見るが、その視線が自分の顔よりもさらに上を向いた時点で消えてしまったようだ。


「な、何だよ。こっちは忙しいんだ。邪魔しないでくれ」


「だから、何があったって聞いてんだよ」


「ケラシスラ山が噴火するかもしれないって情報が入ったんだ。あの山が噴火したら、溶岩や火山灰の被害だけじゃなく地震による津波の危険もあるから、港の船をすべて繋留したり近海の船に情報を届けたり、仕事は山ほどあるんだよ。わかったかい? じゃあ僕はもう行くから」


 早口にそうまくし立てると、若い隊員は襟を掴んだシャイナの手を振り払い、猛ダッシュで走り去っていった。


「ケラシスラ山が……噴火だと?」


 そんなまさか、という顔でシャイナが呟くが、平太は山の名前を言われてもぴんと来ない。


「おい、その山ってここから近いのか?」


「近いってほどじゃないが……」


 言葉を濁すシャイナの表情は、酷く苦々しい。


「よくわかりませんが、ずいぶん大変なことになっているようですね……」


 とにかく緊急事態のようだ。そうなると、ハートリーに別れの挨拶をするという悠長な時間はなさそうだ。何せ彼はヒマそうに見えても一応ここの隊長だからな、などと平太が考えていると、


「とにかく話を聞きに行くぞ」


 シャイナが神妙な顔をしてずんずん前を歩き出した。


「お、おい、ちょっと待てよ」


 シズが無事退院した今、自分たちはもう部外者である。その部外者が緊急時にずかずかと責任者の手を煩わすのはさすがに気が引けるというか、普通に迷惑だ。


 だがシャイナは平太の制止を物ともせず、大股で歩き続ける。遂には隊員たちで寿司詰め状態になっている会議室に到着し、遠慮もへったくれもない無遠慮な力加減で扉を開けて中に入ってしまった。


「何だお前らは!? ここをどこだと思っている。さっさと出て行け!!」


 案の定、扉を開けて数秒もしないうちに怒られてしまった。しかしシャイナはそんな怒声にもまったく怯まず、さらに歩みを進める。


「聞こえなかったのか!? 出て行けと――」


 別の隊員がシャイナの胸ぐらを掴んで止めようとするが、逆にその腕を取られて関節を極められて転がされた。その際椅子を数脚巻き添えにし、室内に騒音が響く。


 突然の狼藉に隊員たちが唖然としている間に、シャイナは会議室の上座に座るハートリーの元に一直線に進み、彼の目の前に立つと両手を勢い良くテーブルの上に叩きつけた。


 と同時に室内の他の隊員たちが一斉に椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。


 一触即発の空気に、平太とシズが戦慄する。


 あわや大乱闘か、と思われたそのとき、


「よさんか」


 ハートリーのひと声で全員の動きが止まった。


「ケラシスラが噴火って本当かよ? あれはあと千年は煙ひとつ吐かないくたばり損ないの山だろ」


「確かに、あれはもうほとんど死んどる山ぞ」


「だったら――」


 なぜ、という無言の問いに、ハートリーの隣に座る副隊長が目配せをする。ハートリーはその視線を受け、覚悟を決めたような顔で言う。


「昨日、ケラシスラに火竜が戻った」


 シャイナが息を呑む音は、室内が一斉にざわつく音にかき消された。どうやら他の隊員たちも初耳らしい。


 ただ唯一平太だけが事態を呑み込めず、置いて行かれていた。


「その話、本当かい?」


 そこに追い打ちをかけるように、ドーラが登場した。背後にスィーネが立っているところを見ると、どうやら引き継ぎは終わったようだ。


まことぞ。昨日の地震は奴が山に戻ったためっちゅう報告が入っとる。これは間違いない情報ぞ」


「竜が山に来たら噴火が起こるって、どういう理屈なんだよ?」


 たまらず平太が説明を求めると、ドーラは待ってましたとばかりに解説を始める。


「人間がその土地に住居を構えるときに、食糧事情や水の確保など住環境を重要視するように、竜などある種の魔物にもその傾向があるんだ」


「つまり、どこでもいいってわけじゃないんだな」


 ドーラは頷く。


「火竜の場合それがちょっと特殊で、彼らはある程度の条件を満たしていたら、後は自分たちで改良するんだよ」


「ある程度って?」


「今回、ケラシスラ山を選んだようだけど、あそこは本来噴火とはもう縁のない、死火山と言っても過言ではない山なんだよね?」


 同意を求めるように、ドーラはハートリーに視線を向ける。


「左様。五百年ほど前に火竜が出て行ってから今日まで、うんともすんとも言わぬ大人しい山ぞ」


「出て行った? じゃあ以前もそこに火竜が住んでいたってことか?」


 まるで賃貸の契約が切れたから退居したような感じだな、と平太は思ったが、そこで一つ疑問が生まれる。


「あれ? おかしいだろ。一度出て行った山に何で今さら帰って来たんだ?」


「一説には五百年ほど前に奴が出て行ったのは、勇者が追い払ったという言い伝えがあるとか何とか聞いたけど、どこまで信用できるか……。まあとにかく火竜は戻ってきた。けど山はすでに活動を停止して久しい。そこで火竜は次に何をするか、」


 次の山を探すんじゃねえの、と平太は思う。


「火山を復活させるのさ」


 予想の斜め上の答えだった。


「いやいやいやいや、それはちょっとデタラメ過ぎるだろ」


 いくら竜でもそこまでの力があるのだろうか。それにそんな力があるのなら、ケラシスラは活動を停止しなかっただろうに。


「人間だって気分転換に引っ越ししたりするだろ? 竜だってずっと同じ土地に住んでたら、飽きたり別の土地に住んでみたくなったりするさ」


「……そういうもんだろうか?」


「そういうもんだよ」


 当然のように言い切られ、平太は自分の考えのほうが間違っているような気がしてくる。どうせ異世界のことだ。深く考えたら負けだと、平太はそれ以上考えるのをやめた。


「それじゃあ、どうしてわざわざ火山を復活させたりするんだよ?」


「そのほうが快適だからだよ」


 火竜にとって、溶岩は水と同じで浴びると気持ちがいいし、硫黄の匂いは芳香剤と同じらしい。つまり、自分の住みやすい環境にするためだけに、火竜は火山を復活させるのだ。


「……すげえ迷惑な奴だな」


「人間にとってはね。けど人間だって、環境を自分の住みやすいように変えるっていう意味では、やってることは似たようなものだよ。他の生物にしてみれば、迷惑以外の何物でもない」


 唐突な正論に、平太は言い返せない。人間以上の上位種がいない地球とは違い、ここは異世界なのだ。神や魔王、竜や魔物がいる世界では、人の考え方や意識が違うのは当然だろう。


「説明は済んだようだのう」


 終わるのを待っていてくれのか、頃合いを見計らってハートリーが口を挟む。


「先も言ったが、昨日の地震は、竜が山に戻ったのが原因ぞ。そしてそれが何を意味するかは、このちびっこいのが言った通り。つまり、ケラシスラ山は、あと数日で噴火する」


 再び室内がざわっと震える。火山が噴火するだけでも一大事なのに、それに竜が絡んでいるとなるとどれだけの災害になるか想像もつかない。


「このスキエマクシは、ケラシスラ山から結構離れているが、それでも噴火が起きれば何かしらの被害は免れまい。それに対して俺らができることは、住民の避難や当面の物資の確保、船舶の安全確保と情報収集と提供ぞ。時間はほとんど無いが、各自割り当てられた仕事を着実に遂行して欲しい。以上」


 解散、と号令がかけられると、隊員たちは自分たちの職務を全うするために一秒を惜しんで早足で会議室から退出した。



 室内に残されたのは、平太たちとハートリーだけだった。寿司詰め状態だった室内は、今は閑散としている。なのに空気は以前として張り詰めたままで、いや、むしろ皮膚をちりちりと刺すほどまでに増していた。


 椅子に座り、机の上に両肘を着き、顔の前で両手を組んでいるハートリーの前には、両手を机に叩きつけたままの態勢で噛みつかんばかりに牙を向くシャイナの姿があった。


 彼女の周囲には、平太やドーラたちが怯え顔で立っている。実際、シャイナがいつハートリーに殴りかかってもおかしくない雰囲気であった。


「まだなんぞ用か?」


 ケモノのような殺気を一身に浴びながら、まったく意に介さず面倒くさそうに言う。その言葉がシャイナの怒りの火に油を注ぎ、平太たちは生きた心地がしなくなる。


「それだけか?」


 シャイナは食いしばった歯の隙間から、呻き声のような声を漏らす。


「は?」


「さっきの指示は、それだけかと聞いてんだ」


「そうだ」


 歯が折れたんじゃないかと思うほどの、シャイナの歯を食いしばる音が響く。


「何で守るのがこの街だけなんだよ!? ケラシスラが噴火したら、どれだけの街や村に被害が出ると思ってんだ!」


「俺たちはこのスキエマクシの、海上警備隊ぞ。海のごたごた以外は専門外じゃ」


「それでも――」


「まあ落ち着け」


 ハートリーは鼻息荒いシャイナの顔の前に掌を上げ、彼女を落ち着かせる。


「言うたじゃろう。俺らは海の専門家。陸のことは陸の専門家の出番ぞ。それに、何もせんとは言うとらん。物資の手配に情報提供、避難民の保護や災害救助などスキエマクシの周囲にもちゃんと目を向けとる」


 海上警備隊は、文字通り海上を警備する組織だ。いくら火山が噴火するとはいえ、彼らが陸でできることは少ない。それでもできる限りのことはすると確約してくれているのだが、やはりシャイナの表情は納得とは程遠い。


「フェリコルリスの――家のことが心配か?」


 ここまで言って納得しないシャイナの、本当に気になる部分をハートリーは鋭く指摘する。その指摘は正鵠を射ていたようで、シャイナはびくりと肩を震わせる。


「ならなぜ自分で行かん? 他人を当てにするより、なぜ自分自身の力で何とかしようと思わん?」


「それは……あたしらには他の大事な用が……、」


「それは家族の安否と引き換えにするほどのもんか?」

 シャイナは唇を噛み締める。本心では自ら赴きたいという気持ちはあるのだろう。だがそれを阻むほどの理由が何かは、残念ながら平太たちにはわからない。


 だが行けない理由の一つが、自分たちは今魔王討伐を目的とした大事な旅をしている最中だからだというのは、平太にもわかった。


 魔王討伐は、ドーラを始めスィーネやシャイナの悲願である。三人はそれぞれの、またはお互いのために魔王と戦いに行くのだ。


 とは言え、いくら三人の念願だとしても、家族の危機を目の前にして素通りできるほどのものであろうか。平太はそこに不自然さを感じ、はたと気づく。


 逆だ。


 三人の念願だから、シャイナは個人的な理由で動けないのだ。


 今起こっている事態は、下手をすれば旅を途中で断念せざるを得ないアクシデントがあるかもしれない。何しろ火山の噴火と火竜だ。ゲームで言えばイベントが二つ同時に起こっているようなもの。危険など山ほどあるだろう。そしてもしものことがあれば、自分はさて置きドーラやスィーネの願いまでおしゃかになってしまう。シャイナにとってそれだけは避けたいであろう。だから彼女は、自分の家族の安否との間で苦しんでいる。


 歯がゆかった。シャイナは元より、ドーラとスィーネにも同じことが言えた。


 平太ですら気づいているのだから、きっとドーラとスィーネなどとうに気づいているに違いない。


 なのに何も言えないのは、自分たちが言えば、シャイナがさらに動けなくなるのを知っているからだ。自分の個人的感情で、仲間に目的を一時中断させた。あるいは目的が未遂になる可能性を了承させたとシャイナは感じるに違いない。二人はそれが手に取るようにわかるから、何も言えないのだ。


 ため息が出る。この三人は、一度腹を割って話すか、夕方の河原で殴り合えばいいと思う。男の平太から見れば、彼女たちの相手を過剰なほど慮る無駄な距離の取り方は、まだるっこしくて見てられない。良く言えば奥ゆかしいが、悪く言えば他人行儀だ。


 それが女性の友情だと言えばそれまでだが、それまでにされては話がここで終わってしまうので少し突っ込ませてもらおう。


 では男の自分に何ができるか。女の世界で話が閉じてしまっているのなら、男の切り口で突破口をこじ開けるしかない。平太は頭の中でセリフや展開をシミュレートしながら、芝居がかった口調で照れを隠しつつ口を開く。


「行こう。フェリコルリスへ」


「へ?」


 平太の唐突な発言に、シャイナは本当に意表を突かれたような声を出す。


「行こうってお前……」


「火竜が火山を噴火させたら、その村が危ないんだろ? だったら行かなきゃ」


「何言ってんだよ。あたしらにそんなヒマねえだろ。ただでさえ漂流して時間を無駄にしてんだ。これ以上――」


 漂流、のあたりでドーラがそっと目を逸らすのを視界の端に捉えつつ、平太はシャイナの言葉を遮る。


「勇者って何だ?」


 シズを除いた全員、つまりハートリーさえも思わず声を揃えて「はあ?」と言った。


「魔王を倒すだけが勇者の目的か? そしてそのためなら、目の前の困った人を見捨てるのがお前らの言う勇者なのか? 大を生かすために小を殺すような打算をする奴を、勇者って言えるのか?」


 平太の問いに、誰も答えられない。


「俺はそんなクソみたいな奴を、勇者だなんて認めない。俺が知ってる、俺がなりたい勇者ってのは、もっとこう馬鹿がつくくらい真っ直ぐで、打算とか抜きに、自分の信じた正義を貫く奴のことだ」


 そこで室内に、がははと大笑いする声が響く。


「なかなか面白い話だのう。何ぞ、おんし勇者になりたいのか?」


 平太は胸を張って、「ああ」と答える。


「そいじゃあちいと聞かせてくれんか。おんしの言う『正義』って何ぞ?」


「俺が正しいと思うことだ」


 即答であった。


「したら、『悪』とは何ぞ?」


「俺が悪いと思うことだ」


 またしても即答であった。


「正義だ悪だ、今さらそんな定義付けをする気はさらさら無い。ンなもん、場所や時代や人によってコロコロ変わるからな。ただ一つ変わらないとすれば、それは俺の中にあるものだ。だから俺は俺が正しいと思ったことをやり、悪いと思ったことはやらない」


 あまりにも馬鹿げた答えに、ドーラたちはぽかんと口を開けて呆然としている。そんな中、再びハートリーの大笑いする声が室内に響いた。


 今までで一番大きな笑い声だった。


 がっはっはという盛大な笑い声は息が続く限り響き、やがて息切れとともに終息していった。その間もずっとドーラたちはぽかんとしていた。


「いやあ……、やっぱり、おんしは、面白か男ぞ……」


 ぜーぜー言って涙目になりながら言われても、褒められている気がちっともしない。


「それで、おんしはフェリコルリスに行って何をする? まさか竜を退治するのか?」


「できるわけないだろ。火竜を実際に見たことはないが、火山を自分の思い通りに噴火させられるような魔獣を人間がどうこうできるわけがない」


「では、行って何をする?」


「そんなものは、行ってから考えればいい。何かやれることがあるかもしれないし、無かったら――」


「無かったら?」


「笑ってごまかすさ」


 がくっとドーラたちはそろってずっこける。


「とにかく、行かずに後悔するより、行って反省すればいい。それこそこんな所でグジグジ悩んでいるよりよっぽど建設的だ」


 平太の言葉で、シャイナの心はかなり揺れ動いているように見える。あとひと押し足りなかったか、と平太が次の手を講じようとしたとき、スィーネが控えめに挙手をする。


「あの……わたしも、フェリコルリスに行くのは賛成です。わたしたちでは火竜をどうこうできなくても、逃げ遅れた人々の避難誘導や救難活動くらいはできると思うんです」


 教会と言えば、その手の活動のエキスパートだ。ノウハウを持つスィーネの同行は頼もしいことこの上ないだろう。


「だったらボクも行こうじゃないか。魔法が何かの役に立つかもしれないしね」


「わ、わたしも行きます! 何もできないかもしれませんが、炊き出しのお手伝いくらいならできると思いますので……」


 ドーラが名乗りを上げると、慌ててシズもそれに続く。こうして他の仲間全員がフェリコルリス行きに賛同するという状況ができあがってしまった。


「他のもんはこう言うとるが、おんしはどうする?」


 もうひと押しが出揃ったところに、ハートリーがさらに追い打ちをかける。ここまでお膳立てしてもらってるんだぞ、と言いたげな顔でシャイナに視線を向けると、頑迷な彼女もとうとう折れざるを得なくなったようで、観念したように腕を組んで鼻から大きく息を吐くと、


「ったくしゃーねーなー。お前らがどうしても行きたいってんならしょーがねーから付き合ってやるよ」


 もの凄く棒読みで言った。そのとき、平太はシャイナの目の端に光る物を見たような気がしたが、一瞬のことだったので見間違いかと思った。


「いい仲間を持ったな」


 ハートリーの言葉に、シャイナは得意そうに「へん」と鼻を鳴らすと、


「あたぼーよ」


 得意満面に答えた。


 こうして、一行の次の目的地はフェリコルリスに決まった。

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