魔法と世界
◆ ◆
自分にも魔法が使えるかもしれない。今まで妄想でしかなかったことが実現するかもしれない期待に、平太はかつてないほど興奮していた。
「それで、どうすれば俺に素質があるかどうかわかるんですか?」
「前もって言っておくが、あの女子のときは、特に魔法の素質の有無を調べたわけじゃないからな。同じことをやって、おんしに魔法の素質があるかどうかわかるとは限らんぞい」
「あのときは、って……その人のときもハートリーさんが素質の有無を調べたんですか?」
「調べたってほどのことはしとらんが、俺が教えてやったのは確かだな。まあ師と言っても過言ではないだろう」
「おお……」
過言かどうかはさておき、同じ異世界の人間の素質を開花させた人物が手ほどきしてくれるのはとてつもなく心強い。あわよくば自分の素質も開花させてくれないかと、平太の期待が俄然高まる。
「そいじゃ、始めるか」
「はいっ!!」
そう言うとハートリーは、背中から剣を引き抜き、そっと地面に突き立てる。
柄から手を離すと、剣は自らの重量でずぶずぶと地面に沈んでいった。
「あの~、」
「まあ黙って見とれ」
言われるままに黙って見ていると、剣は鍔の当たりまで地面に沈んで止まった。
「抜いてみろ」
「えっ!?」
思わず大きな声が出る。ついさっき持つこともままならず取り落としたばかりなのに、鍔まで地面に刺さった剣を引き抜くなんて無理だ。
試しに柄を掴んで引き抜こうと力を込めてみる。案の定、剣はピクリとも動かない。両足を踏ん張り、大根を抜くような格好で全身の力を総動員するも、やはり剣は1ミリたりとも動かなかった。
「やっぱり無理ですよ。さっきも見たでしょ。持ち上げるどころか持って支えるのも無理だったんだから。だいたいこの剣、俺の体重よりも重――」
「それがいかん!」
平太の抗議を遮って、ハートリーが一喝する。
「おんしはやる前から頭で理屈を考えすぎる。しかもできる理屈ならまだしも、できない理屈だからなお悪い。そんなんじゃ、できることもできんようになるわい」
盛大なダメ出しである。
「鳥はどうして飛べると思う?」
「そりゃ羽があるから――」
「違う!」
「えっと……骨密度が極端に低く、体重に比べて筋肉の量が――」
「何を言ってるか全然わからん。ちゃんとグラディアース《こっち》の言葉で喋れ!」
「いや、ちゃんと喋ってるんだけど……」
「そんな小難しい理屈、鳥が考えるわけなかろう!」
「はあ……」
「いいか、よく聞け。鳥が空を飛べるのはな、奴らが自分たちが飛べると信じとるからだ」
本能というやつだろうか。動物は誰にも教えられずとも、生まれながらに生きる術や知恵を持っていると聞く。
「魚が泳ぐのも、馬が速く走るのも同じだ。あいつらは理屈など何ひとつ知らなくとも、自分たちに備わった能力を余すところなく使いこなしておる。だが人間だけぞ。頭で勝手に理屈をこね回し、自分で自分の能力に制限をかけとるのは」
「そんなこと言われても、理屈でそうなってるんだからどうしようもないっすよ」
この世には運命とか物理法則とか、人間の力ではどうしようもないものがある。どんなに頑張っても人間は1トンを超える物は自力で持てないし、水中では息ができないし、もちろん空も飛べない。
「そんなもん、誰が決めたんじゃい!!」
「なにぃっ!?」
あまりにも堂々とした力強いセリフに、平太は思わず敬語も忘れて素で反応する。
「鳥や魚にできることが、どうして人間にできんと思う。人間その気になれば何でもできると言うぞ。だったら、鳥のように空を飛んだり、魚のように水の中を自由に泳ぎ回るくらいできて当然だろ」
「いや、その理屈はおかしいだろ!」
「おかしかない! 現に俺はそうやってその剣を振り回してるし、あの女子だって俺の助言で魔法を身につけたからな!」
「理屈じゃなくて世界がおかしい!?」
「ちなみに、あの女子は手も使わずにその剣を地面から抜いたぞ」
「なんかもう色々とおかしい!」
「ともかく、理屈なぞ人間が自分を縛りつけるためのもんでしかない。どうせ考えるのなら、何でもできる自分の姿を想像せい」
ハートリーの理論は、とても理論とは呼べない代物だった。要は、自分を騙せということらしい。
「そんなんでいいのかよ……」
「いいんだよ」
実践している本人が言うのだから間違いではないのだろうが、思い込みだけで100キロを超えるような剣を片手で振り回しているのだから、思い込みの力も案外馬鹿にできないのかもしれない。
「騙すのは何も自分だけではないぞ。この世には、世界を騙しとる奴もおるからのう」
「世界を騙すって、詐欺師か何かかよ?」
違う違う、とハートリーは片手をひらひらと振ってぴたりと止め、にたりと笑う。
「魔法使いぞ」
「魔法?」
「この世界は、思いの強さによっていくらでも自分の望む通りに作り変えることができる。一番簡単なのが自分の身体――身体能力な。何せ自分に一番近いところにあるからのう」
「はあ……」
「だが魔術師は呪文という独自の式を用いて、自分の周囲だけでなく遠く離れた場所でさえ思いのままに世界を再構築してしまう。その分肉体だけを騙すより手順が増えたり魔力が必要だったり面倒が多いがな」
魔術師にとって呪文は世界を自分の思い通りに再構築するプログラムであり、自身は魔力の詰まった電源――そして杖などの媒介はプログラムを実行するインターフェイスということか。
「だったら、魔術師はみんな自分の肉体を好きに増強できるってことなのか?」
世界を騙せるのなら、自分の肉体を騙すくらい容易いであろう、という平太の浅はかな考えはあっさり否定された。
「どうだろうのう。世界を騙せるのなら、わざわざ自分の肉体を騙して強化する必要はないからのう」
「まあ、魔法使いって身体能力を蔑ろにしがちだしなあ……」
とにかく、この世界は意識や思念が反映されやすく、意志が強ければ強いほど現実のものとして再構築されるらしい。
ただ、何でも強く思えば具現化されるわけではない。そこには決まったルールのようなものがあり、それを踏まえないと改変は発動しない。そうでないと想像力が高く固定観念のない子供がいたずらに発動させ、世界が混乱してしまうからだ。世界が保険としてかけておいた、一種の安全装置のようなものである。
「ここまで説明するともうわかるだろう。俺の強さの秘密が」
「強い意志による肉体強化、ってやつか」
「俺はそれを『剛身術』と呼んでるがな」
自分で名づけたのだろうか。だとしたら少し中二臭い。
だが、嫌いじゃない。
「どうすれば習得できる?」
「先も言ったが、おんしは理屈が多すぎる。だが、別にこれは悪いことではない。理屈を知らぬ者には、いくら強く頭に描いても世界は変えられんからのう」
「それが発動の条件みたいなものか?」
「そうだ。この世界には理がある。だがそこかしこに穴があり、そこに気づいた者だけがその穴を自分の好きなように埋められる。つまりただの馬鹿にはできぬ芸当よ」
つまり物理法則が衆知されていない世界の未知の部分を、自分勝手に想像力で埋めてしまおうということか。でたらめにもほどがあるが、こういう所が異世界らしいと言えばそうかもしれない。
「よし……」
平太は再び地面に刺さった剣の前に立つ。
妄想ならお手の物だ。これまである日突然右腕に封印されていた邪龍が解放されたら――みたいな妄想をし続けてきたではないか。理想の自分を脳内に描くことなら誰にも負けない。
ゆっくりと剣の柄を握る。
剣の重量に、地面に刺さることによって生じた土との摩擦を加算。それを引き抜くために必要な力と、人間の筋力の限界を比べると恐らく前者が勝つ。
つまり現実なら、この剣を引き抜くことは生身の人間には不可能。重機か何かを使わないと無理だ。
そこまで冷静に理解した上で、頭の中から理屈を廃棄。常識に囚われた脳ミソを妄想で埋め尽くす。
イメージするのは、無敵の自分。
こんな剣など、指でちょっとつまんで軽く持ち上げられるくらいの力――が実は自分には眠っていたという設定。
その眠っていた力が、今目覚めるというイメージを、平太は脳内で思い描く。
理屈を超えた妄想で頭が満ちると、不思議と身体にまで力が満ちてくるような気がする。
これがハートリーの言う剛身術か。平太は全身にみなぎる力を両腕に集め、満を持して剣を引き抜きにかかる。
「んぎぎぎぎぎぎ……」
無理だった。
抜けるどころか動く気配すらない。
「全然ダメじゃないかっ!」
「そのようだのう……」
さっきと何ら変わらぬ結果に、ハートリーは覆面の上から頭をぽりぽり掻く。
「まだ頭のどこかに理屈が残っとるのではないか? もっと頭を空っぽにせい。そしてなりたい自分を明確に想像せい」
「頭空っぽにしろと言いながら明確に想像しろってどういうことだよ……」
矛盾丸出しの説明に文句を言うと、ハートリーはどう言えば伝わるものかと唸りながら思案する。
「何と言えばわかるかのう……。そう、例えば、好きな女子にいいところを見せようと気張ると、普段以上に身体が動くあの感じだ」
どの感じだろう。そんな甘酸っぱい経験、平太の人生にはまったく無かった。むしろ現実の女性に良い思い出なんか何ひとつ無く、彼女らにキモいと言われる度に5セント貰ってたら今頃大金持ちだっただろう。
「おい、泣いてるのか?」
「いや、何でもない、ちょっと目に砂が……。それより他にわかりやすい例えはないのか?」
別の例えを要求され、ハートリーは「他にか……」と腕組みをする。
「何か行動する前に、すでにそれが成功している手応えがあるような、やる前から上手くいくという確信が持てるような、そういう感覚だ」
そんな予知能力みたいな感覚、あるわけ――
あった。
思い当たる。
クロスボウを撃ったときの、あの感覚。
撃つ前から命中するのがわかる、予知能力かと思うような明確なイメージ。
言われて思い返せば、確かにあれは世界を自分の思った通りに作り変えたと言われてもおかしくないほど、自分にとって都合のいい展開だった。
もしかするとこれが、ハートリーの言う、
意志の力で世界を再構築させる能力。
世界を騙す力。
魔法。
なんてこった。この世界は、なんて隙だらけなんだろう。
これまで理論や法則で一部の隙もないと信じていた世界が、足元から崩れ去る。隙間だらけの世界は、自分でいくらでも組み直せそうだ。
そこに思考が至ったとき、平太の中で今までズレて回っていた歯車が、カチリと音を立てて隣の歯車にはまるのを感じた。
そして回り出した歯車は連鎖して、回転の力を着実に次の歯車に伝えていく。
そうして歯車が一つ、また一つと繋がって力を伝えていき、
最後に、平太の中の奥底にある門を開けた。
門が開いた瞬間、脳ミソやら内臓が脳天を突き破って空に飛んでいったような感覚があった。
「やったか」
平太の門が開かれたのを感じ取り、ハートリーがにやりと笑う。
これまで感じたことのない力が全身を循環するのを感じ、平太の身体が震える。
肚の奥で開いたばかりの門から、激流のように力が溢れ出し、全身をもの凄い勢いで駆け巡ってまた門へと戻っていく。
戻った力は新たに出て行く力と合流し、さらに太い奔流となって全身を巡る。こうして加速度的に力が倍加し、今や平太の身体の中には世界を構築する理に干渉し、影響を与えるほどのエネルギーが生まれていた。
ここまで来ると、平太はその力の使い方を頭ではなく、魂で理解していた。
静かに剣の柄に手をかける。
イメージするのは、砂山に突き刺さった木の枝をすっと抜き取る自分の姿。
そうだ。人間が1トンを持てないなんて、誰が決めた。今まで誰もやれたことがないだけで、人間その気になればそれくらいできるのかもしれないじゃないか。
いや、自分ならできる。
世界の穴を見つけた自分なら。
中二力なら、誰にも負けない。
平太は意志の力で、自分の肉体の限界を書き換える。
それは紛れもない、世界の改変。
小指から順に柄を握っていき、ゆっくりと力を加える。
静かに息を吐く。今のところ、さしたる重量は感じていない。軽く膝を曲げ、足で地面を均すように少しひねる。尻の穴を閉め、ヘソに力を入れて腹圧を上げる。
息を止める。曲げた膝を伸ばすのと同時に、腕に力を込めて剣を引き抜く。
ぞぞぞぞぞ、と土が刃をこする感触。軽い。本当に木の枝を砂山から引き抜いているようだ。
いける。そう手応えを感じたときには、あれほど重くて持ち上げることすら不可能だと思われた剣があっさりと抜けていた。
「やったあっ!!」
これが世界を騙す力か。平太は自分が神の奇跡や魔法と同等のことをやっている事実に激しく興奮する。
視界に刀身を捉えると、その興奮はさらに増した。これが、ついさっきまで地面に深々と刺さっていた、自分が支えることもできなかった剣だ。それを今、片手で引き抜いている。
そこでつい、平太は油断して余計なことを考える。
(この剣の重量が仮に100キロだとして、必要筋力値は――いや、それより今の俺の筋力値はどれくらいになるんだろう? それとこの剣の攻撃力と、レクスグランパグルの剣の攻撃力の差分は? っていうかこの剣に属性とかあるんだろうか?)
思わず廃人ネットゲーマーだった頃の条件反射で、武器とそれを装備したときの攻撃力をデータ化して差分を計算してしまう。
集中が途切れると、とたんに剣が質量を取り戻し、襲いかかるようにして腕に重圧をかけてきた。
「わわ……っ!?」
剛身術の効果が切れた平太には、本来の重さの剣はとても持ちきれず、剣は再び地面へと戻っていった。
「おいおい、大丈夫か。途中で気を抜くと危ないぞい」
「す、すいません……」
危うく自分の足の上に剣を落とすところだった。あんな重い剣が足に刺さったら、昆虫採集の標本みたいに地面に縫い付けられてしまうだろう。想像すると、平太の背中に冷たいものが流れる。
「少しでも気を抜くと、あっという間に現実に戻されるな……」
「なあに、こういうのは慣れだ。使い続けていれば、いずれ息をするのと同じくらい自然に使えるようになる」
言いながら、ハートリーは易易と地面から剣を引き抜き、二三回軽く振って刃から土を払うと鞘に戻して背負った。
今こうして冷静に見ると、普段からあの剣を背負って生活しているハートリーがとんでもない化け物に見える。彼の言う通り、剛身術を極めれば意識しなくても自由自在に使いこなせるようになるのだろう。
「とりあえずおんしの門も開いたことだし、今日はこのぐらいでいいだろう」
「え? もういいのかよ?」
「素質がなければ門すら開かんのだ。それに開いてしまえば、もう教えることはほとんどないからのう。後は自分で考えて、勝手に数をこなせ」
「最初から最後まで適当だな……」
「それよりも、おんしはもっと剣の方を鍛えんといかんぞ。そこそこはシャイナに鍛えられとるようだが、俺に言わせればまだまだ甘い。ここにいる間だけでも、その甘さを徹底的に叩き直しちゃる」
「うへえ……」
シャイナの訓練も十分厳しいが、その師匠となるとどうなることか。しかし師匠の師匠に手ほどきを受ける機会など滅多にないことである。
「よ、よろしくお願いします……」
「おう、任せておけ。それじゃあ明日も同じ時間にこの場所でな!」
そう言うとハートリーはがははと笑いながら去って行った。
その夜、夕食が済んだ後、折を見てドーラとスィーネにこの世界の構造について質問してみた。
「世界の再構築?」
ドーラは食後のお茶の入ったカップを両手で挟み持ち、中身をくるくる回す。カップの中にできた小さな渦を吐息でかき消してからひと口すすり、は~と満足そうに目を細めて息を吐く。
「言われてみれば、そうかもしれないね。確かに呪文や動作という手順は踏むけど、結果的に自分の思いのままの現象が起きるんだから」
「やっぱり、呪文を唱えながら効果をイメージしたりするのか?」
「そりゃあするよ。って言うかどれだけ明確にイメージできるかが重要なんだよ。いくら魔法の素質があっても、想像力が無いと魔法は上手く使えないからね」
「わたしの場合は、この身に神を降ろすだけですから想像力とはちょっと違いますね。けれど、神が降りてくるときや、この身を使って奇跡を起こすときに感じる自分以外の何かが中にいるような感覚は、イメージというか想像に近いものがあるのかもしれません」
「なるほど……」
スィーネはカップに注いだお茶を平太に渡し、自分の分を注ぐ。
「ですが、魔法や奇跡と言っても万能ではありません。いくら世界を再構築しても、不可能なことはいくらでもあります」
「ボクの場合だと、時間の操作はまず無理かな。あと空間の圧縮や短縮。これは個人の適正みたいなのがあるから、ボク以外の魔術師がそうとは限らないけどね」
「つまりドーラは時空系魔法は使えないということか」
平太のつぶやきに、ドーラとスィーネは意味不明だという顔をするが、すぐにいつものこととスルーした。
「神の奇跡も同じようなものです。時間は不可逆なものですから、時間を戻したりはできません。それに傷や病気を治すことはできても、以前とまったく同じ状態に戻すことはできません。あと、死んだ人を生き返らせることも無理です」
「え!? 蘇生魔法ないの!?」
驚く平太に、スィーネは整った細い眉をひそめる。
「ありませんよ、そんなもの。生命は生まれ、そして死ぬものです。それが自然の摂理です。いかに神であろうと、自分で決めた摂理を覆すことはできませんし、してはいけないことです」
「死んだら教会で生き返らせたりできないのかよ。ただでさえハードモードなのに、コンティニューなしってもはやクソゲーってレベルじゃねーぞ……」
平太はどんよりした表情でぶつぶつ独り言を言うが、またもや二人に無視された。
「それにしても、異世界とは言えどうしてこうもホイホイ世界がいじれるんだろう?」
「ヘイタのいた世界はできないの?」
「できないよ。物理法則にガチガチに固められて、カミサマも魔法も入り込む隙なんてないからね」
「何だかつまらない世界だねえ……」
「カガクとやらが支配した世界というのは、殺伐としてますね」
えらい言われようだが、平太にとっては魔法も奇跡も無いのが当たり前である。奇跡など、ただの理想的な結果であり運命など選択の積み重ねの先にあるただの必然である。
だが逆に言えば、だからこそ魔法も奇跡も無いのだろう。
平太が推測するに、グラディアースが地球と違って人の意志で改変できるのは、恐らく神が実在しているのが起因していると思われる。
神が実在することによって、彼らが奇跡と呼ばれる世界の改変を行うために、あえて世界が改変しやすい構造になっているのかもしれない。
例えるなら、わざと不完全なまま運営して、テコ入れと称してアップグレードやマイナーチェンジをするネットゲームのようだ。この場合世界がゲームで、神が運営ということになる。
そして地球の場合、人間が物理法則を発見し科学の力で未知をことごとく駆逐していったため、改変するための「遊び」がなくなってしまったのだろう。隙間の無いパズルは、どこも動かしようがないのと同じだ。
そう考えると、科学万能の地球もずいぶんつまらない世界だと平太は思う。
だからと言って帰りたくないわけではないが。
「ところでよう、」
平太の思考は、カップ越しにこちらを睨むように見つめるシャイナの声で中断させられた。
「うん?」
「お前、あいつに稽古つけてもらうんだって?」
あいつ、とはハートリーのことだろう。まだ誰にも話していないのに、耳が早いことだ。
「ああ、何だかよくわからないがそういうことになった」
平太がそう言うと、シャイナは「ふうん」と自分で聞いておきながら興味がないように茶を飲んだ。
やはり、あまりハートリーに近づいて欲しくないのだろうか。彼の口から自分の話が漏れるのが厭だとか、たぶんそういうことだろう。まあシャイナに限って自分の師匠が別の奴に稽古をつけるのに嫉妬するとかそういうのはないだろう。
平太も口ではああ言っていたが、心の奥では明日からハートリーに稽古をつけてもらえるのが楽しみだった。
剣を持ち上げたときの手の感触が蘇り、胸が高鳴る。剛身術が自分のものになると考えると、興奮を抑えきれない。
身体は雑用で疲れていたが、目が冴えて今夜は眠れそうになかった。




