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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第二章
33/127

ハートリー参上

     ◆     ◆


 船隊は、仮にドーラたちがアナスケーパ号の操縦ができたとしても逃げ切れないと思うほど、見事な連携で包囲した。


 前後左右を黒竜の旗に囲まれ、平太たちに緊張が走る。鬼が出るか蛇が出るか、とりあえず海賊はもう間に合っているのでやめてほしい。平太たちはそう思っていた。


 そんな中、シャイナだけが、まるで会いたくない昔の知り合いにばったり出会ってしまったかのようなばつの悪そうな顔をしていた。


 五隻の船は、もう目と鼻の先にまで近づいていた。ここからなら、歩み板を渡せば簡単にこちらに乗り移れるだろう。


 ここまで接近しておきながら、誰何の問いかけも降伏勧告もないことが不思議だったが、何の警告もなしに攻撃されないだけマシかと平太は思った。


 船同士が接触するのではないかと思うくらい、ギリギリまで寄せてくる。ここまで詰められるのは、よほど熟練の操舵士がいるからだろう。


 やがて人が飛び移れるほどまで船が近づくと、


「大人しくせい、海賊ども! 抵抗は無意味ぞ!!」


 どこからか男の渋い声がした。


「!?」


 平太たちが声のした方向をそろって見上げると、正面の一番大きな船の帆柱の頂上に立つ人影があった。


 影は高い柱の上でも平然と直立しており、強い海風を受けても腕を組んだ体勢からぴくりとも動かない。


「何だ?」


 逆光で判然としないが、全身を黒衣で包んでいて辛うじて男であることしか判らない。顔も目の下あたりまで布で覆っていて表情がうかがえないが、こちらを値踏みするように見ている気がした。背中に細身の直刀を背負っているらしく、その姿に平太は思わずツッコミを入れる。


「忍者かよ……」


 平太のつぶやきが合図であったかのように、急に男がその場にしゃがみ込んだかと思うと、


「とうっ!」


 何と15メートル以上はあろうかという帆柱の頂上からこちらに向けて飛び降りた。


「げっ!?」


 いきなりの投身に、一同が驚く。あの高さでまともに甲板に激突したら、骨折どころでは済まないだろう。


 だが黒衣の男は空中で何度か回転すると、平太たちの前に音もなく着地した。


 男はシャイナよりも長身で、彼女より痩身であった。だがひ弱という感じはまったくせず、むしろ全身を隈なく鍛え抜き、余分な贅肉はすべて削ぎ落としたような鋭さが黒衣の上からでも感じられた。


 無言の男に、平太たちの間に緊張が走る。すぐに攻撃してこないということは敵ではないのだろうが、かと言って明確な味方には見えない。


「ふむ……」


 覆面の下からこもった声がする。低い、だがよく通る声だった。


 男が背負った剣の柄に手をかける。その瞬間、全員の緊張が最高潮に達する。だが、五隻もの大型船で取り囲んでいるというのに、出てきたのがこの男だけというのはどういうことだろう。


 まさかこの男一人だけで全員を相手にするというのか。しかしまだ抜刀していないというのに肌を叩くような迫力を感じる。それに先の体術を見ても、相当の手練であることが容易にうかがえた。


 男が一同をぐるりと見回す。覆面の隙間から覗く眼光は鋭く、睨みつけられるだけで平太などは怯んでしまう。


 ドーラ、スィーネ、シズ、平太と男は値踏みするようにねめつけていき、そしてこの中で最も戦闘力が高いシャイナに視線が行き着いたとき、


「ん?」


 何やら頓狂な声を上げたかと思うと、


「おんし、もしやシャイナか?」


「はあ?」


 平太たちは我が耳を疑った。


 皆の視線が瞬時にシャイナに集まると、彼女は赤毛を揺らすように頭を掻きながら、「チッ」とこれ見よがしに舌打ちをした。


「カリドス大陸に向けて流されてるからもしやと思ったら……まさか本当に出会うことになろうとはな……」


「やはりシャイナか! 久しぶりだのう」


 心底厭そうな顔をするシャイナに対して、男は実に楽しそうに言う。二人の口ぶりからして、旧知の仲なのはすぐにわかった。だが、その関係は少し複雑そうだった。


「しかし、何年も音沙汰がなかと思ったら、まさか海賊に身をやつしているとはな。弟子の不始末を尻拭いするのも師匠の務め。かつての情によって縛にはつけぬが、このまま引っ立てて詰め所にて取り調べ、これまでの罪を洗いざらい白状してもらうぞ」


 そう言うと男は、一度離した手を再び剣の柄に戻す。状況が二転三転し、平太たちは取り残されたように呆然となる。危うく男の言葉を聞き流しそうになった。


「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ」


「む? おんしゃ、何か申し開きがあると?」


 男が身体ごと向き直り、平太にずいと詰め寄る。手は相変わらず剣にかかったままで、いつ抜き打ちされるかという恐怖で腰が引けそうになる。


「確かにこの船は海賊の船だったが、今は違う」


「そいは真実まことか?」


 男はシャイナの方を向いて問いかける。平太の話を信用しないわけでもないが、決定的な信頼度は彼女の言葉の方が勝るといった感じだ。シャイナはため息をつく。


「間違いねーよ。海賊はあたしらがみんな海に捨ててきた。おかげで舵が取れずに何日も漂流するハメになっちまったがな」


「ほう。仔細詳しく聞こうか」


 それから平太たちは、男にこれまでの経緯を説明した。


「なるほど、あいわかった」


 男はそう言って頷くと、右手を上げて合図を送る。すると周囲の船から一斉に弓矢を構えた何十人という船員が立ち上がった。


「げ……あんなに隠れてたのかよ」


 平太はここでようやく、男の奇抜な登場は彼らから注意をそらすための囮だったことに気づく。もし男が平太たちを敵だとみなせば、すぐに彼らの一斉射撃が始まりあっという間に全員がハリネズミみたいになっていただろう。


 それから中隊長クラスの船員がアナスケーパ号へと跳び移り、男の元に馳せ参じてきた。


 彼らは男から何やら指示を授けられると、すぐに自分たちの船に取って帰り、受けた指示を部下たちに実行させた。


 それから船員たちは実に見事な手際で自分たちの船とアナスケーパ号を繋ぎ、わらわらと乗り込んで来てはあっという間に操舵系を掌握してしまった。


「とりあえずこの船はうちが接収させてもらう。なあに、ちゃんとスキエマクシの港まで引っ張ってやるし、悪いようにはせん」


 スキエマクシとは、カリドス大陸の北北東にある有名な港町である。


「悪いようにって言われても、あたしらは海賊の被害者なんだけどなあ」


「だとしても、航路を外れた船籍不明の不審船だという事実は変わらん。その件でしょっ引いても構わんが、それでは困るのはおんしらであろう」


 そう言われてしまうと男に従うほかなくなってしまう。シャイナも痛いところを突かれたという顔をする。


「あ~もうしゃーねーなー。それでいいからちゃんと引っ張ってってくれよ。こっちにはケガ人もいるんだからよ」


「その娘か」


 男はシズを見ると、


「ふむ……かなり顔色が悪いな。よし、船医をつけるよう手配しておこう」


 すぐに手近な船員を捕まえ、船医をここに連れて来るように指示した。


 それから船医がやって来て、シズの脈を見たり軽い診察をこなすと、「回復は順調のようだが、まだ血が全然足りない。早く安静にさせなさい」とのことで、一足先に船医と一緒に担架で船室に戻された。


「うちの船医は腕がいい。大船に乗ったつもりで任せておけ。おっと、すでに大船に乗っておったか」


 そう言うと男はがははと笑った。悪い人物ではなさそうだが、どうやら中身は典型的なオッサンのようだ。


「で、あたしらはどうすりゃいいんだよ?」


「そうだな、特に監視をつける必要はないが、武装解除してくれると、こちらとしては安心なんだがな」


 装備を相手に預けることにシャイナは一瞬難色を示したが、これが相当の特別措置だというのは彼女もよく理解しているのだろう。無言で武装を解除し、船員に預けた。


 平太もそれに倣って船員に自分の装備を預けると、「うわ何だこれ」と物珍しい物を見るような声を上げられた。やはりカニ素材の防具や人間大の大剣というのは珍しいようだ。



 それからアナスケーパ号は、大人の腕ほどもある太さのロープを何本もかけられて牽引された。


 平太たちは行動の自由をある程度約束されてはいたが、無用な警戒心を与えないために、シズ以外はあえて船室にこもらず、陸に着くまで船員の目の届く甲板で過ごすことにした。


「すごいな……あっという間に船を繋いじまったぞ」


 平太たちが船員たちの手際の良さに感心していると、男が得意げな顔で近づいてきた。


「どうだ、うちの若い衆たちは。なかなか大したものであろう」


「ずいぶん手馴れてるようだけど、いつもこんなふうに船を徴収するの?」


 ドーラの問いに、男はがははと笑う。


「いつもは座礁したり損傷して自走できなくなった船の救助が主な仕事だからな。今回みたいに不審船の身元確認など、滅多にせんよ」


「そうなの?」


「ああ。何しろ俺たちは、ただの海上警備隊だからな。好き好んで危険なことはせん」


 男が言うには、自分がこの仕事に就いてから戦闘らしいことをしたのは数えるほどしかないらしい。普段は先の通り、決まった海路を巡回して漁船や交易船の安全を見守るのが主な仕事なのだ。


「今回も、巡回していたらたまたま航路から外れた不審な船を見つけただけだからな。もし厄介な相手だったら、さっさとトンズラこいて海軍に任せるところぞ」


「ずいぶん及び腰だね……。警備隊がそんなんで大丈夫なの?」


 ドーラが不安そうに言うが、男はまったく気にしたふうもなく、「ケガしたところで給料が上がるわけでもなし、戦いたい奴は勝手に戦えば良かろう」とがははと笑う。


 が、側にいた若い船員は、ドーラの言葉が聞き捨てならなかったようで、


「貴様、ハートリー隊長を愚弄するか。このお方は、かつては――」


 だが男は、鼻息の荒い船員の頭を軽く手刀で小突くと、


「つまらん話をするでない。昔はどうあれ、今の俺はただの雇われ隊長ぞ」


「しかし……」


「しかしもカカシもなか。無駄話をするヒマがあったら、帰港の支度をせい。じきに陸が見える頃合いぞ」


 船員は不承不承ながらも「はっ」と返事をすると、他の船員の仕事を手伝いに駆け足で去って行った。


「そう言えば、シャイナとは古いつきあいみたいだね」


「おお、そうだそうだ。名乗るのが遅れたな。俺の名はハートリー=カインズ。シャイナは俺の弟子ぞ」


「弟子と言うと、やはり剣の?」


 二人の会話に興味を持ったのか、珍しくスィーネが話に入ってくる。


「そうだな。剣もそうだが、あいつには生き方と言うか、生きる術のようなものを教えてやったな」


「生きる術、とは?」


 スィーネの問いに、男――ハートリーは「ふむ、」と顎に手を当てて、言葉をまとめるようにしばし考える。


「あいつの故郷の村は貧しく、家はさらに貧しくてな。常に弟や妹たちが腹をすかせておった。だがこのご時世、金を稼ぐのもそうだが、女が外の世界で生きていくにはいささか厳し過ぎる。だから俺はあいつに剣の振り方と狩りの仕方を教えた。幸い体格にも恵まれ、才能もあったあいつは――」


「つまらん話をしてるのはどっちだよ」


 ハートリーの話に、シャイナが割って入る。


「ったく余計なこと言うんじゃねーよ……」


 口調は軽かったが、シャイナの表情にはこれ以上余計なことを言うなという脅しのような迫力が滲み出ていた。


 だがハートリーには通用しないらしく、


「はっはっは、すまんな。歳を取るとつい昔話がしとうなる」


 と軽く受け流され、ますますシャイナの機嫌が悪くなる。


「だったら自分の昔話をしてろよ。他人の過去をベラベラ喋るような口の軽い奴は、誰にも信用されないぜ」


「しかしなあ、男の自分語りは女にモテぬと聞くぞ」


「その歳で女にモテようとか思ってんじゃねーよ!」


 巧みに怒りの方向をそらされ、掴みどころがない。海千山千のシャイナがいいようにあしらわれる光景に、平太は元よりドーラやスィーネも珍しいものを見たという顔をしていた。


「とにかく、余計なこと言うんじゃねー!」


 そう言って壁にもたれて座るが、こちらに睨みをきかせているためハートリーもこれ以上は喋りにくそうだった。


「ところで、わたしたちはどこへ連れて行かれるのでしょう?」


 気を利かせたのか、スィーネが気まずくなりかけた空気を払うように話題を変える。


「ん? おお、そうだな。とりあえずこのままスキエマクシまで引っ張っていって、そこでいったん取り調べだな」


 取り調べという言葉に、ドーラたちの顔に緊張が走るのを見たハートリーは、慌てて訂正する。


「いやいや、取り調べとは言っても事情はこちらも承知しておる。調書を残すために形式的な質疑応答をするだけゆえ、そう長い時間足止めはさせんよ」


「なんだ、良かった……」


 ドーラが安心したようにほっと息を吐くと、ハートリーは「すまんすまん、脅かしてしまったか」とすまなさそうに頭を掻いた。


 しかしすぐに表情を――と言っても覆面で目元しか見えないが――引き締めて、


「とは言えあの娘のケガの具合では、早々旅立つわけにもいくまい。養生を兼ねて、しばらく滞在したらどうか?」


 そこでハートリーは顔をシャイナの方に向ける。


「どうせならフェリコルリスに寄って、家に顔出して行ったらどうだ?」


「だ~か~ら余計なこと言うなっつてんだろ。寄らねーよ」


 取り付く島もないといった感じで断られ、ハートリーはやれやれと鼻から大きく息を吐く。


「あの、フェリコルリスとは?」


 スィーネが質問すると、


「シャイナの故郷の村ぞ。スキエマクシから馬で三日ほどの、山奥にある小さな村なんだが、先も話した通り貧しいばかりのひなびた村ぞ」


 シャイナの生まれ故郷と聞いて、一同の興味は俄然そちらに向かうが、いかんせん当の本人がすぐ近くの壁にもたれながら睨みをきかせているので、大きな声で聞きたいとは言えない状況であった。


「まあよか。あいつの家族には俺から言っておこう。それに生きてさえおれば、また故郷に帰る日も来るであろう」


「故郷か……」


 これまで頭の奥底に押しやっていた望郷の念を刺激され、平太はしみじみとつぶやく。


「おんし、故郷くにはどこぞ?」


「俺は……」


 ハートリーの問いに、平太は言葉に詰まる。日本の、と言っても通じないだろうし、異世界から来たと明かしてしまっても良いのか判断がつかない。


「聞いても知らないような、遠いところですよ」


 嘘でもなく、事実のすべてでもない実にあやふやな答えしかできなかった。捉えようによっては邪険に思える返し方に、平太は言い方を間違えたかと心配する。


「そうか。まあ故郷はよかぞ。おんしもたまには帰ってやれ。顔ば見せてやれば、家族も安心するからのう」


 だが予想に反して返ってきたハートリーの温かい言葉に、平太の心がさらに揺さぶられる。


 帰りたい。今まで一日たりとも忘れていない、とはお世辞にも言えないが、平太とて元の世界に帰りたいと思い続けてきた。


 今改めて元の世界のことを思い出し、そこへの帰還を強く願う。そのためにこうして旅に出ているのだ。


「そうですね……、いつか、必ず帰りますよ。きっと……」


「おう、そうしてやれ」


 平太の、静かながら決意のこもった返事にハートリーは嬉しそうに何度も頷く。


 二人の会話を、ドーラとスィーネは沈痛な面持ちで聞いていた。


 シャイナは、壁に背を預けて顔は海の方を見ていた。


 表情はドーラたちと同じだった。



 そうこうしているうちに、船はスキエマクシの港に入った。


 客船や商船など一般の入り口ではなく、警備船用の裏口のような場所から入港したにもかかわらず、スキエマクシの港はオブリートゥスの港よりも盛況のように見えた。


 ただ警備隊の詰め所が近いせいか、目につく人間のほとんどが武装をしている。そのためオブリートゥスのような歓談の活気ではなく、軍隊のような張り詰めた緊張を孕んだ喧騒であった。


 船がすべて停止すると、港で待機していた他の海上警備員たちが次々とアナスケーパ号に乗り込んで来て、中隊長と思われる連中がハートリーの元に集まって来る。


 ハートリーは彼らに指示を与えると、ただちに船の調査が始まった。その間ドーラたちは別の隊員に付き添われ、港の中にある警備隊の詰め所へと連行された。その際、ハートリーの知人ということで縄をかけられることはなかったが、周囲をぐるりと武装した隊員に囲まれての移動は、警戒するのは仕方ないと思いつつも息苦しいものがあった。


 だがケガ人であるシズへの対応は優遇されており、彼女を初診した船医がそれ以降も同行してくれていた。


 こうして診療所へと運ばれたシズを除いたドーラたち四人は、アナスケーパ号の調査が終わるまでスキエマクシ海上警備隊の詰め所で過ごすこととなった。


 四人が詰め込まれたのは、案の定留置所と思しき牢屋で、高い位置に開けられた窓にも出入り口にも、素手では到底どうにもできなさそうな強固な格子が設えてあった。


「これでは扱いが海賊と変わりありませんね」


「……まあ、取り調べが終わるまでの辛抱だよ」


 広さは申し分ないが汗と汚物と酒気の入り混じった悪臭に悩まされながら、ドーラたちはカリドス大陸上陸初日を牢屋の中で迎えた。

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