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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第二章
29/127

VS海賊

     ◆     ◆

 

 時間を、ドーラが目を覚ます少し前に戻そう。


 人の気配を察知して、シャイナは目を覚ました。戦士としてだけでなく狩人としても優秀なシャイナは、たとえ睡眠中であろうとも、わずかでも不穏な気配を察知した瞬間に覚醒するように己を鍛え上げている。普段はそうは見えないが。


 すぐさま状況判断を開始。現在位置は船倉のうまや。体調、問題なし。状況、薄暗いが目は慣れているので問題なし。わずか数秒でこれらの情報を処理し、その後とるべき行動を割り出す。


 まだ起き上がらず、首だけ少し持ち上げて見る。厩の扉がわずかに開き、薄い光が隙間から差し込んでいる。


 誰か来る。そう判断したシャイナは、次にどう動くかを考える。すぐさま起き上がるか、それともこのまま様子を見るか。


 後者を選択。てっきり馬番が来たのかと思ったが、扉の開き方が覗き見のようで厭な感じがした。下手に動くよりこのまま相手がどう動くかを観察してから動くべし。シャイナの勘はそう告げていた。


 案の定、相手は扉の隙間からじっとシャイナを舐めるような視線で見続けていた。やがてシャイナが熟睡していると判断した相手は、音を立てずゆっくりと、そしてこれ以上光が入らないように身体がギリギリ通るだけ扉を開けてぬるりと入ってきた。


 男二人だった。闖入者の登場に、ドーラの馬たちが不安げにいななく。


 やれやれ。この先の展開を予想し、シャイナは胸中でため息を漏らす。こんな所で無防備に昼寝をしていた自分も悪いっちゃあ悪いが、まったく、男って奴ぁどいつもこいつも。


 最初は軽くあしらってやろうと思っていたシャイナだったが、男の一人が手に持つ小刀が、扉の隙間から漏れる光を反射したのを見てその気が失せた。


 女の寝込みを襲うだけならまだしも、刃物で女を脅して自分たちのいいようにしようだなんて性根の腐った男に生きる価値はない。それがシャイナの持論である。


 男たちがゆっくりと、音もなくシャイナに近づく。その慣れた足取りに、シャイナは男たちがただの助平ではないことを感じていた。明らかに普通の船乗りが出すはずのない、血生臭い暴力の臭いがする。


 男たちの殺気を敏感に感じ取ったシャイナの身体は、瞬時に戦闘態勢に入る。今までなら手加減くらいはしてやろうかと思っていたが、今はそんな気はさらさら無い。むしろ容赦すらできなくなっていた。したら死ぬのはこっちだ。


 さらに男が近づく。片方は前から。もう片方は抑え込むために横から。実に堂に入った連携だ。反吐が出る。


 男たちが無言で顔を見合わせ、タイミングを計る。その一瞬の間を突いて、シャイナの足が前から襲いかかろうとしていた男を蹴り飛ばした。


 男が一気に厩の扉まで吹っ飛び、背中と頭を強打して床に倒れ込む。残った男は何が起こったのか理解できず、相棒が軽々と吹っ飛ばされていくのを呆然と見届けた。


 当然、男が呆けた隙を逃すシャイナではなかった。蹴り出した足を高く上げ、戻す反動で迅速に立ち上がると、右の拳で男の顎をすくい上げる。


 垂直に殴り飛ばされた男は、顎が砕かれた痛みと天井に脳天をぶつけた痛みをほぼ同時に受けて気絶した。


 ひと呼吸する間に二人の男をのしたシャイナの闘気に反応し、馬たちが怖がって暴れる。


「おっと、いけねえ……」


 慌ててシャイナは馬たちをなだめて回る。どうにか馬たちが落ち着きを取り戻すと、続いて今しがた倒した男二人の始末について考えた。


「ったく、なんなんだこいつら」


 女日照りが続いたにしては、ずいぶんと物騒な歓迎だった。溜まりに溜まった性欲が暴走して、という感じではなく、明らかに手慣れた手口だったのが気になる。


 眼帯の男といい、どうもこの船にはカタギとは違う匂いがするのを、シャイナは敏感に感じ取っていた。


 となると、今も客室で無防備に寝ているドーラたちが危ないかもしれない。そう思ったシャイナは、念の為に男が取り落とした小刀を拾い上げ、衣服の下に隠し持った。


 これで素手よりは多少ましになった。武器を持つと独特の心強さを感じるが、今はそれを喜んでいる暇はない。シャイナは馬たちに申し訳ないと思いつつ、のした男二人を寝藁の中に隠してから厩を後にした。



 酷い悪臭のする船員たちの居住区階を抜け、再び客室のある階に出る。ここはまだ空気が平穏というか、特に不穏な気配は感じられなかった。


 しかし油断は禁物である。シャイナは足早に自分たちの部屋に戻ろうとするが、急ぐあまり間違えて隣の部屋の扉を開けてしまった。


「おっと、間違えた」


 うっかり荷物をまとめて放り込んでおいた方の部屋を開けてしまった。いかんいかん、と扉を閉めようとしたシャイナの手が止まる。


 室内では、乗組員らしき男三人が、自分たちの荷物を漁っていた。よほど夢中になっているのか、扉を開けた音にも気づかなかったようだ。


「おい……」


 シャイナの声で男たちが驚いて一斉にこちらを振り向く。金目のもの、保存食と色々手広く漁られているが、何より腹が立つのは自分たちの下着を汚い手でいじくり回されていたことだ。特に酷いのは、自分の下着を頭に被っている奴がいる。よし、コイツは殺そう。


 怒りで瞬時に戦闘態勢に入る。相手が身構える前に、シャイナは駆け出した。


「何してやがんだテメェらぁっ!!」


 怒声とともに一番近くにいた下着男に飛び蹴りをかます。勢いの乗った蹴りを顔面に食らって、男は荷物をばら撒きながらぶっ飛んだ。


 残った二人は、階下でのされた男たちよりは優秀だった。やられた男を一瞬目で追うも、それ以上は気にもとめずすぐさまシャイナに対して戦闘態勢を取る。ただ女一人を相手取るのにいきなり刃物を抜いたのはいただけなかった。


「おまえら、やっぱりロクなもんじゃねえな」


 客の荷物を漁って謝るでも悪びれるでもなく、いきなり得物を抜く不自然さに、シャイナはこの船をマトモな船と思うことを完全にやめた。


 こいつらは敵だ。そしてここは敵の拠点で、相手はロクでもない荒くれ者。いま目の前にいるのは刃物を持った相手が二人。それ以外はだいたい三十人以上といったところか。


 男二人がシャイナを囲むように動く。一人が正面に立ち、もう一人が背後を取る。常にどちらから死角になる動きに、先の男たちよりは手練であると感じる。


 だが、所詮は海賊である。周りをぐるりと取り囲まれたのならまだしも、前後に挟まれた程度では戦士と海賊の差が埋まるはずもなかった。


 ましてやシャイナは歴戦のつわものである。背後から音もなく斬りかかってきた男の攻撃をひらりと右にステップを踏んでかわすと、まさかかわされるとは思ってなかったのか無様に体勢を崩した男の首筋に隠し持っていた小刀で斬りつけた。


 シャイナがくるりと一回転して正面の男に相対すると、頸動脈を斬られた男は声も出せずに床に倒れ込んだ。


「どうして後ろから斬りかかるのがわかったって顔してるぜ? 簡単だ、お前が教えてくれたんだよ」


 冷ややかなシャイナの言葉に、男の顔面が蒼白になる。その表情の変化にまたシャイナが追い打ちをかける。


「そうそう、そうやってお前が顔で教えてくれたんだよ。アホ丸出しでニヤニヤしたから、こっちはわかりやすくて助かったぜ」


 自分のヘマで仲間が一人殺されたことに、男が怒りを露わにする。


「だからそうやってすぐ顔に出すなっつってんだよマヌケ」


 さらに激昂した男は、がむしゃらに小刀を振るう。だが怒りに任せた大振りの攻撃はシャイナにはかすりもせず、余裕でよけられていることでさらに男の怒りが増す。


 男の頭に十分血が登ったことを見届けると、シャイナは上段から斬りかかってくる男の刃を紙一重で躱す。


 互いがすれ違うように交差したときには、シャイナの小刀が男の心臓を的確に貫いていた。男は信じられないという顔で自分の胸に突き立った小刀を見、次いでシャイナを見たところでごぼっと口から血を吐いて倒れた。


「覚えておきな。戦うときに感情を表に出す奴は三流なんだよ……ってもう聞こえてねーか」


 シャイナは頭をぼりぼり掻くと、それっきり男のことなど忘れたように、散らばった荷物の中から自分の剣を探し出し、気絶してる下着男にもトドメを刺した。


 剣を振って血を払ってから鞘に戻すと、シャイナは男の頭から自分の下着を取り返そうとしたが、二度と穿く気になれなかったのでやめた。


「やるよ。地獄への餞別だ」


 カッコつけて言ってはみたが、やはり下着を頭に被った格好で死んでる男の姿はとんでもなく間抜けだった。だがそんな死に様をするような奴だったのだ、と無理やり納得させ、シャイナは隣の部屋に向かった。



「おめーら、とっとと起きろ!!」


 自分たちの部屋に戻ったシャイナは、まだここまで悪漢の手が及んでいなかったことに安堵したのも束の間、すぐに全員を叩き起こしにかかった。


 少し睡眠を取ったおかげか、それともシャイナの剣幕にただ事ではない気配を感じたのか、スィーネたちは普通に目を覚ましてくれた。


 だがそこで、ドーラがいないことに気づく。


「おい、ドーラはどこだ?」


 誰もその問いに答えない。いや、答えられないのだろう。何しろ宿で眠っていたと思ったら、気がつけば船の中だ。自分の置かれている状況を整理するだけでも頭がいっぱいになるのは仕方がない。


「あの馬鹿……」


 シャイナは歯噛みする。馬の様子を見に行った後、すぐにこの部屋に戻らなかったことが悔やまれたが、今は済んだことを悔やんでも始まらない。


 どうせ便所にでも行ったか、好奇心丸出しで船の中を探索しているのだろう。どこに行ったか定かではない者を探したり待つために、他の連中を危険に晒すわけにはいかない。


 シャイナにとっては苦渋の選択だが、ここで個人的な感情で判断を誤るほど彼女は素人ではなかった。


 とにかく今は一刻も早くこの船から脱出しなければならない。それにはまず甲板に出て、救命艇を手に入れるのが先決だ。できれば敵に見つからずに。


「みんな、聞いてくれ――」


 シャイナが事の次第を説明すると、寝起きでぼやけていたスィーネたちの表情が一発で引き締まった。


「またあの子は……、よりにもよって海賊なんかの船に」


「今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。とにかくすぐにこの船から逃げ出すぞ」


「けど、ドーラはどうするんだよ?」


 平太の問いに、シャイナは奥歯が痛んだような顔をする。自分はこいつらを甲板まで援護しなければならない。スィーネは確かにこの中では二番目に戦闘力があるが、単独で行動できるほどではない。平太に至っては論外だし、何よりあの大剣は船の狭い廊下だと満足に振ることすらできまい。


「あの……」


 シャイナが迷っていると、シズが遠慮がちに声を出す。


「わたしがドーラさんを捜しに行きますので、皆さんは救命艇を手に入れてください」


 シズの申し出はありがたいが、よりにもよってこの中で最も戦闘力の低い彼女では荷が勝ちすぎるのでなかろうか。


「大丈夫です。わたしには――ほら、」


 そう言ってシズが変身する。すとんっと床に落ちた衣服がもぞもぞと動くと、中から大型の肉食獣が出てきた。


「その手があったか」


 確かに戦闘力は上がったし、この見た目なら海賊も怯むかもしれない。しかし反って目立ちやすくなった気がしないでもない。


 シャイナが不安を感じていると、シズは床に鼻を当てて匂いを嗅ぐ仕草をした。どうやらこれでドーラの匂いを追って捜すと言いたいようだ。


 迷っている時間が惜しい。こうしている間にも、厩でのした奴らが目を覚ますかもしれない。隣の部屋の死体を誰かが見つけるかもしれない。


 それに時間が経てば船が沖に出て港や陸から遠くなり、上手く救命艇を奪えたとしても方角がわからなくなる。大海原で方角を見失って迷子になるのは、ほとんど死ぬことと同義だ。


「わかった。頼んだぞ」


 シャイナがシズを信じて一任すると、シズは了解とばかりに一度頷いてから弾き出されるように飛び出した。


 ひとまずこれで打てる手は打った。後は相手の出方次第としか言いようがないが、問題はここが船の中で、海の上だということだ。


 安定した地面とは違い、揺れる足場は慣れない者には不安定極まりない。そんな海賊にとっては絶好の場所で、スィーネと平太がどこまで戦えるか。


 いや、ここはシズを信じたように、二人も信用しよう。スィーネは教会で武僧としての訓練も受けているし、その実力はシャイナも認めている。平太はまだ対人戦闘に重大な欠陥を抱えているが、そこは自分がフォローすれば何とかなるだろう。


「よし、準備が整ったら甲板に上がって小舟を奪うぞ」


「ちょっと待てよ。準備って、鎧も着て行くのかよ? 海に落ちたらどうすんだよ?」


「お前のは元がカニなんだからたぶん浮くだろ」


「そういうもんか……? けどお前はどうすんだよ? 全身金属だぞ」


「ば~か。お前じゃあるまいし、あたしが海に落ちるようなヘマするかよ」


「ぐ……」


 平太を黙らせると、シャイナはてきぱきと鎧を着け始めた。ああは言ったものの、戦闘中は何が起こるかわからない。いざとなったら鎧を捨てる覚悟はしておこうと思った。


 全員の装備が整うと、シャイナは先頭に立って部屋から出た。その後ろに荷物持ちの平太が立ち、しんがりはスィーネに任せる。


「おい」


 シャイナは後ろで緊張した面持ちで立っている平太に、自分の予備の小刀を渡す。


「これは……?」


「この狭い船内じゃ、お前のだんびらは無駄にデカ過ぎる。貸してやるからこれを使え」


 平太は何か言いたそうだったが、シャイナの言うことが正しいと判断したのだろう。小刀を鞘から抜いて、刀身を確認する。片刃の刃はよく手入れされていて、使い込まれた柄は手に良く馴染むようだった。


 握りの具合を確かめて、平太は覚悟を決めたように「よし」とつぶやく。シャイナはその顔を見て一抹の不安を覚えつつも、むしろこういう窮地でないと越えられないものもあるかもしれないと、あえて突き放すように考えた。


 三人は慎重に甲板へと上がる階段を目指して歩く。シャイナと平太が歩くたびに鎧がガチャガチャと鳴ったが、船も揺れるたびにあちこちがキイキイ鳴っていたので目立つことはなかった。



 船内は海賊に見つかることなく進めたが、甲板に上がってみるとその理由がわかった。


 ほとんどの海賊が甲板で作業をしていたからだ。


 今はちょうど風の向きが変わる頃合いらしく、右目に眼帯をした船長らしき男の指示に従って多くの海賊たちが大人二人でも抱えられないような太い柱にかけられたマストを張り直す作業に勤しんでいる。


 いくら広い甲板とはいえ、今出て行けばすぐにでも海賊に見つかってしまうだろう。かと言って今さら下に引っ込むのもどうかと進退窮まっていると、


「お前らさん、何やってやがるんですか!?」


 あっさりと見つかってしまった。だが無理して敬語を使おうとしているから、まだ客船のフリを続けようとしているのだろう。となるとまだこちらが逃げ出そうとしていることに気づいていないに違いない。


「いや~、あんまり忙しそうなんで、何か手伝えることはないかと思ってねえ」


 シャイナは海賊に向かってさりげなく歩いて行く。


「あんたらに手伝える仕事なんて無ぇですよ。それより、その格好はどうしやがりましたですか?」


 全身板金鎧を着込んだシャイナの姿に不信感を覚えたのか、海賊は露骨に怪しそうな目でこっちを見てくる。構わずシャイナは男に近づく。


「ああ、そうかい。じゃあ邪魔しちゃ悪いから大人しく部屋に戻るとすっか」


「そうしやがってください。誤って海にでも落ちたら大変だろです」


「心配してくれて、ありがとよっ」


 シャイナは男の口を片手で塞ぐと同時に、目にもとまらぬ速さで抜いた剣で男の腹を刺す。下から上に突き上げる角度で深々と入った剣は、肺と心臓を貫通し男に呻き声すら上げさせなかった。


 シャイナは男を刺したまま船の縁まで押し込み、力任せに海に落とした。男はどぶんと海に落ちたが、その音もしぶきも巨大な船が航行する音としぶきにかき消された。


 男を始末し、ひとまず危機は去った――かと思ったのも束の間、


「お頭、大変です!」


 作業を指揮する眼帯男の所に、船員が息せき切って走って来た。慌ててシャイナたちは柱の陰に身を隠す。


「馬鹿野郎、今は船長と呼べ! あいつらに怪しまれるだろう!」


 眼帯の男――頭は船員を一喝して頭を平手ではたく。だがその切羽詰まった表情を見て、何事かがあったのを察する。


「どうした、何があった?」


「そ、それが……下の空き部屋で三人殺られてました」


「なにぃ?」


「あ、あと船倉で二人やられてましたが、こっちは命に別状はないようです」


 眼帯の顔が怒りに歪み、額に血管がびきびき浮かび上がる。その迫力に、船員が「ひっ」と小さく悲鳴を上げて一歩下がる。


 ヤバい、バレた。空き部屋の方は死体の処理をしていなかったが、厩の方はちゃんと寝藁に隠しておいたのにもう見つかったのか。


「野郎ども、客船ごっこはおしめえだ!! 女どもが逃げ出した。すぐにとっ捕まえて後悔させてやれ!! あと男に用はねえから、見つけ次第殺しても構わねえぞ!!」


 頭の叫びに、船員たちが怒涛のような歓喜の雄叫びを上げる。客船のふりをするために行儀よく振舞っているのに、よほど倦んでいたのだろう。元より上品とは縁遠い海賊稼業だ。まともに躾すらされたこともない身には、肩が凝るだけの命令だったであろう。


 だが、今この瞬間、彼らの枷は解かれた。


 海賊たちはどこに隠していたのか、船のあちこちから武器を取り出し装備し始める。どれも片刃の長剣だったが、極端に峰が反っているのが特徴的だった。どうやら船の上では海に落下する危険があるので、重い板金鎧より軽い革鎧が好まれる。すると重く威力のある両刃の直刀より、軽く切れ味の鋭い片刃の湾曲した剣が適するので、海賊など海の男たちは好んでこの曲刀を使うのだ。


「男は殺せ! 女はヤってから売り飛ばせ!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 海賊たちは手に持った曲刀を高々と掲げ、船が震えるほどの大声を張り上げる。完全に臨戦態勢だ。


「うわあ……まいったなこりゃ」


 すっかりやる気満々になった海賊たちに、シャイナが頭を抱える。その後ろでは平太が「俺、見つかり次第殺されるのかよ……」と顔を青くしていた。


 これで相手の正体がはっきりしたが、そのせいで隠れて小舟を奪うことが難しくなった。こうなったら残る選択肢は二つ。頭を潰して大人しくさせるか、皆殺しにしてこの船を乗っ取るかだ。


 しかし手漕ぎボートじゃあるまいし、この規模の船となるとシャイナたちだけでは到底動かせない。それ以前に誰も客船の操縦などしたことないだろう。よって、船を動かすのに何人か生かしておく必要がある。


「う~ん、どうしたもんかねえ」


 シャイナがこれからの計画を練っていると、


「いたぞー、あそこだ!」


 帆の上に乗った男が、こちらを指さして叫んでいた。


「しまった、見つかった!」


 シャイナが舌打ちをしてから海賊に囲まれるまで、ものの数秒とかからなかった。どこから湧いて出たんだと思うくらいの数の海賊たちが、柱を背にしたシャイナたちを十重二十重と取り囲んでいる。


 瞬く間に蟻の這い出る隙もなく包囲した動きに、よほど手練の海賊たちかと思いきや、


「お、女、女だ……久しぶりの女だ」


「俺、もう我慢できねえ……」


「誰か男の方を始末しとけよ」


「お前やれよ。俺はおっ始めてるからよ」


「馬鹿野郎、俺だってもう我慢の限界だっつーの」


 どいつもこいつも目を血走らせ、鼻息を荒くしている。


「何だこいつら、ただ単にヤりたかっただけか」


 シャイナはうんざりしつつも気を引き締める。こうなった男はやりたい一心で物凄い力を発揮するのだ。


「ったく、男って奴ぁ……」


「本当に、穢らわしい」


「そこで俺を見るなよ!」


 シャイナとスィーネにジト目で睨まれ、平太が抗議の声を上げる。冗談はさておき、これだけの数に囲まれると本当に厄介だ。


 ちらりと平太の方を見る。言った通り大剣は使わず背中に背負い、渡しておいた小刀を構えてはいるが、どう見てもブルっている。あれでは犬も殺せないだろう。


 シャイナはため息をつく。やはりまだ人は斬れないか。だがこれだけの人数を前に、平太を援護しながら戦うのは至難の業だ。多少の負傷は覚悟の上で、自分の身は自分で守ってもらうしかない。


 死ぬなよ――シャイナは平太がこの戦闘で一歩踏み出してくれることを期待しながら、先陣を切った。

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