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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
17/127

ゆうしゃ、はたらく

     ◆     ◆


 デギースの店から帰る道中、平太は考えていた。


 鎧が出来上がるまでの三十日間をどう過ごすか、を。


 これまでなら、三十日と言わず無限に余暇を貪る平太であったが、異世界に来てからというもの、有限の時間の価値に今さらながら気づいた。


 その上とてもそうは見えないが、今は有事である。復活した魔王がいつ活動を再開するかわからない今、一日たりとも無駄にできるはずもない。


 だから、三十日間をただ漫然と待つのではなく、何か自分にとって有意義なことをして過ごそうと考えたのだ。


 だが、


「何をすればいいかわからん……」


 生まれてこの方時間を有意義に使ったことなどまったくない、純粋培養ニートの平太には難題過ぎる問題だった。


 なのでわりと早い段階で模索を諦め、わかる奴に聞こうという結論に至った。



「アルバイト?」


 なにそれ、とドーラが初めて聞く単語を聞き返すように言った。


 王都から帰った平太はその夜、ドーラに短期のアルバイトを紹介してもらおうと、自室で執務中の彼女を尋ねた。だがアルバイトという言葉が通じなかったようで、平太は慌てて言い直す。


「えっと……そうだ。短期間で俺でもできる簡単な仕事はないか? ほら、鎧ができるまで遊んでいるのも何だし、せっかくだから何かしようと思ってな」


「ヘイタにでもできる仕事、ねえ……」


 ドーラは平太の言葉を咀嚼するように何度も肯くと、いきなりにへらといやらしい笑みを浮かべる。


「な、なんだよ?」


「いやあ、ヘイタにようやく自立心が芽生えたようで、何だか嬉しくなってね」


「お前は俺の母ちゃんか」


 本当に母親に感心されたような恥ずかしさに、平太は思わずツッコミを入れる。


「ん~、せっかく頼ってくれたところ悪いけど、今パッと思い当たる仕事はないなあ」


「そうか……」


「ああ、でも心当たりが無いわけでもないから、明日さっそく当たってみるよ」


「マジか」


「けどボクのツテなんてたかが知れてるから、もし駄目でもガッカリしないでね?」


「わかった。でもアテにはしてるから、なるべく頑張ってくれ」


 平太が両手を合わせて拝むように頼むと、ドーラは仕方ないなといった感じで、


「ボクとしてもせっかくキミがやる気になったのを無碍にしたくないからね。努力はするよ」


 そう言うとドーラは得意げに羽ペンをくるりと回すと、書類書きの仕事を再開し始めた。これ以上は彼女の邪魔になると判断した平太は、「じゃあよろしく頼む」とひと言加えて執務室を後にした。


 これでバイトの件は何とかなるかもしれない。そう安堵しかけた平太であったが、やはり一抹の不安は拭えない。ドーラも自分で言ってたように、確実なアテがあるわけではないのだ。すべてを彼女に任せて安心しきってはいけない。


 それに他力本願ばかりでは、何のために自分を変えようとしたのかわからない。こういう時こそ、自力で動き回らなければならないのではないか。


 とはいえ、ツテが無いのはドーラだけではない。平太など、ツテどころかこの世界に知り合いと呼べる者がほとんどいない。そんな中、アルバイトの口を利いてもらえそうな人物など――


「あ、いた」


 条件を入力した脳内検索が、思いもよらぬ早さで該当人物を探し当てた。まあ検索する母数が極端に少ないから当然であるが。


 さておき、見つかったからには動かぬ手はない。思い立ったが吉日という言葉を実行するかのように、平太はさっそく明日にでもその人物に会いに行くことに決めた。



「どちらへ行かれるのですか?」


 翌朝。件の人物に会うために、王都オリウルプスへと向かおうと厩に足を運んだ平太であったが、その途中でシズに見つかった。


 おかしい。シズは厨房で朝食の後片付けをしていたはず。それを確認してから見つからないようにこっそり厩に来たはずなのに、どうして見つかったのだろう。謎だ。


「あ、いや、まあ、うん……ちょっとそこまで?」


 怪しい。自分で言うのも何だが物凄く怪しい。これならまだ深夜に死体を埋めに行こうと車を走らせたものの、運悪く検問に引っかかってお巡りさんに質問された殺人犯の方がまだマシな返答をするだろう。


 シズは体温を感じさせない視線を平太の顔に向け、次いで首だけ巡らせて平太の行く先をたどり、厩に行き当たったところで再び視線を平太へと戻す。


「また独りで町に行こうとしましたね?」


 怖い。


 シャイナやスィーネとはまた違った恐怖を感じる。シャイナの圧倒的暴力を背景にした痛覚的な恐怖と、スィーネの人の心を直接えぐるような論理で追い詰められる心理的恐怖とはまったく違う。


 何がスイッチになって起爆するかこちらにはまったくわからない爆弾が目の前にあるような、不確定のものに対する恐怖。普段はニコニコしてるのに、ある瞬間急にヒステリーの如く態度が豹変するこの現象を、平太も知識では知っていたが、まさか自分の肉眼で見ることになろうとは夢にも思わなかった。


「いや、だって、」


「だってじゃありません!」


 問答無用で一喝され、思わずビビる平太。


「馬を使うならいついかなる時でもわたしに仰ってくださいって何度も何度も言ってるじゃないですか! それをこんな、誰か他の人の馬を借りるだなんて、そんなにわたしに乗るのは厭なんですか!?」


「厭とかそういう問題じゃなくて……」


「じゃあどういう問題なんですか!?」


 シズに強く詰め寄られ、平太は思わず後退る。少しずつ改善してきたとはいえ、元は人と会話するのが苦手だったのだ。特に自分の主張を強く前面に押し出すような相手には、目も合わせられないほど萎縮してしまって何も言い返せない。


 そして後になってああ言えば良かった、こう返せば良かったなどと慙愧の念に囚われるが後の祭りであった。


 もう何度、身をよじるような煩悶とした後悔を味わったことか。


 怖い。


 他人が怖い。


 だが今は、


 あんな後悔を再び味わう方が怖い。


 平太は半歩下がった足を、一歩前に出す。


「聞いてくれ、シズ」


 平太に両肩をつかまれ、シズの剣幕が驚きへと変わる。


「は、はい」


 突然のことに驚いているシズの細い肩を、平太はさらに力を込めて引き寄せる。さらに距離が近くなり、息がかかりそうなほどの至近距離で見つめると、彼女の顔が真っ赤に染まった。


「シズが俺に恩義を感じて、恩返ししようとしてくれているのはすごく嬉しいし、ありがたい。たしかにきみはもう自由の身だし、ドーラが言ったように屋敷の仕事以外でのきみの行動は自由だ」


「だったら、」


「だからこそ、取り戻した自由を大切にして欲しいんだ。確かにきみは馬になれる。けれど、馬はきみの代わりにはなれないだろ? それはきみだけにしかない価値をきみが持ってるからだ」


「でも……」


「さっき厭だと言ったのは、別にきみに問題があるわけじゃない。ただ俺は、きみを馬の代わりとして使うような、人を物と同じように使うのが厭なんだ」


 シズは黙っていた。反論を考えているのではなく、平太の言葉を噛み締めているような沈黙だった。


「わかってくれるか?」


 シズは黙って、ゆっくりと肯いた。


「わかりました。ヘイタ様がそこまでわたしの事を思ってくれていたなんて……」


「え? いや、まあ、」


「ですが、これだけは憶えておいてください。この命を救ったのはヘイタ様です。ですから、お好きに使ってくださっていいんです。もちろん、馬としてだけでなく、です」


 そう言うとシズは平太に一礼をして去って行った。本気で走ってるのかもの凄く速い。


 あっという間に小さくなっていくシズの後ろ姿を見送りながら、平太はこれで良かったのだろうかと自分の言葉を反芻する。


 自分で言った言葉の臭さに赤面するが、それでも間違ったことを言ったつもりはない。ただ少々誤解を生むような言い回しをしてしまった感はあるが、シズも納得してくれたし別に大したことではないだろう。愚かにも平太はそう納得した。


 ただ、シズが最後に言った言葉は少々気になるが、今は他のことが気になった。


 さすがに今のままではいけない。


 そう思いながら、平太は改めて厩へと足を向けた。



「仕事ねえ……」


 平太が向かった先は、例によってデギースの店であった。消去法を使うまでもない。平太の交友関係など、所詮この程度である。


 デギースはカウンターに両肘を乗せて頬杖をつきながら、平太にでもできそうな仕事があるかどうか記憶をまさぐっている。


「デギースなら顔が広いだろ? 何か俺にでもできる仕事の一つくらい知ってるんじゃないか?」


「そう言われてもねえ、」


 どうやらそれらしい仕事は存在しなかったようだ。


「そもそもきみ、何ができるの?」


「ぐ……」


 ハローワークの職員のようなセリフが平太に刺さる。さすが亜人とは言え個人事業主である。シビアなところはとことんシビアだ。


 読み書きはまだ勉強中だし、計算ができると言っても客商売などやったこともないし、やれるとも思わない。この世界で使えそうなスキルなど、平太にあるわけがない。せいぜい五体満足の健康な身体があるくらいだ。


「一応狩りが……」


「まだあれ一度きりでしょ? それにあれはシャイナが付き添いだからこっちも色々と融通したけど、キミだけじゃあ頼りなさ過ぎるし、誰も組みたがらないだろうね」


 甘かった。たしかにあれ一度だけの狩りでは、狩りを仕事にしてるとは百歩譲っても言えないだろう。


「……何もできません」


「今まで何してきたの?」


 辛い。何が悲しくて、異世界くんだりで面接官にいびられるうだつの上がらない求職者みたいな思いをしなくてはならないのか。


「いや、特に何も……」


「よくそれで今まで生きてこれたね。なに? 異世界って無限にご飯が出てくる魔法とかあるの? すごいね、今度その魔法教えてよ」


「いえ、そういうのはちょっと、ないです」


「へえ、じゃあきみはどうやってご飯を食べてきたの? 何をやってお金を稼いでたの?」


「あの、それは……」


「え? なに? 聞こえないよ。もっとはっきり喋らないと、」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 もう駄目だ。耐えられない。これ以上は無理だった。身体が勝手に奇声を上げて店を飛び出していた。


 道行く人をかき分け、ぶつかって舌打ちをされながらも走る。途中すれ違った人たちが振り返ってこっちを見る。絶対もの凄い情けない顔をしている。視界が滲んでいる。きっと泣いている。


 完全に心を折られ、ほうほうの体で町の入り口にたどり着く。どこをどう曲がったかなんて憶えちゃいない。馬番とどんな会話をしていくら払ってどうやって馬に乗ったのかすらあやふやだ。


 結局平太が我に返ったのは、ドーラの屋敷が見えた頃だった。


 現実の厳しさに打ちのめされ、平太は早く自室に戻って不貞寝したい衝動に駆られる。


 だが平太は両目を乱暴にこすり、その考えを涙の残滓とともに荒野にうち捨てる。鼻水を袖で拭い、両の頬を何度も手で叩いて己に活を入れる。


 こうなることは、最初からわかっていたではないか。それでも前に進むために、一歩を踏み出したのだろう。


 職歴無し。


 資格無し。


 学歴無し。


 あるのはこの身体のみ。


 十分ではないか。


 これまで無駄に生きてきたツケが今この現状なのだ。むしろあの生活習慣で病気にならず、五体満足なだけマシというもの。これ以上望んだらバチが当たるというものだ。


 そう納得し、平太は改めて手綱を取ってドーラの屋敷を目指す。


「それにしても、何もしてないのによくここまで運んでくれたな」


 平太が労うように馬の背を軽く叩くと、茶色の牝馬は「まったく世話が焼けるヘタクソだな」という感じで鳴いた。


 やはり、馬は必要かもしれない。



 さらに翌日。平太の交友関係で唯一の頼みの綱だったデギースにこてんぱんにされ、仕事探しは絶望的だと思われていたところに、救いの手は意外なところから現れた。


 それは朝食のとき、


「仕事を探されてるとうかがいまして、」


 そう切り出したのはスィーネであった。


「差し出がましいとは思いましたが、一応お知らせしておこうかと」


「いやいやいやいや、そんな、とんでもない。それで、仕事ってどういう?」


 スィーネの話によれば、教会に出入りしてる業者が王都の外壁補修の人出を探しているらしい。


「けっこうな重労働かと思われますが、いかがでしょうか?」


「要は人足だろ? 仕事はアホほど単純だから、お前にゃぴったりじゃないか」


 朝飯をもぐもぐしながら、シャイナが無責任なことを言う。


 それにしても人足――つまり土木作業員か。よく考えたら地球でもアルバイト一つしたこともないのに、いきなりガテン系など自分に務まるのだろうか。


 平太が不安に思っていると、


「どうせ大した仕事もできねえんだから、うだうだうだ考えてねーでとりあえずやっとけ」


「お金をもらって身体が鍛えられると思えば良いのではないでしょうか」


「いいんじゃない? まあ決めるのはヘイタなんだけど、ボクはいいと思うよ」


 それぞれがそれぞれの言い方で、平太の背中を押してくれた。


 息を吸い込む。


 大丈夫。怖くない。


 それに今は、独りじゃない。


 前に進もう。


「うん、やってみるよ」


 そのひと言で、食卓に風が通ったように空気が変わった。みな安堵したような嬉しいような、前に進んだ自分を祝福してくれるような表情をしている。


 たかが短期の仕事をすると決めただけのことに何を大げさなと思うだろうが、異世界に来なければそうしようと思うことすらしなかったであろう。


 着実に変わっている。


 確実に良い方向に。


 仲間がいるから。


「それでは、話はわたしの方で通しておきましょう」


「ああ、よろしく頼む」


 スィーネに礼を言う平太の元に、シズが音もなく近寄る。空いたカップにお茶のおかわりを静かに注ぐと、にっこり笑って言った。


「お仕事、頑張ってくださいね。わたし、お弁当持っていったり色々と応援させていただきますから」


「ありがとう。けど、シズにも仕事があるんだし、無理しない範囲でいいからな」


「ええ、それはもちろんわかっております。ところで――」


「ん?」


「王都の外壁補修ということは、毎日王都へ行かれるわけですよね? その際は是非わたしを使ってくださいね」


 怖い。


 満面の笑みが怖い。


 やはり、馬は必要だ。

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