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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
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北の大地から

     ◆     ◆


 平太とシャイナがグランパグルを狩りにデギースの店を出てから十日後、再び同じメンツが同じ場所で顔をそろえた。


「いや~ゴメンゴメン」


 確実にそう思ってない感ありありの営業スマイルで、デギースは形だけは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「お前な……知ってるんなら始めっからそう言えよ」


 シャイナの声はいつも通りだったが、カウンターを叩く力の篭もり方が彼女が本気で怒っているのを示している。


 シャイナが怒るのももっともな話で、デギースは大事な情報を渡し忘れていたのだ。


 ワドゥーム海岸にはグランパグルだけでなく、さらに巨大な上位種のレクスグランパグルが生息していることを。


 しかもレクスグランパグルはグランパグルの守護者的存在で、攻撃を受けて彼らの体液が海水に混ざると、それを嗅ぎ取って害を為す者に襲いかかって来るという重要な情報も伝え忘れていたのだ。


「だから、ついうっかりしてたんだって。決してわざとじゃないよ」


「わざとやられてたまるか! お陰でこっちは死にかけたんだぞ!!」


 怒鳴りつつカウンターを叩き続けると、鎧を数体乗せてもビクともしない厚さの天板がミシミシ軋む。


「でも結果的に助かったからいいじゃない。それに本気で申し訳ないと思ってるから、失くしたハンマーと傷んだ鎧の弁償はチャラだし、おまけにレクスグランパグルの回収費用をうちが持ったんじゃない」


「う……、それは……」


 それを言われると痛い。


 何しろ平太たちは、あれからレクスグランパグルをどうすることもできなかった。あれだけデカければ当然と言えば当然だ。仕方なくシズに鳥になってもらい、空をひとっ飛びしてデギースに回収を依頼した。


 その際かかった運搬費や人件費、その他経費のもろもろは、当然依頼したシャイナたちが払うのがスジというものなのだが、デギースはそれを肩代わりするからこの話はチャラにしようと言っているのだ。


「お前、絶対ロクな死に方しねえぞ……」


「楽しく生きられればそれでいいよ。それでどうするの? もうこの話はおしまいにする? それともお金払って続ける?」


「わーったよ! この話はここでおしまい! それでいいんだろ!?」


「良かった。僕シャイナの話のわかるところ、好きだなあ」


 二人のやりとりを見ながら平太は、こりゃデギースの方が一枚も二枚も上手だなと思った。


「いや~しかし凄いね、レクスグランパグル。今工房に運び込んでもらってるけど、あれなら鎧以外にも色々できそうで、今から楽しみだよ」


「色々するのは構わねえが、肝心の鎧を優先的にやってくれよ」


 シャイナが念を押すと、デギースは「わかってるよう」と右手をひらひらと振った。


「ちなみに、どれくらいかかりそうだ?」


 平太が尋ねると、デギースは「そうだねえ」と顎に手を当てて考えるポーズを取る。


「ざっと三十日くらいかな」


「そん、なに」


「他のお客の注文だってあるんだ。無茶言っちゃあいけないよ」


「まあそれもそうか」


 いつも客のいない店内ばかり見ているせいか、この店の客は自分たちしかいなんじゃないかと錯覚してしまう。しかし悪いのは立地だけで、客はちゃんといるのだ。


「とにかくよろしく頼む」


「りょーかーい。楽しみにしといてねーん」


 にこにこと手を振るデギースに一抹の不安を感じつつ、平太とシャイナは店を出た。



 一方その頃、王都オリウルプスから遥か北のフリーギド大陸。その北の果てのさらに果てに、その城はある。


 フリーギド大陸は他の大陸に比べて平均気温が著しく低い。この世界ふうに言えば「氷の精霊が活発なせい」だそうだが、かと言って一年中大陸全土が雪に覆われているわけでもない。


 現にその城の周囲に雪はなく、王都オリウルプスの王城と比べても引けをとらない大きく見事な外観を見せつけるようにして建っている。


 これだけ立派な城ともなれば、さぞかし偉大な王が住んでいるのだろうと思われるが、生憎と現在この城の主は不在である。


 生憎と言えば、この城は偉大な王のものではない。人々はこの城を、畏怖の念を込めてこう呼ぶ、


 魔王の城。



 魔王の城と呼ばれる建物だが、中身は普通の城とそう大差はない。


 魔族がヒトの城を真似て作ったのか、ヒトが作った城を魔族が乗っ取ったのか、それはもう悠久の昔のことなので誰も知らない。


 さておき、魔王の城の奥深くの一室に、集いし四つの影があった。


 室内は仄暗く、いかにも光を嫌う魔族の住処だと思いきや、何のことはない、経理担当者から経費節約を口酸っぱく言われてこれだけの照明しか使えないだけである。そのせいか室内に装飾品の類は一切ない。


 室内には、質実剛健を絵に描いたような大きな長方形の机が中央に据えられており、長辺の片方にある上座の席は空席ではあるものの、その対面にある四つの席はすべて埋まっている。


 ここは魔王の城の会議室に当たる部屋で、室内にいるのは魔王の忠実な側近――いわゆる四天王と呼ばれるベタな四人組であった。


 上座から見て左からコンティネンス、スブメルスス、イグニス、ウェントゥスの順に座っているが、四天王に序列はなく、この順に座っているの身体の大きさやらあいつの隣は厭だとかどうでもいい理由である。


「え~第124回、『魔王様がいない間どうしようか』会議ですが、」


 いつものように会議を進行し始めたのは、一番右に座っているウェントゥスだった。


 彼は四天王の中で一番の理論派で、こういった会議や作戦立案などの机仕事を得意としている。


 そのせいか他の四天王に比べ線が細く、爬虫類じみた神経質そうな顔つきから、武官というよりは文官という印象を受ける。その姿はトカゲが服を着て講釈を垂れてるというのが一番しっくりくるだろう。


 だからと言って戦闘力が低いわけではない。彼は魔族の中で最速を誇り、その速さは戦闘のみならず地上での最速を意味し、魔王でさえ一目置いている。四天王というのは伊達ではないのだ。


「またそれかよ……」


 いきなり文句をつけたのは、ウェントゥスの左隣り――右から二番目に座っているイグニスだった。


 彼は四天王の中で最も気が短く、また好戦的であるためにしばしば切り込み隊長のような役目を自ら負うことがある武闘派だ。


 それを誇示するかのように普段から鎧を着込んでおり、その血で染めたような真紅の鎧は今や彼のトレードマークとなっている。


 なのでこのような室内に篭っての会議など最初からやる気はないのだが、先に出た通り魔王不在の現在は戦があるわけでもなく、また勝手に動くわけにもいかないので仕方なく持て余した身体を椅子に預けている。


「いい加減違う議題はねえのかよ」


「そうは言いいますがイグニス、主のいないところで何が決められますか」


「じゃあこの会議自体意味がねえだろうがよう」


「そうではありません。これは主のいない今、我々が何をするべきかを決める会議なのです」


「ややこしいわねえ」


 そう艶のある声で割って入ったのは、四天王唯一の雌型の魔物であるスブメルススだった。


 彼女は会議などまるで興味がなさそうに、手の爪をヤスリで手入れしながら左から二番目の席に座っている。


 成熟した身体から伸びる長くしなやかな足を組みつつ、磨き上がったばかりの爪を指を反らして眺める姿は、高級娼婦みたいに妖艶だ。ただその指の間に両生類のような水かきと、全身を覆う青い鱗さえなければ、もっと艶めかしかっただろうに。


「とは言えもう如何程になろうか」


 岩がこすり合わされるような声でそう言ったのは、一番左に座っているコンティネンスであった。


 一瞬天井から声がしたのかと思わせたが、それほどまでに彼は巨体であった。


 また身体のどの部品も大きく硬く、彫刻家が「力」というテーマで大岩を彫ってできたと思われるほど、その姿はいかめしかった。


「だいたい半年といったところでしょうか」


 ウェントゥスが答える。魔王が不在となってもう半年。それは、魔王が封印を解いて復活した頃とほぼ一致する。


「なんかよう、最近人間ども舐めてね? 超頭にくんだけど、もう俺らだけで滅ぼしてやろうぜ」


 忌々しそうに、イグニスは掌に拳を打ちつける。


「待ちなさい、早まってはいけません」


「え~、あたし面倒くさ~い。やるならイグニスだけでやってよね」


「魔王様不在の今、下手に動くのは最善に非ず」


「じゃあいつ魔王様は帰って来るんだよ? いつまで俺らはこうしてアホ面突き合わせてなきゃいけねーんだ?」


「それは……」


 そんなもの、ウェントゥスだって知りたい。いや、この場にいる全員のみならず、グラディアースに生きる魔族全員が、その答えを知りたがっているに違いない。


 まったく、どうしてこうなったのか。内心ため息を吐きつつ、ウェントゥスはそもそもの発端を思い出す。


 あれは魔王が五百年の長い年月をかけて、ようやく封印を破った翌日、


『ちょっといせかいにいってくる まおう』


 たった一行の置き手紙を残して、異世界へと旅立ってしまった。


 当然、残された四天王を始め魔族は騒然となった。やっと復活したと思ったら、いきなりの失踪である。出鼻をくじかれるどころの騒ぎではない。


 そもそも、魔王が異世界へと遠征するのは、このグラディアースを征服した後の話ではないのか。世界を手中に収め、さらなる覇道を突き進むための異世界遠征と誰もが信じて疑わなかった。


 しかし復活した魔王は、何をさておいても真っ先に異世界に行ってしまった。


 何だこれは。


 順番が違う。


 何故を問おうにも、肝心の本人がもういない。


 残された者たちは何をすれば良いのかわからず、日々呆然と過ごしている。そのせいで人間どもは、一度は恐怖のどん底に落ちて震えていたのに、今では何事もなかったかのように日常を取り戻している。


 いや、むしろ何も行動を起こさないせいで、魔族を前以上に軽く見ているフシがある。これはさすがにウェントゥスも頭に来る。


 せめて書き置きの中に、これからどうすればいいか指示を残してくれれば時間を無駄にせずに済んだのに。


 どれぐらいの期間で戻って来るとか、どんな用件で異世界に行くとか、何か少しでも書いておいてくれれば、こんなに心配せずに済んだのに。


 そう思っても時すでに遅し。


 待つ以外に残されたごく僅かな選択肢の中で、できる限りのことをしていくしかない。


 五百年も待ったのだ。


 あと何年待とうがたかが知れている。


 せいぜい今を楽しむがいい、人間。貴様らなど、魔王様が帰還し次第即座に滅ぼしてくれる。


「ああ、そう言えばよお、」


 唐突に切り出したイグニスの言葉に、ウェントゥスは深く潜った思考の淵から意識を浮かび上がらせる。


「なんかまた異世界からこっちに来た奴がいるらしいぜ」


「あら、また?」


 何が興味を引いたのか、スブメルススが爪をヤスリで磨く手を止める。会議にはまったく興味を示さないくせに、とウェントゥスは軽く苛立つが、すぐに個人的な感情を振り切って自分の役目に徹する。


「では続いて、第78回『魔王様異世界よりご帰還パーティでの出し物について』、」


 今日も世界は平和である。

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