終わりは日常へ
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スキエマクシの港町。
店や露店が立ち並ぶ大通りでは、夕日を受けて長い影を引き連れた人々が忙しく歩いている。家路を急ぐ人もあるが、大部分はこれからどこか店に入って酒を呑もうという人たちだ。
酒呑みたちを待ち受けるように準備をしている店たちの中で、最近人気が出てきた店がある。
店の名は『勇者亭』。近海で採れた新鮮な魚介類だけでなく、肉や野菜を使った鉄板焼きが人気の店だ。
料理も人気だが、何よりこの店は給仕を目当てに来る男たちが多い。常勤している長い栗毛の若い女給は、愛想が良くて笑顔が可愛いと評判だ。しかし男たちの目当ては、もっぱらその豊かな胸である。
彼女以外にたまに店に立つのが二人。赤い巻き毛で体格の良い女と、金髪の無表情な女だ。この二人は他の仕事に就いているため、仕事上がりか店がよほど忙しくないと現れない。だがそのせいでレアキャラ的な人気を博している。ただ残念なのは、二人とも栗毛の女給の半分以下も愛想が無い。だがそこが良いと男女を問わず固定客がいるので、世の中わからないものである。
実はもう一人青髪のネコ耳少女がいるのだが、彼女はさらにレアキャラである。
店内は、こじんまりとしている。基本的に店主と栗毛の給仕だけで切り盛りしているため、テーブルの数も少ない。だが隅々まで手は行き届いていて店内は常に清潔だし、料理や酒の種類も多い。
店の奥にある厨房では、大きな鉄板を前に店主が野菜炒めと格闘していた。もうもうと立ち込める湯気と熱気に当てられ、たくましい身体のあちこちに大粒の汗を浮かべている。
両手に持ったコテを振るう手が、ふと止まった。顔だけ店の中に向けて大声で問う。
「なあシズ、ドーラが帰って来るのって今日だったよな?」
店主の質問を受け、ナイフとフォークの手入れをしていた栗毛の女給――シズが「ええっと」と細い指を顎に当てる。
「はい、今日ですよ」
「シャイナも夜には海上警備隊の勤務が明けるし、スィーネも教会の仕事が一段落ついたって言ってたな」
「じゃあ、今日は久しぶりにみんなでご飯が食べられますね」
シズは嬉しそうに両手を合わせる。
ドーラはこの国の宮廷魔術師で、月に数日しか戻れない忙しい日々を送っている。
シャイナは師匠であるハートリーとともに、ここスキエマクシの海上警備隊に勤務している。今はハートリーが老齢のため引退を間近に控えているせいで、兄弟子でもあるケインの下、副官研修の真っ最中である。
こうも忙しいと病気の母親の様子も見に行けないと嘆いていた彼女であったが、最近になってシャイナの実家のあるフェリコルリス村に向かう山々に続けて落盤が起こり、天然の隧道が通った。これによりこれまで徒歩で数日かけて山越えしなければならなかったのが、僅か数時間で行けるようになり、シャイナは忙しくてもまめに実家に顔を出して母親や弟妹たちの様子が見れるようになったと喜んでいた。
スィーネもスキエマクシの教会で、神の教えを人々に説いたりしている。スキエマクシは商売が盛んな土地のせいか、他と比べて亜人に対する差別意識が低い。むしろ人間よりも高い知能と演算能力を持つ亜人は、重宝されたり尊敬されたりしている。最近の彼女は、彼らの持つ高度な算術を広く一般に教えるための施設を作ろうと奔走している。これが実現すれば、人種を問わず算術が学べるこの世界初の学校が創設されるだろう。
シズは言わずもがな、この勇者亭の女給として看板娘の名をほしいままにしている。周囲の見立てでは店主と夫婦になるのも時間の問題と言われているが、本人たちは周りの勘ぐりなどどこ吹く風といった感じでつかず離れずの距離を保っている。
ドーラたち三人がそれぞれ別の仕事に就いているため、休みや帰宅時間が合わずなかなか一緒に食事が摂れずにいた。だが今日は久々にそれぞれ帰宅が重なり、一緒に食卓を囲む事ができる。
「そうだな。あいつら放っておくと肉ばっかり食うからな。今日はたっぷり野菜を食わせてやるぞ」
店主は不敵に笑って手首で額の汗を拭うと、再び豪快にコテで野菜を混ぜ始める。
「ヘイタ様、どうぞ」
シズから調味料を受け取った店主――平太は、慣れた手つきで鉄板の上の料理に振りかけると、素早く両手のコテで混ぜ合わせる。
鉄板をコテが叩く金属音がリズムよく続くと、平太は右手のテコを使って料理をひとすくいする。
息を数回吹きかけてから掌に落とし、味見をすると、
「美味い」
にっこりと笑った。




