魔物の大群
◆ ◆
夜。
ケインとハートリーは森の中で焚き火を囲みながら、互いの近況を語り合っていた。
木の枝に刺した干し肉が幾つか焚き火で炙られていて、香ばしい匂いが漂っている。
肉から滲み出た脂が炎で弾ける音が、夜の森の音に混じる。
「おんし、こんな所で何ぞしよる?」
「それはこっちのセリフですよ」
ケインは肉の刺さった枝をひっくり返し、焼け具合を見る。満足のいく焼き目が着いたのを確認すると、ハートリーに渡した。
ハートリーはケインから枝ごと肉を受け取ると目にも留まらぬ速さで一瞬だけ覆面をずらして肉にかぶりつき、熱そうにはふはふと息を立てる。
「俺か? 俺は何となくな、こっちで良からぬ事が起きとるような気がしてのう」
「良からぬ事、ですか……。ずいぶんと抽象的な話ですね」
「俺もよくわからん。だがどうにも胸騒ぎがするし、」
そこでハートリーは言葉を止め、右手の平で顔を覆う。まるで悪夢を見た後のような顔に、ケインはただならぬ気配を感じた。
「あの、師匠、どうかしましたか……?」
「ん? ああ、いや、何でもなか」
そう言うとハートリーは顔から手を離し、再び高速覆面ずらしを駆使して肉を頬張る。
「普通に覆面を外して食べればいいのに……」
「そいはならん。これはその、アレだ。俺のこだわりだからのう」
「はあ……」
相変わらず奇抜な人だ、とケインが思っていると、
「それよりおんしこそ、こんな所で何しとる?」
ハートリーの問いに、ケインはこれまでの経緯を話す。だが黒竜の件で自分が爵位や家を失った事は、師匠に余計な心配をかけるだけだと思い割愛した。
「ほうか、あいつが黒竜をのう……。そいでおんしはあの男を追ってわざわざここまで。つくづく物好きな男だのう」
「人の事は言えんでしょう」
「まあ、それもそうか」
ハートリーは「だはは」と笑うと、突然真顔になる。
「それよりもおんし、ここまでの道中で何か気づいた事はなかか?」
「何か、とは?」
「例えば――そう、この大陸の魔物は少しおかしくはなかか?」
「確かに、まるで何かに呼び寄せられるように一箇所に集まっているような」
ケインの言葉に、ハートリーが勢い込んで同意する。
「そう、それよ。そいで俺は魔物の後を追っていたら、おんしがおったというわけぞ」
「なるほど」
「で、こいつらいったいどこに向かっとるんぞ?」
「どうやらこいつらは魔王の城へと向かっているようですね」
これまで集めた情報と魔物たちの進路を照らし合わせると、この大陸の魔物たちがこぞって魔王の城に集まっているのはほぼ間違いない。
それに先日の白昼の流れ星。あれはきっと彼らが関係しているに違いない。あんな天変地異のような事ができるのは、平太たち以外に考えつかないし、彼ら以外にいるとは思いたくない。
「となると、本格的に魔王との対決が近づいとるっちゅう事になるのう」
「どういう事ですか?」
「そりゃあ雑魚が大将の下に一斉に集まる理由なんぞ、一つしかあるまい」
そこでケインもハートリーの意図を察する。
「つまり、大将――魔王を守るため、という事ですね」
弟子の解答に、ハートリーは「左様」と満足そうに頷く。
「これは、少し急がないといけませんね」
「そうだのう。今日は早く休んで、明日は朝から気張って進むとしようか」
「はい」
応えるケインの声は、我知らず弾んでいた。
こうしてハートリーと野宿をするのは、いったいいつ以来であろうか。ケインは焚き火の炎の中に、遠い修行時代の日々を思い出していた。
☽
魔王の城。
玉座の間は、明かり取りの窓から入ってくる星の明かりのみで薄暗い。そのわずかな光に照らされる玉座に、小さな人影。肘掛けに肘を着いて頬杖をし、眠っているような少年の姿。
玉座に座って目を閉じていた少年――魔王の口元が、前触れなく緩む。
にやり、という感じで口の端が持ち上がり、その後ゆっくりと目が開く。
「イグニスたちが殺られたか」
その声は、部下の死を悼むというよりは、不思議と楽しそうだった。
魔王の言葉が途切れると、再び玉座の間に沈黙が流れる。
もうこの部屋に、彼の傍に仕えていた忠実な部下たちはいない。すべて勇者たちに敗れ、土へと還っていった。今彼の周囲にいるのは、数が多いだけで雑兵としか言いようのない下級の魔物たちのみ。その魔物たちも、今は静かに城の周囲で眠っている。
それでも、魔王は笑みを崩さない。
四天王との戦いは勇者たちに軍配が上がったが、次なる相手はこの大量の魔物たちである。
この圧倒的な数の魔物たちを相手に、勇者たちはどう立ち回るだろう。高まる期待に、魔王の笑みがさらに深まる。
だがその不敵な微笑は一瞬で消え、すぐに少年っぽい見た目にはそぐわない真剣なものに変わった。
「余計なものまで来てるな……」
魔王は不機嫌そうに舌打ちを一つするが、すぐに表情を緩め、
「ま、いいか」
あっさりと笑う。
「これはこれで面白そうだ」
魔王はそう言うと、静かに目を閉じた。
夜が更けていく。
☽
数日後。
平太たちはついに魔王の城をその目にできる距離にまで到達した。
が、見える所まで来たものの、城の周囲にはおびただしい数の魔物たちが待ち受けている。
「思った以上に多いな」
多いであろうとは思っていたが、予想を遥かに超える数の魔物に平太がうんざりした声を上げる。魔物で埋め尽くされた城の周囲は、まるでどこかの即売会を彷彿とさせる光景だ。
「ここまでとは思いませんでしたね」
ドーラの背後に立ち、彼女の両のネコ耳を両手でめくったり戻したりするスィーネ。
「こりゃあ一直線に突っ切るだけでも大変だよ」
スィーネにされるがまま耳をいじくられるドーラ。二人の視線の先には、蟻の大群のようにうごめく魔物たちがいた。
その数は一万や二万ではきかない。さすがにこれだけの量をまともに相手するわけにもいかず、平太たちは魔王の城を目前にしながら足止めを食らっていた。
「ねえ、アレやったら? ホラ、スキエマクシで山に穴を開けて道を作ったやつ」
スィーネに両耳を丸められたドーラが提案するが、平太は「う~ん」と渋い声を出す。
「あれって、俺にはまだ出力調整ができないからなあ。下手をしたら城に大穴開けるだけじゃ済まないかもしれないぞ」
「どうせ魔王の城です。別に気にしなくても良いのではないでしょうか?」
「なるほど」
きっぱりと言い切るスィーネに、平太は思わず納得しそうになる。
「……じゃなくて、下手に射つと、グラディーラたちの魔力が無くなっちゃうんだよ」
勇者ビーム(仮)は、聖剣グラディーラの魔力に、このグラディアースに漂うわずかな魔力を集めたものを上乗せして射つのだが、当然魔力の消費量は出力に比例する。つまり、全力でぶっぱなすとそれだけ魔力を食い、下手をするとグラディーラが一発でガス欠になるのだ。
雑魚を片付けるのにすべての魔力を消費してしまっては、その先の魔王との対決に支障が出る。かといって今の平太に威力の微妙な調節はできない。
「困ったものですね」
「うん……」
シズに言われ、平太は力なく頷く。
「こんな事なら、もっと射ちまくって練習しとけば良かったなあ」
「今さら言っても仕方ねーよ。それより、別の策を考えたほうが早い」
「だね」とドーラが同意した時、
「あれ?」
平太が異変に気がついた。
「どうした?」
平太が目を細めて懸命に魔物の群れを見ていると、シャイナが声をかけた。
「うん。気のせいかな、先頭の魔物たちがこっちを見たような気がしたんだ」
「どれ」
平太の視線を追って、シャイナが片手を額に当てて庇を作り目を細める。狩人でもある彼女の視力は、望遠鏡なみだ。
「うん……?」
シャイナのへの字口が、見る見るうちに歪んでいく。
「やべえ、目が合った……」
その一言だけで、だいたい状況がわかった。
魔物の中にも、シャイナと同じくらい目の良いものがいた。そいつが平太たちを見つけ騒ぎ出したせいで、他の魔物たちもこちらに気づいてしまった。
見敵の報は瞬く間に魔物たちに広がり、我先にと駆け出す者が現れた。
そうなると、ケダモノよりも本能で生きている魔物たちである。一斉に魔物たちが平太たち目がけて動き、地鳴りがするほどの怒涛となった。
「うわっ、こっち来た!」
シャイナが言うまでもなく、魔物の大群がこちらに向かって来る事は平太たちにも見えた。あれだけの数が動けば、そりゃあ馬鹿でもわかる。
「ど、どうしよう……?」
足元を震わせるほどの地響きにドーラが慌てふためいていると、
「まったくお前らは、後先考えないにもほどがあるぞ……」
グラディーラたちが姿を現した。
「今さら言っても仕方ないだろ。とにかく今は少しでも数を減らすんだ」
「それしかあるまいな」
そう言うとグラディーラの身体が光に包まれ、平太の右手に吸い込まれる。
「じゃ、わたしたちも行きましょうか」
「ほーい」
次にアルマとスクートが同じように光の球となり、平太に向かって飛ぶ。
三つの光の球がぶつかり、平太の身体が眩しい光に覆われる。
光の中から現れたのは、大剣と盾を合わせたような武器を手にする白銀甲冑姿の平太だった。
『装着と同時にグラディーラちゃんとスクートちゃんを融合したの? ずいぶん手慣れたものね』
「時間が無いんだ。グダグダ言ってないで飛ぶぞ!」
『え?』
アルマが何かを言う前に、平太は背中にスラスターを生やす。そして次の瞬間には爆発的な魔力の噴射で上空高く飛び上がっていた。
『これいや~ん!』
アルマの嘆きをスラスターの噴射でかき消しながら、平太は上空から魔物たちの群れを眺める。
「上から見ると、さらにとんでもない数に見えるな」
『実際とんでもない数だろう。これはさすがに剣だけでは何ともならんぞ』
「聖剣が弱音を吐くなよ……」
『弱音ではない。これは純粋な事実だ。いくら聖剣でも、限度というものがある。特に数の問題は、わたし一人ではどうにもならないからな』
「なるほど」
グラディーラの言う事は正論だ。いくら無敵の聖剣でも、彼女が一振りの剣である限り対応できる敵の数には限度がある。そもそも剣というのは、一度に大勢を相手にするための武器ではないのだ。
しかし、かといってグラディーラは聖剣である以上、剣以外の属性の武器にはなれない。仮に他の武器に変身できたとしても、その後属性破りの罰が待っているのは、盾の件でよく知っている。
「だったら、剣属性の範疇内で一度に大勢を相手にできるようになればいいんだろ」
『そんな事、できるわけないだろ』
「できらぁっ!」
売り言葉に買い言葉、ではないが、できないと言われるとやりたくなるのが人情というもの。平太が気合を入れると、再び身体が光に包まれた。
「どうだあっ!」
『な、なんだこれは……!?』
現れたのは、長剣を持った平太。
ただし、長さが異常に長い。刃渡りなんと10メートル。これなら小型の魔物なら数匹まとめて斬れるし、大型の魔物だって一刀両断だ。
常識的に考えて、こんなでたらめな長さの剣など振れるはずもないのだが、そこはそれ、平太には剛身術がある。なので剣の重さも長さも無視し、小枝の如く振り回せる。
これが平太の考案した、剣でありながら多数の敵を同時に攻撃できる方法である。完璧だ。
ただし、見た目がもの凄く不格好なのを差し引けば。
『厭だあ! こんな珍妙な姿、耐えられない! わたしは聖剣なんだ。決して物干し竿なんかじゃない!』
情けない声を上げるグラディーラを、アルマが厳しく叱る。
『わたしだって、背中にこんなブサイクなもん生やされてるのよ! けど空を飛ぶために仕方ないから我慢してるの! あなただって聖剣なら、主の望みを叶えるためにこれくらい我慢しなさい!』
『う……、うう……わかった』
姉に叱責され、グラディーラは仕方なくこの姿を受け入れる。だがここまで厭がるとは平太も予想外だった。
「そ、そんなに厭なの……?」
『できる事なら今すぐ真っ二つに折れてしまいたい……。だがこれもすべてお前の望み。ひいては魔王と戦うためだ。わたしも聖剣。この姿、甘んじて受け入れよう!』
「あ、うん……その、ゴメンね」
『構わん! こうなったら斬って斬って斬りまくってやる!!』
ほとんどヤケクソみたいにグラディーラが叫ぶ。そのおかげか剣全体に魔力付与がされ、切れ味がいつもよりさらに良くなる。
これならいけるかもしれない。平太は微かな手応えに期待し、背中のスラスターを吹かす。
「よし、行くぞ!」
『応!』
殺る気満々のグラディーラを手に、平太は津波の如く迫って来る魔物たちの群れに飛び込んだ。
「おうりゃあっ!」
掛け声とともに超長剣を横薙ぎに払うと、先頭の魔物たちの首や胴が跳ね跳ぶ。だがすぐに後ろを走る魔物たちがその死骸を踏み越えて迫る。
即座に返す刀で斬る。物理的にあり得ない速度で超長剣が急加速と急反転を繰り返す。超長剣が左右の往復運動をするたびに、魔物の首や胴体が宙に舞う。
それでも百万を超える数からすれば、焼け石に水どころの話ではない。いくら平太が一振りで数匹の魔物を倒したところで、圧倒的な数で迫り来る魔物たちは止められない。
限界はすぐに来た。
否。元より限度を超えていた。
死を恐れない魔物は、目の前で仲間が殺されようが、まったく怯む事なく前進する。倒されて減る数と襲いかかる数の差は、最初からイコールではない。
「やはり無理か……」
あっという間に手に負えなくなり、平太は魔物に取り囲まれる。斬り殺すはじから次の魔物が現れ、休む事すらできない。
平太の後方では、ドーラたちも同じように魔物に包囲されていた。最初に単独で前に出たのが裏目に出て、今や平太とドーラたちは魔物によって完全に切り離されていた。
魔物に埋め尽くされた視界で、わずかに見える向こうの状況もこちらと大差なかった。
いや、平太のようにでたらめな攻撃力が無い分、ドーラたちのほうがピンチだ。
戻らなければ。
すぐさま方向を転じ、ドーラたちの下へと向かおうとする。だが途切れる事無く襲い来る魔物の波がそれを許さない。
早く。一秒でも早く仲間の下へ。
焦る平太に、魔物の波が覆いかぶさる。
平太の姿が見えなくなった。
☽
先行した平太が取りこぼした魔物たちによって、ドーラたちは呆気なく囲まれた。
上下左右から豪雨の如く降り注いで来る魔物たちを、ドーラが張った魔法の障壁が食い止める。
それでも障壁の隙間を縫ってくる者は、シャイナとスィーネが各個撃破していくが、その数は時間とともに増えていく。このままいけば、二人の手に負えなくなるのにそう時間はかからないだろう。
「やっぱり数が多すぎます~……」
シャイナとスィーネが弱らせた魔物に鉄の鍋でトドメを刺しながら、シズが泣き言を漏らす。
このままではドーラの魔力が尽きて障壁が消え去るか、数の威力に障壁が押し潰されて魔物たちがなだれ込むかの二者択一だった。
「これはちょっとまずいかも……」
顔中に汗を浮かべたドーラがつぶやいたその時、
「ちょいやーーーーーっ!」
どこかで怪鳥が鳴いた。




