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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第六章
120/127

シャイナ・シズVSイグニス

          ◆     ◆


 シャイナの構えた剣をひと睨みし、イグニスはフン、と鼻を鳴らした。

「それがスブメルススから作った剣か。ったく、人間って奴ぁえげつねえ事しやがる」

「魔族にえげつねえって言われるとは思わなかったぜ」

 そこでシャイナはイグニスをからかうように、真似をして鼻を鳴らす。そしてイグニスの死角になるように、手だけでシズに自分から離れるように合図を送る。シズはそれを受けて、そっと後退るようにそこから離れた。


「ま、お前はぶっ殺したところで取れるモンは無さそうだけどな」

 その挑発が見事に決まったのか、イグニスはそれまで見せていた余裕を一瞬で捨て去り、

「てめえ……死体が残るような死に方ができると思うなよ」

 と殺意を剥き出しにして身体から炎を湧き上がらせる。

 そしてシャイナも肉食獣が威嚇するように、歯を剥き出しにして笑う。

「それはこっちのセリフだっつーの。御託はいいからとっととかかって来いよ」

「言ったなクソが! 燃え尽きて死ねや!!」

 その言葉が開始の合図だった。イグニスがシャイナに向けてかざした右の掌から、炎の柱が一直線に走る。


 シャイナは迫り来る炎を黒竜の盾で受ける。黒竜の鱗で作られた盾は、見事にイグニスの炎を受けきった。

「てめえ、その盾もただの盾じゃねえな!?」

 勇者の持つ聖なる盾ならまだしも、ただの人間が持つ盾に炎を防がれ、イグニスは逆ギレのような怒り方をする。

「あたぼーよ。お前の武器が炎だってのはわかってたからな。そのために用意した特注品だ」

 シャイナはいずれ必ず来る四天王との戦いを視野に入れて、地道に装備の強化をしてきた。それがルワーティクスの鎧であり、スブメルススの剣であり、この黒竜の盾だ。


 何しろ相手が魔族の中でも魔王に次ぐ強さの四天王である。生半可な装備では、ただの人間である自分では相手にならない。現に対スブメルスス戦では、スクートの増幅魔法で身体能力を限界以上に上げたが、従来の剣では歯が立たず、最終的には聖なる盾であるはずのスクートが禁忌を犯してまでその身を刃に変える事で、どうにか倒す事ができた。

 あの時ほど、シャイナは己の力の無さを痛感した事は無い。剛身術が使えない事もそうだが、何より悔しかったのは剣の腕の未熟さである。自分に師であるハートリー並みの剣技があれば、例え鉄より硬い鱗を持つ魔物であろうと斬り殺せたはずだ。


 せめてあと数年もすればハートリーに肩を並べるのだが、生憎敵はシャイナの成長を待ってはくれない。世界が魔王に滅ぼされた後で達人になっても意味が無いのだ。

 だが足りない技術は武器の性能で補える。平太は剛身術が使えるという利点もあるが、何よりもグラディーラたち聖なる武具に助けられている事が多々ある。対黒竜戦など、アルマがいなければ何度死んでいたかわかったものではない。


 ともあれシャイナの狙い通り、対イグニス戦において黒竜の盾は有効だった。さすが神殺しに最も近いと言われた黒竜である。竜の中でも火竜に次ぐ火耐性を持つ鱗は、イグニスの放つ炎にも見事に耐えている。

 シャイナは叩きつけるような炎を、斜めに構えた盾でいなしながらイグニスに向かって走る。

 炎を物ともせず突き進むシャイナに、イグニスはかざした手から出る炎を止め、剣を握った。

 同時にシャイナも剣を抜く。

 次の瞬間、二人の剣が火花を散らした。イグニスの炎をまとった剣と、スブメルススの鱗で作った剣がぶつかり、文字通り火が飛び散る。


 岩すら容易く斬り裂くスブメルススの剣を受け止めたイグニスの剣をさすがと言うべきか、鋼を焼き切るほどの炎をまとったイグニスの剣を受け止めたスブメルススの剣をさすがというべきか。とにかく尋常ならざる得物を持つ二人の剣戟は、二合三合と激しく続いた。

 だが二人の実力差は、意外にも早く現れた。

 明らかにイグニスがシャイナに押され始めた。炎を出したり燃える剣を持つイグニスは、剣技を鍛える必要性が無かったのだ。


「こいつ、強えっ……!」

 徐々に追い詰められていくイグニスが、苦悶の表情を見せる。遂にはシャイナの剣を捌ききれなくなり、真紅の鎧に幾筋もの傷が入り始めた。

 このままではシャイナの剣が致命傷を与えるのも時間の問題か――そう思われた矢先、

「クソがああああああああっ!!」

 イグニスは怒りをむき出しにした咆哮とともに剣を地面に突き立てると、再び掌から炎を出した。

「ケッ、苦し紛れか。お前の炎なんざ効かねえっつーの」

 シャイナは余裕の笑みを漏らし、盾を構えながら距離を取ろうと数回後方に飛ぶ。が、炎はシャイナに向けては飛ばず、彼女の周囲の地面に吸い込まれていった。たちまちシャイナは炎の壁に囲まれる。


「はあ? どこ狙ってんだ? ヤケクソか?」

 イグニスの意味不明な行動に、シャイナは頓狂な声を上げる。

「ヤケクソじゃねーよバーカ」

「あぁん?」

 バカという言葉にカチンと来るシャイナの額を、大量の汗が流れ落ちる。

 ここでようやくシャイナはイグニスの狙いに気づいた。

「しまった……」

 顎から伝い落ちた汗が、地面に落ちると同時に蒸発する。見れば、シャイナの周囲は彼女の立っている半径一歩ほどの円を残して、後はすべて灼熱の溶岩と化していた。


 真っ赤に煮えたぎる地面はイグニスまで続いていて、彼女が跳んだぐらいでは全然届かない。炎を警戒して後ろに下がったのが裏目に出てしまい、完全にその場に足止めされていた。

「どうだ、動けねえだろ? いくら盾が炎を防げたとしても、地面が溶岩になったらどうにもならねえよな」

 ククク、とイグニスは楽しそうに喉を鳴らす。これから動けないシャイナをどう料理しようか考え、楽しさが先走って漏れた笑みのようだ。

「まずは耐久試験だ。お前のその自慢の盾が、どれくらい俺様の炎に耐えられるか試してやるよ」

 そう言うとイグニスは、再び掌から炎を出してシャイナに浴びせかけた。


「くっ……」

 横に飛び退いて避ける事もできず、シャイナはただ盾で炎を受ける事しかできない。

「さあ、こっからどれだけ保つかな? せいぜい長く保つように祈ってろよ」

 嘲笑とともに、イグニスはさらに高温の炎をシャイナに浴びせる。シャイナは盾の中にその身を隠すように、縮こまって耐える。

 どうする。シャイナは考える。いくら黒竜の鱗とはいえ、イグニスの炎を無限に浴び続けられるはずはない。いつかどこかで限界が来るはずだ。そうなる前に、この状況を打破する方法を考えなければ。


 まず思いついたのは、この盾を使って溶岩を渡る事だった。ルワーティクスの鎧は溶岩には耐えられないが、黒竜の鱗ならいくらか保つだろう。なので水に板を浮かべてその上を渡るようにして、どうにか――

 そこまで考えて、盾を足に敷いている間はどうやってイグニスの炎を防ぐのか、という事に気づいたのでこの案は却下。

 参ったな、もう何も考えつかないぞとシャイナが行き詰まっていると、熱伝導によって盾そのものが熱を帯びてきた。

 このままだと、熱くて盾を持っていられなくなる。


「やべえな……」

 さすがにシャイナも焦りを感じ始めたその時、

「シャイナさん」

 シズの声が聞こえた。

          ☽

 なかなか死なねえな、などと思いながら、イグニスはシャイナに向けて炎を出し続けていた。

 イグニスが浴びせかける大量の炎と、溶岩の川から立ち上る熱のゆらぎで、シャイナの姿は陽炎のようにぼんやりとしていて、死に様がはっきり見えないのが少々不満だった。

 だがあと少しこうやって炎を出していれば、赤毛の女は骨の一欠片も残さず燃え尽きて死ぬ。そして残った女中のような女を殺すなど、鼻をほじるよりも簡単だ。二人とも殺したら、ウェントゥスかコンティネンスのどちらかの獲物を横取りしてやるのも悪くない。

 そんな事を考えていると、炎の向こうの揺らめきに変化が現れた。

 ようやく盾が燃え尽きたか、と思ったが手応えが違った。


 いや、手応えはあった。むしろ炎を放つ手に伝わる手応えがはっきりしてきた。

 つまり赤毛の女がこちらに向かって近づいて来るのだ。

 追い詰められて、とうとう自暴自棄になったか。恐らく盾を足場にして溶岩を渡ろうとしているのだろう。だがそんな事をすれば、この炎をまともに身体に受ける事になる。それでは数秒も保つまい。

 存外終わりは呆気ないものだったな、とイグニスがつまらなそうにしていると、炎のゆらめきの向こうから近づいてくるシャイナの姿がはっきりと見えてきた。


 それを見て、イグニスは目を見張った。

 赤毛の女は、盾を使っていた。

 ではどうやって溶岩の川を渡っているのか。好奇心でイグニスが手から放つ炎をわずかに緩める。

「なにっ!?」

 見えた。確かに見えた。

 赤毛の女の背中から、大きな翼が生えていた。

 いや、違う。よく見るとそうではない。大きな鳥が、赤毛の女を掴んで飛んでいる。女はそうして溶岩の川を渡ってこちらに向かって来ているのだ。


「馬鹿な、鳥だと……?」

 予想もつかない事態に動揺し、イグニスの手から出ていた炎が止まる。

 その隙を、赤毛の女は逃さなかった。

「今だ!!」

 赤毛の合図で背後の鳥が死に物狂いで羽ばたき、残った距離を一気に詰める。


「しまった!」

 慌てて炎を出そうとしたイグニスの掌に、女の剣が突き立った。切っ先が眼前に迫る。拙い。頭をやられる。咄嗟にイグニスは剣に貫かれたまま手を握った。切っ先が額に触れる一歩手前で止まる。

「ぐ……」

 痛みを堪えながら、剣を力いっぱい握り込む。これでもう女は剣を使えまい。勝負は自分の勝ちだ、そう思った瞬間、

 剣を握った指が落ちた。


 目の前で起こった事が信じられず、イグニスはゆっくりと落ちる自分の右手の指たちを見送る。その間に、剣は踊るような軌道を描いてイグニスの身体を縦横無尽に駆け抜けた。

 溶岩の上に落ちた指に火が点き、枯れ木のように燃えて炭になる。その周囲に、イグニスの手足がばら撒かれ、同じように燃えた。

 最後にどすんと頭が落ちて燃える。


「この、俺が……たかが人間ごとき、に……」

 焼けながらもイグニスの頭は赤毛の女を睨みつけ、呪詛の如き言葉を吐き出す。その視線の先では、女もこちらを見ていた。

「ったく、お前ら魔族はどいつもこいつも言う事は同じだな」

 女はうんざりしたように言った後、自嘲気味に口元を緩める。

「けど安心しな。今回は人間だけの力に負けたんじゃねーよ」

 そう言うと女はイグニスの顔の前に自分の剣を突きつける。

「スブメルススから作ったコイツじゃなけりゃ、剣を掴まれた時に砕かれていた。お前をそこまで斬り刻めたのも、あたしの腕ってよりは剣のおかげさ」


 ほとんど燃え尽きかけているイグニスの目に、スブメルススの剣が映る。それはとても美しく、かつて海を自由に泳いでいた彼女の姿をそのまま剣にしたようだった。

「スブ、メルス、ス……」

 それ以上は、言葉にならなかった。何かを言う前に、イグニスの頭は燃え尽き、くしゃりと呆気ないほど軽い音を立てて崩れ去った。


 風に吹かれて散っていくイグニスの灰に、女は小さくつぶやく。

「向こうでアイツに会ったら伝えてくれ。悔しいが、この剣は最高だってな」

          ☽

 溶岩から離れた場所までシャイナを運び終えたシズは、シャイナの足が地につくと同時に変身を解いて地面に倒れ込んだ。

「つ、疲れました~……」

 女同士だからというわけではなく、単にもう動く気力すら無いのだろう。シズは全裸のまま大の字に寝転び、荒い息をする。

 そんなシズを見て、シャイナはくすりと笑い、「お疲れさん」と労いの声をかけた。


 しばらくシズの息切れを聞きながら、シャイナはシズの服を取ってきてやったほうがいいのかなと思っていると、

「わたし、」

 ようやく喋れるほど回復したのか、シズがぽつぽつ話しだした。

「わたし、戦いの、役に立てましたか?」

「ああ、十分過ぎるほどな」

 良かった、とシズは汗だくの顔で満足そうに笑った。


「いつもみんなが戦ってる時に、わたしだけ何の役にも立てなくて、それがいつも気がかりで、わたしなんかがみんなと一緒にいていいのかなって――」

 そんな事を気にしてたのか。シャイナは呆れる。

「バカ、なに言ってんだ。レクスグランパグルの時だって、十分役に立っただろ」

「あの時は、ただ馬になって死に物狂いでヘイタ様とシャイナさんを運んだだけじゃないですか」

「……だったらさっきのも鳥になってあたしを運んだだけだから、あれも役に立ってない事になるぞ」

「あ……」

 絶句するシズの顔がおかしくて、シャイナは吹き出す。本人が気づいていないだけで、海賊船の時だって立派に役に立っている。それ以前に、戦いなんかよりもシズは毎日の料理や家事の方面で、なくてはならない存在だ。


 だが、シャイナがそう言ったところで本人は納得しないだろう。何しろ口ではああ言いながら、本当はただ一人、平太の役に立ちたいというのが彼女の本音に決まっている。

 無いものねだりしやがって、とシャイナは思う。料理や家事ができる事のほうが、剣が振れる事なんかよりよっぽど羨ましいんだぞ、と言ってやりたい。

 でも、なんか悔しいから言わない。せいぜいこっちを羨んでいるがいいさ。

 もっといじめてやろうか、とシズを見ると、見てるこっちが不安になるくらい真剣な顔で考え事をしていた。シャイナは直感的に、これは放っておいたら次の戦いで無茶をするなと感じた。


 内心でため息をつく。あまりこういうやり方は好きではないが、今のシズを諌めるにはこれしか自分には思いつかなかった。

「そんなに戦いで役に立ちたいか?」

「そりゃあ、まあ、そうですよ。だって、皆さんが命がけで戦っているのに、わたしだけ後ろで見てるだけなんて、歯がゆいじゃないですか。それに、」

「それに?」

「それって何だかわたしが不必要な存在みたいで、すごく厭なんです」

 なるほどねえ、とシャイナは相槌を入れる。


「けどよ、お前は戦いで自分の必要性を証明したいようだが、あいつはお前が戦いに参加するのは厭がりそうだぞ」

 あいつ、と聞いてシズが「う……」と唸る。褒められたい欲求と、相手を困らせたくない気持ちの板挟みに感情がはみ出し、シズは左右に忙しく寝返りをうつ。

 シズが馬のように地面を転がって砂浴びをしている間に、シャイナは彼女が脱ぎ捨てた服を拾い集める。


 よほど慌てていたのか、服や下着は裏返しのままあちこちに落ちていた。シャイナはそれらを拾い上げ、何度か振るって着いた砂を落とす。

 全部拾い集めてシズを見ると、まだ地面を転がって煩悶としていた。いくら何でも悩みすぎだろうと思うが、それだけ普段から戦いに参加できない事で悩んでいたのだろう。

「おい、いい加減に服を着ろ。まだ戦闘は終わってねーんだぞ」

 集めた服をシズの身体にかけるように放ると、シズは「そうでした」ともそもそ服を着始めた。


「それにしても、」

「ん?」

「シャイナさんって意外と重いんですね。大変でしたよ~、何度ももうダメかと思いました」

 服を着終わるまで間が保たないのか、それとも戦闘の興奮でテンションが上っているのか、シズがいつになく饒舌になって世間話感覚で語る。だがその「今だから言える」と思ってる話の内容は、まったく時効になっておらずむしろまだ新鮮だ。

「わたし、あの鳥の姿なら結構な重さの物でも運ぶ自信があったんですよ。だから正直シャイナさん一人くらいなら全然いけるって思ってたんですけど、実際持ってみたら思った以上に重くてびっくりしちゃって。もう――」

「鎧がな」

 シャイナの素の声がシズの話を遮る。


「え?」

 感情のまったくこもらないシャイナの声に、シズの服を着る手が止まる。

「何か言いました? ちょっとよく聞こえ――」

「鎧が、重かったんだよな?」

 振り返ったシズが見たのは、笑顔でこちらを見ているシャイナだった。別に不機嫌でも声が怒気をはらんでいるでもない、何の変哲もないいつものシャイナだ。

「ああああああ……」

 なのにどうして全身から汗が吹き出すのだろう。そしてこんなに汗をかいているのに、手が震えてボタンが留められなくなるほど寒いのだろう。


「え、あ、その、わたし…………」

「な?」

「あの……」

「そうだよな?」

「は、はい」

 歯をがちがち鳴らしながらシズが答えると、シャイナは「よし」と頷いた。するとそれまで内臓に直接氷を詰め込まれたような寒気がぴたりと収まり、身体の震えも止まった。


 シズは小さく息を漏らし、両手で身体を抱く。怖かった。本当に怖かった。

 シズがもう二度とシャイナに体重の事を言わないようにしようと心に誓っていると、遠くで隕石でも落ちたんじゃないかと思うような大きな音がした。

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