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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
12/127

のろいとまじないは同じ字である

前回の続きです。

     ◆     ◆


 平に伏している少女に自分の上着を与え、とにかくその場を動かないように言い置くと、平太は大慌てでドーラたちを呼びに屋敷に戻った。


 上半身裸で部屋に飛び込んできた平太に、ドーラは驚きシャイナは殴り、スィーネは無反応だった。


 さておき、動転した平太の「馬が裸の女になった」という支離滅裂な説明に、三人はそろって「ああ、コイツとうとう脳に変な汁が湧いたか」と可哀想な人を見る目で見た。


 いいから来てくれと平太に手を引かれるままにやってきた三人だったが、覚悟を決めたように地面に正座して待っていた少女を目の当たりにすると、みな言葉を失った。


 少女は四人が揃うと、再び地面に額をこすりつけんばかりに頭を下げる。


「皆さん、大変申し訳ありませんでした」


 いきなりの謝罪に、四人はどうしたものかと互いに顔を見合わせる。


「とりあえず、何がどうなっているのか話してくれないかな?」


 やはりこういう時に場を取りまとめるのはドーラの役目だった。状況の説明を求められた少女は、一度頭の中で言葉をまとめるような間を置くと、決心したように肯いてから語り始めた。


 少女の名はシズ=カーミナルト。一見わかりにくいが亜人である。


 亜人と言っても千差万別で、ドーラやデギースのように特徴的な外見と、人間よりも遥かに高い知能を持っている種族もいれば、見た目はさほど変わらず、ただ力が強かったり足が速かったりと様々である。


 だがシズは亜人の中でもかなり特殊な能力を持つ種族で、その能力は身体能力にとどまらない。


 彼女の能力とは、変身である。


 彼女の種族は動物に姿を変えられるのだ。


 グラディアースにおいて差別の対象である亜人は、人間と距離を置いて独自に生活している場合が多い。特に亜人の中でも特殊な能力を持つ彼女の種族は、人里離れた山奥に隠れ住むようにして暮らしていた。


 しかし若い者の中には、外の暮らしや他の人間に興味を持つ者が現れることがしばしばある。シズもその一人だった。


 ある日好奇心に勝てず、シズは山から降りて町に出かけた。初めて見る人間の町は驚きだらけで、彼女の警戒心はあっという間に霧散した。


 そこでシズは例の商人二人組と出会った。二人組は言葉巧みに彼女を誘い、酒場に連れて行った。そして酒に酔った彼女はつい自分の能力のことを話してしまった。


 そうして酔い潰れたシズが目を覚ますと、


「呪いがかけられていたのです」


 そう言うとシズは後ろを向いて平太が渡した上着をまくり、背中の紋様をドーラたちに見せる。


「これは……」


 スィーネが珍しく眉をひそめる。


「他人が触れると、物凄い激痛が走る呪いです。ただ自分から触れるのは大丈夫なので、あの人たちに連れられる際はそうしてました」


 だから、触れられるとあれだけ暴れたのか。それなら人を乗せないのも肯ける。


「何て酷いことしやがる……」


 奥歯を噛み締めながら、平太が怒りの声を漏らす。


「それでキミは、あの二人組に詐欺の片棒を担がされていたんだね」


 ドーラの問いに、シズは痛みを堪えるような表情で肯く。人を乗せない駄馬を演じ、買い主が興味をなくしたところで、夜中に隙を見て他の動物に変身して脱走。それから予め決めておいた場所で商人たちと合流する、という手順であった。


「なるほど。大金を払ったが、人を乗せない馬なら逃げてもわざわざ探す気は起きないというわけか。考えたな」


「犯罪者を褒めてどーすんだよ」


「でも、それは呪いをかけられてやむを得ない状況だったのでしょう? 貴方が気に病むことではありませんよ」


「いいえ。元はと言えば、わたしが何も考えずに町に出たのが間違いなのです。ですから、わたしも同罪です」


 スィーネの慰めにも、シズは頑なだった。自分が悪事に加担していたことが許せないといった感じだ。


「この呪いはどうやったら解けるんだ?」


 平太はスィーネに尋ねると、彼女はわずかに答えを躊躇うような間を置いて答えた。


「残念ながら、強力な呪いなのでわたしなどではとても解けません。いえ、恐らくこれは呪いをかけた本人以外には解けない類のものでしょう」


「……となると、かけた本人を捕まえて呪いを解かせるか――」


「殺すしかないだろうな」


「ひっ……!」


 ドーラがぼやかしたところをシャイナが明言し、一同の間に緊張が走る。特にシズは、肩を震わせるほど激しく反応していた。


「あの……勝手な言い分で申し訳ありませんが、できればその……あの人たちの命まではお許し願えないでしょうか」


「はあ? お前それ本気で言ってんのか?」


 少女の願いに、シャイナは目を丸くする。たしかに、呪いをかけられて仕方なく協力したとはいえ、だからと言って殺して解決というのはいささか寝覚めが悪かろう。それが自分も同罪だと認めるような真面目な少女ならなおさらだ。


「となると、殺さずに生かしたまま捕らえて解呪させるしかありませんね」


「けど、もし向こうが断ったらどうするの? 相手は詐欺師だし、また上手いこと言いくるめられでもしたら逃げられちゃうよ」


「いや、騙されるのお前だけだから」


 平太がツッコミを入れると、ドーラは「むう、ヘイタいじわるだ……」と唸っていじけてしまった。


「だったらこちらも相手に呪いをかけるというのはどうだろう? 解いて欲しけりゃそっちも解けって交換条件で」


 我ながら名案、と思って平太がスィーネの方を見ると、彼女は冷ややかな目で、


「何ですかその『コイツなら人を呪うくらいやってのけるだろう』みたいな目は。言っておきますが、私は人を呪ったりはできませんからね」


 今度はスィーネに拗ねられてしまった。期待していなかったと言えば嘘になるが、この世界の僧侶には無理のようだ。どうもゲームのRPGみたいにはいかないらしい。


「ボクもできないからね」


 ドーラがむくれたままつけ加える。


 相手を殺傷せずにこちらの呪いを解かせるにはどうすれば良いか。ただしこちらには呪いをかけられる術者がいない。


 思考は、すぐに詰んだ。


 一同が考えあぐねてうんうん唸っていると、申し訳無さそうにシズが申し出た。


「あの……すいませんでした、厚かましいお願いをして。どうぞ、皆さんお気になさらずに官憲に突き出してください。わたし、覚悟はできてます……」


 覚悟とは、彼女一人が官憲に引き渡されることだろう。となると、罰せられるのは彼女一人だけの上、呪いは一生解けないままだ。


「そんなクソみたいな話、呑めるわけないだろ!」


 平太が大声を出すと、シズは身を縮めた。


「いや、スマン。あんたは悪くないんだ。ただあんた一人が捕まったところで、あいつらはまた別の誰かを捕まえるか他の方法で詐欺を続けるに決まってる。それじゃ何も解決しないんだ」


「ですが……」


「クソ、何か方法はないか……」


 苛立たしげにシャイナが掌を拳で打つと、乾いた音が夜の闇に吸い込まれた。


「せめて相手にこちらが対等な条件を持っていると思わせることができれば、」


 スィーネがぽつりとつぶやいたとき、平太の頭にあるアイデアが浮かんだ。


「よし、俺に任せろ」


「ヘイタ?」


「俺がその詐欺師たちに呪いをかけてやる」


 驚くドーラに向けて、平太は親指を立てて見せる。


「つってもお前、呪いなんかかけられるのかよ?」


「かけられるわけないだろ」


 平太の即答にずっこけるシャイナ。


「じゃあどうすんだよ?」


「だから任せろって言っただろ。俺が伊達に異世界から来てるんじゃないってことを思い出させてやる」


 にやりと笑う平太に、一同はあからさまに不安な顔をした。



 王都オリウルプスから東に向かって馬で約一時間走ると、一本の大木が目印のように立っている。そこが商人たちとシズの待ち合わせ場所だった。


 商人たちはそこで三日間だけ待ち、シズが戻って来なければ問答無用で立ち去る。彼らにとってシズは大事な商売道具だが、三日以上待機して買い主が追ってくるリスクよりは優先順位は低い。なのでシズは毎回どうにかして三日以内に買い主から脱走して合流しなければならなかった。


 今夜はシズを売り払った初日ということで、商人たちもまさかこんなに早く彼女が逃げ出してこれるとは思っていなかったようだ。


 案の定、彼らはドーラからまんまとせしめた金貨十枚を使って、仕事の成功を祝って酒宴を開いた後だった。二人ともぐっすりと眠り込んでいて、スィーネの服を借りたシズが戻っても気が付かない。


「すごいな、ヘイタの読み通りだ」


「お前、妙なところで頭が回るな」


「勇者ではなく詐欺師の方が向いているかもしれませんね」


「うるさい、さっさと取りかかるぞ」


 完全に酔い潰れているのを確認したシズの合図でドーラたちが合流すると、平太が不安になるほどの手際の良さで商人たちが縛り上げられた。


「……じゃあ、始めるか」


 平太の合図で、並んで地面に転がされた商人たちの顔に水がぶっかけられた。


「わっぷ……っ!?」


「な、なんだぁ!?」


 商人たちが目を覚ますと、そこには昼間売り払ったばかりのシズが立っていた。ついでに間抜けな宮廷魔術師と愉快な仲間たちが立っていたのだからさぞ驚いたことだろう。


 だがさすがに詐欺師と言ったところか、すぐさま状況からシズが自分たちを裏切ったことを把握したようだ。


「このアマ、俺たちを売りやがったな!」


「てめえ、タダで済むと思うなよ!」


 商人は盗人猛々しいを地でいくように、シズを口汚く罵る。これ以上彼女に汚い言葉を聞かせたくなかったので、平太はシャイナに向かって合図を送る。


 するとシャイナが腰から愛用の長剣をすらりと引き抜き、商人の首に刃を押し当てた。


「黙れ」


「ひっ……!」


 たったひと言、静かにそう告げただけで商人は静かになった。さすが本職の戦士は迫力が違う。


 ここからが平太の出番だ。


「さて、それじゃあ商談といこうか」


 平太は商人たちの前にしゃがみ込み、目線を合わせるとわざとらしいくらいにっこりと笑う。


「商談~?」


 シャイナの時と違い、商人の態度が変わる。明らかにこちらを舐めた口調だ。だが当然想定していたことなので、構わず話を進める。


「そう。あんたたちにとっちゃ悪い話じゃないと思うんだが、とりあえず聞いてみちゃどうだい?」


 商人たちは首だけ巡らせてお互いに顔を合わせると、


「……わかった。とりあえず話だけは聞こう」


「よし、じゃあ単刀直入に言う。シズの呪いを解いて開放しろ。そうすりゃ命までは取らない」


 やはり詐欺師は頭が切れる。これだけの会話で、平太たちが自分たちを殺すことはないという確信を得たようだ。まあ当然だろう。殺すつもりなら最初からそうしている。


「けっ、厭なこった」


 まあ当然の結果である。平太は鼻から息を大きく吐くと、計画を第二フェーズへと移行する。


「交渉決裂か。残念だ。こっちもなるべく手荒な真似はしたくなかったんだが……」


「笑わせるな。虫も殺したこともないような甘ったれた顔しやがって。お前みたいな世間知らずの青二才に何ができる」


 さすが詐欺師。人を見る目がある。


「そうだな、虫は殺せなくても――」


 だが平太も引きはしない。濁った目をさらに狂気で満たし、引きつった笑みを浮かべる。


「お前らに呪いをかけるくらいはできる」


「なに……?」


「呪いだと?」


「そうだ。呪いだ。お前らがシズの呪いを解かないというのなら、俺がお前らに同じような呪いをかけてやろう」


 にたり、と音がしそうな怪しい笑みを浮かべて平太が近づくと、さすがに商人たちは縛られた身体を懸命によじって後退る。


「じょ、冗談言うんじゃねえ。お前に呪いなんかかけられるもんか」


「そうだそうだ。脅したって怖くも何ともねえぞ」


「元気があっていいねえ。それだけ威勢がいいってことは、お前ら今まで相当悪どいことしてきたな? 少々の拷問なんか平気ってツラだ。だが俺の呪いはかなりキツいぞ。何てったって、お前らが今まで経験したことのない激痛を与えるからな、」


 言いながら、平太は商人の靴を脱がす。裸足になった商人の足をしっかりと掴むと、


「これまでシズが味わった苦痛、まとめて喰らってみやがれ」


 平太は右の拳から人差し指の第二関節を突き出させると、商人の足の裏に突き立ててぐりぐり捻った。


「ぎゃあああああああああああああああっっっ!! いてえっいててててて!!」


 すると商人は大の男が出したとは思えないほどの悲鳴を上げた。相棒のこれまで聞いたこともないような声と、痛みに激しく仰け反る姿を見て、もう片方の顔が見る見る青ざめる。


「その痛がりよう。お客さん、ずいぶん内臓が傷んでるね。酒は控えないと長生きできないよ」


 にこにこ笑いながら平太は商人の足の裏を揉みしだく。すると男はまたもや情けないくらい痛がった。


 当然だろう。いくら詐欺師が拷問に耐性があったとしても、足裏マッサージの苦痛を経験したことはないはずだ。己の内臓疾患から来る末端神経の痛みなど知るまい。


 平太にとってこれはただの健康法だが、それを知らぬ者にとってはどうだろう。


 何しろ男がシズにかけた呪いも、今と同じ「触れられるだけで激痛が走る」ものなのだ。平太が言った「お前にも同じような呪いをかけてやろう」という言葉を信じたのなら、


 これはまさに呪い。


 それから平太はたっぷり十分は男の足をいじめ抜き、指が痛くなってやめる頃には商人は痛がり疲れて息も絶え絶えになっていた。


「さて、これでもまだ俺たちの要求を呑んじゃくれないのかい?」


「ふ、ふざけるな! あの女は俺たちの金づるだ。そう簡単に手放してたまるか。それにだいたい何が呪いだ。そんな呪い、見たことも聞いたこともねえぞ!!」


 次は自分だという恐怖に抗うように、商人が大きな声を出す。が、一度見せた拷問を続けてやるほど平太はお人よしではない。


「いいぜ、オッサン、その意気だ。俺も今回ばかりは少々胸糞悪くてな。あんたが素直に従ったらつまらねえな、なんてガラにもなく思っちまったぜ。けど安心した。だから遠慮しねえ」


 平太は男の股の間に立つと、男の左足を持って浮かせる。そのまま中腰の体勢で身体ごと左に一回転し、後ろに倒れると同時に自分の右足で男の左足を押さえ込んだ。


「ぎっ……!?」


 男の足に激痛が走る。


 しかも、見たこともない体勢のまま。


「うがあああああああああああああっ!!」


 痛みと混乱の混じった悲鳴の中、今この瞬間、グラディアース初の四の字固めが決まった。


「何だこれ!? いてえっ! いてえっ! 俺の足がいてえっ!」


 打撃でもない、ましてや道具を使っているわけでもない。ただ足を絡ませているだけだというのにこの耐え難き痛みはどういうことだろう。生まれて初めて受ける関節技の痛みに、男は身をよじって抵抗する。


 が、縄で縛られている上に、下半身は平太の技ががっちり極まっている。むしろ素人が下手に動くほどこの技は深みにはまるのだ。


「さあどうよ! シズの呪いを解くの? 解かないの? それともこのまま足が折れるまでやるの!? お客さん!?」


 痛みと恐怖に引きつる男に向けて、平太が最後通牒をする。男は歯を食いしばって抵抗したが、平太がフィニッシュとばかりに腹筋運動して身体を揺さぶり始めると、


「わかった! わかったぁっ!! 解く、解きます、解放します!!」


 詐欺師は涙ながらに懇願した。


 こうしてシズの呪いを解かせると、詐欺師たちを解放することにした。ただし、


「お前らには二度と詐欺ができないように呪いをかけておいた。今後人を騙そうとするとあの痛みが襲う」


 という脅しとともに。


 詐欺師たちは後づけのようにかけられた平太の呪いに不平不満を言いながらも、まだ記憶と身体に残る痛みに負けてすごすごと去って行った。


「これにて一件落着」


 逃げ去る詐欺師の背に向けて、平太が両手を腰に当ててふんぞり返りつつ言い放つ。が、


「バーカ、まだ全部終わってねえだろ」


「てっ」


 シャイナに後頭部をはたかれた。


 後ろ頭をさすりつつ背後を振り返ると、今しがた平手で頭を叩いたシャイナと、


「あ……」


 シズがいた。


 シズは呪いが解けて詐欺師たちから解放された喜びに浸っているかと思いきや、死ぬほど悩んだ末に意を決したような思い詰めた顔をして立っていた。


 思えば、シズに対する同情だけで詐欺師を退治したが、その後の彼女の処遇についてはまるで考えていなかった。逆に言えば、助ける義理も何も無いのだ。


「みなさん……」


 皆が自分の存在を持て余しているであろう雰囲気を察し、シズは戸惑う。自分が今の状況を作っただけに、平太は胸が痛んだ。


 だが仮にあの時熟考する時間があったとしても、平太はやはりシズを助けるという選択をしただろう。


 美少女が困っていたから助けた。


 たぶん、これくらい簡単な理屈である。


 考え過ぎると動けなくなることは、異世界に来る前から知っていた。何せノラ猫を拾うだけでも一生飼い続ける覚悟を問われる潔癖な世界だ。


 とりあえず助けて、後のことはそれから考える――それでいいじゃないかと平太は思う。


 とりあえず動け。


 それが、平太がこの世界での決意である。


「あの……」


 シズが思い切ったように口を開く。が、それだけで勇気が品切れを起こしたのか再び下を向いて黙り込む。


 その様子を見て、平太はちらりとドーラの方を見やると、視線に気がついた彼女は平太の意図を汲み取ってくれたようで大きく肯いた。


「良かったな。これであんたは晴れて自由の身だ」


「あ、ありがとうございます……」


 やはりシズの表情は暗い。とても心から喜んでいるようには見えない。


「それで、これからどうするんだい?」


「はあ……」


 ドーラの問いに、シズは力なく曖昧な返事をする。


「もし良かったら、オリウルプスまで送っていくけど、……いや、今夜はもう遅いからうちに泊まってもらって明日にしようか。できればきみの故郷まで送ってあげたいのはやまやまなんだけど――」


「――あの……っ!!」


 シズの大声が、ドーラの言葉を遮る。


「……な、なんだい? 何かご要望でも?」


「いえ、あの……その、」


 そこでシズは額が膝にぶち当たるほどの勢いで頭を下げると、


「わ、わたしも、魔王討伐の仲間に加えていただけないでしょうかっ!?」


 いきなりの懇願に、一同が固まる。


「え……? どうしてきみが、それを?」


「話はその、ヘイタ様から聞きました」


 彼女がそう言って平太の方を見ると、シャイナたちが一斉にこちらを見る。


「お前、こいつに何吹き込んだんだよ!?」


「へ……? え……!?」


 平太は一瞬わけがわからなかったが、すぐに思い当たるフシに気づく。


「あ、違う違う! 確かに俺が喋ったけど、あん時は相手が馬だったから! 独り言だったから!」


 慌てて言い訳すると、皆「なんだ脅かしやがって」みたいな顔でほっと胸をなで下ろす。


「まあまあ、ちょっと落ち着いて考えようよ。シズ、そう呼んでいいかな? きみはどうしてわざわざボクらの仲間に入りたがるんだい?」


「それは……」


「だって魔王だよ? そりゃ復活してから何も音沙汰がないから誰も危機に思ってない上に、わざわざ倒しに行くなんて言うと馬鹿にされるかもしれないけれど、一応伝説の魔王だよ? 相当危険な旅になるかもしれないよ? もちろん途中で魔物とだって戦うことになるだろうし、戦えばケガだって、いやもっと大ケガ、下手をすると生命を落としちゃったりするかもしれないんだよ? それでもいいの?」


『魔王討伐』という現実離れした単語のせいで、ともすれば忘れがちになることだが、これはゲームでも何でもなく、現実の話なのだ。なのでドーラが言ったことは誇張でも脅しでもなく、可能性の問題である。


 ドーラが矢継ぎ早に投げつけてくる正論に、シズはうつむき、両手を震えるくらい固く握り締める。平太はそんなシズを見ながら、ドーラの言葉を自分が言われているつもりで聞いていた。


「きみがボクたちに恩義を感じて、何か恩返し的なことをしなくちゃいけないとか考えているのなら、その気持ちだけありがたく受け取っておくからさ。悪いことは言わない。考えなおしなよ」


「――ます……」


「え?」


「違います!!」


 突然爆発したようなシズの大声に、ドーラは耳と毛を逆立てて驚いた。


「たしかに、皆さんには感謝してもし足りないほど感謝していますし、できる限りの恩返ししたいという気持ちはあります。けど、そうじゃないんです」


「そうじゃない、って言うと?」


「それは……」


 ドーラの質問にシズは口ごもる。大事なところで勢いが止まり、シャイナたちの顔に一瞬苛立ちのようなものが浮かんでは消えた。


「わたしも、やりなおしたいんです!」


「はあ……?」


 意味がわからない、という一同の中、平太だけがシズが何を言わんとしているのか理解できた。


「わたし、ずっと諦めてました。このまま一生詐欺の片棒を担がされるか、騙されて怒った買い主に殺されるんだろうって。でもそれがわたしには相応しいんだって、いつしか受け入れちゃってたんです。だって、どうしようもないから……」


 だが、そこに平太が現れた。


「けれど、ヘイタ様はこう仰ってました。『やり直すのなら、今ここなんじゃないか』って。その言葉でわたし、目が覚めたんです。今からでも遅くない、ここからやりなおそうって」


「お前、そんなクサいこと言ったのかよ……」


「うるさいな、独り言だよ……」


 シャイナの冷ややかな視線に、平太は顔から火が出る思いだった。


「わたしは、あの言葉があったからこそ、一歩を踏み出すことができたんです。だから、あの言葉がなければ今のわたしはないっていうか、最大の恩人はヘイタ様っていうことなので、」


 なので――とシズが次の言葉をつなぐまで僅かな間に、平太は厭な予感が最大値を超える。


「わたしはヘイタ様のためにやりなおしたいっていうか、お役に立ちたいんです。ですから、そのためなら魔王討伐だろうが馬になって荷物運びだろうが何だって構わないんです!」


「え…………?」


 一同が唖然とする。特に平太はあまりに突飛な展開に脳が処理の限界を超え、停止したように白目をむいていた。


「……えっと、つまり、きみは別にボクらの仲間になりたいんじゃなくて、ヘイタにだけ協力できればいいってこと?」


 恐る恐るドーラが尋ねると、シズは自分では言語化できなかった考えをずばりそうしてもらったような清々しい顔で、


「あ、はい! そうです、だいたいそういうことです!」


 空気が固まる。


 いや、実際に固まったのはドーラたちの表情と、ヘイタの心臓だった。


「あ……そう、……うん、」


 今度はドーラが自分の思考を言語化できずに口ごもると、さすがに空気を読んだのかシズが慌てて付け足す。


「あ、でも、皆さんにも助けていただいたようなので、その分の恩もキッチリ返しますよ?」


 火に油を注ぎ込むかの如く、シズは嬉しそうに立ったまま失神したように動かない平太の腕に抱きつく。


「……おい、どうするコイツ?」


「どうするって言われても……」


「居候に従者が就くとは前代未聞ですね」


 三人は小声でひそひそと話し合う。


「はっ……、俺はいったい何を?」


 平太がようやく意識を取り戻す頃、三人は答えを出した。


「え~、では発表します」


 ドーラはごほん、とわざとらしく咳払いを一つ挟む。


「色々と話し合った結果、シズにはボクらが損害を受けた金貨十枚分の対価として、屋敷の使用人として働いてもらいます。魔王討伐に関しては、本人の意思を尊重して自由に行動してもらって結構です。あと労働条件や居住環境については応相談ということで、後で詳しく話し合いましょう。――以上です」


 以上、と言われても、シズには理解できなかったようだ。何言ってるかわかりません、というのが表情からありありと伝わる。


「えと……つまりこれってどういうことですか?」


「つまり、金貨十枚分は働いて返してもらうけど、それ以外は好きにしていいよってこと」


 思い切り噛み砕いてドーラが説明してやると、ようやく理解したのかシズの表情が疑問から解決へと動いて、最後には太陽のような笑顔になる。


「じゃあ、ヘイタ様と一緒にいていいんですね!?」


「さすがに寝起きは別々の部屋になるけど、一緒の家に住むという意味では大丈夫だよ」


「ありがとうございます! わたし、料理とか家事全般は得意なので一生懸命頑張ります!」


 そう言ってシズはドーラたちに向けて勢いよくお辞儀をすると、顔を上げると同時に呆然と立ち尽くす平太に飛びつくように抱きついた。


「な、何だこの展開は!? 俺の意識が飛んでいる間に何があった?」


 腕に押し付けられる胸の感触と異様な事態に困惑している平太の肩に、シャイナたちが一斉に手を乗せる。ちなみにドーラは身長が低いので腰のあたりだったが。


 ゆっくりと振り向くと、人間ここまで表情が無い顔ができるのかと思うほどの無表情で、


「やったねヘイタ。可愛い従者ができたよ」


「良かったな。乗り放題だな、色んな意味で」


「他人の趣味趣向をとやかく言うのは野暮というものですが、できればその、人間の形態のときにいたしてくださいね」


 聞いたら呪いで脳が凍りそうな冷たい声で言った。


「なんだよそれ? 俺が何か悪いことしたか? 俺だっていつフラグが立ったか気づかんかったわ! って言うかお前ら俺のことどーとも思ってねーくせに意味深なこと言うんじゃねえ!!」


 首に腕を絡めたシズをぶら下げながら平太が喚くが、ドーラたちは聞く耳持たずさっさと帰り支度を始めていた。


「あ~あ、もう真夜中だよ。帰って寝直す時間もなさそうだし、しょうがないからボクはこのまま宮殿に行って仮眠を取るよ」


「じゃあ朝飯はいらないな。だったらあたしもいいや。今日は寝坊すっから」


「ではそのように……と、もう家事の分担はしなくて良かったのですね。嬉しいような、寂しいような」


「俺の話を聞けええええええええっ!!」


 深夜の濃い闇が広がる荒野に、平太の叫び声が虚しく消えていった。

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