気づいてなかったのか?
◆ ◆
「魔王を倒すだって? お前さんが?」
村長邸の客間に、クターロの裏返った声が響いた。
「ええ。俺が、いや、俺たちが魔王を倒し、みんなが魔物に脅えずに済む世界にします。だから、そうなったら二度とウルスィスを凶暴化させないでください」
「いや、しかしだな……ええ?」
クターロは明らかに混乱していた。
無理もあるまい。何しろ息子が余所者を連れてきたと思ったら、ウルスィスどころか鋼鉄の檻を村の外に放り投げる化け物で、しかもそいつは自分を勇者と名乗り、あまつさえ魔王を倒すとほざいた。
一日の内におかしな事があり過ぎて、クターロは頭がどうにかなりそうだった。
「まあ落ち着きなさい」
さすがに年の功か、クターロよりも遥かに冷静だった村長が、話を受け止めるために少し時間を置くようにと、皆の分の茶を淹れてくれた。
村長の差し出した茶を飲み、少し冷静さを取り戻したクターロは、改めて平太の顔を見て言う。
「念のために訊くが、お前さん、本気なのかい?」
「冗談でこんな事は言いませんよ。それに、元よりそのつもりでここまで来たんだ」
堂々と答える平太の顔は、最初に見た時とどこか違っていた。どこだろう、と気をつけて見てみると、視線に気づいた平太と目が合った。
そして気づく。そうか、目だ。初めて見た時は人生に何の目標も希望も持ってないような、死人じみた目をした気味の悪い奴だと思っていたが、今の平太の目には僅かだが光がある。自分のやるべき事を見つけた、そんな男の目だ。
静かに火が燃えているような目で平太に見返され、クターロは言葉や態度を超えた直感で理解した。こいつは本気だ、と。
となると、魔王を倒すという事に関してはもはや何も疑問は無い。だが、それなら別に新たな疑問が湧く。
率直に尋ねてみた。
「あんた、いったい何者なんだい?」
☽
「俺ですか? 勇者です」
平太は即答した。あまりにもさらっと答えたので、クターロは一瞬言葉の意味がわからずぽかんとしたくらいだ。
「ほお、勇者か」
先に反応したのは村長だった。
「その言葉を聞くのも懐かしいのう。わしがロジーオぐらいの頃は、よく父親や祖父に勇者の話を聞かせてくれとねだったものだ」
「勇者に関して何か言い伝えとかが残ってるんですか?」
フリーギドと言えば、魔王の城がある勇者の最終目的地。他の大陸よりも勇者との縁も深いだろう。それなら、他と違う話が聞けるかもしれない。
「このフリーギドは勇者が最後にたどり着いた土地だからな。それらしいものから眉唾ものまで幅広くそろっておるぞ」
「全部胡散臭いんですね……」と平太が突っ込むと、村長はほっほっほと楽しそうに笑った。
「そりゃあ五百年も前の話だからな。お伽話みたいなもんだ。だが、他の土地には無いものもあるぞ」
「どういうのですか?」
「勇者のその後、だ」
「その後?」
そういえば、俗にいう英雄譚は魔王を倒したり国を取り戻したりと目的を果たすまでのものがほとんどだ。大衆が求めるのがその部分なので当然と言えば当然なのだが、エピローグやアフターストーリーを語ったものは少ない。
だが、この世界の勇者に関してなら、平太もその後の話を少しは知っている。何しろ当事者であるグラディーラたちから直接聞いたからだ。確か、前回の勇者は魔王を倒した後、すべての記憶を失って――
失って、どうしたんだろう。よく考えてみれば、それから先を聞いた憶えは無い。
「勇者は、魔王を倒した後どうなったんですか?」
気がはやり、平太は村長に話の先をせがむ。村長はいきなり食いついてきた平太に手応えを感じたのか、むしろ焦らす素振りでほっほっほと再び笑った。
「魔王を倒した後の勇者の足取りは、誰も知らぬ」
「え~……」
がっかりである。そんな事は平太でも知っている。だが平太が文句をつけるより先に、「だが、」と村長が話を継ぐ。
「同じ『わからない』でも他と一緒にしてもらっては困る。こっちはすべて確認した上での『わからない』だからな」
「……どういう事ですか?」
「わしが知る言い伝えでは、最後の戦いが始まった後、この国の軍隊が勇者に加勢しようと魔王の城に乗り込んだのだ。だが彼らが城に到着した時にはすでに戦いは終わっておった。彼らは傷ついているであろう勇者を助けようと城中を探したが、戦いの壮絶さをを物語る大量の魔物の死体はあれど、ついに魔王と勇者たちの姿はどこを探しても見当たらなかったと言う」
「つまり、他の土地の言い伝えでは勇者が魔王を倒した後は消息不明という事になっているけど、このフリーギドでは勇者どころか魔王も生死不明で消息もわからない、という事ですか」
「まあ、そういう事だ」
おかしい。村長の話と、グラディーラの話は食い違う所がある。この齟齬は何だ。
わからない事は、本人に直接訊けばいい。という事で平太はそっと心の中でグラディーラに問いかけた。
『グラディーラ、聞いていたか?』
『ああ、お陰で少し思い出した事がある』
どうやらグラディーラも平太を通して話を聞いていたようだ。話が早い。
『何を思い出したんだ?』
『そいつの言っている事は、だいたい間違いではない。魔王を倒し、その損傷で記憶を失った勇者を保護したわたしたちは、別の空間に避難していたからな』
『なるほど。だから勇者一行は見つからなかったのか。だが、魔王はどうした?』
『それは……悪いが思い出せん』
『……まあ五百年前の記憶だからなあ』
『だがそいつの言っている事で大きな間違いが一つある』
グラディーラから伝わってくる感情に、怒りの色が濃くなってくる。
『何だ?』
『確かにあの時、この国の軍隊が魔王の城へとやってきた。だがそれは加勢に来た、などでは絶対にない』
グラディーラは激しい怒りのこもった波長で断言した。
『じゃあ、何しに来たんだよ? まさか財宝目当ての火事場泥棒ってわけでもないだろ』
冗談めかした平太の言葉を、グラディーラは『それだったらまだ可愛いものだ』、と吐き捨てるように言う。
『奴らは戦いが終わるのを待って、城に乗り込んできたのだ。勝ち残ったどちらかを殺すためにな』
信じられない話ではなかった。むしろ平太などはよく聞いた話だった。
魔王を倒せる勇者というのは、言い換えれば魔王よりも強い力を持つ者である。つまり、魔王を倒した勇者は、新たな魔王と同じ存在なのだ。
人々も、倒すべき敵がいる間や魔王を倒した当初は勇者を賞賛し崇め奉るだろう。だがやがて気づくのだ。強大過ぎる力を持つ勇者は、もはや恐怖の代名詞でしかない事に。
こうして救国の英雄は、彼らが救ったはずの人々によって命を狙われる事になった。自分たちが勇者に助けられたという事は忘却し、いつか勇者が自分たちにその強大な力を向けるかもしれないという疑心暗鬼に襲われ、魔物と同じように憎み始めたのだ。
『わたしたちは卑劣な人間どもから勇者を守るために、彼を別の大陸に運んだ。そして新しい名前と、別人としての人生を与えたのだ』
人間の醜さに悩み、壮絶な戦いで記憶をなくした勇者は、グラディーラたちによって新たな名前と人生を手に入れた。逆に言えば、そうするしか彼に生きる道はなかったのだが、ともあれこれで勇者という人物はこの世界から消え、時間の流れとともに人々の記憶は薄れていった。
『つまり、この国の王たちは自分たちの都合のいいように言い伝えを残したんだな』
『これだから人間は……』
グラディーラから伝わる怒りの感情に、憎しみの色が混じっていく。忘れかけていた人間への不審感が、記憶とともに蘇ったようだ。
だが、グラディーラも今では知っている。すべての人間が醜いわけではなく、わかり合える者がいる事を。
『グラディーラ……』
『わかっている。お前たちは奴らとは違う』
そう言って軽く微笑んだような感触の後はグラディーラの負の感情が薄れていき、平太はほっとする。
『えっと、それで、その後はどうなったんだ?』
『そこまでだ。その後すぐに、わたしたちもそれぞれの道へ進むべく別れたからな。記憶の無い彼を見知らぬ土地に置いていくのは無責任だとは思ったが、下手にわたしたちと長くいると、せっかく忘れた忌まわしい記憶が蘇るとも限らなかったからな』
『なるほど……。ところで、今までずっと気になってたんだけど、』
『何だ?』
『前の勇者の名前って何だ?』
今さら過ぎる話だが、平太はグラディーラたちの口から前勇者の名前を聞いた事が一度も無い。てっきり500年も前の事なので忘れているのだと諦めていたが、昔の事を思い出しつつある今のグラディーラなら訊けば答えてくれるかもしれない。
するとグラディーラは一度軽くため息にも似た息を小さく吐くと、逆に尋ね返してきた。
『なんだ、気づいてなかったのか?』
『え? 何が?』
『ハートリー=カインズは知ってるだろう』
『え? まさか――』
『彼が前の勇者だ』
「何だってえっ!?」
あまりの衝撃発言に、思わず大きな声が出た。
「うわっ! びっくりした!」
いきなり大声を上げたので、村長を始め他の連中が驚いて平太を見る。グラディーラとの会話は平太の心の中で交わされていたので、当然他の連中は内容をまったく知らないし、会話をしていたのすら知らないのだ。
「いきなり大声出しやがって、脅かすんじゃねーよ」
迷惑そうな顔でシャイナに文句を言われたが、平太はグラディーラの爆弾発言に気が動転していてそれどころではない。
「おい聞いてんのかコラ」
「あてっ」
無視していると勘違いしたシャイナに、頭を一発殴られた。そのショックで正気に戻り少し冷静さを取り戻すが、今度はこの事をドーラたちに話して良いかどうかの判断に迷う。特に、この中で最もハートリーとの付き合いが長いシャイナに、伝えてしまって良いものだろうか。
「……ンだよ、なんか文句あんのかよ?」
平太が複雑な表情で見ているのに気づいたシャイナが、気持ち悪そうに一歩下がる。失礼極まりない態度に普段ならそこでケンカが始まるところだが、今ばかりはそんな些細な事は気にならない。
「あ、いや、何……でもない」
結局判断がつかず保留にして問題を先送りにした平太は、チンピラに絡まれた一般人みたいな不自然さで視線を逸らした。
『どうした? 教えてやらんのか?』
『無茶言うなよ! 自分の師匠が元勇者だなんて知ったら、シャイナのやつどーにかなっちまうぞ!』
ただでさえ剛身術を継承できなかった事が引け目になっているのに、その上自分が実は勇者の弟子だったなどと知ったらどれだけショックを受けるかわからない。ああ見えて、剣に関しては信じられないくらい一途なシャイナの事だ。ハートリーとの今後の付き合い方を含め、色んなものを見失って迷走するのが目に見えている。
これから魔王と最後の戦いに挑むという大事な時期に、攻防の要となるシャイナがポンコツになられると拙い。なので平太はこの事実を自分の胸にしまっておく事にした。
だが、言われてみれば納得できる話しでもある。
何しろ勇者の武具である聖剣グラディーラはこう見えて超重い。恐らく1トンや2トンではきかないだろう。それを振れる人間など、まずこの世にいまい。それこそ、重量を無視できる剛身術でも使わなければ。
それにあの覆面。魔物の血を浴びすぎたせいか勇者は不老不死となった、とグラディーラは言った。つまり、ハートリーは500年という長い時間ずっとあの姿のまま生きている事になる。何年経とうと老けない彼の姿は、周囲の人間には奇妙に映り不安を与えるだろう。それを避けるための覆面だったのか。
考えれば考えるほど、それらしいものがぼろぼろ出てくる。むしろ今まで気づかなかったほうがどうかしてると思えるほど。
『参ったなあ、俺には重すぎるよこの秘密……』
『別に墓まで持っていく必要はあるまい。すべてが終わったら話してやればいい』
『それもそうか』
すべてが終わったら、この話をみんなにしよう。そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。
すべてが終わったら――どうしよう。その先の事を、そろそろ真剣に考えなければならない時期が来ているのかもしれない。
村長の話を右から左に聞き流しつつ、そんな事をぼんやりと考えながら、夜は更けていった。
☽
翌朝。
朝日が昇ると同時に、ロジーオは家を出た。ピコを弔うためだ。
重い足をどうにか動かして、ピコの亡骸が置かれた場所にたどり着くと、まだ早朝だというのに誰かが立っていた。
「おはよう」
平太だった。
「兄ちゃん……」
「ピコを埋葬するんだろ? 手伝うよ」
平太の申し出を、ロジーオは断った。それは、平太がピコを殺したのを恨んでいるからではない。薬によって魔族の凶暴性が蘇ったピコは、どのみち助からなかった。むしろ平太によってあれ以上苦しまずに済んだのだ。責める気など毛頭ない。ただ、友達の弔いは、誰の手も借りず自分一人でやるつもりでいたからだ。
だがピコの巨体は小さな自分ではどうしようもなかったので、仕方なく平太の手を借りる事にした。手伝いを頼むと、彼は安心したように微笑んだ。けれど、その笑顔はどこか悲しそうで、ロジーオの心が少し痛んだ。
平太にピコを運んでもらい、ロジーオたちは村の外に出た。ピコが好きだった場所に埋めてやりたいと思ったからだ。平太は黙って着いて来た。
しばらく二人で黙って歩いていると、丘にたどり着いた。
朝日に照らされた緑が眩しい丘の上から見下ろせば、一面の花畑が見渡せる。ピコは、この花畑が大好きだった。ここに埋めてやれば、きっとピコも喜ぶだろう。
丘の上に立つ木の根本に、二人で穴を掘った。
ピコの巨体が入る穴を掘るのは大変だったし、途中で何度も涙がこぼれそうになったけれど、ロジーオは一生懸命穴を掘り続けた。
穴にピコの身体を収め、上から土をかける。だんだん見えなくなっていくピコの姿に、とうとうロジーオは涙を止められなくなった。
「ピコ……」
さようなら。さようなら。何度も何度も心の中でお別れを言いながら、ロジーオは土をかけた。
とうとうピコが完全に土に埋まった。それでも涙は止まらなかった。ロジーオは泣きながら花畑で花を集めた。平太も手伝ってくれた。
小山となったピコの墓に、大量の花を添えた。まるで花が密集しているみたいになったピコの墓を前に、二人で並んで立った。
墓にかかった平太の影が動いたのでそちらを見ると、彼は両手を合わせて目を閉じていた。
何をしているのか尋ねると、これは彼の故郷での死者への弔い方なのだそうな。どういう意味があるのかと訊くと、彼は少し恥ずかしそうに笑って、実はよく知らないんだと言った。意味もよく知らないのにそうするのかと変に思ったが、彼が目を閉じて両手を合わせている姿がとても厳粛に見えて、ロジーオも彼を真似て両手を合わせて目を閉じた。
目を閉じると、暗闇の向こうにピコが見えたような気がした。
ああ、だからこうして両手を合わせて目を閉じるのか、とロジーオは思った。
閉じた目から再び涙を溢れさせながら、ロジーオは平太と並んでピコの墓の前で両手を合わせていた。
☽
帰り道、往路と同じように黙々と歩いていると、平太が話しかけてきた。
「あのさ、」
「…………」
「これで最後にするから」
「……何が?」
「ウルスィスが戦いに使われるのを」
あまりにも突拍子もない平太の言葉に、ロジーオは立ち止まる。
「無理だよ。檻がなくなったって、村の外にはまだ魔物がうようよいるんだ。そいつらが村にやって来たら、どうしてもまたウルスィスに頼らなくちゃいけなくなる」
世界に魔物がいる限り、ウルスィスは必要だ。そんなの、子供にだってわかる。
「俺たちが魔王を倒すから」
「え?」
「魔王を倒せば、親玉がいなくなれば、きっと下っ端の魔物は大人しくなるはずだから。だからきっと、」
今よりずっと平和に暮らせるようになる。そうすれば、もう二度とウルスィスは戦わなくて済むようになる、と平太は言った。
「そんな……無理だよ」
「無理じゃない!」
急に大きな声を出した平太に、ロジーオは驚いて彼のほうを振り向く。
「約束するよ。俺たちが魔王を倒す。だから――」
もう泣くな。そう言って平太は右手の小指をロジーオに向けて差し出した。
小指の意味がわからずに見つめていると、平太が説明してくれた。
「これは、約束を絶対に守るっていう契約みたいなものさ」
すると平太はロジーオの手を取り、小指を自分の小指に絡ませた。そして何やら呪文のような言葉に節をつけたものを唱えると、「ゆーびきった」と絡めた小指を離した。
「これで大丈夫。絶対約束を果たすから」
「兄ちゃん……」
魔王を倒す、などという無謀な約束を本気で果たすつもりなのだろうか。半信半疑でロジーオは平太の顔を見上げる。
あの死んだ魚のような濁った目でそんな事を言われても、信用できるわけ――
違った。
こっちを見て不器用な笑みを向ける平太の目は、かつての泥水みたいに濁ったものではなく、まるで山の稜線から覗く朝日のように眩しく輝いていた。
本気だ。
この人は本気でやるつもりだ。
本気で約束してくれたんだ。
ロジーオはそう確信した。




