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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第六章
113/127

神託の儀

          ◆     ◆


 戦う相手がピコだと知り、平太は完全に戦意喪失していた。

 いくら凶暴化したからといっても、元の愛くるしいウルスィスの記憶が新しい上に、ピコはロジーオの友達である。どうして戦う事ができようか。


「兄ちゃん、危ない!」

 叫ぶロジーオの声に平太が我に返ると、戦意剥き出しのピコが四つ足になって突進して来ていた。

 慌てて横っ飛びで回避。間一髪で体当たりをかわすと、ピコは檻の柵に全力で衝突した。


 ごいん、と重たい音が響き、巨大な檻全体が激しく揺れる。その迫力に、観客が沸いた。

「ピコ!!」

 尋常じゃない勢いで檻にぶつかったピコに、ロジーオが悲鳴みたいな声を上げる。

 凄絶な自爆であった。あれだけの重量が高速で鋼鉄の檻に衝突したのだ。いくら頑丈そうなウルスィスであろうと、無事では済むまい。


 という平太の期待は、一秒で裏切られた。

 攻撃が当たらなかった怒りなのか、ピコが立ち上がって吼える。痛手を受けたのは檻だけで、ピコにダメージはまったく見られなかった。

「ピコ!」

 曲がって広がった檻の隙間から、ロジーオが中に入り込む。

「やめろよ、ピコ! オイラだよ、ロジーオだよ! オイラの事、忘れちまったのか!?」

 ロジーオはピコの前に立ちはだかり、懸命に呼びかける。

「馬鹿野郎!」

 突然の事にクターロが慌てて檻にかけよるが、檻の隙間は大人の身体が入るほどではない。太い腕を必死になって伸ばすが、体格の良さが仇になって届かず虚しく宙をかく。


「やめろロジーオ! 早くそいつから離れるんだ!」

「厭だよ父ちゃん! ピコはオイラの友達なんだ!」

「そいつはもう、お前の知ってるピコじゃねえっ! お前の事なんかすっかり忘れちまってる!」

「そんな事ないやい! ピコは絶対、何があってもオイラの事を忘れたりするもんか!」

 それを証明しようとして、ロジーオはさらにピコに近づく。


「やめろおっ!!」

 クターロの絶叫が引き金になったかのように、ピコがロジーオに襲いかかる。

 ロジーオは、まさかピコが自分に向かって攻撃してくるとは夢にも思っていなかった。そのせいで身体が硬直し、よけるどころか目を閉じる事すらできなかった。

 誰もがロジーオの死を確信した瞬間、

「だあっ!」

 間一髪、平太がロジーオに飛びかかり、ギリギリのところでピコの攻撃が空を切る。


 平太はロジーオを抱いたまま床を転がった。一瞬の差で大惨事に繋がりかねないスリリングな展開に、歓声が上がる。

「あ、危なかった……」

 咄嗟の事で、剛身術を使う余裕がなかった。それでも身体が勝手に動いてロジーオに飛びついていた。もしピコの攻撃が自分に当たっていたら――今さら遅れて来る恐怖に、平太の心臓が早鐘を打つ。


 だが恐怖に震えているのは、平太だけではない。抱きしめた腕から伝わる小さな身体の振動に、平太は強制的に頭を冷やされる。

 視線を下に向け、ロジーオを見る。よく日に焼けた健康的だった顔は、血の気が引ききって青ざめるを通り越して白くなっている。

 無理もない。変わり果てたピコの姿もさることながら、一番の親友と信じていた者に殺されかけたのだ。まだ年端もいかぬ子供には、耐え難き衝撃であろう。


 それにしても、あれほど温厚で大人しかったウルスィスが、どうしてこんなにも凶暴になるのか。考えられるのは、やはりあの玉であろうが、果たしてあれが何かの実や薬物だったとして、あれほどの劇的な変化が起こせるのだろうか。

 だが今は考えている時間は無い。平太はロジーオを無理やり立たせるが、ショックで放心していて身体に力がまったく入っていない。これでは走って逃げろと言っても無理だろう。


「参ったな……」

 視線をピコに向ける。

 唯一少年を檻から出せる場所が、ピコの背後にあった。

          ☽

 ピコの激変に驚いたのは、平太だけではなかった。

「クソ、いったい何がどうなってやがんだ!?」

 檻の外でシャイナが叫ぶ。彼女たちは神託の儀から外されてはいたが、拘束されて一箇所に集められていた。周囲を武装した村人たちに囲まれ、ただ平太の奮闘を見守る事しかできないでいる。


「あの妙な玉を食べた途端、凶暴になったように見えますね」

「けど、動物をあんなふうに変えるなんておかしいよ。少なくとも、ボクには原理がまったくわからない」

 ウルスィスという家畜は元より、温和な動物をあんな短時間で凶暴化させる成分を、ドーラは寡聞にして知らない。

 知らない事だらけで元宮廷魔術師としてのプライドが少し傷ついていたドーラに、声をかける者がいた。

「君たちは他の大陸から来たのかね?」

 村長だ。


「えっと、ここに来る前はパクスにいたんだけど、出身という意味ではディエースリベルかな」

「なるほど。では知らないのも無理はない。あれは、ウルスィスはこのフリーギドの中でもこのアルカドムスの村にしかいない、特殊な生き物なのだ」

「え?」

 ますますもって、そんな話は知らない。大陸独自の生物というのならわかるが、村独自の生物など聞いた事も無かった。


 だが次に村長が語る話は、それまでの衝撃を遥かに超えていた。

「ウルスィスは、元は魔物なのだ」

「ええっ!?」

 村長が語るには、彼らの先祖が長い年月をかけて、下級の魔物であったウルスィスを家畜に改良したのだと言う。

 しかし元々が魔物だから、本性は残忍で凶暴である。それは長い年月をかけて改良し、抑え込む事はできても、完全に消す事はできなかった。

 ただ、魔物の本性を消そうとする過程で、副次的にできたものがある。

 それが、抑え込んだ凶暴性を開放させる薬物――あの紫色の丸薬である。これを使えば、愛玩動物同然だったウルスィスが、あっという間に強力な戦力になる。凶暴化したウルスィスは、他村との争いや野盗との戦いに非常に役に立った。


 こうしてアルカドムス村の人々は、従順で肉も毛皮も取れる家畜と、いざとなったら魔物の凶暴性を発揮できる、一粒で二度美味しい生物を手に入れた。

 そして近年、ウルスィスの新たな使用目的が生まれた。

 娯楽である。

 フリーギド大陸は、他の大陸と比べて遥かに魔物の量が多い。それに伴う恐怖と、厳しい自然による不規則な収穫に対する生活の不安を解消するために、彼らはウルスィスを使って娯楽を考えた。

 それが、罪人や余所者を檻の中でウルスィスと戦わせる――今平太がやっているそれである。


「何て事しやがる……」

「魔物とはいえ、生き物を自分たちの都合の良いように創り変えるとは……。神をも恐れぬ所業とはこの事ですね」

 村長によって明かされたこの村とウルスィスの秘密に、シャイナは歯ぎしりをし、スィーネは瞑目して神に祈った。


 彼女たちの態度に、近くで話を聞いていた村人が舌打ちをする。

「このフリーギドで生きていくにはな、魔物を利用するくらいの事をしなければならなかったんだよ。魔物も少なく作物も豊富に採れる土地でぬくぬく育った余所者に、何がわかるってんだ」

「だからって、それと魔物と人を戦わせて楽しむっていうのは話が違うと思うよ」

 ドーラのもっともな意見に、村人は「ぐ……」と口ごもる。


「とにかく、こんなくだらねー事さっさとやめさせろよ」

 シャイナが村長に頼むが、彼は困り顔で首を横に振った。

「それは……無理なんだ。一度神託の儀が始まったら、もう誰にも止められない」

「どーしてだよ!?」

「凶暴にさせる薬があるのなら、元に戻す薬だってあるんでしょ?」

「いいや。あの玉で凶暴になったウルスィスは、二度と元に戻らないんだよ」

「ええっ!?」


 下級とはいえ、魔物の凶暴性はそう簡単に抑え込めるものではなかった。それでも長い年月をかけて交配を繰り返し、どうにか奥底に押し込める事には成功した。だがそれは所詮仮初めのようなもので、完全ではなかった。むしろ一度押さえ込んだせいで反動がつき、凶暴性を取り戻した時は二度と抑え込む事はできなくなった。

 ウルスィスの品種改良には、膨大な時間と犠牲を必要とした。素体となるウルスィスの捕獲時はもちろん、再凶暴化したウルスィスの犠牲になった人間は数知れない。


 だが気の遠くなるような交配の繰り返しの中で、得られた成果も僅かにだがあった。

 それが先の丸薬と、保険の存在である。

 ウルスィスは、再凶暴化すると自身の凶暴性に身体が耐え切れずに自滅するのがわかった。特に家畜となって野生のものよりも弱体化したウルスィスが再凶暴化すると、個体差はあれど最長で半日後には確実に死ぬ。

 丸薬とこの特性の発見によって、ウルスィスの利便性がさらに増した。これまで持て余していた暴力が、コントロールできるようになったのだ。

 そこから先は、多く語るまでもないだろう。

 ウルスィスは家畜であると同時に、村の強力な兵器となり、

 娯楽の対象となった。

          ☽

「魔物相手とは言え、どこまでやりゃあ気が済むんだてめえら……」

 胸糞悪さの最高潮、といった感じでシャイナが吐き捨てる。ドーラも同じような表情だったが、こちらは気分の悪さが勝っていて口を開く余裕が無いみたいだ。

「もはや神の冒涜という範疇を越えていますね。さすがにわたしも今回ばかりは気分が悪いです」

 滅多な事では感情を表に出さないスィーネも、この時ばかりははっきりと表情に出ていた。


 しかし、今は過去の事をとやかく言っている場合ではない。問題は、現在起きているのだ。

「じゃあ、ピコちゃんを助ける方法は……」

 絶望のこもったシズの声に、答えを口に出せる者は誰もいなかった。

          ☽

「嘘……だろ?」

 絶望に深さや濃度があるとしたら、今この場でロジーオの絶望に勝るものはないだろう。

 親友の確実な死を宣告され、少年は全身から力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

「おい、馬鹿、しっかりしろ!」

 肩に腕を回して平太が強引に立たせるが、ロジーオは完全に身体が弛緩していてだらりと垂れ下がる。


 そうしている間にも、二人にピコがにじり寄っていた。今度は先の自爆を警戒してか、じっくりと間合いを測るように距離を詰めて来ている。

 どうしよう。平太の頭は混乱寸前だった。

 目の前のウルスィスがピコだというだけでも充分動揺しているのに、一度凶暴化したウルスィスは二度と元に戻らない上に半日もすれば自滅してしまう。おまけにその事実を知ったロジーオはこの有り様だ。もうどの問題から手をつければ良いのやら。


 いや、何をさておいても人名優先。そう決断した平太であったが、ロジーオが入ってきた檻の隙間はピコの背後で、どうにかして回り込むかかわすかしないといけない。

 待てよ。何もあの隙間を使うのに固執しなくとも、剛身術を使えばこのくらいの檻を破るくらい造作も無い事ではないか。ちょっと冷静になればわかる事に気づかないなんて、自分の間抜けさに少し呆れる。

 そうと決まればすぐにでもこの檻からロジーオを出さなければ。しかし、そうはさせじとピコが急に襲いかかってきた。


「くっ!」

 平太はロジーオを抱えてピコの突進をかわす。だが今度は勢い余る事なく、ピコは素早く身体を反転させて飛びかかる。

 巨体とは思えぬ機動力に、ロジーオを抱えた平太は一瞬だけ反応が遅れる。

 その一瞬が致命的だった。

 間に合わない。

「ロジーオ!」

 息子の危機に叫ぶ父の声が、期待に溢れた歓声にかき消された。

 咄嗟に平太はロジーオから手を離し、空いた両手でピコの突撃を受け止めた。巨体の重みに速度が加算され、常人なら背骨が折れる衝撃が平太を襲う。


 常人ならば、は今の平太には通用しない。剛身術によって強化された肉体は、物理法則を無視できるのだ。

 平太がウルスィスに押し潰される光景を期待していた観客の声が、じょじょに静まっていく。やがてウルスィスの動きが止まると、今度はどよめきが起こる。

 ただの人間が、ウルスィスを持ち上げたのだ。

 平太はピコを頭上に持ち上げ、檻に向かって力一杯投げつけようと上体を反らす。剛身術の力で鋼鉄の檻に叩きつけられれば、いくらウルスィスでもそれで勝負は決まる。


 が、

「……くそっ」

 ピコを傷つける事に抵抗を感じ、山なりに放り投げる事しかできなかった。

 ただ投げられただけのピコは、猫のように空中で身体を回転させると、驚くほど見事な着地を決めた。当然ダメージは無い。

「バカ、何やってんだ!」

 シャイナが叱咤するが、怒られようが呆れられようができないものは仕方がない。


 それから何度もピコが襲いかかって来るが、平太はそれを受けてピコを遠ざける事しかできなかった。背後にロジーオを庇っているというのを差し引いても、明らかに手加減をしている平太に、観客たちは無責任なブーイングを放つ。

 こうして時間稼ぎをしていても、一向に解決策は見つからない。一度戻った魔物の本性は、確実にピコを死に至らしめる。それはもうどうしようもない事だとしたら、残された方法はもう一つしかない。


「いつまで迷ってんだ! 早く楽にしてやれ!」

 平太の迷いを的確に突くシャイナの叫び。

 平太とて、もうそうするしか無いのは頭ではわかっている。だが、どうしてもできない。

 シャイナの言葉を受け、観客たちがそれに便乗して殺せ殺せと囃し立てる。今や檻の周囲は、観客が一丸となっての殺せコールで埋め尽くされていた。

「何なんだこいつら……!」

 勝手な事言いやがって、と怒りで歯を食いしばるも、感情のベクトルきが違うだけで、彼らもシャイナと言っている事は大差ない。


 結局、自分が逃げているだけなのだ。

 生命を奪う事から。

「く……」

 覚悟を決めるしかない。ぐずぐずしていても、いずれピコは死ぬ。決定事項だ。諦めるしかない。

 だったら、シャイナの言う通り、少しでも早く楽にしてやるのがせめてもの情けだ。


 ちらりと背後のロジーオを見る。まだショックが抜けず放心状態で、涙が滲んだ目は焦点が合わずに宙をさまよっている。

 平太は一瞬ためらったが、意を決してロジーオの頬に平手打ちをした。

 ぱん、と乾いた音がして、少年の頬が赤くなる。痛みが意識を引き戻し、目に生気が戻るのを確認すると、平太はロジーオの肩を掴み、息がかかるほど近くに顔を寄せる。

「いいか、よく聞け。俺は今から、ピコを殺す」

「え……」

「ピコはもう助からない。だから、俺たちにできるのは、苦しまずに死なせてやる事だけなんだ」

「そんな……厭だよ、やめてよ……」

 再び涙が溢れるロジーオの瞳を見て、平太の決心が揺らぎ始める。だが、それを打ち消すように、平太はロジーオの肩を掴む手に力を込める。


「お前ならわかるだろ。今ピコがどれだけ苦しんでいるのか。いや、お前にしかわからないはずだ。友達に牙を向けさせられているピコの悲しみが」

「ピコ……」

「だからもう終わらせてやるんだ。そしてお前はそれを見届けてやれ。胸に刻みつけて、ずっと忘れるな。お前の友達の最期を」

 最期という言葉に、ロジーオの顔が号泣する一瞬前のようにひくつく。だがギリギリの所で我慢すると、涙と一緒に息を腹の中に呑み込む。

 眼前の平太の向こう、視界の端にピコの姿を認める。

 かつての親友の姿はそこには無い。今そこにいるのは、ただ獲物を求め血に飢えた魔獣だけだ。


 あれはもう、大好きなピコではない。

 ピコのためにも、もう終わらせてやらなければならない。

 ロジーオは身体に力を込め、しっかりと頷く。

「わかった。オイラ見届けるよ。ピコの最期を」

「おう」

 少年の決意のこもった言葉に、平太の覚悟がさらに強固となった。

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