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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第六章
112/127

アルカドムスの村

          ◆     ◆


 少年は、名をロジーオと言った。

 子供と大量のウルスィスの歩みは実にゆっくりとしたもので、村に着く頃にはすっかり陽が傾いていた。

 太い丸太で組み上げられた門の前で、ロジーオが振り返る。

「着いたぜ。ここがアルカドムスの村だ」

「アルカドムス……」と平太がつぶやく。


 魔物や危険な野生動物から身を守るために村の周囲を丸太の柵で囲むのはエーンの村でも見たし、この世界での常識だ。

 だが、このアルカドムスの村は規模が違った。ケタ違いだと言ってもいい。

 大きな門の向こうに見えたのは、巨大な建物だった。巨大と言っても高さは普通の平屋建ての家と変わりはないが、問題はその床面積だ。一般的な家族が住む平屋が百件分と言えばわかりやすいだろうか。要はとんでもなく広い建物だ。


「な、何だありゃ?」

 平太が口をあんぐりと開けて見ていると、ロジーオが「ああ、あれか。あれはウルスィスの小屋だよ」と教えてくれた。

「小屋って大きさじゃねえぞ……」

 だが言われてみれば、ウルスィスたちが吸い込まれるように建物の中に入っていく。

「馬じゃないから厩舎じゃないし、昔っからこの村じゃ小屋って呼んでるからいいんだよ」

「はあ……」


 まあそういうものか、と平太が納得していると、小屋のさらに向こう、村の中央辺りに大きな檻が見えた。じゃああれは何のためにあるんだ、と平太がロジーオに質問しようとすると、

 いきなり足元に一本の矢が突き立った。

「危ねえ!」

 平太の脳裏にエーンの村での事が蘇ったが、あの時は確か弓矢は向けられていたが事前に警告されただけで実際には射たれなかった。今回は警告すら無くよそ者が村に近づいただけでいきなり射ってくるとは、さすが試される大地である。

 地面に刺さった矢から視線を上げると、門の上に弓矢を構えた男が立っていた。


「またこれかよ……」

 うんざりした視線を平太たちが向けていると、体格の良いヒゲ面の男は弓を後ろに捨て、腰のベルトに通していた斧を両手に構えるとそのまま門の上から飛び降りた。

 男は高さをものともせず着地すると、「てめえら、うちのガキを人質にするたあいい度胸だ!」と野太い声で怒鳴った。

「え……?」

 一同の視線がロジーオに集まる。すると少年は一言。

「あれ、父ちゃん」

「似てねー」

 などと平太がツッコんでいる間に、男が猛然とこちらに向かって来た。先の身のこなしや単身でこちらに切り込んで来るところを見ると、どうやらかなり腕に憶えがあると見える。


「父ちゃん待った、誤解だ!」

「バカ、離れてろ!」

 慌てて誤解を解こうと前に出るロジーオを、平太が慌てて首根っこを掴んで後ろに下がらせる。するとそれを見た男が「野郎、うちのガキに手ぇ上げやがったな!?」と怒りで突進する速度が上がった。

「誤解が深まってる……」

「お前も下がれ」

 腰の剣に手をかけ、シャイナが一歩前に出る。

「剣はダメだ。あとなるべく手加減してやれ」

 平太がそう言うと、シャイナは舌打ちをしつつも剣から手を離す。

「しゃーねーな……」

 仕方なくシャイナは素手で構える。するとそれを見た男の表情が一瞬冷静さを取り戻したかのように見えた。


「ぬんっ!」

 気合の声とともに、男が斧を振るう。筋骨たくましい肉体から放たれる一撃は、それに相応しいくらい鋭く速い。

 だが、平太が見てもわかるくらい、男の攻撃は素人丸出しだった。恐らく本職が木こりとかなのだろう。

 当然本職が剣士のシャイナは余裕でそれをかわし、男が斧を振り抜いた隙を狙い、手元を手刀で打ちぬく。

 すると斧は呆気なく男の手から叩き落とされ、地面にざっくりと突き刺さった。そこをすかさずシャイナが足で踏みつける。これでもう斧は使えまい。


「どーする、オッサン?」

 挑発するようにシャイナがにやりと笑いかけると、男は打たれた手をさするのを止め、今度は無謀にも素手でシャイナに躍りかかった。

 二人の両手が組み合わさり、力比べの状態になる。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 男が吼える。全身の筋肉が隆起し、身体中から汗が滲み出る。

「うおりゃあああああああああああああっ!!」

 シャイナも吼える。額に浮き出た汗が、赤毛を貼りつかせる。


 両者の体格はほぼ互角。

 そして力もほぼ互角。

 しかし技は当然シャイナが一枚も二枚も上手だった。シャイナは突然力を抜いて後ろに倒れ込むと、男は手を引かれるようにして前に倒れる。そこをシャイナが男の腹を蹴り上げると、男は見事に投げられて背中から地面に落ちた。

「ぐはっ!?」

 背中を痛烈に打ちつけ、さしもの男も痛みに声を上げる。だがすぐに起き上がろうとする辺りは、見かけ通りのタフさである。


「ぐ……」

 だが立ち上がろうと膝を着いた体勢で、男の動きが止まる。なぜなら、男の目の前にはシャイナの貫手が待ち構えていたからだ。

 少しでも動けば目をもらう――そう言外に主張するシャイナの指先に、男は唾を呑み込み喉を一度大きく上下させた。

「どうだい? まだやるかい?」

 シャイナがにやりと笑う。勝利を確信した余裕の笑みだ。対する男はシャイナを見上げ、悔しそうな顔をする。


 が、男は鼻で笑うと、すぐにシャイナと同じく余裕の笑みを浮かべた。

「悪いな、お姉ちゃん」

 男の言葉を理解する前に、シャイナは気配で察した。

 囲まれている。

 男との戦いに気を取られているうちに、平太たちは弓矢や武器を持った男たちに取り囲まれていた。


「オッサンは囮か」

 舌打ちをし、シャイナは貫手をゆっくりと引き両手を上げる。視線を平太たちに向けると、彼らも同様に手を上げていた。

          ☽

「ボクたち、怪しい者じゃないんですけど……」

 ドーラが一応といった感じで弁明するが、当然男たちは聞く耳を持たない。平太たちはみな両手を縄で縛られ、横一列に並ばされた。

「クターロさん、こいつらどうする?」

 村人の一人がヒゲの男――クターロに尋ねる。どうやら彼がこの連中のリーダーのようだ。


 クターロは「うむ……」と片手でヒゲを撫でながら、平太たちを見やる。

「取りあえずしょっぴけ。あと馬車の中にも隠れてるかも知れん。用心しろよ」

「うす」

 クターロに言われ、男は短刀を構えて用心しながら平太たちの馬車に近づく。

「待ってくれよ!」

 ロジーオは叫びながら、男の前に立ちはだかった。両の手足を広げ、大の大人に向かって果敢にも通せんぼをする。

「こいつらはただの行商人なんだ! オイラが保証するから、手荒なマネはやめてやってくれ!」


 あの馬車の中には、スクートが乗っている。そう信じているであろうロジーオは、必死になって男に懇願した。

 当然そんな話、通るわけがない。だがクターロの息子なので殴るわけにもいかず、男が困っていると、代わりに父親が息子の頭を殴りつけた。

「あいてっ!」

「何が保証するだ馬鹿野郎。お前がのこのこ連れて来やがるから、こうして面倒が起きてるんじゃねえか」

「父ちゃん……」

 頭の痛みと、自分の言う事を信じてもらえない悔しさで、ロジーオが目に涙を浮かべていると、

「待ちなさい」

 一人の老人が制止をかけた。


「長老……」

 クターロに長老と呼ばれた男は、髪は白く染まっていたが伸び放題の荒れ放題で、腰が曲がるどころかロジーオに引けをとらない体躯をしていた。

「見たところ、悪い人間ではなさそうだ。せめて縄を解いてやりなさい」

「しかし、こいつらは余所者ですぜ」

「そこの赤毛の女剣士は、斬ろうと思えばお前を斬れたのだぞ。その理由くらい気づかぬお前ではなかろう」

 確かに、あの赤毛の女は一度は腰の物に手をかけた。だが自分がロジーオの父親だと知った途端、剣にかけた手を離して素手での勝負に切り替えた。それくらいは、クターロにだってわかる。

「しかし、それはこちらを油断させるための罠かもしれねえ。何しろこいつらは余所者だ。ここじゃあ余所者に甘い顔はしねえって、あんたも知ってるはずだ」


 クターロの言葉に、他の男たちも「そうだそうだ」と同調する。

 この厳しいフリーギド大陸で生きるには、人もさかしくしたたかにならなければならない。特に余所者に対する警戒心は、そのまま自分たちの身を守る事に繋がるのだ。

 それは、このフリーギドが特別なのではない。大なり小なり、この世界では当たり前のように行われている自衛行為だ。


「それに、こういう時はどうするか、あんただって知っているはずだ」

 村人たちが再びクターロに同調する。長老は数の暴力に、「それは……」と苦々しい顔で言ったきり、次の言葉が継げられずにいる。

「じゃあ話は決まりだな。こいつらを神託の儀にかける。おい、すぐに準備しろ!」

 クターロが大声で指示を出すと、村人たちは一瞬激しい動揺を示したが、すぐに行動を開始した。


「な、何だ何だ……?」

 これから何が始まるのかわからない不安を、奇妙なくらい興奮した村人たちの姿が煽る。平太たちはただ、村人に引かれるがままに進まされた。

          ☽

 村の中心には、巨大な檻があった。

 檻は一辺が10メートルほどの鋼鉄の立方体で、平太は格闘技の金網デスマッチを想像した。

 檻の周囲には村人たちが集まっていて、ご丁寧に夜になっても安心なようにかがり火があちこちに焚かれている。村人たちの表情はみな期待と興味に溢れて楽しそうで、まるで祭りのようだ。


 村人は平太たちを檻の前で止めると、じろりと平太を見て、

「そこのお前、入れ」

 と平太だけ腕の縄を切った。

「え? 俺?」

「そうだ。さっさと入れ」

 男は短剣をちらつかせて中に入らせようとするが、状況がまったく理解できない上に厭な予感しかしないので平太は動かない。

「せめて何が始まるのかくらい教えてくれよ」

 平太がそう言うと、男は「うるさい! 生意気な口を利くな!」と平太の首に短剣を押しつけた。


 剛身術を使えば、こんな短剣などで傷つく事はない。だがここで暴れても騒ぎを大きくするだけだ。そう平太が時機を伺っていると、「わしが話そう」と村長が説明してくれた。

「この儀式は、男にしか受けられんのだ。そしてこの中で男はおぬしだけだからそう決まっただけの話だ」

「儀式って、さっきもそう言ってたけど、具体的に何をすればいいんですか?」

「この村では、揉め事や厄介な事が起こると、村の守り神にお伺いを立てる事になっておる。この檻はその祭壇のようなものだ」

「はあ……」


 檻には入り口が二つあった。

 一つは平太の目の前。幅も高さも普通の扉。

 そしてもう一つはその反対側。だがサイズが異様に大きく見えるのは、目の錯覚だろうか。

「その、村の守り神って何ですか?」

 平太がそう尋ねた瞬間、檻の周囲に集まっていた村人たちの歓声が上がった。

「おお、ちょうど来たようだ」

 村長が歓声の上がった方向へと首を巡らせる。

「来たって――」

 平太もそれを追って、顔を向けた。


 見れば、向かい側の入り口の前に一頭のウルスィスが立っていた。ウルスィスの首には首輪がかけられていて、そこに繋がったアホみたいに太い鎖を大の大人が五人がかりで引いている。

「うわあ……」

 厭な予感がうんざりするくらい的中し、平太は思わず声が出る。檻とケモノと来れば、思いつく事はそう多くはない。今回は、下から数えて二番目の結果だった。


「あの、もしかして――」

「察しの通り、今からあれと戦ってもらう」

「ですよね~……」

「ウルスィスはこの村の守り神だ。余所者や罪人など、扱いが困る者をどうするかお伺いを立てるために、この檻は存在するのだ」

「ちなみに、俺が負けたらみんなはどうなるんですか?」

 長老はふむ、と白くて長いヒゲを手でしごくと、

「知りたいか?」

 その表情は笑うでも憐れむでもなく、ただただ冷静な真顔だった。それゆえに、答えが容易く想像できた。ちなみにそっちは最悪の結果だ。


「いえ、結構です……」

 これはもう、勝つしかない。平太はこんな事ならアルマを呼び出しておけば良かったと後悔するが、今さら言っても後の祭りである。

 だが相手が巨大な獣とはいえ、ウルスィスが大人しくて人懐っこいのはすでに知っている。剛身術を使って適当に転がして見せれば、観ている村人たちも納得してもらえるだろう。

 そう思って平太が檻の中に入ると、すぐさま外から鍵がかけられた。手際がいいというか、隙の無さにため息をつきたくなる。


 反対側の扉が開けられ、ウルスィスが中に入って来る。観客の歓声が一際大きく轟き、温厚なウルスィスはそれに驚いて巨体を小さく縮める。

 不安そうに村人たちを見ては、悲しそうな声で鳴くウルスィスに、平太は早くも戦意がしぼみかける。

「これより、神託の儀を行う!」

 クターロが興奮した声で告げると、村人たちは一斉に腕を天に突き上げて歓声を上げた。それにまたウルスィスが驚く。


 村人が怯えるウルスィスの首輪を外すが、予想通り自由になったところでウルスィスは暴れも逃げもしない。見慣れぬ檻の中に放り込まれ、ただ不安な声を上げるだけだ。

 これでは勝負にならないのではないか。そもそも、こんな大人しい動物が守り神として役に立つのだろうか――そう心配している平太をよそに、村人の一人がウルスィスに向けて紫色の玉のような物を投げて寄こした。

 次の瞬間、村人はまるで玉が爆発でもするかのように一目散に背を向けて逃げ出し、あっという間に檻から外に出て鍵を閉める。


 ウルスィスが玉に興味を惹かれ、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ頃には、村人たちは完全に退避完了していた。

 そしてウルスィスが玉を口に入れ、がりがりかじって飲み込んで数秒。

 突然身体が激しく震えたかと思うと、それまで小動物のように大人しかったウルスィスが、まるで猛獣みたいに吠えた。耳をつんざく咆哮に、村人たちのざわめきが打ち消される。

「なにっ!?」

 いきなりの豹変に平太が半歩下がるが、村人たちはこれが開始の合図とばかりに一斉に盛り上がった。


 ウルスィスはこれまでの愛くるしい仕草が嘘みたいに、牙を剥き出しにする。獰猛さを絵に書いたような太い牙がぎらつき、口の端から粘ついた涎が糸を引いて落ちる。

 完全に飢えたケダモノだった。

 本当にあれがあのウルスィスなのだろうか。つい先ほど平太が撫でていたあの姿は、今や見る影もない。だが平太には、不思議と今の姿のほうがウルスィスの本当の姿のような気がした。


 あれと戦うのか。愛嬌のある姿のせいでしぼみかけていた平太の闘争心に、ここにきてようやく火が入る。あのまま戦わされるよりは、後味の悪さがいくらか軽減されたのは不幸中の幸いだろうか。

 いや、例えどういう姿になろうと、一度触れ合った生き物の命を奪うというのは、あまり気分の良いものではない。

 それまで正気を失ったように吠え立てていたウルスィスが、平太の存在に気がついた。


 平太も、相手が自分を敵だと認識した事に気づいた。

 互いを認識した時点で、戦いは避けられなくなった。やるしかない――平太が腰を落として構えたその時、

「――ピコ?」

 ロジーオの声がした。

 声のほうを振り返れば、檻の外にロジーオが呆然とした顔で立っていた。

「ピコ、お前ピコだろ!? どうしてそんなふうになっちまったんだよ!? お前そんなやつじゃないだろ!!」

 ロジーオは檻に飛びつき、両足で柵を蹴って大声を張り上げる。だがすでに正気を失ったウルスィス――ピコには少年の声は届いておらず、肌を刺すほどの殺気を放ってこちらに向かって来る。


「おい、まさかあれ、ピコなのか!?」

「間違いないよ! オイラがピコを見間違えるわけないじゃないか!」

 そう言われても、平太にはどのウルスィスも同じにしか見えない。だが一番の親友であるロジーオが言うのならそうなのだろう。

 よりにもよってあのウルスィスがピコとは。ようやく戦うと固まりかけた決心が、再びしおれる。


「兄ちゃん……」

 弱々しいロジーオの声が、平太の心をさらに締め付ける。

「ピコを助けて」

 少年の声に、平太は負けた。

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