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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第六章
108/127

さらば黒竜

          ◆     ◆


 竜に乗って何かがやって来る。

 最初にウェントゥスが知り得た情報は、この程度の大雑把なものだった。

 だがその【何か】に向かって近づくごとに、風が与えてくれる情報が精密になっていく。

 匂いが、濃くなっていく。


 今やその【何か】が上位の竜種であり、その背に人間が五人と人間以外が三人乗っているところまでわかっていた。

 そして、目視でその【何か】が黒竜であるのを確認した瞬間、ウェントゥスの中で優先順位が確定した。


 まず何をさておいても、黒竜を先に何とかしなければなるまい。

 あれは他の上位竜種と違い、範囲攻撃ができる厄介な奴だ。しかもそれは重力制御で、自分との相性は最悪だ。重力に捕まって機動力が落ちれば、間違いなく殺されるのは自分である。


 だから、ウェントゥスのするべき事は、黒竜がこちらに気づく前に殺す事。

 そうすれば、黒竜の背に乗っている他の連中も一緒に落ちて死ぬはずだ。

 つまり、黒竜さえ殺してしまえば、すべてが一度で済む。素晴らしい。実に効率的だ。


 しかもこちらはずっと風下。いくら竜種といえど臭いで気づかれる心配は無いし、気づいた時にはもう遅い。

 この空の上でなら、例え相手が上位の竜種であろうと恐れるに足らない。自分が空で遅れを取る相手など、神か魔王くらいだろう。

 絶対の自信をもって、ウェントゥスは空を駆ける。その速度は、音よりも数倍速い。


 こちらが出す気配に、黒竜の持つ野生の本能が反応した。さすがに上位の竜種といえど、本能が出す危険に対する警告は無視できないようだ。

 だがもう遅い。ウェントゥスはさらに加速。最高速度で黒竜の首筋を斜め上から掠めるようにして通り抜けた。


 音も追いつけない速度は、容易く空間を斬り裂く。圧倒的速度で物質が移動した空間は、そこだけ真空に近い状態になり、見えざる刃となってそこにあるものすべてを斬り裂いた。


 巨木よりも太い黒竜の首が、小枝のように呆気なく断たれる。

 ウェントゥスは黒竜の横を通り過ぎた後、ほとんど直角に上昇する。どんな鳥でも真似できない速度と角度で上昇して制動をかけると、ちょうど黒竜の首が落下していくのが見えた。


 遅れて切断面から大量の血が吹き出すと同時に、絶命した黒竜の身体が首の後を追う。ウェントゥスも見届けるべく、黒竜の死体を追った。

 一対の巨大な羽が、空気になぶられてだらしなくひらめく。空気抵抗で複雑な回転をしながら、黒竜だった肉の塊は真っ逆さまに落下し、地面に激突した。

 どずん、と大きな音と激しい振動が上空にまで届き、土煙が高く高く舞い上がった。ウェントゥスはそれを避けるために、少し上昇した。


 やがて土煙が収まると、地面の様子が見えてきた。黒竜の身体は、上空を舞うウェントゥスから見てわかるくらい、めちゃくちゃになっていた。

 魔獣の王と呼ばれる竜種といえど、空の高みから落ちればこの有り様か。ウェントゥスは冷ややかな目で見下ろす。そして、黒竜がこれなのだから、その背に乗っていた人間たちなど原型も留めまいと思った。


 意外に楽な仕事だったな、とその場から立ち去ろうとするウェントゥスの動きが止まる。

 黒竜の落ちた方向を振り返り、確認のために黒竜の周囲をぐるっと見回る。瞳孔が縦に入った爬虫類の目でじっくりと見て回り、黒竜の完全なる死とそれ以外に生きてるものがいないのを確認する。

 さすがに慎重過ぎか、という思いをすぐに振り払う。事が事だし、相手が相手だ。慎重に慎重を重ねるくらいで丁度いい。そう結論づけたウェントゥスは、両手に魔力を集中させ、目にも留まらぬ速さで手刀を袈裟斬りにするように切った。


 両の手刀から生み出された風の刃が、黒竜の身体を十字に刻みながら通り抜けた。黒竜の身体が四等分され、切り口から内臓がこぼれる。これなら万が一奴らが黒竜の身体の下で生き残っていても、今通り過ぎた風の刃で細切れになっているだろう。

 ここまで念を入れて、ようやくウェントゥスは安心した。さすがにこれだけやれば充分だろう。

 血と内臓をだらしなく垂れ流している黒竜を最後にもう一度見て、ウェントゥスは飛び立った。


 思ったよりも早く楽に片付いたので、彼にしては珍しく機嫌が良かった。なので急いで城に戻らず、のんびり飛んで空を楽しもうか。そんな事を考えていた。

          ☽

 ウェントゥスが飛び去ってしばらくすると、目ざとい鳥や獣たちが血や死臭に呼び寄せられるように集まってきた。

 一番乗りの鳥が死肉の塊に降り立つと、他の者たちも慌てて獲物に飛びつく。そうしてあれよあれよという間に黒竜は獣たちに群がられた。


 こうなってしまうと、もう黒竜は魔獣の王でも何でもなく、ただの巨大なエサだった。本来なら堅牢な鱗は獣の牙などまったく歯が立たないが、今はおあつらえ向きに切り分けられているので肉は景気良く食いちぎられ、獣たちの胃袋に収められていく。

 二つしかない貴重な目玉を奪い合い、鳥と獣の争奪戦が始まった。獣が鳥の足に噛みつき、ぶんぶんと振り回して投げ捨てる。地面に打ちつけられた鳥は悲鳴を上げ、それきり動かなくなる。


 こうして黒竜の死骸を基盤に、小さな弱肉強食の世界が生まれた。そしてその端っこで、平太たちはこっそりと息を潜めていた。

「……行ったか?」

「行ったね」

「そろそろ出ても大丈夫ではないでしょうか?」

「よし、」

 突然空間が裂けたように切れ目が入り、裂け目から平太が顔を出した。

 いきなり現れた平太の顔に、黒竜の肉をついばんでいた鳥たちが驚いて一斉に飛び立ち、その羽音を聞いた獣がまた驚き慌てて逃げ出す。


「よっこらしょ」

 裂け目から平太が完全に身体を出すと、続いてドーラたちがわらわらと外に出て来た。

「危ないとこだったね」

 大きく伸びをするドーラ。

「それにしても、あの黒竜の首を一瞬で斬り落とすとは」

 スィーネの疑問に、グラディーラが「うむ」と答える。

「あれはウェントゥス。魔王の配下四天王のうちの一人だ」

「あれが……」と平太。


「とうとう四天王が全部出て来ちまったな」

 シャイナは参ったな、という顔で頭を掻く。そして落下して切り刻まれた上に鳥や獣に食い荒らされている黒竜を見て、

「しっかし用心深い奴だったな。グラディーラの空間に避難してなきゃ、最後のあの一撃で全員真っ二つだぜ」

 それに関しては、全員素直に頷く。まさかしつこく確認した上にトドメを刺していくとは思わなかった。きっと病的なまでに几帳面な性格をしているのだろう。魔物にも、色々な者がいるのだなと感心してしまう。


 ともあれ、黒竜が落下を始めた時に、真っ先にグラディーラの空間に避難する事を提案した平太の判断は正しかった。もしあのまま黒竜の背中にへばりついていたら、落下の衝撃には耐えられてもその後ウェントゥスに見つかるか、トドメの一撃で斬殺されていたに違いない。


「かわいそう……」

 シズのつぶやきに、全員が振り返る。

 見れば、平太たちに敵意が無いと判断した鳥や獣たちが戻って来て、再び黒竜の肉を貪り始めていた。

「せめて、この鳥や獣たちを追い払ってあげられないでしょうか?」

 接していたのはわずかな時間であったが、シズは黒竜に対してそれなりに情が湧いていたようだ。

 その背に身を預けた相手が無残に食い散らかされていくのは耐えられない、というシズの悲愴な声に、平太は言葉が出せなかった。


 代わりに言葉を発したのは、シャイナだった。

「それよりも、こいつの鱗や牙をデギースに送らないか?」

「え……?」

 突然の話に、シズは意味がわからないという声と顔をした。

「魔王の城に着くにゃあまだ当分時間がかかるから、その間に何かできるかもしれねえだろ」

 あまりにも現実的、そして無情とも言える提案であったが、シャイナの意見は珍しく至極論理的であった。

 ただ、感情は置いてけぼりだった。


「そんな。鱗や牙を剥ぐなんて可愛そうじゃないですか!」

「ここはもう敵地だ。装備は少しでも強化しておきたい。この先手に入るかわからないしな」

「酷い! この子はわたしたちのせいで死んだようなものじゃないですか! それを、魔物と同じように死体を剥いで武具を作ろうだなんて、よくそんな事が思いつけますね!」

 シズが叫んでもシャイナは眉ひとつ動かさない。自分の意見が正しいと思っているからではない。ただ、誰に嫌われようとそうしないといけない状況だという事を知っているからだ。


 今は感情論で動いている場合ではない、というのはシズ以外の誰もが理解していた。だが、だからといってシズの感情を無視できるほど、彼らは傲慢でも冷血でもなかった。

 黒竜の死体の前で立ちはだかるシズの前に、アルマが一歩踏み出す。

「じゃあそれを言うなら、一番責任があるのはこの子に高度を下げさせて敵に見つからせたわたしじゃないかしら?」


「それは……」

 悪役が必要なら自分が引き受けよう、とでも言うのだろうか。あえて悪ぶった口ぶりで挑戦的に詰め寄るアルマに、今度はシズが防戦に回る。

「だったら、その原因を作ったのはボクだ。ボクが寒さを堪えていたら、アルマは黒竜の高度を下げなかった。だから、一番悪いのはボクだ」

 ドーラが悪役候補に名乗りを上げた事によって、状況が一変した。アルマだけなら悪い冗談で済ませられるギリギリの展開だったのが、ドーラが参戦してシャレにならない空気になった。案の定シズは引くに引けなくなり、このままだと本当に誰が戦犯か犯人探しをしなければこの場が収まらなくなりそうになる。


「俺も、シャイナに賛成だ」

 平太の声が、危うい空気をさらに危うくする。

「ヘイタ様……」

 こちらを見るシズの顔は、裏切られたというような絶望感がありありと出ていて、平太は軽くトラウマになりかけた。

「ま、まあまあ、ちょっと俺の話を聞いてくれ」

 慌てて平太が訂正を入れると、今にも死にそうだったシズの顔が少しだけ元に戻った。


「確かに、俺たちをここまで運んでくれた黒竜の亡骸をぞんざいに扱いたくない、というシズの気持ちはわかる」

 シズの顔が少し明るくなる。

「――が、シャイナの言う事ももっともだ。地図も土地勘も無い俺たちが、街にたどり着けるかどうかわからない。もし着いたとしても、そこに使える武器や防具が売ってるかどうか。そんな不確実な運頼みをするよりは、確実に手に入りそうな方法を取るのは理に適っているとは思わないか?」

「けど……」

 シズが今にも泣き出しそうな顔をする。


「それに、これは俺の勝手な想像だが、黒竜だってそうして欲しいんじゃないかと思うんだ」

「え? どういう事?」とドーラ。

「俺たちを乗せてこんな所まで来なけりゃ、黒竜コイツは殺される事は無かったかもしれない。だが、それは結果論であって、直接コイツを殺したのは誰だ?」

 生徒に質問をぶつける教師のように、平太はグラディーラを指差す。突然の事に少し身構えたグラディーラであったが、すぐに平太の欲しい答えを返してくれた。

「それは当然ウェントゥスだ。黒竜の直接の死因と言えば、あいつ以外にありえない」

 百点満点の答えに、平太は満足そうに「だろ?」と頷く。


「だったら、コイツはウェントゥスに一矢報いたいと思ってるかもしれない。例え身体は死んでも、自分の牙や爪で奴に一撃かましてやりたいと。俺たちにできるのは、せめてその思いを叶えてやる事くらいじゃないだろうか」

 明らかにこじつけというか、屁理屈であった。だが、その気持はわからないでもない。自分だって理不尽な殺され方をしたら、例え牙や爪だけになってもせめて一矢報いたいと思うかもしれない。そう考えると、平太の屁理屈を頭から否定する事はできなかった。


 ただ一人を除いて。


「死者の遺志を尊重しようというのは殊勝な心がけですが、だからと言って遺体から爪や牙を剥ぎ取って良いものではないでしょう」

 スィーネの登場に、平太は自分の空論が瓦解する音を聞き、その他の連中は黒竜が土に還る幻影を見た。

 しかし一同の予想とは裏腹に、スィーネは小さくため息のような吐息を吐くと、

「それならばせめて死者に敬意を払いなさい」

 そう言うとスィーネは黒竜の死骸に向き直り、その場に片膝を着いて祈りの言葉を唱え始める。


 朗々と響くスィーネの歌うような祈りは、黒竜をついばむ鳥や肉を噛みちぎる獣の行為を止める類のものではなかった。

 だが平太たちには、例えそれが気のせいや自己満足の類であろうとも、スィーネの祈りによって黒竜の魂が救われたような気がした。

 平太は目を閉じ、そっと黒竜に向けて両手を合わせた。それは、彼のいた世界での、死者に向けて示す礼であった。


 スィーネの祈りが終わる。

 最後にひと言、「ありがとう」という言葉を残してスィーネは立ち上がる。平太たちもそれぞれ礼の言葉を述べ、黒竜との別れを果たした。

          ☽

 平太たちは黒竜から爪や牙と鱗の一部を剥ぎ取ると、ドーラの魔方陣を使ってデギースに送った。送る際、シャイナが何やらドーラに頼んで手紙を添えてもらっていたようだが、おおかた先割れスプーン関係の事だろうと平太は気に留めなかった。


 すべてが終わる頃には陽も傾きかけていたので、今日はもう動かない事にした。現在位置もわからないのに闇雲に動くと危険だからだ。

 グラディーラの空間から馬車と馬を取り出し、星が出るまでに野宿の準備をする。夜の帳が下りて星が顔を覗かせると、ドーラが星の位置から現在地を大まかだが割り出してくれた。


 測定結果とドーラの記憶にある地図から算出すると、平太たちの今いる場所はフリーギド大陸の南、海岸線ギリギリの本当に端っこだった。つまり到着したはいいが端っこもいいとこなので、魔王の城までは実質大陸を縦断するくらいの距離が残っているという事になる。

「……まあ、フリーギド大陸に着いただけでも良しとしよう」

「そうだね……。とりあえず当初の目的は果たしたわけだし」

 平太とドーラは現状を受け止めると、黙々と寝る準備を始めた。明日は朝から移動である。無駄にできる体力と食料は無いのだ。

          ☽

 翌朝。

 平太たちは改めて出発の準備をする。空路で直接魔王の城に攻め込む計画は破綻してしまったが、まだ失敗ではない。フリーギド大陸にはもう上陸できているのだ。後はどうとでもなる。

 とはいえ、ここはもう敵の勢力圏内である。これまで通り陸路を馬車で移動できると思わないほうがいいだろう。


「やっぱり、偽装とかしといたほうがいいかな?」

 馬を馬車に繋げながら、平太が提案する。

「それだと余計怪しまれるよ」

「フツーにしてりゃいいんだよ。どうせどっから見てもただの旅人なんだから」

 ドーラとシャイナにダメ出しされ、平太は「そうか……」と少し残念そうにつぶやく。


「それよりもヘイタ様、どこかで補給しなきゃいけない事のほうが問題じゃないですか?」

「え? でも食料や水の補充はフリーギド大陸に向かう前にやっただろ?」

「ですが、」

「それは空路で往復した場合の計算だったからね。黒竜があんなになっちゃって陸路に変更した今、明らかに水も食料も足りないよ」

 そう説明したのはドーラだった。


「となると、どこかで村か街に寄って買い物をしないといけませんね」

「どこかってどこだよ?」

 シャイナのツッコミに、スィーネは「それは……」と口ごもる。皆フリーギド大陸は初めてだし、今回はパクス大陸のように観光ガイドじみた地図は無いのだ。おまけに言えば、現在地も明確にはわかっていない。黒竜でひとっ飛びだと考えていたから、誰も事前にフリーギド大陸の地図を用意するなどの準備をしようと思いつかなかったのがここで災いした。


 初めて来る土地なのにまったく知識が無い。よくよく考えたらとんでもなく不安な状況に、一同の空気が重くなる。

「ま、何とかなるだろ」

 だがそんな沈んだ空気を吹き飛ばしたのは、いつもの平太の軽い声だった。

「魔王の城があるフリーギド大陸ったって、人が住んでるのは間違いないんだ。人が住んでるなら、どっかに村や街の一つくらいあるだろ。それなら、運が良けりゃどれかにたどり着けるさ」


「運が良けりゃってお前……」

 言いながら、シャイナの苦笑いからじょじょに苦味が失せていく。ついには平太と同じような頭の軽そうな笑みになって、

「そうだな。何とかなるか。食い物だって、その辺で狩ればいいだけだしな」

 とうとう平太の楽観主義が伝染ってしまった。


 ウィルスにも似た平太の楽観主義は、感染者のアホ具合によって感染度合いが上下するものの、長い時間共に過ごしたドーラたちにも確実に感染していた。

 そしてシャイナが発病する事によって、

「そうだね、何だかんだいってボクらは運がいいし、何とかなる気がしてきたよ」

 ドーラが、

「そうですね、きっと大丈夫ですよ。これまでだって何とかなってきたんですし、いざとなったらまたわたしが鳥になって空から探してきますよ」

 シズが、続けて発病した。


 次々と、前向きと言えば聞こえはいいが、考えなしの行き当たりばったりを肯定しだす中、ただ一人スィーネだけが冷静だった。

 だがスィーネとて、感染していないわけではない。以前に比べたらかなり顔から険が取れ、柔軟な思考ができるようになっているのは、付き合いが長いドーラたちから見れば一目瞭然である。

 ただ、以前が堅すぎたのと、他の連中が呑気過ぎてこれ以上弛めないのだ。このメンツでスィーネまでがアホになったら、あっという間にパーティが崩壊するだろう。


「前向きなのは結構ですが、もう少し現実的な話をしましょう」

 冷淡なスィーネの声に、上がり調子だった平太たちのテンションの上昇が止まる。

「確かにこのフリーギド大陸にも人が住んでいますが、魔王の支配力が他の大陸よりも強い危険な地域なのを忘れてはいけません。もしかしたら、魔族が人に化けて旅人を襲う村、なんていうのもあるかもしれないのですよ」

 まず最初に平太が怒られ、

「次に食料問題ですが、狩りをすれば何とかなると言って、何とかならなかったらどうするつもりなのですか。狩りをする余裕があるならまだしも、本当に空腹の時にそんな体力があると思いますか? それよりも普段の食事の量を押さえ、倹約しながら旅をするほうがよほど堅実です」

 シャイナが怒られ、


「運? 運って何ですか? 運に頼るのは、人事を尽くしきってからにしなさい。自分でできる事を何もせずにただ運に頼るものを助けるほど、神は寛容ではありませんよ」

 ドーラが怒られ、

「いざとなったら鳥になって空から探す? 寝言は寝てから言いなさい。そもそも、黒竜がどういう目に遭ったかもう忘れたのですか。このフリーギドの空には、黒竜をも一瞬で倒す者がいるのですよ。そうでなくとも、さっき言った通りここは魔物の勢力が他の大陸よりも強いのだから、空が地上よりも安全だという保証はどこにもないのですよ」

 シズまで怒られた。


「まったく、暗く落ち込むのも良くないですが、根拠も思案も無くただ楽観的なのはもっと良くないですよ。いくら気持ちが明るくなっても、世の中できる事とできない事があるのです。船頭が行けると思っても、船は山を登らないでしょ。それと同じです」

 最後に全員を万遍なく怒ると、スィーネは大きくため息をついた。

「何度も言いますが、ここはもう敵陣の中。これまで以上に慎重に進むべきでしょう」


 最後に全員を見回し、厳然とした声で言う。

「わかりましたか?」

 その問いに、平太たちは弾かれたように気をつけをし、全員が直立不動の姿勢で一斉に「はい!」と答えた。

「よろしい。では出発しましょう」

 そう言ってスィーネはにっこりと笑った。

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