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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
106/127

ドラゴンマスター

          ◆     ◆


 黒竜の墜落したクレータに、平太がゆっくりと降り立つ。

 両足が地面に着くと、背中のスラスターから放出される魔力が止まり、可動フィンが閉じると噴射口が消えて無くなるように元の背中に戻った。


「何も見えないな」

 クレーターの中心には土煙がもうもうと立ち込め、目の前に伸ばした手の指先が見える程度の視界しかない。

『気をつけて。一撃入れたとはいえ、あの程度で大人しくなるほど可愛い奴じゃないからね』


「まあ、あれで死なれちゃあこっちも困るんだけどな」

 今回の目的は討伐や退治ではなく、黒竜を屈服させて従えさせる事だ。

 そして黒竜の背に乗って海を渡り、魔王の城のあるフリーギド大陸に向かうのが最終目的である。殺してしまっては意味が無い。

 だが、だからと言ってあの程度でおしゃかになられても困るのだ。

 何しろ先述の通り、目的地は魔王の城だ。つまりラスボスがいる大陸エリアに乗り込むのだから、そこにいる魔物の強さも生半可なものではあるまい。乗り物といえど、それらに対して戦力になってもらわねば困るのだ。


『ヘイタ、』

「わかってる」

 グラディーラが忠告する前に、平太はそれに気づいていた。

 これだけ濃密な土煙が漂っているのだ。平太が少し動くだけでも、土煙の流れが乱れる。

 平太よりもさらに巨大な、黒竜の動きともなればその比ではない。

 目に見えて乱れる土煙の流れの中から、黒竜の前脚と思しきものが平太に向かって突き出された。


「意外と元気そうだな」

 だが平太は慌てず騒がず、剣と同化した右腕を無造作に振るって黒竜の手をぴしゃりと叩く。

 軽快な音の後に、黒竜の悲鳴がキリウム山に響いた。

          ☽

 そこから先は、立場が完全に逆転していた。

 黒竜が何をしようが、平太には無意味だった。

 懲りずに加重力で押し潰そうとしたが、逆に体重が数十倍になった平太に足を踏まれ、黒竜は悶え苦しんだ。

 痛む足を堪え、もう一度上空から落としてやろうと反重力で平太を吊り上げる。

 だが地面に激突する前に鳥のように翻り、仕返しとばかりに頭を何発も殴られた。


 踏んだり蹴ったりだった。

 空に逃げる暇も無かった。

 自分をここまで痛めつけられる存在が火竜以外にもいた事に、黒竜は初めて気がついた。

 それに気づくのに、数えきれないくらい殴られた。

 もっと早く気づけば良かった。

          ☽

「だいぶ大人しくなったな」

 平太が黒竜を打つ手を止めると、さすがにどちらが強いのか理解したようで、黒竜はゆっくりと頭を地面に下ろし、平太に平伏するような姿勢をとった。

『どうやら無事、上下関係が成立したようね』

 黒竜が服従したのを確認すると、平太が光に包まれる。光が晴れると、アルマとグラディーラの融合も解け、平太は平服に戻っていた。さすがに無傷とはいかず、身体中あちこちに打ち身のような青あざができていた。


 と同時にグラディーラの空間に避難していたドーラたちが現れ、黒竜の前に全員集合という形になる。

 最初に飛び出したのは、シズだった。

「ヘイタ様!」

 平太に飛びつくと、シズは平太の胸に顔を押しつけて泣き出した。

「もうっ、ダメかと思いました! いくら伝説の鎧でも、あんなに、あんなに高い所から何度も落とされて、わたし、見てられなくて――」

 そこから先は言葉にならず、シズは子供のように泣きじゃくる。


「コイツ、お前を助けに行くって外に出ようとしやがってよ。止めるの大変だったんだぞ」

 シャイナは少し掠れた声でそう言うと、やれやれといった感じでシズの頭に手を置いて、軽く二回叩く。

「ま、あたしはな~んも心配してなかったけどな」

「そのわりには声が枯れるほど叫びまくってましたが」

 ぼそりとスィーネが言うと、シャイナは顔を真っ赤にして身体を震わせる。

「う、うるせえ! ありゃ応援だよ!」

 さらに顔を赤くして怒鳴るシャイナを、ドーラが「まあまあ」となだめる。


「ヘイタ、お疲れ。ともあれ、無事で良かった」

 平太に向き直って労いの言葉をかけるドーラの目は、少し充血している。

「でも、こういうのはもうやめて欲しいな。見てるだけってのは、何て言うか、本当にやるせないよ」

 ドーラが鼻をすする。その頭を、スィーネは数回撫でると、平太の傷に回復魔法をかけ始めた。彼女が祈りを捧げて手をかざすと、掌に温かい光が点って平太の傷を癒やす。


「アルマさんのお陰でこの程度で済んでいるのでしょうが、それを踏まえても貴方は無茶をしすぎです」

「ごめん」

「謝るくらいなら、初めからしないでください。一人で何もかも背負い込まないと決めたばかりでしょうが」

「返す言葉もございません……」


 どうやら、みんなに相当心配をかけてしまったようだ。上がったり下がったりしてる時は夢中で気づかなかったが、見てる側からするとめちゃくちゃ派手にやられているように見えたのだろう。

 いや、実際派手にやられたもんだ、と平太は自分の立っている場所を改めて見る。ここまで広くて深いクレーターができるほど地面に何度も叩きつけられたのだ。傍から見たら、死体も残らないと思う。


 それでも、彼女たちはそこから動けなかった。

 いや、動けないようにしておいたのは自分だ。

 相手が黒竜という事もあって、安全を考えて皆を別の空間に避難させたが、逆にそれが彼女たちに不安や、何もできないもどかしさを感じさせる結果になっていた。


 もし立場が逆だったらと思うと、平太は自分の考えが酷く的外れだった事に気づく。

「みんなごめん、心配かけた」

 皆に向かって、平太が頭を下げる。

 仲間が傷ついている時に何もできないのは、自分が傷つくよりも痛くて苦しいなんて、平太はこの世界に来なかったら一生気づかなかっただろう。


 いや、そうじゃない。

 異世界グラディアースに来て、

 彼女たちと出会えたから、

 仲間ができたから気づけたのだ。


「これからは、一人で戦うなんて馬鹿な真似はしない。みんなで一緒に戦おう」

 平太が顔を上げると、そこにはドーラたちが呆れつつも嬉しさを隠せずにいるという顔で立っていた。

「ったくしゃーねーな。お前はあたしらがいねーとほんっとダメだな」

「そうだよ。ヘイタ一人じゃ頼りなくっていけない」

「そう言ったからには、きちんと守ってくださいね。もし破ったら、どれだけケガをしていようと、わたしは治しませんからね」

「わ、わたしは、戦いでヘイタ様のお役に立てるかどうかわかりません……が、今日みたいになんにもできずにただ見ているだけなのはもう厭です。だから、絶対に、もう二度と、一人で全部何とかしようだなんて思わないでください」

 たとえそれがわたしたちを守るためであっても。シズは震える喉で最後にそうつけ加えると、ふん、と大きく鼻から息を吐いた。


「ごめん、本当にごめん」

「もう、ヘイタはそればっかりだなあ。それより約束だよ。二度と一人で無茶はしない。はい復唱」

「二度と一人で無茶はしない。誓うよ」

「誰に対して誓うのですか?」


 スィーネの問いに、平太は即答する。

「みんなにだ」

 平太はあえて、神ではなく彼女たち仲間に対して誓った。何故なら、知らないし見たこともない神なんかよりも、今目の前にいる仲間たちに誓うほうが遥かに厳粛だと思ったからだ。


 その考えが通じたのか、スィーネは少しの間平太をじっと見つめていたが、

「その誓い、忘れぬように」

 平太の言葉を誓いとして受け入れた。

 僧侶であるスィーネに誓いと認められ、平太はほっと胸を撫で下ろす。が、これは同時に、誓いがただの言葉ではなく、誓約として成立した事を表すのだが、アホな平太はまだこの時、自分が何をしでかしたか知らずにいた。


 そうして平太の件が一段落すると、それまで保留にしておいた事に目を向けなければいけなくなる。

 具体的に言うと、平太たちに向けてずっと頭を伏せた状態でいる黒竜の事だ。

「あの~、それよりも――」

 シズが恐る恐る切り出す。

「この子、どうしましょう?」

 竜の中でも上位種で、さらにその中でも最強に近い黒竜をこの子呼ばわりするのはさておき、すっかり平太に服従した黒竜の前に、ドーラたちは並ぶ。

 改めて間近で見ると、火竜の時もそう思ったが、大きいなんてもんじゃない。立った状態なら二階建ての家よりも大きいだろう。伏せた状態は、尻尾を足せば全長50メートルほどで、重さに関しては見当もつかない。


「さ、触っても大丈夫でしょうか?」

「これから乗るんだから、触るくらいどってことないわよ」

 アルマのお墨付きが出たので、シズはおっかなびっくりといった感じで黒竜の身体に手を伸ばす。

 黒竜の名に相応しい漆黒の鱗は、掌に金属的な冷たさを感じさせたが、その下にある皮膚は、予想に反して軽く押せば手が沈むほど柔らかかった。

「なんだかこうしてるとだんだん可愛く思えてきますね」

 犬を撫でるようにシズが黒竜の身体を撫でていると、黒竜が顔をシズに寄せて大きな鼻で匂いを嗅ぎにきた。


 頭がすっぽり入るほどの鼻の穴に迫られ、シズは慌てて手を離して気をつけをした。黒竜が息を吸い込むたびに、シズの栗色の髪が鼻の穴に吸い寄せられる。

「あの、わたし、食べられたりしませんよね……?」

「だいじょ~ぶよ。匂いを憶えてるだけだから。むしろちゃんと憶えてもらわないと、乱戦の時うっかり敵と間違えて食べられちゃうわよ~」

 冗談めかしてアルマがぱくりと食べる仕草をすると、シズは「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて硬直したように固まり、黒竜に全身くまなく匂いを嗅がれる。


「みんなもシズちゃんみたいにしっかり匂いを憶えてもらってね~ん」

 アルマに言われ、ドーラたちは横一列に並んで順番に黒竜に匂いを嗅がれた。これが必要な行為で、黒竜はもう敵ではないとわかっているはいえ、鼻息がかかるほど至近距離に立つドーラたちは、皆大なり小なり顔が引きつっていた。

          ☽

 無事全員の顔と匂いを黒竜に憶えさせると、例によってドーラが一同に向けて切り出した。

「で、これからどうする?」

「そりゃあ黒竜も仲間にしたんだし、行くとこなんて決まってるだろう」

 味も素っ気もない平太の答えに、ドーラはわずかに眉を寄せる。

「そうじゃなくて、この黒竜を他に有効活用できないかって話だよ」

「有効活用って、乗って飛ぶ以外に何があるんだよ?」

「そうだなあ……例えば、黒竜にオリウルプスの王城を攻めさせるとか」


 突拍子もないドーラの提案に、平太たちは一瞬「なにその楽しそうな話」みたいに沸き立つが、すぐに「いやいや、それはいくらなんでもまずいだろう」と冷静になった。

「魅力的なお話ですが、やはり後々の事を考えるとそれはやめておいたほうが良いでしょうね」

「だよねえ。悪いのは王様だけだし、急に国の最高権力者がいなくなったら困るのは国民のほうだしね」

「けどよ、あのままあのデブに舐められっぱなしってのも癪に障るぜ」

 シャイナが忌々しげに拳を掌に打ちつけると、皆同感とばかりに一斉に唸る。


 確かに、あの国王には一度しっかりと落とし前をつけてもらいたいものだが、かといって黒竜で城攻めなどをした日には、どう見てもこちらが悪者だ。

 それにスィーネの言う通り、王都の要である王城を下手に攻め落としたりしたら、国民感情やらその後の政策やら治安やら非常にめんどくさい事になる。

 平太たちなどでは想像もつかないくらいめんどくさい事になる。

 かと言って、いつまでもあの国王を野放しにしておくのも気に食わない。何しろあいつが良しと言うまでは、平太たちはお尋ね者のままなのだ。できれば成人病とか痛風とか、誰も傷つかない原因で一秒でも早く死んでいただきたいものだが、なかなか現実はそう思い通りにはいかない。


 その後も、黒竜に乗って世界を周り、勇者の存在を周知するとか、黒竜でオリウルプスに凱旋し国王に見せびらかすなどの案が出たが、どれも各国の情勢をいたずらに刺激するだけだという結論に至り、結局何もせずに当初の予定通りこのまま魔王の城のあるフリーギド大陸に向かおうという事になった。

「……なんか、長々と話し合ったわりには実のない結果だったな」

「モノが黒竜だからね。自分で言い出しておいてナンだけど、下手に人目につくと大騒ぎになるし、権力者にとっては伝説の武具なみに政治や戦争の道具にしか見えないから、そもそも知られると拙いんじゃないかな」


 考えれば考えるほど、黒竜は切るに切れない困ったカードである。これはよほど切る時機や相手を選ばなければ、とんでもなく悪い結果になる、ある意味ジョーカーよりも扱いに困るカードだ。

 だが実のある答えは出なかったものの、結果として早まった行動を取らずに済んだのは、話し合った甲斐があったのかもしれない。

「とりあえず、慣らしがてらに飛んでみようか」

「それじゃあちゃっちゃと馬車を収納して、処女飛行と洒落込もうじゃない」

「おう」


 こうして平太たちはグラディーラの空間に馬車を放り込み、黒竜の背に乗る事にした。

 黒竜が片方の前脚を差し出すと、平太たちはそれをスロープのようにして上っていく。

 背中に着くと、巨大な二対の羽が視界に飛び込んできた。

「うわあ、近くで見るとやっぱり大きいですね」

 船の帆みたいな大きさの羽に、シズが感嘆の声を上げる。

「さすがに竜の背中は広いな。これなら多少激しく動かれても落ちる心配はないだろう」

 そう言うと平太はその場にあぐらをかいて座った。皆も彼の周辺に思い思いの格好で腰を落ち着ける。


「ところで、どうやって竜をフリーギド大陸に向かわせればいいんだ?」

 平太の疑問に、ドーラたちは「あ」と今さら大事な事に気づく。

「大丈夫よ。わたしがこの子に指示を送るし、この子だって見た目ほどおバカじゃないから心配しないで」

 そういえば、アルマは竜の気配が追う事ができた。となると、竜に対して何かしらの技能や知識があるのだろう。ならば任せておいて間違いはない、と平太は判断した。

「じゃあ、黒竜の事はアルマに頼むよ」

「任せて。それじゃあ、そろそろ出発するわよ」

 アルマが皆に視線を向けて言うと、平太たちはそろって頷いた。

          ☽

 全員が背中に乗った事を確認すると、黒竜はゆっくりと頭を上げる。そして背中に乗せた平太たちを落とさぬように、羽を優しく羽ばたかせて身体の平行を維持したままゆっくりと地面から浮き上がる。

 そうして緩やかに垂直上昇してクレーターから地上に出ると、黒竜は重力を無視して軽やかに飛び立った。


 その一部始終を、クレーターの近くから見ていた影がいくつかあった。

 影たちは隠れていた岩から出て、今しがた黒竜が飛び去っていった方角を見上げる。ケインとその側近たちだ。側近の一人が信じられないという声でつぶやく。

「黒竜が背に人を……?」

「あの黒竜を力でねじ伏せ従えさせるとは、いったい何者だったのでしょう?」

「それに、どこに向かって行ったのやら」

 己が目を疑う側近たちであったが、ただ一人ケインだけは、自分が見たものを受け入れていた。


 彼は確かに見た。

 黒竜の背に乗っていたのが、平太たちだったのを。

 彼らなら、やるかもしれない。

「ケイン様、如何いたしましょう?」

「ん? ああ、そうだな……。とりあえず残った兵を直ちにまとめ帰還するぞ。ケガ人には誰かが手を貸してやれ。一人たりとも残して行くなよ、これは厳命だ」

 ケインが指示を出すと、側近たちは「はっ」と返事をしてすぐさま駆け出した。


 その背を見送り、ケインは再び考える。

 平太たちの目的は、魔王討伐だったはず。だとしたら、黒竜もそのために必要だったのだろう。

 そうなると、自分は彼らのためにどうすれば良いものか。

 この事を王に報告するか。

 それとも。

 せめて彼らの邪魔をしないためにも、ここは思案のしどころだった。

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