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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
105/127

平太、翔ぶ

          ◆     ◆


 アルマの中和魔法で、黒竜の重力制御が中和された。

 足が地面に沈み込むような感覚が消え、平太は自由に動ける事を確認すると、

「よっしゃ!」

 弾かれたように飛び出した。


 手近な兵士に駆け寄ると、足を止めるのももどかしく鎧を掴み、大根でも引き抜くかの如く引っ張り上げる。

「うおっ!?」

 地中から引っこ抜かれた兵士が、驚きの声を上げながら地面に落ちる。

 兵士は正体不明で奇妙な全身鎧を着た平太の姿に驚くが、平太は彼に背を向けて次の兵士を引き抜こうと駆け出す。


 振り向かずに叫ぶ。

「今のうちにできるだけ仲間を助けてここから離れろ!」

 その言葉に、兵士は平太の事はさて置いて、慌てて近くの仲間を助けに走る。そして助けられた兵士はまた他の兵士を助けに走る。こうして連鎖的に兵士たちが救助されていくと、わずかな時間でほとんどの兵士が黒竜の重力制御圏内から離脱できた。


「よし、これでもう大丈夫だな」

 左手に掴んだ兵士を地面に下ろし、平太は周囲をぐるりと見回す。満足そうに頷くと、足元から声がかけられた。

「お、おい、」

「ん?」

「ありがとう、お陰で助かった」

「れ、礼は、いらない。それより、早くここから逃げたほうがいい。これから先は、もう、助けられる余裕はない、と、思う」


 突然他人に話しかけられ、つっかえながらもどうにかそう言うと、兵士は「わかった。そっちも気をつけてくれ」と近くの兵士に肩を貸しつつ立ち上がる。

 ふと、何かを思い出したようにその動きが止まり、再び平太のほうを振り向く。

「おい――」

「まだ、何か……?」

「あんた……何者だ?」

「な、名乗るほどの者じゃない――」

 そこで平太は言葉を止め、少しためらって兜の中で顔を赤くしつつも、

 言った。


「ただの勇者だ」


 次の瞬間、もの凄い速度でその場から離れた。

 言った。

 恥ずかしいけど、言った。

 顔が燃えるように熱い。いくら異世界の恥はかき捨てで、鎧で全身を覆っているとは言え、これは恥ずかしい。できればすぐにでもこの場から立ち去りたいが、あいにくこれからが本番だ。


 兵士たちが皆避難したのを確認すると、アルマが中和魔法を解く。途端に黒竜の超重力が復活し、全身を強烈なGが襲う。

 立ち止まり、空を見上げる。上空の黒竜が、こちらをじっと見ていた。

 どうして重力で捉えたはずの獲物たちが突然自由になって逃げ出し始めたのか、黒竜にはまだ理解できないようだ。爬虫類特有の無表情でありながら、戸惑っているのが見てわかる。

 やがてその原因が、今眼下にいる銀色の小虫だと気づいたというのも、見てわかった。


『ただの勇者、か。謙遜なのか尊大なのかわからんな』

『名前も顔も明かさない人が言っても、ぜんぜん説得力ないわよね~』

「う、うるさいなあ。咄嗟に訊かれてテンパってたんだよ……」

 それよりも、と平太は強引に話題を変える。

「アルマ、魔力はどれくらい残ってる?」

『ほんのちょっぴりってところね。でも、もうわたしの出番はなさそうだし、問題ないわ』

『ヘイタに黒竜の重力制御は関係ないしな。ところで、これからどう攻める?』

 相手の攻撃が無効化できたとしても、相手にずっと空中に居座られては意味が無い。どうにかして地上に引きずり下ろして同じ土俵に立たせるか――


「グラディーラ」

『何だ?』

「ちょっと試してみたい事があるんだが、」

 鎧の中でにやりと笑う平太に、グラディーラは厭な予感がした。

          ☽

 黒竜は悠然と空に浮かんでいた。

 巨大な羽をゆったりと羽ばたかせ、じっと地面を見ている。

 足元には、あれだけいた兵士たちがすっかりいなくなっている。見えるのは、銀色に光る小さな豆粒のような人間だけ。


 向こうもこちらを見ているが、ただそれだけだ。見たところ手に持っているのは巨大だがただの剣のようで、仮に投げたところでここまでは届かないだろう。

 相手にするまでもない。黒竜はそう判断し、次はどうやってこの銀色の虫を使って遊ぶかに思考を切り替えた。

 この銀色は、他の虫たちが潰れるほどの重力の中を、平然と歩いてここまでやってきた。どうやら虫の中にもなかなか根性のある奴がいるようだ。


 だが、所詮虫は虫である。こうして空にいる限り、虫は何も手出しできない。現に今もこうして自分を見上げる事しかできないでいる。

 だったら、この先もこちらからの一方的な蹂躙だ。

 潰して駄目なら――、と黒竜が次なる遊びを始めようとしたその時、

「うおおおおおおおっ!!」

 銀色の虫が空中を駆けて来た。

          ☽

 平太は、空中を駆けていた。

 これは平太が剛身術を使っているわけでも、アルマが中和魔法を使っているわけでもない。

 正解は、グラディーラが空間を階段上に固定し、その上を平太が走っているのだ。


 これは簡単に言い表しただけで、実際は平太が一歩踏み出した先の空間を固定し、次の一歩はその前のより少し上の空間を固定するという方法なので、グラディーラの負担はかなり大きい。

 ともあれ、平太はこの方法でもの凄い速度で黒竜へと迫りつつあった。

「空中を走るって何だか妙な感覚だな」

『無駄口はいいから集中しろ。わたしの魔法に合わせて走らないと、一歩でもずれたら真っ逆さまだぞ』


 もうすでにかなりの高さまで上って来ている。もし足を踏み外して落下したら、いくら剛身術でもどうなるか。

「そもそも落下の衝撃って、剛身術で無視できるんだろうか?」

『知るか! いいからキビキビ走れ!』

 グラディーラに怒鳴られる。見れば、黒竜まであと少し。

「これなら届きそうだな」

 平太の思考を受け、グラディーラが次の足場の強度を最大に上げる。


 次の瞬間、平太は剛身術で脚力を目いっぱい強化する。

「行くぜ!」

『応!』

『は~い』

 聖なる武具たちの返事と同時に、平太は思い切り足場を蹴る。弾丸のように一直線に黒竜に向けて跳ぶと、勢い余って飛び越す。


 先手必勝――と思いきや、

「いかん、飛び過ぎた」

『何をやっている! 真面目にやれ!』

 今度は平太がグラディーラの思考を受け、大きく上体を反らして身体を半回転させトンボを切る。そして上下逆さまの状態で飛んでいると、突然足元に足場が出現した。


「ナイスアシスト」

 平太は逆さのまま足場に着地し、膝を曲げて力を溜めつつ黒竜に向けて角度を調整する。そうして軌道修正が終わると、再び力の限り足場を蹴った。

「今度こそ、」

 言葉通り、今度こそ平太は黒竜に向けて一直線に跳んでいった。

 音速に近い速度で黒竜へと斬りかかる。

『殺しちゃダメよ。あくまで叩きのめすだけ。こちらが上だとわからせて服従させないと』

「わかってるよ」

 平太は意識の一部をグラディーラに注ぎ、剣の切れ味を一時的になまくらにする。鈍器と化した大剣でも、剛身術の力で何発か殴ってやれば黒竜といえどタダでは済むまい。


 大剣の間合いまであと数秒。

 平太が柄を強く握り締めたその時、

「――あれ?」

 黒竜の目の前で、平太の身体が止まった。

 空中に吊り下げられたような形で制止したまま、平太が状況を理解できずにいると、

「おーーーーーーっ!?」

 一瞬で雲の上まで引き上げられた。


 いくつも雲を突き抜け、それでも平太の上昇は止まらない。

「何だこりゃ!? どーなってるんだ!?」

 冷静になって自分の失敗に気づくまでのわずかな間に、平太は雲の上まで引っ張り上げられていた。

 下を見れば、分厚い雲の切れ目から地上がうっすらと見える。どれほどの高度か想像もつかない。ただ一つわかるのは、このまま落ちたらかなりヤバいという事だけ。


 悪い予感がした。

 そして悪い予感はよく当たる。


 そう思った瞬間、平太の身体を持ち上げていた見えない手がぱっと離れたように、いや、見えない手が上から押さえつけるような勢いで落下が始まった。

 平太は愚かにも失念していた。

 確かに、重力で自重が増える程度なら、剛身術で重さを無視すればいい。

 だが、重力操作には重力を倍増させる加重力と、

 重力を反転させる反重力があるのだ。

 平太は反重力によって超高高度まで引き上げられ、その頂点から加重力によって加速度落下させられているのだ。


 自然現象とは別に重力を加えられているので、あっという間に終端速度ターミナル・ベロシティを越える。大気の摩擦で鎧が熱せられ、平太は流れ星のように炎を纏いながら地上に向けてダイビングする。

 この時点で平太が生きているのは、まさに聖なる鎧のおかげであろう。

 そして隕石の如く地面に落下。


 轟音と共に、キリウム山の麓が爆発した。

 噴火の如く土煙が巻き上がり、落下の衝撃で発生した熱エネルギーが容赦なく地面を焼く。余剰分が草木に燃え移り、巨大なクレーターの周囲を火が取り囲んだ。

 遠く離れた高台にいたケインは、平太はまず間違いなく死んだと思った。

 念のために別の空間で待機していたドーラたちでさえも、平太の無事を祈るほどの光景だった。

 あれで生きてるほうが、どうかしていた。

 当然黒竜も、これで全部終わったと思っていた。


 立ち込める煙と草木が焼ける音の中、様々な思いが視線となって一箇所に集まる。

 クレーターの中心で、何かが動いた。

 焼け焦げた地面が盛り上がり、炭化した土が風に吹き流されていく。

 その下から、銀色に輝く金属面が顔をのぞかせた時、ケインは神の奇跡を目の当たりにしたと思い、ドーラたちは泣きながら喜び、黒竜は驚愕に震えた。


「あいててて……死ぬかと思った」

『普通なら絶対死んでるわよ。その程度で済んでるのはわたしのおかげなんだから、感謝してよね』

『それよりも、今のは何だ? わたしたちはいったい何をされたのだ?』

「それは――」

 平太が答える前に、

 二発目が来た。


 平太が生きてる事を視認した黒竜は、再び反重力で平太を上空まで持ち上げ、もう一度加重力で落とした。

 二度目の爆発。

 三度目。

 四度目。

 原型を留めているのが、奇跡だった。

 さすがに神が創りし給う伝説の鎧といえど、超高高度からの加重力落下を連続でやらされると、まったくの無事というわけにはいかない。


 そしてそれは、中身の平太もそうだった。

 いくら卵の殻が超絶硬くても、少しは衝撃が中に通る。それを何度も繰り返されると、殻は無事だとしてもいずれ黄身は中で潰れる。

 剛身術で肉体を強化していたとしても、限界はある。

 このままでは死ぬ、と平太は七回目で思った。

 八回目。平太は反重力に捕らえられ、高速で上へと引っ張りあげられる。平太には、黒竜の重力制御から逃れる術は無い。


「グラディーラ、空間魔法で何とかできないか? さすがにそろそろヤバいんだけど……」

『そうしたいのは山々だが、速すぎてどこで空間を固定しても、そこに叩きつけられるだけで意味が無さそうだ』

 むしろ下手に空間を固定すると、そこにもの凄い力で押さえつけられる結果になり、最悪圧死するかもしれない。

 却下。


「クソ、このまま死ぬまでアイツにいいように弄ばれるだけなのか……」

 今の平太は、子供が戯れにいじり倒す虫と同じだった。力加減も容赦もなく、死ぬまで好き放題されるだろう。


 九回目。

 クレーターが拡張を重ね、深さを増していく。黒竜は平太を垂直に持ち上げ、そのまま真下に叩きつけている。そのため衝撃が一箇所に集中し、穴は一回ごとに劇的に深くなっていった。


 十回目。

 二桁回に突入するほどになると、黒竜は自分をただ垂直に移動させているだけだと平太は気づいた。角度をつけて地面を削るように叩きつけられると厄介なのだが、そうしないのはどうしてだろう。いや、別にされたいわけではないのだが。


「そうか。重力を操るだけだから、横軸のベクトルは操作できないんだ」

 だったら、どうにかして横への移動ができれば、このエネルギーを利用して黒竜に一矢報いる事ができるかもしれない。

『え? なに? 何か言った?』

「グラディーラ、固定した空間で俺を横に押し出せないか?」

『無理だ。速すぎてタイミングが合わない』

 グラディーラの空間魔法では無理か。だったら――

「アルマ、もう一度黒竜の重力制御を中和できないか?」

『やれるものならとっくにやってるわよ。最初に言ったでしょ、魔力残量が少ないって。だから他人なんか放っておいて、さっさと黒竜だけに集中すれば良かったのに』

 アルマは怒るが、今さら言っても後の祭である。


「だったら、背中から羽を生やしたりはできないのか?」

『いきなり何言ってるの? 生えるわけないじゃない』

「じゃあ生やしてくれ」

『無理よ! 馬鹿言わないで!!』

 また怒られた。

 だが、この状況で無理だと言われて、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。

 何しろ、そろそろどうにかしないと本当に死んでしまうからだ。


「無理じゃねえ! やるんだよ!!」

 一喝と共に、平太は気合を入れる。

 グラディーラの形状を変化させたのと同じ要領で、平太はアルマの形状が変化するのをイメージする。

『え? ちょ、何するのよ~?』

 光の塊と化したまま、平太は上昇する。

 光の中で、平太の背中が大きく盛り上がる。瘤状になった部分が左右に分かれ、それぞれが独立した噴射口スラスターに変化する。


 上昇の頂点に達したところで光が収まり、背部に二機の噴射口を装着した、新たなアルマを装着した平太が現れた。

「よっしゃあ! やればできるじゃねーか!」

『いや~ん、何よこれ~わたしの背中が~……』

 アルマの嘆きも虚しく、下降が始まる。数秒後には地上に叩きつけられる死のダイビングの十一回目だ。


 が、平太はこれを最後にするつもりだった。

 身体に火が点く速度で落下する。

 このまま行けば、あと十秒もかからず地面に激突だ。

 だがその途中には、黒竜がいる。

 きっと小虫が無様に地面に叩きつけられるのを見ながら、呑気に浮かんでいるのだろう。


 その油断しきった顔面を、ぶっ叩いてやる。

『ど~やってよ~?』

「こうやってだよ!」

 言うなり、背中の噴射口が唸りを上げる。

 アルマの残った魔力を推進剤にして、黒竜の重力制御から脱出しようというのだ。

『無理ムリ~。だってもう魔力が残ってないんだもん』

「マジか!?」

『さっき言ったでしょ!』

 そう言えば何度も言っていた。


 となると、いくら背中にスラスターを生やしたところで、ガス欠だと意味が無い。

 万事休すか――と思ったその時、無念そうにグラディーラがつぶやいた。

『わたしの魔力が使えれば……』

「その手があったか!」

 平太は再び気合を入れ、意識を集中する。

 二度目の閃光。光の中で、アルマとグラディーラの意識が融合する。

 鎧と剣が一度その形を失い、混ざり合って新たな形を生み出していく。それと同時に、内部ではアルマとグラディーラの精神体も溶けて混ざり合った。


『こ、これが、融合……』

『アルマ姉、』

『あったか~い――』

 光の殻が内側から割れ、中から白銀の鎧を纏った騎士が飛び出す。

 その右腕には、長大な剣が篭手から生えていて、まるで右腕が剣そのものになったようだ。

 そして背中の噴射口からは、奔流の如く魔力が噴き出している。

 魔力の量は充分だ。


「これならイケるぜ!!」

 ただでさえ加重力で加速しながら落下しているのに、平太は魔力を噴射してさらに加速する。一秒で音速を超え、空気の壁を突き破った。

 空の途中に浮かぶ黒竜の姿を視界に捉える。完全に油断している顔だ。

「よくも今まで好き放題やってくれたな」

 背中のスラスターが爆発したように噴き出し、ロケットエンジンかと見間違うような加速をした。


 音の壁をいくつも突き破り、平太は黒竜に向かって超音速で飛ぶ。

 右腕を振りかぶり、

「喰らえっ!!」

 手加減はすれど容赦の無い一撃を黒竜の脳天に叩き込んだ。


 轟音。

 周囲の雲が衝撃波で爆散するほどの一撃で、黒竜はハエのように空からクレーターの中心へと叩き落とされた。

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