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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
103/127

黒竜

          ◆     ◆


 アルマに中和魔法をかけてもらい、麓への帰り道は熱や硫黄に悩まされることなく順調だった。

 こんなに便利な魔法なら、もっと早く使えば良かったとシャイナたちから文句が上がったが、それを言うなら自分たちも魔力の節約に固執するあまり、臨機応変な対応を忘れている事を平太は指摘した。


「確かにヘイタの言う通りだね。魔力や体力を節約するために、苦労や不便を強いられていたら割に合わないや」

「わたしたちは少し、考え違いをしていたのかもしれませんね」

 スィーネの言葉を噛みしめるように、ドーラたちはうつむいて唸る。

「これからは目先の事に囚われず、もっと大きな視点で物事を見よう。そうすれば、何が大切なのかがわかるはずだ」


 それと、と平太は付け加える。

「みんなに遠慮して言えなかった俺も悪いんだ。これからは、おかしいと思った事はお互い遠慮せずに意見を出し合っていこう」

 平太の提案は、皆に賛成された。

 思いがけず気になった事が指摘でき、改善をする事ができた。これもひとえにアルマのおかげなのだが、果たしてこれは偶然なのだろうか。もしかすると、平太の思考を受信したアルマが一計を案じ、あえて火山の熱や硫黄臭に苦しむドーラたちに中和魔法をかけなかったのではなかろうか。


「……いや、考えすぎか」

 呼び出すまで昼寝をしていたアルマが、そこまで深い考えを持っていたとはちょっと思えない。きっとこれは偶然だろう。平太はそう判断し、考えを打ち切った。

          ☽

 馬車の所まで戻って来た平太たちは、軽く食事を摂りながら今後について話し合う事にした。

 具体的に言うと、どの竜を捕まえるか、である。


「とはいえ、どれにするって決めたところで、まずは竜を探すところから始めないといけないんだよなあ」

 初っ端から入る平太のぼやきに、一同苦笑する。またあてもなく旅をして、人に聞き込みをして回るのかと思うとうんざりする。

 全員がそろってため息をつきかけたところ、

「わたし、知ってるわよ」

 唐突にそう言って現れたのは、意外にもアルマであった。


「知っているって、竜の居場所を?」

「ええ。船の食堂で給仕をしていた頃、小耳に挟んだ事があるわ」

「何だってそんな所で……」

「あら、人が集まる食堂は情報の宝庫よ。特に、多くの旅人が利用する船の食堂は特にね」

「なるほど。みんな旅の安全のために情報は必要だからね」

「その通り」とアルマはドーラに向けてウィンクする。


「それで、聞いたのはどの竜の情報なんだ?」

「ん~、残念ながら種類まではわからないのよね~」

「ンだよ、肝心なとこ聞き逃してんじゃねーよ」

「無茶言わないでよ。仕事中なんだからしょーがないじゃない」

 平太たちもアルマが働いていた食堂の忙しさは知っているだけに、一つのテーブルにそう長く貼りついていられない事はすぐに理解できた。


「わかったわかった。じゃあ、聞こえた分だけでいいから話してくれ」

 聞こえたと言っても、アルマが知り得た情報というのは、パクス大陸のキリウムという山で竜を見た、という程度ものだった。

「本当に小耳に挟んだ程度だな」

「テーブルを通り過ぎる時に聞いたにしては、大した情報じゃないの。だいたい、その時は竜に感心なんてまったくなかったんだから、小耳に挟んだ程度の情報を今まで憶えていただけでも褒めて欲しいわよ」

 ぷんすかと頬を膨らませて怒るアルマを、平太が「まあまあ」となだめる。


「とにかく目的地が決まっただけでも大きな前進じゃないか。えっと、パクス大陸の、何だっけ?」

「キリウム山ですね」

 言いながら、スィーネはかつて勇者巡礼の時に買ったパクス大陸の地図を広げる。

「南の端の方にある山ですね。勇者巡礼から外れているところを見ると、前の勇者とは無関係なのでしょう」

「山か――ってえと、水竜じゃあなさそうだな」

 珍しくシャイナが論理的な思考を見せる。


「となると、残りは金竜か地竜か……」

 誰も残る黒竜の名を口にしない。皆重苦しい顔をしてため息のような大きな息を吐く。

「なあ、そういえば黒竜ってどんな竜なんだ? 言うのも気が滅入りそうだってのは想像できるんだが、やっぱり情報は欲しいんで、はっきり教えてくれないか?」

 他の竜は、名前や属性からだいたいの想像はつくし、特徴も聞いた。だが黒竜だけは他の竜のように木火土金水の属性でもないし、誰も口にしたがらないのでどんな竜なのか平太はまったく知らない。


「……わかったよ。黒竜はね、他の竜とはちょっと毛色が違うんだ」

 意を決したという感じにドーラが説明してくれるが、平太が聞きたいのはそういう話ではない。

「うん、まあそのへんはわかるよ。俺が聞きたいのはぶっちゃけ、口から何を吐くかってとこなんだよ」

「口から吐くかどうかはわからないけど、黒竜はね、重さを操るって聞いたよ」


 ドーラが言うには、かつては黒竜を倒そうと戦いに赴いた無謀な者たちが少なからずいた。だがそれらのほとんどは己の装備の重さに押し潰されて死んだ。それが黒竜の仕業だという。

「重さ? 重力制御か」

 ドーラの話から推測するに、どうやら黒竜の武器は重力制御だと見て間違いなさそうである。なるほど。確かにそれなら神であろうと殺せるかもしれない。

 だが――


「ね? 他の竜と比べても、黒竜が一番厄介でしょ?」

 平太の思考は、ドーラの声に中断させられた。

「え? あ? ああ、そうだな」

 何か決定的な思い違いみたいなものを感じたような気がしたのだが、残念ながら一度取り逃がした閃きは、光の速さで消え去ってしまった。平太は、まあ大事な事ならいずれまた思い出すだろう、と忘れてしまった事は素直に諦める事にする。


「よし。黒竜の事もわかった事だし、とりあえずパクス大陸に移動するか」

「結局、熱くて臭い思いまでしてわかったのは、火竜がいないって事だけか」

 よっこらせと立ち上がりながらぼやくドーラに、シャイナが気休めを言う。

「いーじゃねーか。いないって事がわかったんだ。いないモンを探し回るよりはよっぽど有益な情報だろ」

「それもそうだけど……」

「それよりも、これからは移動に船賃も時間もかからずに済むんだぜ。それを喜べよ」

 シャイナがドーラの背中をバシバシ叩きながら笑うと、ドーラは「ボクは別に、お金がかかる事を厭がっているわけじゃ……」とぶつぶつ言うが、他のみんなはそんな彼女に温かい笑顔を向ける。


「何だよ、もう。人を金の亡者みたいに――」

「ごめんごめん。それより、行き先はどうしよう? 俺が行った事のある場所じゃないと無理なんだろ?」

「そ~よ~。まだあの子たち、自分たちの力で融合できないみたいだから、まだまだ主導権はヘイタちゃんが握ってるわよ」

「だったら、霊山スピルトゥンスはどうだろう?」

「あら、どうして?」

「あの山でグラディーラと出会ってから結構経ってるし、一度戻ってみたいんじゃないかと思うんだ」

「あら、優しいのね。ちょっと待ってね……」

 そう言うとアルマはしばらく目を閉じる。


「あのね、『気遣い無用』だって」

 一蹴である。実にグラディーラらしい。

「気を悪くしないでね。あの子もあれで、気を遣ってもらって喜んでるんだから――」

 そう言ったアルマが、突然眉をしかめる。

「『余計な事を言うな!』って怒られちゃった。とにかく、そんなヒマがあったら街にでも寄って補給をしろってさ」


「キリウム山に一番近い街は、アルトゥスティアという街ですが、ここは――」

 スィーネがガイドブックを見ながら言うが、

「うん、行った事ないな」

 先も言った通り、平太が行った事の無い場所へは移動魔法を使っても行けないのだ。

「でしたら、少し距離がありますがウィルトースラにしましょう」

 そうして、次なる目的地はパクス大陸の港町、ウィルトースラに決まった。

          ☽

 パクス大陸。

 郊外のとある屋敷の一室。

 ハートリー=カインズは、大きな窓の前に立って屋敷の主を待っていた。

 室内は、屋敷の主の性格を表すように素朴だが、決して粗末ではない家具があり、装飾の類は一切見られない。


 窓の向こうには、手入れが行き届いた庭が見える。天気が良く、こんな日に庭に出て草花を愛でながら酒でも飲めば、さぞや美味かろう。

 そんな夢想を、光の反射で映る自分の顔が打ち消す。

 覆面にかけた指が、ゆっくりと顎を通り首まで下がる。

 当たり前のように、見慣れた顔があった。見た目は二十歳を越えたほどであろうか。ともすれば十代にも見える。

 異様に、若い。


 ただ、その表情の中には、長い年月を生きて積み重ねた年輪のような渋みがあった。

 もう何十年、何百年か思い出せないほどの年月が経とうとも少しも変わらない顔に、ハートリーは唸る。

「むう……」

 唸るのは、不可解にもまったく老けない自分の顔のせいだけではない。先日見た、山を貫く大穴を開けた平太の技である。

 あれを見た瞬間、頭の中に針を突き立てられたような痛みが走った。

 そして痛みと同時に走ったのは、遠い記憶のような微かな映像。何かを思い出したという気はするのだが、具体的に何を思い出したのかは思い出せない、何とも歯がゆい感覚。


 まるで夢の中で何か画期的な事を思いついたところで目が覚め、夢の内容は何ひとつ思い出せやしないのに、何か画期的な事を思いついたという事だけは憶えているという、中身を忘れて包み紙だけ持ち帰って来たようなもどかしさ。

 自分は、何かを忘れているのではないだろうか。とても重大な何かを。

 懸命に思い出そうとするも、微かな映像はあの時痛みとともに消え去っていて、今はその残滓しか残っていない。


「む、」

 扉の向こうに人の気配を感じ、ハートリーは思考を中断して覆面を元に戻す。

 次の瞬間、扉が開いてこの館の主人が部屋に入ってきた。

「お待たせして申し訳ありません、先生」

 そう言って入室したのは、ケイン=ムマーキであった。城から馬を飛ばして来たため、額には汗を浮かばせている。無精髭の日焼け跡はきれいに消えており、正騎士の鎧に相応しい面構えに戻っていた。


「いやあ、無理を言っとるのはこっちじゃけん構わんよ」

 ケインは額の汗を拭く間もなく、ハートリーに椅子を勧め、自分も向かいに座る。

「それで、今日はどういったご用件で?」

「この間言ったアレぞ」

「勇者の件ですか」

「ほうよ。そっちではどないだ? もう何がしかの噂くらいは入っとるか?」

 ハートリーの問いに、ケインは「いいえ」と首を横に振る。

「さすがに海を隔てていては、人の噂も風のようには飛んで来ないようで――」

 そこでケインは表情を少し曇らせ、

「それに、今我が国は少々取り込み中の案件がありまして、正直勇者や魔王にかかずらわっている場合ではない、というのが正直なところです」


「ほほう、そいはどういった――」

 言いかけて、ハートリーは口を閉じる。

 正騎士であるケインが、いくら相手が師匠とはいえお国の内情を簡単に口外できるはずがない。

 ――そう判断したのだが、

「実は、我が国の南部に、最近黒竜が住み着いたようで」

「言うんかい」

「――は?」

「い、いや、構わん。続けんしゃい」


 ケインの話によると、黒竜はキリウム山を根城にし、周辺の土地を荒らし回っていた。すでに何度も軍隊を派遣してはいるが、皆ことごとく返り討ちに遭っているという。

「そいで、とうとう黒竜討伐の命令がおんしにも回ってきたというわけか」

「まあ、そういった次第で……」

「黒竜か……そらまた厄介なモンが出てきおったのう」

 ハートリーの知る限り、火竜が現れた事は記憶にも新しいが、黒竜が人間の住む領域をあえて荒らし回ったなどという話は聞いた事がなかった。


「それが、恐らく火竜が姿を消した事が原因のようで、」

「火竜が? 消えた?」

 寝耳に水な話である。つい最近ケラシスラ山から出て行ったのは確認したが、まさかそれから姿を消していたとは。

「ええ。死んだのか、どこか他の土地に行ったのか、詳しい事はまだわかりませんが、とにかく、黒竜を唯一押さえ込める火竜がいなくなった事で、好き放題暴れ回っているようなのです」


 これまで黒竜が大人しかったのは、ひとえに火竜の存在が大きい。同じ上位種の竜の中で、唯一黒竜が苦手とする火竜が、今までずっとその行動を押さえ込んでいたのだ。

 しかしその火竜がいなくなったとあれば、もう黒竜が大人しくしている理由は無い。そうして目の上の瘤がいなくなった黒竜は、自由を満喫しにパクス大陸へとやって来たというわけだ。


「なるほど。火竜のおったカリドス大陸ではのうて、隣のパクス大陸に来るあたり小賢しいのう」

「消息不明とは言え、火竜が戻ってくる事を警戒しているのでしょう」

「ただトカゲがデカくなったのではないというわけか」

「なにせ竜の上位種ともなれば、知能も我々より高い者もいますから」

「侮れん相手だのう」

 ただの竜であれば、人間が一方的に遅れを取ることはなかったであろう。だが相手が上位種となると話は違う。人間ごときが企てる策略や仕掛ける罠など、彼らにとっては児戯にも等しい。

 それゆえ取れる手段は物量に物を言わせる他なく、結果的に人的被害が甚大に膨れ上がるのであった。


「悪循環だのう」

「しかし、我々にはもう竜の巣に攻め込んで、数の力で畳み掛けるしか手がないのです」

 屍の山が築かれるのは、目に見えていた。

 それでも、そうするしかない無力さに、ケインは端正な顔をしかめた。

「出発はいつぞ?」

「明日にでも」


 苦悩する弟子の姿に、ハートリーは胸を痛める。

 今目の前にいる若者は、これから死地に赴こうとしている。それも、まず間違いなく生きて帰ってこれない負け戦だ。

 ケインも、シャイナと同じく剛身術を身につけるには至らなかったが、剣の才能だけでなく知恵に恵まれた良い弟子であった。いや、剛身術など関係なく、みな可愛い弟子である事に変わりはない。


 どうして自分のような得体の知れない者が長々と生き、ケインのような優秀で前途ある若者が死にに行かねばならぬのか。ハートリーは、この世の不条理に拳を振り上げたくなる。


 行くなと止めてやりたい。

 だが、いくら師である自分が止めたところで無意味だろう。

 ケインの顔は、覚悟した男の顔だった。

 自分の信念を死んでも曲げない、男の顔だった。

 そんな顔をした男に、行くなとどうして言えよう。

 男の信念に水を刺すなど、どうしてできよう。


 ハートリーにできる事は、ただ弟子の覚悟を黙って受け止め、

「今度、酒でも呑むか」

 言える事など、せいぜいこのくらいだった。

 ケインは、そんな師の胸の内を汲んだように澄み切った笑顔を向け、

「はい」

 力強く頷いた。

          ☽

 平太は再びグラディーラとスクートを融合し、移動魔法を使ってパクス大陸に向かった。

 港町ウィルトースラに到着した平太たちは、水や食料などを補給し、黒竜が目撃されたと言われるキリウム山のある南を目指す。


 南は――南に限らない話だが、パクス大陸は山が多い土地であった。内陸部はほとんどが山で埋め尽くされ、まるで追いやられるように都市や集落など人間が住める場所は沿岸部に集中している。

 そういうわけで、平太たちはウィルトースラから山道を延々と馬車で進んだ。

 十日ほど経ち、ようやく目的地のキリウム山まであと少しという頃、当番で手綱を握っていたシャイナが、突然馬車を停めた。


「どうしたの?」

 御者席に顔を出して問いかけるドーラに、シャイナは「しっ」と唇を尖らせる。

 その意図をすぐさま察し、ドーラたちが息を潜めたのを見届けるや、シャイナは手綱を放り出して御者席から飛び降りた。

 着地と同時に地面に耳を着け、目を閉じて神経を聴覚に集中する。


 平太たちが固唾を呑んで見守る中、十秒ほどそうしているとシャイナがゆっくりと立ち上がる。

「どうやら先客のようだ」

 鎧に着いた土を払うシャイナに、平太が声をかける。

「先客って、どういう意味だ?」

「文字通りの意味だよ。あたしらより先に、キリウム山に向かってる連中がいる。それも、とんでもなく大勢でな」


 こいつは拙いぜ、とシャイナは舌打ちをし、忌々しそうに歯ぎしりをする。

 シャイナの言葉と表情から、先客の正体が平太にも何となく理解できた。

「もしかして――」

 半信半疑の平太にトドメを刺すように、シャイナが言い放つ。

「恐らく、この国の軍隊だ」

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