表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第五章
100/127

大いなる力と責任

          ◆     ◆


 剣と盾がひとつになる事によって、グラディーラとスクートの魂もまたひとつになっていた。

『ああ……』

 グラディーラは、再び感じる魂が他者と融合する感覚に、陶酔したような声を上げる。


 これまで何度も他者と魂を繋げる事はあったが、それはあくまでも接続という形で、今のようなお互いの境界線が曖昧になる融合とはまるで違う。

 今のグラディーラは、グラディーラでありながらスクートでもあり、スクートはスクートでありながらグラディーラでもある、互いの魂を共有している状態であった。


 その状態の何と暖かく、そして心地良いことか。これが孤独から解き放たれた、真の魂の解放というやつだろうか。

 だとしたら、この先スクートだけでなく、アルマも交えて姉妹三人で融合したら、一体どれだけの歓びが味わえるのだろう。グラディーラは想像するだけで、胸がときめくようだった。


『はあ……』

 思わず恍惚とした声が漏れる。自分の発したものとは思えない扇情的な声に、グラディーラは驚く。

 こんな事は、今までに無かった。


 無かったのだろうか。

 あったような、

 無かったような。


『おねえちゃん』

 曖昧な記憶をどうにか掘り起こそうとしているグラディーラを、スクートの意識が呼び止めた。

『きもちいーね。またこーやってぎゅーってできて、スクートうれしい』

 楽しくて嬉しくて堪らないというスクートの感情が直接入ってきて、グラディーラも同じような気持ちになる。

『そうだな。気持ちいいな』

『うん!』


「ご機嫌なところ申し訳ないがお二人さん、そろそろ本題に取りかかるぞ」

『む、そうだったな』

『ほーい』

 平太に促され、グラディーラは気を取り直す。精神を集中し、体内の魔力を高める。

 魔力が上昇すると、今度はスクートがそれを増幅魔法で増大させていく。そうして連鎖反応的に膨れ上がった魔力は大剣に充填され、平太たちから見て取れるほど可視化されていった。

          ☽

 放電現象に似た火花を散らす大剣に、ドーラたちは静かにその場から数歩下がる。

「すげぇな……」

「あら~、ほんと凄いわね~」

 シャイナのつぶやきに、アルマが相づちを打つ。そうこうしている間にも、グラディーラの魔力は天井知らずに上がり続け、

「そろそろね」

 アルマがそうつぶやくのが合図だったかのように、周囲が闇に包まれた。


「うわあ、真っ暗だ!」

「何だこりゃ!? 何が起こった!?」

「落ち着いて。別に危ない事じゃないから」

 慌てて大声を上げるドーラとシャイナを、アルマがのんびりとした声でなだめる。近くでは、シズがスィーネに抱きつく気配がした。


「落ち着けと言われても、これは一体どういう現象なのですか?」

 スィーネの問いに、アルマはう~ん、とわずかに首を傾げる。

「グラディーラちゃんの空間魔法をスクートちゃんの増幅魔法で底上げして、三次元外に存在する位相空間に移動するのに使う力を、通常空間の移動に変換するの」

「……申し訳ありません。話が専門的すぎて、わたしにはちょっと理解が及びません」

「まあ簡単に言うと、位置情報の書き換えよ」

 簡単に言ったほうも、まったく簡単に聞こえなかった。無表情ながらも言葉を失うスィーネを見て、アルマは苦笑しながら、

「とにかく、二人で力を合わせれば何とかなるって事よ」

 もの凄く適当な感じにまとめた。


「はあ……」

 スィーネもさすがにこれはアルマが説明しようとする努力を放棄したのを感じたが、それを指摘してまた呪文のような説明をされても困るので、「なるほど」と答えた。


 二人が会話しているうちに、周囲の様子にまた変化が現れた。

 闇がどんどん薄れていき、真っ暗だった視界がぼんやりと開けていく。

「ここは……」

 周囲の状況がわかるほど明るくなると、ドーラたちは自分たちが元いた船室に立っている事がわかった。

「戻ってきちゃったね」

「でも、どこか変じゃないですか?」


 どことなく感じる違和感に、シズがさらにスィーネに強くしがみつく。その違和感の正体は、すぐに明らかになった。

「なんだか景色が薄くないですか?」

 シズの言う通り、闇から浮かび上がった周囲の景色は、まるでもの凄く薄い紙を一枚隔てているかの如く何もかもが薄いのだ。


「そりゃそうよ。今いるのは、あなたたちが元いた場所じゃないもの」

「どういうこと?」とドーラ。

「ここはもう、グラディーラちゃんの寝起きしてる空間――つまり別の空間なの。ただ、あなたたちが普段いる通常の世界との垣根を少しゆるくしただけ。だから見えているだけで実際にはそこにいないし、仮に向こうに誰かいたとしてもわたしたちの姿を見る事はできないわ」

「ンだよちっともわかんねーよ!」

 かなり早い段階で自分の理解できる範囲を超えたシャイナが、熱暴走しそうな脳を冷まそうとするかのように赤毛を振り乱して頭を掻きむしる。


「要は、今わたしたちがいるのは、世界の狭間ってこと」

「二つの世界の狭間にいるのはわかったけど、それでどうやって移動するのさ? 今の状況だけじゃ、とても船の代わりになるとは思えないんだけど」

 この中で平太を除いて唯一アルマの説明を理解しているドーラの質問に、アルマは嬉しそうに彼女の頭を撫でくり回す。


「これはまだ準備段階みたいなものなの。今わたしたちがいる世界の狭間は、座標軸で言えば三次元的には存在してない虚数空間なんだけど、それをこれからヘイタちゃんを介して、スクートちゃんが増幅したグラディーラちゃんの魔力を使って座標を書き換えるの。位置情報なんて結局は座標の数値でしかないから、それを自由に操れる移動魔法があれば理論上はこの世界のどこにでも行けるんだけど、ただひとつ問題があるのは、入力する座標にほんの僅かでも不正確な部分があると危険なの。だから可能な限り座標を確定させないといけないのよ。で、一番座標を確定させるのがその場所の記憶なんだけど、それってつまりは術者が一度実際に行った場所でないと入力できないって事。移動魔法にはこういう欠点があるのよね~。だから、今から直接フリーギド大陸の魔王の城に攻め込もうって思っても、行った事のない場所には行けないの。まったく便利なんだか不便なんだか」


 楽しそうに早口でまくしたてるアルマであったが、さすがのドーラも理解できるのはせいぜい話の半分くらいまでだった。

「え? ちょっと待って? 一度行った場所ならどこにでも行けるのなら、グラディーラたちは一度魔王を倒しにフリーギド大陸に渡ったはずじゃないか。だったら条件を満たしてると思うけど」

「ん~、残念ながら今回はそうじゃないの」とアルマは右手の人差し指を左右に振る。


「あの子たちだけで移動魔法が発動したのなら、術者はグラディーラちゃんかスクートちゃんって事でその条件が満たされるんだけど、今回あの子たちはヘイタちゃんに魂を融合してもらって魔力を底上げしてる状態なの。つまり、ここで主導権を握ってるのはヘイタちゃんなのよね~。だからヘイタちゃんが行った事の無い場所には行けないの」


「って事は、ヘイタはケラシスラ山には行った事がないから――」

 ドーラが言っている間に、周囲の景色が高速で移動していく。あっという間に速度が上がって、景色が川のように流れていく。平太の記憶から位置の座標変換が始まったのだ。


「景色だけがもの凄く速く動いてるのって、なんだか不思議な感じがするね」

「っつーか目が回りそうだぜ」

「わたし、ちょっと気分が……う、」

「おい、吐くなよ? こんな所で吐くなよ?」「あ、ボクもなんだか……う、」

 ドーラたちは高速で流れていく景色に酔ったのか、青い顔をして口元を押さえているシズに中てられたのか、立っているのが辛くなってその場にしゃがみ込んだ。


 そして景色の移動速度がゆっくりになって風景が目視できるようになると、ドーラたちも今自分たちがどの辺りに移動したのかわかってきた。

「――まあ、この辺りだろうね」

「また戻ってきたのかよ……」

「さすがに二度目ともなると、バツが悪いですね」

 スィーネがふう、とため息にも似た息を吐く。確かに、つい数日前にも似たような事で頭を痛めたところなのだが、まさか二回目があるとは思いもしなかった。

 完全に景色が停止し、もうはっきりと地名がわかる。

 色々な人々が行き交い、その中には明らかに漁師や船乗りなど海の男たちの姿も見える。


「ハートリーさんに会いませんように……」

 ドーラが小さく神に祈る。ケラシスラ山の近辺で平太が一度訪れた場所となると、フェリコルリス村かここしかない。

 港町スキエマクシだ。

          ☽

 スキエマクシの入り口に到着したはいいものの、問題はどうやってこの空間から外に出るかだった。

 さすがにこれだけの人がいる前で、いきなり馬車やら人やらが現れたら騒ぎになるかもしれない。

 そうなると当然港を警備するのも業務に含まれる海上警備隊に通報され、隊長であるハートリーの耳に入る可能性が非常に高い。


「とりあえず、港から少し離れようか」

 ドーラの提案で、平太は座標の微調整をする。再び景色がゆっくりと動き出し、じょじょに港の中央から出口に向かって行く。

「それにしても、さっきから人がわたしたちを通り抜けて行くんですけど……」

 人通りのど真ん中を突っ切るように景色が移動すると、ドーラたちは最初は反射的に人を避けようと動いたが、通行人がことごとく自分たちの身体をすり抜けていくのを知ると、もう避ける素振りもしなくなった。だが慣れたからといって不思議な事に変わりはない。


「そりゃあ見えてるだけで、わたしたちは別の空間にいるんだもの。肩が当たる心配なんて無いわ」

 アルマが言うには、ドーラたちが今いる空間は見えている世界とほんの少しだけずれた世界なのだそうだ。

 こうしてスキエマクシから半刻ほど街道を遡った場所まで離れた平太たちは、念のために周囲の様子をうかがって人通りが無いのを確認すると、移動するのをやめた。


「それじゃ、解除するぞ」

「うん、よろしく」

 平太が集中を解くと、薄皮を隔てて見ていたような景色が明瞭になっていく。さしたる時間もかけずに、平太たちは元の空間へと戻ってきた。

「あ~、やっぱり元の空間は落ち着くね」

 ドーラが両手を空に向けて大きく伸びをする。他の連中も同じように伸びをし、車酔いに似た気分の悪さを回復させようと何度も深呼吸をした。

          ☽

 しばらく休憩してから、平太が「よし」と仕切り直す。

「それじゃあそろそろ行くか。ケラシスラ山」

 すっかり回復したドーラたちは平太を見つめ、力強く頷く。だがその中で、スクートを連れ添ったグラディーラが静かに手を挙げた。

「済まない。移動魔法でほとんどの魔力を消費してしまったが、まだ完全に回復しきれていない。わたしたちはしばらく別の空間で休ませてもらうぞ」

「スクートももうからっぽ~。つかれた~」

 スクートは眠そうに頭を左右にふらふら揺らす。グラディーラも毅然としてはいるが、その顔色から疲労の度合いがうかがい知れる。


「わかった。何かあったら呼ぶから、二人はゆっくり休んでてくれ」

「あら、じゃあわたしも一緒に休ませてもらおうかしら」

 言いながら、アルマは「スクートちゃ~ん、一緒にお昼寝しましょうね~」とスクートに抱きついて「や~ん」と厭がられる。

「おめーは疲れるようなこたあ何もしてねえじゃねえか」

「まあまあ。アルマも契約してるんだし、呼べばすぐ来てくれるじゃないか」

「そ~よ~。そうでなけりゃ、一緒に行動する理由なんて特に無いじゃない。それに、ずっと鎧を着てる方が身体に悪いし、ムレるわよ」

「うっせえ! あたしは好きでこの鎧を着込んでるんだよ!」

「でもシャイナさんはもうちょっと小まめに身体を拭いた方がいいと思いますよ。特に暑い日には、ちょっと臭いが、」

「え? あたし臭うか!?」

 シズに言われ、慌ててシャイナは自分の腕に鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。


「俺は別に何も臭わないけどなあ」

「そうですか? わたしに言わせればシャイナさんからは常にケダモ……いえ、ケモノのような臭いが漂ってますけど」

「おい、なんで今言い直した? っつーか言い直してもあんま意味ねーよなそれ?」

「臭うのは否定しないのですね」

「うっせーな! あたしのは臭いじゃなくて、なんつーかこう、色香ってやつ? 男を惹き寄せる魅惑の香り、みたいな?」

「放っておいたら何日も身体を拭かずに雨に濡れた野良犬と同じ臭いをさせてる人が、どの口で色香とか言いますかね……。そんな臭いに惹き寄せられる殿方とは、いったいどういう特殊な性的嗜好の持ち主なのか、逆に興味が湧いてきますよ」

「ンだとてめえ……」

「こらこら、お前らケンカするな!」

 今にも飛びかかりそうなシャイナと、密かに懐から鈍器メイスを取り出そうとしているスィーネの間に平太が割って入る。


「アルマも余計な事言わないでくれよ」

「あら、ケンカを先に売ってきたのはそっちよ~。それに、ケンカしてるのはわたしじゃないでしょ」

 言われてみればそうである。「なるほど」と平太が納得している間に、アルマはグラディーラたちとともにさっさと姿を消していた。

 そしてその場には、一触即発のにらみ合いをしているシャイナとスィーネが残された。

          ☽

 ケラシスラ山へは、従来の山道を通って行く事にした。

 この際だからトンネルの進捗状況を確認するついでに実際通ってみようと平太が提案したが、つい先日旅立ったばかりの自分たちがひょっこり顔を出すのは決まりが悪いというドーラたちの意見によって却下された。


 こうして人目を避けるように山中を歩くこと数日。一行はようやくケラシスラ山の麓までたどり着いた。

「ようやく着いたか……」

 前方にそびえ立つ黒色の山を見上げ、平太がつぶやく。

 麓でありながら、周囲に草木の姿はすでに無く、火竜が噴火を促した余韻と思しき硫黄の香りが微かに漂っている。

「くっせ! 誰だよ屁こいたの!?」

 まだ山に入っていないというのに感じる硫黄の臭いに、五感が鋭いシャイナが顔をしかめて鼻をつまむ。


「違うよ。これは硫黄の臭いだよ。火山だからね、火口の近くまで行ったらもっと凄いんじゃないかな」

「か~、麓でコレとか勘弁してくれよ。あたしは鼻が犬みたいに利くんだよ」

「そのわりには自分の体臭にはまったく気づかないようですね」

「あン?」

「いや~それにしても、火山だけあって草一本生えてなくて殺風景だな~。まるで霊山スピルトゥンスみたいだ」

 せっかく消えた諍いの火が再び点きそうな気配に、平太がわざとらしく話題を変える。


「霊山スピルトゥンスは神聖な山なので、木や草花の精霊が近寄れないためにあのような姿なのです。対してケラシスラ山は、火山ゆえに火の精霊力が強く、他の精霊を追い払ってしまうのです。だからこのように不毛なのですよ」

「なるほど。どちらも他の精霊とやらがいないせいなんだが、それぞれ理由が違うんだな」


「自然は、精霊たちの微妙な均衡によって成り立っています。しかしそれが一度狂うと、元に戻るのに長い長い年月がかかってしまいます。それでも元に戻れば良い方で、中には二度と戻らないものもあります。ですからわたしたちは、できるだけ自然を壊さないように、折り合いをつけて生きていかなければならないのです」


 つい先日大規模な自然破壊をした平太には、耳が痛い話であった。考えてみれば、平太の元いた世界は、科学が自然神秘主義を駆逐して現在の便利な世界を創り上げた。その結果、地球温暖化や砂漠化などしっぺ返しのようなものを受けているのが現状だ。

 自分が勝手な事をしたせいで、異世界を現代のように蝕ませてしまったのではなかろうか。改めて湧き上がる後悔と自責の念に、平太が押し黙っていると、

「まーやっちまったモンはしょーがねーって」

 シャイナに背中を叩かれた。


「それに、最終的にはフェリコルリスのみんなが同意してくれたんだ。お前一人が責任を感じる必要はねーよ」

「いや、同意したのはフェリコルリス村の人たちだけじゃないよ。あのトンネルの周辺にある村すべてに、ハートリーさんが説明しに行ったじゃないか。だから、総意という言い方はあんまり好きじゃないけど、ヘイタがやった事は、結果的にあの周辺の村みんなのためにやった事だよ」


 シャイナのみならずドーラに擁護され、平太の気持ちが少し楽になる。だが、やはりこれからは出しゃばるような真似は自重しようと肝に銘じた。

「大いなる力には大いなる責任が伴う、か……」

 平太は好きな映画のセリフを口ずさむ。

 今となっては、その言葉の意味が痛いほど理解できる。何しろ自分はもう、ただのその辺にいる異世界から来ただけのニートではなく、勇者の力を受け継いだ、世界の均衡に影響を与える存在なのだから。

「ならば一刻も早く、大いなる責任を果たしてしまいましょう」

 スィーネの声はいつものように静かだが、計り知れない意気込みのようなものが感じられた。


「そうだな」

 平太は顔を上げる。

 目の前には、生命の気配が欠片も感じられない黒色の山がそびえている。

「行こう」

 平太の号令で、一同は歩き出した。

 目指すはケラシスラ山の火口付近。

 そこは、かつて火竜の巣があった場所である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ