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ニートの俺が勇者に間違われて異世界に  作者: 五月雨拳人
第一章
10/127

平太、王都に入る

前回の続きです。

     ◆     ◆


 巨大な門の下をくぐり、日陰から日差しの中に出ると、目の前が一瞬真っ白になる。


 光に目が慣れると、平太はまず騒音の歓迎を受けた。老若男女、ありとあらゆる人種が集まったんじゃないかと思うほどの人、人、人。それらが各々勝手に行動することによって生まれた雑音が、怒涛のように平太を襲う。


 一歩町の中に入ると、そこは巨大な市場だった。町の中心まで続いてそうな大通りを、埋め尽くさんとばかりに大小様々な店が集まっている。しかも店と店の間に露店が挟まっているから、店の並びに法則性もクソもなく雑然としている。


「うわぁ、すげぇ……」


「だろ?」


 連れ合い同士並んで買い物をする人。店の人間と会話する人。ただ歩き抜けるだけの人。すべてが違っていて、それでいてこの世界に調和している。当たり前だが、皆この世界に生きているという感覚がありありと伝わってきた。ゲームだとこうはいかない。ただ服装だけはファンタジーだった。


「だがこれくらいで驚いてもらっちゃあ困る。何しろここはまだ王都の入り口――つまり平民街だからな」


「平民街? これが? 上流階級の住んでる所はもっとすごいのか?」


「あたぼーよ」


 平民向けの繁華街でこの盛況ぶりだ。それが富裕層向けの繁華街となると、ニートで社会知識の無い平太には想像もつかない。


「――と、言いたいところなんだが、あたしらじゃそこには行けねーんだわ」


「は……?」


「当たり前だろ。平民は平民の、金持ちには金持ちの住む場所ってのがあるんだ。勝手に入ってみろ、あっという間に取り押さえられてブタ箱行きだ」


 言いながら、シャイナは懐から何やら細かい文字がびっしり書かれたカマボコ板のような木の札を取り出す。どうやら通行許可証のようだ。


 遠目で見たとき王都の外観が階層型になってるあたりでだいたい予想はしていたが、やはりここにも階層社会の仕組みが入り込んでいて、平太は何とも言えない気分になる。


 だがこれがこの世界の常識なのだ。いくら平太が憤ってもそれは変わらないし、安易に変えてはいけない。何しろこの世界では彼こそが異端なのだから。


「さて、ここで突っ立っててもしょうがねえ。さっさと用を済ませるぞ」


 するとシャイナはするりと馬から降りる。そのまま手綱を引いて町の入り口にある馬繋場に行くと、小屋から出てきた世話人の男といくらか会話して代金を払う。


「おし、じゃあ行くか」


 こうして馬上の人から徒歩かちの人になると、シャイナは平太の先に立って歩き始めた。


 が、


「おいちょっと待てよ。そっちは――」


 シャイナは人や店の多い町の中心にではなく、明らかに逆――裏道に向かって歩いていく。


「いいんだよ、こっちで。いいから黙って着いて来い」


 そう言うとシャイナは人の流れを軽快にかわして歩いていく。平太は彼女を見失わないように必死に後を追いかけた。



 大通りを数本横道にそれるだけで、空気ががらりと変わった。


 あれだけうるさかった喧騒が聞こえなくなり、身動きするのもひと苦労だった人の波は嘘のように引いている。


 同じ町とは思えない。まるで光と影のようだ。もちろん今いる場所が、たぶん色んな意味で影だろう。


 人の姿は見えないのに、路地の曲がり角や物陰から人の気配がする。平太は値踏みするように全身を舐め回すねっとりとした視線をあちこちから感じるが、シャイナはまったく気にしたふうもなく慣れた感じですたすたと裏路地を歩いていく。


 スラム街を歩くというのはこんな感じだろうか。それとも、猛獣の潜むジャングルか。どちらも行ったことはないが。


 ここで平太は再び、シャイナの鎧と剣を意識する。平太のゲーム脳だとつい忘れがちになるが、あれは間違いなく武装なのだ。


 己の身を守り、害をなす相手を殺す。そのための装備。法治国家で生まれ育った平太には馴染みのない概念であろう。だが忘れてはいけない。彼のいた世界でも、人が人を殺すことがあるのだ。


 その理由が生きるためのやむを得ずから、ただ快楽を目的としたものまで様々だが、自分が殺される可能性がゼロではないと意識しながら生きている人間が、あの国で果たしてどれほどいるのだろう。


 だがいくら異世界でも、先の大通りを見る限り極端に物騒な気配はなかった。あれだけ人がいれば、たしかにトラブルも比例して多くなるだろうが、その分人の目が増えて防犯効果もある。現に、あの市場には武装した人間よりも日常の買い物に来ているような普通の格好の人間がほとんどだった。


 そう考えると、シャイナは始めからこの裏路地に来るつもりでいたと考えるのが妥当であろう。でなければ僅かとはいえ武装する意味が薄い。


 では何故――


「おい、何やってんだよ。ちゃんとついて来いよ」


 肩越しに振り返るシャイナの声に、平太は我に返る。大急ぎで彼女との距離を詰めた。


「間違ってもはぐれるなよ。ここで一人になったら、お前なんかあっという間に身ぐるみ剥がされるからな」


「やだ怖い……」


 乾いた笑いが出る。身ぐるみ程度で済むとは思えない。きっと虫ケラのようにあっさり殺されるか、人買いに売られて何の役に立つのかよくわからない歯車を死ぬまで回す奴隷にされるに決まっている。


「おいコラ、だからってくっつくな! 歩きにくいだろ!」


「はっはっは、そう冷たいこと言うなよ。それよりどこに向かってんだ? そろそろ教えろよ」


 平太は嫌がるシャイナと強引に腕を組む。


「お前、最初ハナっからこの裏路地に来るのが目的だったんだろ? いい加減言えよ。何があるんだよここに」


「来ればわかる……っつか、もう着いたぜ」


「なに?」


 どちらからともなく足を止めると、シャイナがホラ、と顎で示す。彼女が示す先に平太が目を向けると、そこには一軒の石造りの店が立っていた。


 申し訳程度にぶら下がっている看板には、「デギース武器防具店」と書いてあるのが平太にも辛うじて読めた。



「いらっしゃい」


 シャイナと平太が店の中に入ると、若い小柄な男がカウンター越しに挨拶してきた。


 店内は外から見る以上に広く、壁や棚に様々な武器防具が置かれている。


「おや、シャイナじゃないか。今日はどうしたんだい?」


「ああ、ちょっとあんたに会わせたい奴がいてね」


 入店して早々に醸し出される「店員と常連による一見さんお断りの空気」に、平太は早くも帰りたくなる。


「会わせたい奴?」と男はシャイナの背後に立つ平太をちらりと見る。そのとき、彼の頭の上に犬のような耳が付いているのが見えた。


 どうやら彼もまたドーラと同じ亜人のようだ。単純だが、これだけで平太は彼をファンタジー世界の住人だと識別して警戒心を緩めてしまう。


「君が例の異世界からの、」


 男はカウンターから外に出て、興味津々という顔をして平太の方に近づいてくる。


「そうかそうか、だが異世界人と言っても、目が異常に濁ってる以外は結構普通だなあ」


 男は平太の周りをうろうろ回りながら言いたい放題である。


「おい、お前普段どういう話をしてるんだよ……?」


「ん? 別に? お前が他の世界から来たってのと、例の――」


「そう、君が僕の開発した『誰でも撃ててそれなりに命中精度がいい弓』とその付属品『簡単に弦が引ける装置』を何の説明もなしに使いこなしたと聞いて、どうしてもひと目会ってみたくってね。シャイナには僕が無理言ってきみをこの店に連れて来てもらったんだ」


 シャイナの言葉を遮って、男が平太の肩をバシバシ叩きながら言う。


「え……?」


「いや~、きみなかなか見どころがあるよ。なにせこの店の客ときたらどいつもこいつも頭の中にまで筋肉が詰まってるようなのばっかりでね、僕がどれだけ画期的な装備や道具を発明しても、満足に使うどころか説明を理解できないときたもんだ。まったくやりがいが無いというか虚しいというか、とにかくうんざりしてたとこなんだよ」


「うるせえっ! お前の発明なんていつもロクなもんじゃねえじゃねえか!」


「自分が理解できずに使いこなせないのを、道具のせいにしてるだけじゃないか。この間だって『思い切り殴っても手が痛くない棒』で自分の頭を叩いて文句を言いに来ただろ」


「あれはお前、握りと先が鎖で繋がってるから扱いが難しかったんだよ……」


 どうやらフレイルのような可動連結式の鈍器のことを言っているようだ。


「だから事前に空振りしたら先端の勢いを殺すように、自分も同じ方向に身体を回せって注意しただろ。あれは打撃の瞬間に自分の手に返ってくる衝撃を緩衝するために、先端と柄の間を鎖で繋いでるから、空振りしても柄を止めただけじゃ先端の勢いはなくならないんだよ」


「そんな小難しい話憶えてねえよ」


「いいや、あのときは『はいはいわかったわかった、心配いらねーからちょっと貸してみろ』ってこっちの話をろくすっぽ聞かずに持って返ったんだ。それで案の定、翌日になって頭に大きなコブこさえて怒鳴りこんで来たのはどこの誰だったかな?」


「ぐ……お前よくそんなの憶えてやがるな……」


「きみたちが頭を使わなすぎるんだよ。頭は兜を乗せるためだけにあるんじゃなく、使うためにあるんだよ」


「お前、たしか俺に同じようなこと言ってなかったか?」


「さあ? そうだっけ?」


 平太がじとっとした目で睨むと、シャイナは白々しく口笛を吹き始める。


「話が横道にそれたね。とにかく、僕はきみに興味がある。正確に言うと、きみの持つ異世界の知識に、だ。聞けばきみの世界は僕らの世界など話にならないくらい文明が進んでるようだ。で、ありながら僕らの世界との共通点も少なくない。だとすれば、この世界でも君の世界の技術や知識を再現できるものがあるんじゃないかと思うんだが、どうだろう?」


「ああ、たしかに、共通点がない……こともないが――」


「素晴らしい! ではやはりこの『誰でも撃ててそれなりに命中精度がいい弓』と『簡単に弦が引ける装置』もきみの世界に存在してるんだね!?」


 平太が頷くと、男は両手を固く握り締め、感極まったように叫んだ。


「やった! やはり僕の発明はこの世界の水準を遥かに越えていたんだ!」


 男のテンションの高さに平太は若干引き気味になるが、それよりもグラディアースの低い文化水準の中でこれだけの発明をする男に対する興味の方が勝った。


「それにしても『誰でも撃ててそれなりに当たる弓』? 『簡単に弦が引ける箱』だっけ? ネーミングセンスの欠片もないな」


「『誰でも撃ててそれなりに命中精度がいい弓』と『簡単に弦が引ける装置』! あと『思い切り殴っても手が痛くない棒』ね。じゃあちなみにきみの世界ではこれらを何と呼んでたんだい?」


「弓はクロスボウ、装置は滑車、棒はフレイルって呼んでたな」


「ははっ、お前がつけた名前よりよっぽどセンスがあるな」


 シャイナが笑うと、男は不満気な顔をするが、すぐに気を取り直す。


「……まあ名前なんてどうでもいい。おっと、名前と言えば自己紹介がまだだったね」


 そう言うと男は右手を拳にして平太の前に突き出す。


「僕の名前はデギース=イサイエ。この店の店長であり、希代の発明家だ。よろしくね」


 男――デギースは嬉しそうに犬耳を震わせて自己紹介した。店員かと思ったら店長で、その上かなりの変人だった。


 だが不思議と嫌いじゃない。


 平太も同じように拳を前に突き出す。


「俺は日比野平太。異世界から来て、これから勇者になる男だ」


 店内が爆笑の渦に呑まれた。


 一番笑っていたのはシャイナだった。



 ひとしきり笑いが収まると、デギースはまず平太の身体のサイズをあちこち測り始めた。


 次いで平太に様々な重さの砂袋を渡し、担いだり持ち上げたりさせ、その様子を細かく記録していく。


「なんで……こんなことさせられにゃならんのだ」


 笑われた上に理由も聞かされずに奇妙な運動をさせられ、平太の機嫌がさらに斜めになる。


「鎧の重さを決めるんだよ。普通なら出来合いのを試着させて適当に合うのを買えばいいんだけど、シャイナの話じゃあんたら魔王討伐に出るんだろ? だとしたら相当過酷な長旅だ。自分の身体と体力に合った装備をしないと、すぐにバテる上にいざというとき命取りになりかねないよ」


「なる……ほど……」


 息も絶え絶えになりながら、平太は砂袋を上げたり下げたりする。


「よし、だいたいわかったからもういいよ」


 デギースがそう言うと同時に、平太は砂袋を床に落とした。自分ではかなり体力がついたと思っていたが、


「ふむ、思ったより体力がないな。こりゃ厚みを薄くするか、材質を軽くて硬いのにするかしないとダメだな」


 とデギースがぶつぶつ言いながら皮紙に書き込むのを平太は耳にしてしまう。


 結構鍛えたと思ったが、どうやらこの世界ではまだまだ貧弱な部類に入っているようで、せっかくつき始めた自信が脆くも崩れ去った。


 とはいえ機械にすべてを頼る現代人の平太と、産業革命以前さながらのグラディアースの人々の身体能力を比べるのもおかしな話である。土台が違いすぎる。


 がっかりした自分を慰めるヒマもなく、次に平太は長い鉄の棒を渡された。


「好きなように振ってみてよ」


 振れと言われても、長さが平太の身長ほどもある鉄の棒は重くて持つだけで精一杯だ。


 今立っている場所は素振りをしても良い場所なのか、店内でもそこだけ天井が高く、障害物も無くて場所にゆとりがある。重い鈍器を落としても傷がつかないように床には鉄板が敷かれ、壁に大きな鏡もある。これなら振っても店を壊すことはないだろうが、平太には重すぎてどうしようもない。


「どうした? あの時みたいにやってみろよ」


 シャイナがからかうように言うが、あれは軽い木の棒だからできた芸当だ。持ち上げることもできない鉄の棒では最初の一振りもできない。


 いや、果たしてそうだろうか。


 平太はゲームに限らず、記憶の中にある漫画、アニメ、映画などの映像媒体から、この状況に適したシーンを検索する。


 適合ヒット。自分の身体よりも大きな剣を軽々と振るイメージ。現実無視ファンタジーではなく、れっきとした科学に基づいた技術。それを連綿と研鑽し続けたものが平太の世界にもある。


 それが武術。


 平太はかつて見たカンフー映画のワンシーンで、自分の身体よりも大きな武器を使って戦っていたシーンを思い起こす。


「たしかこう――」


 使うのは筋力ではなく、テコの原理。


 平太は地面に立てた鉄棒を両手で持ったまま背中を向け、わずかに倒して肩にかける。


 その状態のまま棒の下部を後ろ足で蹴りあげると、肩を支点にして鉄棒が驚くほど軽く持ち上がった。


「やった!」


 後は鉄棒の重さと回転を利用して勢いをつけてやると、自然と威力のある一撃が床を撃った。


「ほう……」


 床を撃つ豪快な打撃に、デギースが感嘆の声を上げる。


「まだまだ!」


 床を撃った反動でわずかに浮いた鉄棒に背を向け、平太は再び肩に担ぐ。両腕を引きながら肩で押すように持ち上げてやると、鉄棒は再び弧を描いて床を撃った。


「さらに、」


 鉄棒が跳ねて先が宙に浮いている間に、平太は身体全体を使って今度は横薙ぎの一撃を放つ。ハンマー投げのような格好になると、鉄棒が唸りを上げて円を描いた。


 鉄棒を何周か回転させると、平太は足を踏ん張ってブレーキをかける。勢いが弱まると遠心力がなくなり、鉄棒が地面に着いてコンパスのように平太を中心に丸を書いた。


「ふう……」


 見よう見まねだったが、意外と再現できたと思う。ただ鉄棒が重すぎるのか自分の筋力が足りないのか、すぐに息が上ってしまった。これでは以前シャイナが言ったとおり、実際に戦うのは無理だろう。


「すごいすごい!」


 先ほどの測定とは打って変わって、デギースの純粋な賛辞が平太に向けられる。


「はぁ……そりゃ……ひぃ……どうも」


「驚いたね。まさかここまで振れるとは思わなかったよ。これもアレかい? きみの世界の技術かい?」


「まあ……だいたいそんな……とこ」


 息を整えるひまも与えず、デギースは平太にあれこれと質問する。


「な、言ったろ? コイツおかしな技を使うって」


 シャイナが平太を指差すと、デギースは子供のようにきらきらした目で言う。


「これまで力に物を言わせて振り回した筋肉バカはいくらでもいたけど、ちゃんと理に適った動きであれを振ったのはきみが初めてだよ。うん、ますます興味深い」


 どうやらデギースには、平太が科学的な知識を用いて鉄棒を振ったことが理解できるらしい。そう言えばクロスボウも滑車も彼が発明したと言っていたか。


「あんた、もしかして頭いいのか?」


「もしかして? 心外だな。天才と言っても過言ではないよ」


「そういうのは自分では言わねーんだよ……」


 シャイナの言う通りだが、この世界の水準ですでにこれだけの科学的な知識を持っているのは、天才と言って良いのかもしれない。


「けどあれだけの物を作れるのに、どうしてこんな物騒な客しか来ないような裏通りに店を構えてるんだ? あんたならもっとこう、あれだ、城のお抱え技師みたいなのになれるんじゃないのか?」


 平太がそう言うと、おちゃらけていたデギースの表情がわずかに冷めたようになる。


「まあヒトより多少優れている部分がないわけでもないけど、僕ってホラ、」


 デギースは自分の犬耳を指差す。そこでようやく平太は彼が何を言わんとし、何故そんな顔をするのか理解できた。


「亜人――だからか」


「そう。ヒトってのは、自分と違う変わったものを受け入れる度量が少ないからさ。僕みたいな天才は、どこに行っても爪弾き者さ」


「亜人には、あたしら人間よりも能力が高い奴が多いんだよ」


「だから差別が起きるのか……」


 吐き出すような平太の言葉に、店内に重い空気がたちこめかけたその時、


「だからって悲観することばかりじゃないよ。たしかにここは治安が悪いけど、僕が亜人だからって厭な顔をする奴はひとりもいないからね」


 デギースはさっきの物悲しそうな態度が嘘のように明るく言った。


「まあ、ここいらの奴らは叩けば埃が出る連中ばかりだからな。日陰者の気持ちはよくわかるだろうし、それに腕さえ良ければ文句はないさ」


「なるほど」


「さあ、しみったれた話はそこまでにして、それよりどうだい? 僕の作った――クロスボウだっけ? の調子は?」


「悪くないが、滑車を装着すると撃つときに邪魔だな。いっそ内蔵型にできないか?」


「その発想はなかった!」


「それと……口では説明しにくいな。何か書くものあるか?」


「ん? ちょっと待って……えっと、これでいいかい?」

 デギースはカウンターに戻って何やらごそごそ探り回ると、中から緑板と白墨を持ってきて平太に渡した。


「俺の世界だと……ここに滑車をかましてあるのがあったな。どういう理屈かはわからんが」


 言いながら平太は緑板にクロスボウの弓の両端部分に滑車が仕込まれた、俗にいうコンパウンドボウの図を描いた。


「お前、意外と絵が上手いな……」


「そこに滑車をか……となると、引く力に対して発生する力の方が大きくなるってことか。なるほどねえ」


 図を見ただけで滑車の作用を即座に理解するあたり、やはりデギースの知能は相当高い。


「あと弓の部分の素材を複数組み合わせて強度や反発力を増した『コンポジットボウ』ってのもあったな」


「なにそれすごい! やっぱりきみの世界は進んでるなあ」


「もっと凄いのもあるが、それを言ったら魔法があるこの世界の方が凄いだろ」


「ははっ、それもそうか。どっちもどっちだね」


 そう言ってデギースは屈託なく笑う。平太もぎこちないが笑みを浮かべた。


「それで、こいつの鎧はいつ頃仕上がりそうだ?」


「う~ん、通常なら十日もあれば充分なんだけど、彼の場合ちょっと特殊だからねえ」


「時間かかりそうなのか? まあこっちは今のところ急ぐ旅でもないから構わないんだが、」


「いや、そうじゃなくって、どうせなら新しい技術や素材を試してみたいなあ、なんて」


「何だよそれ? 客で実験しようってのか?」


「だからその分お代は勉強させてもらうよ。それに従来のよりも性能は格段に上がるはずだから、そっちとしても悪い話じゃないはずだよ?」


「金か……う~ん」


 そこでシャイナは腕を組んで考える。頭の中でソロバンを弾いているのか、それとも「金」という言葉に下手に反応して足元を見られないように駆け引きをしているのか。


「あ、それともしも道中で魔物や動物を倒したら、使えそうな素材を取っておいてよ。うちに持って来たら高く買い取らせてもらうよ」


「素材クエ……そういうのもあるのか」


「……お前ときどきワケのわからないことを言うな」


「一応こちらで彼に合った素材を吟味してみるけど、何かリクエストがあるなら相談に乗るよ。もちろん材料費や工賃は割増になるけど」


「つまり安く自分好みにしたけりゃ材料取って来いってことか」


「そういうコト。この辺りじゃそういうのを生業としてる連中もいるから、興味があるなら同行させてもらうといいよ。話なら僕がつけてあげるからさ」


「いや、そのための装備すら無いんだが……」


「それ以前にお前じゃ足手まといだっつーの」


「ははっ、そうだったね。じゃあ腕に自信がついたらまたおいでよ。装備は格安で貸してあげるから」


 そう言うとデギースは平太の描いた緑板を持ってカウンターに戻った。


「それじゃあ……後はよろしく頼む」


「りょーかーい。また来てねー」


 シャイナが挨拶をすると、デギースは笑顔で手を振った。


「おい、行くぞ」


「お、おう……」


 シャイナが先に立って店を出る。平太が振り返ってカウンターを見ると、デギースはまだ笑顔で手を振っていた。


 平太は先に店を出たシャイナを早足で追いかける。店を出てすぐ曲がったところで、彼女に追いついた。


「おい」


「なんだよ?」


「お前、最初から俺をこの店に連れて来るつもりだったな?」


「いずれ厄介になるんだ。顔を合わせるのは早いに越したことないだろ」


「あの店長――デギースとは長いつきあいなのか?」


「まあな。ああ見えて腕はいい。お前の鎧も期待していいぜ」


 ふうん、と平太はそこで一度納得したような返事をして間を外した。


 それから数歩歩いて、シャイナが完全に油断した頃を見計らう。


「お前、何か企んでるだろ」


 直球を投げる。


 平太は店を出る前のシャイナの態度に違和感を憶え、これは何かあると踏んだ。


 それを今シャイナにぶつけてみたわけだが、


「さあな」


 軽く流された。どうやらそう簡単に尻尾を出さないようだ。


「それより他にあと何ヶ所か回るぞ」


「まだ何か買うのかよ」


「馬鹿、まだ何も買ってねえだろ。もともと今日は食料とか日用品とか色々買いに来たんだよ。それにせっかく荷物持ちがいるんだ。有効活用しないと勿体ないじゃねえか」


「荷物持ちって……」


「だいたいお前、今日までずっとタダ飯食ってるじゃねえか。少しくらい役に立てっつーの」


「う……」


 それを言われると辛い。いくらドーラの間違いで異世界に連れて来られたとはいえ、今日の今日まで衣食住をすべて賄ってもらっていることに変わりはないのだ。


 そしてそれに対して自分がしたことは、せいぜい薪割りなどの家事労働と、先割れスプーンを作ったことぐらいだ。全然割に合わない。


「よーし、わかったらキビキビ歩け。訓練代わりに腕が千切れるまで荷物を持たせてやる」


「千切れたら訓練じゃなくて拷問じゃねーか!」


「うっせー、とっとと来い」


 ケタケタ笑いながらシャイナは裏路地を走る。平太はうんざりしつつも、はぐれないように彼女の後を追う。


 こうして二人は再び大通りの市に戻った。

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