存在ロンリネス 一話
平凡な少年、文月信也は、親友である詠月師走から、ある一つの悩みを聞く。それが、文月信也という少年を取り巻く、散々な物語の幕開けである。
「・・・夢か。」
ジリリリリと鳴る目覚まし時計を止め、ベッドから起きる。
僕がべっどから起きた音しか聞こえない我が家は、僕以外が既に外出したという事を表していた。
「・・・朝ご飯、食べないと。」
ボーッとする頭を無理やり動かし、パジャマから学生服に着替え、リビングへと降りる。
机には冷めたトーストと母による心の籠もった書置きが置いてあった。
「いただきます。」
テレビを点け、流れるニュースを見ながらトーストをムシャムシャと頬張る。
『――――の為、専門家はこの七つの光を、超常現象と看做しており――――。』
朝には似合わないスペクタクルなニュースが流れるのをジッと見つめながら食事を進める。
最後の一切れを頬張った瞬間、不快というか、不穏というか、人体に良くない物を含んだ様な感触が口内に広がった。
(・・・・これ、焦げてるな。)
トーストの不快なまでの黒さに気付き、後悔しながら咀嚼し、飲み込む。
驚く程の後味が口に広がり、思わず吐き出したくなる。
「・・・これ、ゴリラが作ったのか。」
こんな芸当が出来るのは『文月家のゴリラ』と名高い僕の姉だけだろう。
文月可憐
少々のブラコン。
高校二年生。
第十七代生徒会長。
洒落にならないぐらいに喧嘩が強い。
圧倒的人望の多さ(ゴリラなのに。)。
百人の内、百人が綺麗と答える容姿(笑)。
そして――――――僕の姉だ。
僕の数少ない楽しみともいえる食事を、台無しにした奴が、僕の姉だ。
正直に言おう、僕はそいつを僕の姉とは思いたくない。切実に。
いや、まぁ確かに姉に助けてもらった事もあるし、それなりには感謝している。
しかし、助けて貰った事より、僕が迷惑を被った方が圧倒的に多いのだ。
その度にフォローに走り回るのが僕の日課となったのは言うまでもない。
「・・・はぁ。」
そうっと吐いたため息は、誰にも聞かれることはなく、空気に溶けていった。
□□□□
「おはよーっす。」「はよー。」、青春真っ盛りな挨拶が教室中に響き渡る。
よく夏の蒸し暑い教室で元気に声を上げれるものだ。僕なら蚊が鳴く様なか細い声しか出ないだろう。
そう窓際で俯きながら一人モノローグしている僕の傍に、一人の生徒が近づいてきた。
そいつは見事にワイシャツを着こなしており、お前一年中ワイシャツ着てんじゃねぇのと言いたいぐらいには似合っていた。
ワイシャツが似合う男子という紹介だけ見れば極々平凡な男子だが、実際は違う。
暑苦しいものの、その中に隠れている冷静さに脱落する女子没出!
スポーツする姿はどこぞの王子様みたいでカッコいい!!
勉強できない姿も愛くるしい!素敵!最高!
天真爛漫な性格が可愛い!などと女子からの絶賛コメントを貰っている。
男子からは敵意の目で見られているが、それすら気にせず話し掛けてくれる為、毒気があっという間に抜かれる。
おかげでこのクラスの人気者、誰とでも仲良くできる凄い奴。などのレッテルを貼られている。
「よう!元気か信也!」
僕の唯一ともいえる友達。
「・・・・何だよ、僕今眠たいんだけど。」
僕が唯一心を開いた友達。
「そう言うなよ!まぁ、夏休みが延期になったのは残念だけどよ。」
詠月、師走。
「お前の姉ちゃんのせいだっけ?夏休みが延期になったのって。」
「・・・あぁそうだよ!あのゴリラのせいで僕の楽園は延期になったんだよ!おい!どうにかしてあいつを動物園に放り込んでくれよ!」
「落ち着けって、それにしてもあんなに綺麗な人をゴリラ呼ばわりなんて、お前しか出来ねぇな感心するよ。」
「師走も僕と一緒に暮らしてみれば分かるさ、あいつの部屋に来てみろよ。バナナの匂いが充満してこっちまでゴリラの気分になるよ。」
「はははっ!信也は冗談が上手いな!」
冗談ならまだしも、本当に冗談じゃないから笑えない。
僕の顔が傍から見れば物凄い絶望してる顔になっている間、師走はいつもの明るい表情を曇らせていた。
師走が顔を曇らせるなんて珍しい。
そう思った僕は師走に声を掛けた。
「なぁ師走。」
「・・・・・・。」
無視された、いや、僕の存在が目に入っていない。全くこちらを向いていない。
イラッとした僕は師走の脇腹を殴った。そうすると案の定、師走は苦々しい顔になり、「ぐえぇ!」という蛙が死ぬ様な声を上げた。
「・・・っつつ、おい信也!何すんだよ!」
「いや、無視したからイラッとして、つい。」
「ついでお前は人を殴るのかよ・・・・。」
「ごめん。」
全く誠意を込めてない謝罪をする、何時もならここで再び突っ込みが来るのだが、おかしい。
師走は突っ込みすらも疲れた様な表情をし、再び下を向いた。
「・・・おい、おいおい師走。君から突っ込みを放棄したら、何が残るというんだい。」
「・・・・・・。」
セカンド無視、ここまで無視された事は始めてだ。
今までの師走なら一回無視だけで終わっていたが、二回目の無視とは珍しい。
(・・・やっぱり、何かあるな。)
「・・おい師走、僕達、友達だよな?」
そう僕が言うと、師走は気持ち悪いほどの暗い顔をこちらに向けてくる。
「・・・あぁ。」
「だったらさ、悩みがあるなら言ってくれよ。師走が、友達が落ち込んでいるのを指を咥えて見ているなんて、僕には出来ないよ!」
「・・・・信也。」
「それとも、僕は師走の友達じゃないのか?」
「そんなわけないだろ!!」
バンッ!!という音が僕の机から響き渡る、師走が興奮のあまり僕の机を叩いたらしい。
その音につられどんどんと視線が僕の席へと集まってくる。この野郎何してくれんだ。
そんな僕の目線と周りの視線に気付いたのか、師走は恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いた。
女子に、「やだ師走君可愛い・・・!」、「ちょっとあんな師走君の表情見たことないんだけど可愛すぎ!」というキャピキャピした声が聞こえるのが気に食わない。
それに、師走が注目を受けてる間はいい、僕が注目を受けたらどうする。
言っておくが、僕はクラスの中でも普通に位置する生徒だ。
誰とも仲がいいというわけでもなく、誰とも仲が悪いというわけでもない。
中立位置からちょっと外れた中途半端な位置、それが僕だ。
僕は生まれてこのかた、注目など受けた事がない、かもしれない。
精々受けたとしても、幼少期の劇ぐらいだろう。
そんな僕が高校生からの奇異な視線を受けて耐えれると思っているのか。
関係のない事をつらつらと考えていると、師走がボソボソと喋り掛けてきた。
「・・・イレで、話す。」
「は?」
「・・・・トイレで、話す。」
そう言った途端、師走は急ぎ走りで教室を出て行った。
周りは、「なんだなんだ!文月と詠月の喧嘩か!?」「師走君と喧嘩するなんて最低!」などという雑音を発生していたが、僕はそんな声より。
「・・・師走のあんな顔、はじめて見た。」
苦悩と悔しさが入り混じった様な顔が目に残っていた。
□□□□
「・・・・んで?話ってなに?」
「・・・・・。」
未だに沈黙を貫いている師走を前に、僕の心は荒立っていた。
これでしょうもない事だったらぶっ飛ばしてやる。
そんな感じだった。
「・・・・あのさ、話が無いならもう行くけど。」
「・・・・・・・・が、無いんだ。」
「は?」
嫌な予感がする、何か、どうしようもなくしょうもない事を話されるような。
汗を垂らしながら、師走の声を注意深く聞く。
「・・・が、無いんだ。」
・・・・無い?何が無いんだ?
鍵でもなくしたのか?財布でも無くしたのか?
取り合えず何を無くしたのか聞いてみよう、そんな思いで師走に聞こうとした瞬間、
「・・・・・嫉妬が、無いんだ!」
その言葉に、思わず昨日の夢を思い出した。
嫌な予感が的中した、どうしようもなく、嫌な予感が。
「・・・・誰の?」
「・・・俺の、彼女。」
「よし殴る。」
人の腹を殴る殴打音が、トイレに響き渡った。