私は彼女のお友達。
「今日はどうしたんだい、咲良」
「えっと、山科先生、どこにいるかなぁって」
「はいはいちょっと待っておくれよ。……―――ああ、今日は中庭の憩いの庵にいらっしゃるみたいだね、ついでに今日のラッキーアイテムは大きめのブランケット」
「分かった!ありがとうヒナちゃん!!」
零れるような笑顔を浮かべて、肩甲骨くらいまでのサラサラの長い亜麻色の髪をなびかせながら彼女、柏里咲良は放課後の教室を後にした。後に残った私はいつも通り、どういたしましてと言いながら手を振り彼女を見送る。
私は彼女の友人である。柏里咲良という、今この学園でもっとも笑えるような青春を送っているだろう女の子の。
この学園の名前は桜藍学園。幼年部・初等部・中等部・高等部・大学部まで一貫してある国内最大のマンモス学校だ。通うのは一般生徒に始まり、名門の筋や素封家の子弟たち。
どこにでも格差があるように、このマンモス学校にもヒエラルキーは存在する。それは先輩後輩を超える身分差だ。一番上にSを置き、ABCがその手の子供達がいる特別クラス。対して、123の数字は一般生徒が在席する一般クラスで、こちらはキチンと学力でクラス分けされているらしい。
基本的に、一般クラスと特別クラスは会うことが無い。そもそも、校舎が別々に分けられているし、各授業で使う施設も別々に用意されている。
ただ一箇所だけ、繋がっている通路があるが使われた事はない。
柏里咲良は、桜藍学園に中等部から通い始めた元一般クラス、現高等部特別クラス2-Aの生徒だ。
彼女が特別クラスに異動になったのは、今年の春休みの最中だった。春休みの初めに、彼女の両親が事故に遭い他界。小学生に上がったばかりの弟と悲しみに暮れる中、現れた厳格そうな老人はとある財閥の当主だった。
良くある話。実は父親が御曹司だったが母親と恋に落ちて愛の逃避行。見つけた息子は既に亡くなっていたが、その子供は引き取ろう。となったのだ。所謂シンデレラストーリー。
そして、二年生の始業式から始まる彼女のラブストーリー。
……以上が、私の中にある『Saku☆Love』という乙女ゲームの私見が少し入った概要だ。
まぁ、今はゲームではなく現実なのだけれど。
私は久多良木雛子と言う名前の、2-Aに在席する女子。特別クラスに在席するくらいには良い家柄の子で、特筆する点が殆ど無いような生徒だ。立場は、主人公である柏里咲良が特別クラスに上がってから初めて出来た友人。兼恋愛のお助け役。
しかしてその実態は!と勿体振るまでも無く、前世の記憶を持ち越してゲームの世界に転生してしまったただの枯れた女である。
最初は記憶を持ったまま転生したことに驚いた。ついでに二十歳前の若い身空で死んだ事に悲しんで、けれどいい所のお嬢さんになれた事に喜んだ。金持ちになりたい、は大多数が抱く夢である。
驚いて悲しんで喜んで、忙しくも五歳になって桜藍学園の幼年部に入った頃に漸く気が付いた。ここがゲームの世界だと。更に言えば、将来的に主人公のオトモダチにならなければいけない。
面倒臭い。と、楽しそう。が初めて鬩ぎ合った瞬間だ。
だからと言って何かするでもなく、今まで通りに二度目の人生悔いが無いように生きていたら、あっという間にゲームの本編が始まった。
始業式の日。私の隣の席に座った柏里咲良は、良くも悪くも注目の的で話題の中心だった。
アレだね、緊張して恥ずかしくて、真っ赤になりながら涙目で俯きつつ大人しく席に座っている美少女な咲良は、確かに主人公でしたよ。えぇ、可愛くて可愛くて、元ヲタク現ヲタクで何でも美味しく頂けちゃう私にはドストライクでした。
面倒臭いと楽しそうの鬩ぎ合いに、可愛いは正義が乱入して大勝利を収めた瞬間です。
その後は今の親の地位と、たった一つの特技である占いを生かして主人公をサポート。よくある○○君との好感度云々とか、××のチケットがあるんだけど~とか、今なら□□で○○君と会えるよ!とかだ。
私のアドバイスで、結果に一喜一憂するのは面白かった。主に喜ぶのが咲良で憂うのはお相手に選ばれなかった方々である。咲良を悲しませるなんてそんな……、確かに泣き顔も可愛いけどそこまで非道にはなれないよ私。
そんなこんなでそろそろ一年。
恋愛ゲームの学園物の殆どがそうであるように、このゲームも一年で話が終わる。さて、咲良は誰を選ぶんだろうか。
「……はぁー、恋する乙女は可愛いねぇ」
机の上にノートパソコンを置き、画面の映像を眺めつつ机に伏せる。画面の中では、憩いの庵と呼ばれる簡素な木造の東屋で、咲良と美術の臨時講師である山科馨が肩を並べて座っている。二人の膝には、大きめのブランケットが掛けられていた。
音声までは拾えないので会話の内容までは分からないが、ほんわりとした和やかな雰囲気が画面越しにも見て取れる。
「いやぁ、流石!私グッジョブだね!!」
「その大きな独り言、どうかと思うけど?」
人の恋愛を眺めて悦に浸っていると、咲良が閉じた扉を開けて闖入者が現れた。
彼はこの学園の高等部の男子制服をキチンと着ることなく、ズボンは指定の物だが羽織るカーディガンは赤いチェックの柄物。勿論、指定の物がこんなに派手な筈もない。頭髪は生まれながらの真っ黒。しかし無造作ヘアーと言うよりも鳥の巣状態なのは頂けない。黒ぶち眼鏡の奥の、眠たげに伏せられた瞳は青い。カラコンではなく生まれつきなそうなので何も言えないが。
「なんだい木暮邑一くん。いつから居たんだい?盗み聞きに覗き、趣味が悪いにも程があるよ」
「アンタも似たような事してんじゃん……」
「私は良いんだよ」
姿勢を正して脚を組み、小暮邑一を睨むが相変わらずのらりくらりとした対応で気に食わない。
彼はゲームにも登場していた人物だ。所謂、隠しキャラ。とある条件をいくつか満たすと中盤あたりから現れる。ミステリアスな猫系男子。隠しキャラにしては(いや、だからこそ?)中々人気があったのを覚えている。
けれどこの世界で、咲良と彼は出会っていない。何故なら、とある条件とやらを私が意図して満たさせなかったからだ。誤解はしないで欲しい。別に、私はこの木暮邑一というキャラが大好きで咲良といい感じになって欲しくなかった、なんて馬鹿らしい事は考えていない。それに私のお気に入りだったのは、今現在咲良とハニータイム中の山科馨先生だ。
木暮邑一を出すための条件。その中の一つに、ゲームスタートから彼が出てくるまで他のキャラからのアプローチを一切無視すること、と言うのがある。
そんな事、天使みたいに優しい咲良にさせられる訳がないじゃないか……!まぁ、私からお願いすれば「きっと何か理由があるんだよね」と勝手に解釈して頑張ってくれただろうけど。しかし私が嫌だった。元々、そこまでして出会わせなくてもいいかなぁ程度だったし。
そして何をどう間違えたのか、木暮邑一と出会したのは私でした。
「あー……、始業式から人生やり直したい。セーブポイントどこいったマジで」
「なに、俺ともう一回出会い直したいってこと?」
「はっはっは。その機能してない耳と無駄に前向きな思考をする脳みそ、取り替えた方が良いんじゃないかな?たぶん不良品だよご愁傷さま」
「相変わらず口が悪いね、アンタ」
溜め息を吐いてこちらに近付いてくる木暮邑一。私の前の席の椅子に逆向きに座り、机の上のパソコンを隣の席に移動させた。
おい止めろ、咲良のエンジェルスマイルを見逃してしまうじゃないか。
「アンタさぁ、あの女……柏里だっけ?他人の恋愛事の出歯亀して何が楽しいわけ?全く理解できねぇんだけど」
「出歯亀とは失礼な!」
ガタンッ、と大袈裟に音を立てて席を立つ。自分でやっておいてなんだが、五月蝿い。
「私がしているのは、謂わば恋のキューピッド!親の地位と自分の特技を活かし、時折他人を利用しつつ、可愛いオトモダチに幸せの道案内をしてあげているだけじゃないか!!」
「わざわざ学校のシステムに侵入して、防犯カメラで覗き見てるのは出歯亀だろ」
「学校だけじゃなく市町内も全部ですー」
「尚悪い」
言いながらパソコンを閉じられた。今バキって嫌な音したぞ巫山戯るなよ馬鹿力。慌ててパソコンを奪い返し、外傷が無いかを確認した後カバンに片付ける。
代わりに78枚のタロットカードを取り出した。木暮邑一は背を丸め、椅子の背凭れの上で腕を組み顎を乗せて、机の上の様子を黙って眺めている。
この世界に生まれ変わってから、前世とは縁も由もなかった占うという事が出来るようになった。きっと血筋だろう。ここでの私の家はそっち方面に有名で、しかしだからと言って私はそこまで出来る訳でもない。
末の子だから家を継ぐ予定も無い。親も期待はしていない。唯一長兄だけが何かと世話を焼きたがるが、恐らく兄弟従兄弟の中で私だけが女だから気に懸けてくれているのだ。私としては構われない方が面倒臭くなくて丁度良いとすら思っているのに。
一つ息を吐いて、出来る限り雑念を払う。考えるのは咲良の事だ。
ゲームの内容の記憶なんて既に霞みがかって思い出せない私は、こうして占いで彼女の先を視る。
今日この後、何か重要なことは起こらないか。
明日の朝は。昼は。
彼女に不幸せな何かは待っていないか。幸せになる為に何か見落としていないか。
考えながら、手順に沿ってカードを切って並べていく。
「―――……理解できない」
「は?」
カードを並べ終えた所で、今まで黙っていた木暮邑一が口を開いた。いきなりどうした木暮君。
「何でそこまで出来るかなぁ。アンタ、柏里の何なわけ?それとも柏里はアンタの何なの?」
眉を顰めて、訝しげに訊いてくる。
何だその質問は。だから、私は何度も言っているじゃないか。
「私は彼女のオトモダチ、だよ」
にっこり笑って答え、明日のカードを開く。ああ、これは注意しないといけないね。
怪我を暗示するカードに、少し顔を顰めて次々にカードを捲っていく。過度なハプニングは要らない。適度に、適当に、タイミング良くヒーローが助けに来るように調整しないとね。
「……そこだけ棒読みとか気持ち悪ぃ……」
何やらボソボソと喋っている木暮邑一は放っておく。言いたい事があるならハッキリと喋れば良いし、喋らないのであれば聞かなくても良いと受け取るのが私だ。
さぁ、エンディングが訪れるまであと三ヶ月。ここで一つ何かしらが起こるのは確実だが、間違ってもアンハッピーエンドなんかで終わらせたりはしない。各キャラからの好感度は上々。上手くいけばハーレムエンドも夢じゃないけれど、それは私が考えるハッピーエンドの中には含まれていない。
安心してくれ、可愛い可愛い柏里咲良ちゃん。私がオトモダチになったからには、必ずハッピーエンドで終わらせてあげるから。
前世も今世も、私は私のままである。
ゲームの世界じゃないと思いつつ、ゲームの世界にしか見えなくて。
現実だと思いつつ、現実じゃないと思っている。
どこか歪な子。