少年の視線
俺には両親がいない。生まれながらにして近くの者が見えなくなっていき、遠くのものが見えていくという奇病を背負っている。俺の忌々しいこの青い目は日常に必要な近いモノは見せず殺しに必要な遠いモノを見してくれる。誰からも言われた。お前の目は気持ち悪い、と。
そんな僕を、血濡れた俺を引っ張り出してくれたべスには感謝している。
俺が11歳の時だった。
「それ、以、上、近づ、いたら、撃つ、ぞ」
「そんなゼーゼー言いながら脅されてもね。おいで。君だって好きで殺しをしてる訳じゃないんだろう?私のカワイイ部下を殺した落とし前、つけなさい?」
突然現れたその女は俺が射殺していた部下の上司だと名乗った。そして俺が見られない範囲に入りやがって、殺しもできねェ。なんでこの女は俺にかまうんだ?父も母もそして教会の小母さんまで放したがったこの青い目を。
「私はべスティーユ。べスって呼んで頂戴。」
そいつと会ったことから僕の運命は確実に変わりました。まず、国の姫の守り役になれと命じられました。
「俺が、か?俺みたいな血濡れた手で一国の姫に触っちゃってイイのかよ?べス。」
「いいんじゃないかしら?凄腕を求めてるって話だったし。レロー、あなたが良いのなら。」
「レローと呼ぶの止めてくれよな。」
べスはよく笑う人だった。俺がレローランと名乗ったら『じゃぁ「レロー」って呼ぶわ。』と言って悲しそうに笑う。べスはよく笑うけどその笑顔にはいつも悲哀が込められていた。
「いいじゃない。『Re』付きは神に祝福されて生まれてきたって話なのよ。」
「迷信だ。んなら何で俺は両親に捨てられなきゃんなかったんだ?」
「捨ててないよ。私が貰ったの。引き取りが遅くなっただけよ。」
たまにこんな冗談を言うときのべスはとても悲しそうな顔をしている。俺はケッと言って自分の日課に熱中した。ライフルの点検。俺の日課。なんて悲しい日課。けどとても楽しい。こいつは自分を必要としてると思えるんだ。
「レロー。私は出かけて来るわ。留守は守ってね。」
「はぁ?夜中だぞ。どこ行くんだよ。」
「秘密❤・・・大丈夫、今すぐにヤバくなるわけじゃないわ。」
俺の険しい顔を見て取ったのだろう、言い訳のようなことを言ってさっさと出て行ってしまった。
その時、俺がとめとけば。ごめん。ヴェイ。君は堕ちなくて済んだんだ。
3年がたって。いろんな人から注意された前髪はオールバックで片が付いた。守り役として勤め続けたヴェイは美しく、艶やかな金髪をゆったりと2つに結んでいる。
「覚えたわね?」
ベスはいつもと違う凛とした声で尋ねた。そりゃそうだ。今日は大切な日。
革命の日。
「覚えたよ。金銭を持ってべスが来たらべスの引率に従うふりしてヴェイを連れて逃げる。べスが途中が戻ることに違和感を覚えさせないようにする。その後も金に困らないように2日後元・王宮に行って宝石類を盗む。その時べスが民主主義国にします。という内容の放送を流す。そして、なぁ。ここだけは変えないか?」
「馬鹿。言えるわけないでしょ。だいたい、王様の公認愛人だってことも知らない・・・と思うのよ!」
僕はべスを力なく見つめた。ヴェイは知っていた。べスが公認愛人だという事を。第3后までいる王様のいっつも隣にいるべスは『右大臣だから』という理由では済まされないということを。
「それにしてもどの后よりも愛されてるのに何で后にならないの?べス。」
「私に第4后を名乗れって?私は愛人でいいわ。夫に悪いし。」
「え!夫!?結婚してんの?マジで?じゃぁ、14の男入れてよかったの?」
「対象に入ってないからいいんじゃない?」
べスはせっせと防弾チョッキを着こみながらあっさりと言い放った。
「いいのかよ・・・?その夫は今どうしてるの?」
「死んだわ。15年前に。」
妙な空気が広がる。
「ごめん。行ってくる。」
「子供も居たわ。生きてたらレローと同い年かしらね。」
僕はベスの悲しそうな顔の意味を知れた気がした。
今のところは計画通りに進んでいる。僕たちは王宮から脱出して、裏道に向けて走っている。
「ロー!家は?家は?どうなってるの?あなたなら見えるでしょ?私と違う目なんだから。」
「今、最後の柱が堕ちました。ヴェイ。お願いだから自分の目を責めるのは止めてください。普通の人間ならもう見えなくても普通です。」
僕にはすべて見える。僕の大好きなベスが王の死体を片手に部屋から出てきたところ、嗚呼ベスの顔までくっきりと見える。なんて悲しそうな顔をしてるんだい?べス。
ヴェイがこっちを見て悲しそうに微笑んだ。とても、とても、べスに、似た、その、笑顔。なんで。見えないんだ。この近さじゃその笑顔は見えない。
金に困らないように、自分の髪も売ることしたのは昨日の夜遅く。
声を押し殺すように泣いているヴェイを見た時から。僕はベスから愛娘を預かったのだ。それを強く思った。ただでさえ、何にも知らない小母さんを巻き込んでしまった。けどあの人は、黒い目で僕たちの青い目を見つめて『いいよ。入りなさい。』と言った。青い目は王家筋の証なのに。僕もこの青い目はいじめの題材となって重く圧し掛かったモノだ。
ヴェイが起きる前に僕は出かけた。ヴェイに話したら自分も髪を切ると言って聞かないだろうから。
次の日。僕たちは元・王宮に行った。約束通り。
「ダレモイナイジャナイ。だれもいないじゃない。誰も居ないじゃない。誰も・・・誰も・・・居ないわ。」
ヴェイは虚ろ気に呟いた。僕は見えないところで生き残っていた宝石を拾い終わってまだ悲しげに元・王宮を踏みつけているヴェイに話しかけた。
「ヴェイ。戻りましょう。ココにいたら怪しまれます。」
「けど。ここに行ったらお父さんに会えるかなと思ったのよ。右大臣も。」
その時。
僕は計画に無かった話を聴いた。
《国民の皆さんこんにちは。ゴホッ。私はべスティーユです。王、ゴホッ、を殺した人として有名ですが。ゴホッ殺人鬼という訳では無く。人が、ゴホッしぬのは普通に怖くゴホッて・・・ゴホゴホッゲフッ・・・ゴホッゴホッ。済みません。もう一度いいですか?》
「この声、右大臣、だ。そうじゃなくても右大臣の名前は・・・べスティーユ!」
ヴェイがヒステリックに叫び、我に返る。
「かなり弱ってますね。」
何とかそう返すが、そんなこと計画には入ってなかった。なにが言いたいんだ?べス。ゴホッの後だけを拾ったら『私を殺して』になる。この遊びは、僕たちの中で流行っていたんだ。懐かしき日々『なんて言ったでしょー?』『ジュ、ー、ス、と、て。でしょ?分かったよ。』楽しき日々。楽しき日々。楽しき日々。もう戻らない。
《先ほどは失礼、さて、王様を殺したわけですが。私は次の王権を握りたい訳じゃありません。私は民主主義国にしたいだけなのです。そして、まぁ私は大統領じゃなくてもいいです。けど、大統領を付けて民主主義国として・・・この国を有益なものへとしませんか?反発等がある方は近くの役所に行って異議だてをして下さると光栄です。聞いて頂き、ありがとうございました。》
「右大臣は。アイツは。殺しに行ったのよ!『私は王様を』とか言って、殺しに行ったのよ!」
それは知っていた。けど。べスは頂点に立って、この歪んだ帝国を直すんだ。『私を殺して』だなんて。誤魔化さなきゃ。
「叫ぶなんて、良くないですよ。ヴェイ。目立ちます。それにしても、何で2回目は饒舌だったのでしょうか?」
「なんで・・・っ何で、そんなに冷静なのよ!殺して弱ってるっていうアピールがしたかったんでしょ?!私は姫だったのよ。アイツに下されたのよ。私の道はどうなるの?アイツに折られた道を進むはずだった私はどうすればいいの?」
僕はべ巣を庇いそうになるのを一生懸命おさえていった。
「ヴェイ。僕と一緒に道を作りませんか?」
ヴェイは顔を崩して泣きました。泣いて、泣いて、叫びました。
「創ろう!私たちの道!私の道!ローの道!誰にも折れないわ!・・・そのためには、国を出よう!」
これが僕たちが旅になることになった理由です。
長かったかな?その後ヴェイが髪を切り始めたりして・・・大変だった事も書きたかったけどなァ。
けど、ほかに書かなきゃいけないことがあるよね。
べスの美しい死に様とか。ね?
ヴェイ。君が一番こだわってることだもの。
ヴェイ。君のためなら何でもするよ。それがベスの願いだもの。
その願いがべス自身を殺す、であっても。それもベスの願いだもの。
読んで下さり、ありがとうございました。前と同じくくそ長かったでしょうが・・・。それでも読んでくれた貴方に最大級の感謝を。