1994年、ロンドン郊外。僕の天使が消えた後。
僕の天使が消えてから三週間。
僕にも三十回目の冬がやってきた。
僕は一人、街頭を行く。ただただ〝無〟の感情を抱きながら。
街路樹はすっかり葉を落とし、少し前まで地面に散らばっていた赤や黄の枯葉たちもいつの間にか姿を消していた。
「ん」
僕は伏せていた顔を上げる。ふと頭の頂点に冷たいものを感じたのだ。
「雪……?」
灰色の冬空からは細雪が降り出した。
ここ、イギリスの首都ロンドンでは滅多に雪が降らない。高緯度のため雪もよく降るものだと思われがちだが、暖流であるメキシコ湾流のおかげで、冬も底冷えする寒さに留まり、積雪することは滅多にないのだ。
しかし、今年はどうしたことだろう。まだ冬も序盤というところで雪が降り出すなんて。
まるで僕の気持ちを形容しているようだ、と自嘲気味に笑んだ。
僕の天使の名前はジェニファーといった。姓は知らない。
僕と彼女の関係は世間一般的には恋人であったが、実際にはそんなにきれいな関係ではなかった。僕と彼女が出会ったのは、セント・ポール大聖堂でもなければ、バービカン・センターでもない。
僕たちが出会ったのは、シティから少し離れた一角……シティが驚異的成長力を見せるまではロンドンの中心部とされていた街……いわゆる、遊女町だった。