死んで五日目に復官した左大臣、令和でまた左遷される ~藤原魚名、今度こそ大宰府へ~
一 五日遅れの辞令
私は、死んでから五日目に左大臣へ戻された。
正直に申せば、遅い。
せめて六日早ければ、家の者に少しは晴れやかな顔を見せられた。五日早くても、死に顔くらいは変わったかもしれぬ。
延暦二年七月三十日。
帝の使いが復官の命を読み上げるのを、私は自分の亡骸の傍らで聞いていた。
藤原朝臣魚名。数え六十三。元左大臣。
死者となった今は、正式に左大臣らしい。
庭に伏した一族が泣いた。ひとりの孫が顔を上げ、母親に袖を引かれた。まだ幼く、祖父が偉くなり直すことと、帰ってくることの区別がついていないのだ。
続いて使者が、もう一つの命を告げた。
私を左大臣から免じた詔書、官符を、ことごとく焼却せよ。
私は顔を上げた。
前年の六月、私はただ「事に坐す」とされ、左大臣を免じられた。息子たちも遠国へ落とされ、私には、残された大宰帥の官として筑紫へ下れと命じられた。
何の事か。
それは、私自身にもついに分からなかった。
西へ向かい、摂津で病に倒れた。大宰府へは着かなかった。翌年、京へ戻ることを許されたが、身体はもたなかった。
やがて、官司の庭で火が上がった。
死者に距離はないらしい。邸にいたはずの私にも、投じられる文書が見えた。紙が縮れ、朱の印が黒くなった。
なるほど。もう罪人ではない、ということか。
だが、待て。
「何を疑ったかくらい、教えてから焼け」
誰も振り向かなかった。
私を罪に落とす文字も、弁明の手掛かりとなったかもしれぬ文字も、同じ火の中へ消えた。
名誉は戻る。
説明は、なくなる。
これほど手際のよい後始末を、私は生きていたころ、幾度よい政治と呼んだだろう。
最後の一巻が炎に落ちたとき、少し離れて座る若者に気づいた。
墨で指を汚した書き役だった。彼は火を見ず、手元の紙へ筆を走らせていた。
私はその肩越しにのぞいた。
――詔して、左大臣を免ずるの詔書・官符を焼かしむ。
焼いた、と書いていた。
焼けと命じられた文書とは別の紙へ、焼いたという出来事を書いていた。
「お前」
私は思わず、若者の前に回り込んだ。
「名は、何という」
答えはなかった。
筆先が動く。若者は袖で鼻をぬぐい、墨をひとつ、頬につけた。
私は、何もできぬままその手を見ていた。
やがて風が吹き、灰が舞い上がった。
その向こうに、片耳の欠けた狐がいた。
金色の目が、私を見ていた。
*
「藤原企画官。これは左遷ではありません」
令和八年九月一日。
国土基盤庁デジタル整備局長、榊原宗一郎は、一枚の紙を机の上で滑らせた。
人がそう前置きするとき、それはたいてい左遷である。
十月一日付、九州地域局筑紫防災事務所勤務。
所在地、福岡県太宰府市。
異動先の地名を見た瞬間、胸の底に鈍い痛みが走った。
まだ、このときの私は、その理由を知らなかった。
「現場を知るための前向きな人事です」
「はい」
「君の将来を考えてのことだ」
「小野寺分析官の件は、どうなさいますか」
局長の手が止まった。
「彼女の入力ミスです。若い職員を必要以上に責めるつもりはない。顛末書一枚で収めます」
「本人は、入力していないと申しております」
「藤原君。七月十四日の会議で、君は何と言った」
冷房の風が、首筋へ当たっていた。
「……差し支えありません、と」
「そうだ。私は君の判断を信頼した」
局長は紙の端を、私の側へもう一度押した。
「今度は、私を信頼してほしい」
二 狐は上座を譲らない
私は藤原直哉。三十五歳。国土基盤庁の企画官である。
幼いころから、偉くなりたかった。
具体的に何をするかは、あとで考えるつもりだった。まず偉くなれば、できることも増える。そう考えるのは賢いことだと、周囲も言ってくれた。
大人になってからは、その理由をもう少し立派に言い換えた。
中に残らなければ、何も変えられない。
便利な言葉だった。たいていの沈黙に使えた。
執務室へ戻ると、小野寺栞が私の机の横に立っていた。
「太宰府って、本当ですか」
「誰から聞いた」
「人事の秘密は、本人以外には公開されています」
二十七歳。統計の数字には強く、上司の顔色については、見えていて無視する。
私は彼女へ着席を促した。自分が上座にいることを確かめる癖があり、その日も、無意識に椅子の位置を直した。
「これ、私が作ったことになっています」
差し出されたのは、顛末書だった。
自らの不注意により、事業評価資料の数値に不整合を生じさせた――。
あとは日付と名前を入れれば完成する。
「便利ですね。失敗まで他人が書いてくれる」
小野寺は笑わなかった。
私たちが担当する「全国避難情報基盤」、通称NESTは、六十八自治体の避難所と備蓄、支援を要する住民の情報をつなぐ計画だった。
総事業費、四百八十億円。
どこに誰がいて、何を必要としているか。災害のさなか、紙の名簿と電話で探し回る時間を減らす。そのための事業である。
採択の判断材料になる費用便益比は、一・〇八。
費用を一としたとき、見込まれる効果が一・〇八。庁内の目安を、わずかに上回る。
だが、公表に向けた集計表では、ひとりで歩けない人まで、ひとりで歩ける人と同じ十二分で避難できることになっていた。
車椅子を押す人。家から車まで運ぶ人。迎えの車。
それらの費用も、何項目か抜けていた。
小野寺が現場の測定値と必要経費を戻すと、比率は〇・七六になった。
事業が不要になったのではない。
いまの設計では足りないものがある、と数字が言っていた。
「七月の会議では、元の測定値がそろうまで再検証を、と言いました。八月に原表を全部集めて、ようやく差し替え箇所まで分かったんです。それなのに、私の集計ミスだって」
「提出の期限は」
「明日の正午。署名すれば口頭注意。しなければ担当を外すそうです」
私は顛末書を机に置いた。
九月十一日には、事業評価委員会が開かれる。
担当者のミスは訂正済み。内部の疑義は解消した。そう報告して四百八十億円の計画を先へ進めるには、ちょうどよい日程だった。
「今夜は出すな。こちらから連絡する」
「守ってくれるんですか」
私は、返事を一拍遅らせた。
小野寺の口元が、ほんの少し固くなった。
「分かりました」
何が分かったのか、尋ねることはできなかった。
*
七月十四日。
小野寺は会議室の端で、十二分という数値を指していた。
「迎えが来るまでの時間も入っていません。歩けない人に歩ける前提を置けば、全体の数字が変わります」
橘慎二・事業推進室長が、彼女の言葉を引き取った。
「比較するための標準化です。現場の個別事情は導入時に詰めます」
私は資料を見ていた。
おかしいと思った。
だが、すでに八つの自治体では関係者への説明が始まっている。止めれば、課長ポストを控えた私の評価に傷がつく。
局長がこちらを見た。
「事業評価担当としては、どうですか」
私は資料を閉じた。
「差し支えありません」
九文字。
その短さが、あとから何度も不思議になった。
*
夜十一時すぎ。
給湯室から戻ると、私の椅子に狐が座っていた。
九階である。
窓は開かない。廊下には認証扉が二つある。狐はその両方を、私よりうまく通り抜けたらしい。
片方の耳が欠けた、痩せた野狐だった。
部屋に、焦げた匂いがした。
紙と、麻紐の匂い。
「そこは私の席だ」
狐は動かなかった。
言い終える前に、私は知った。
同じことを、言ったことがある。
板敷きの朝堂。朝服の裾。手に持った笏。ざわめく官人たちの向こうで、私の朝座に、狐が座っていた。
宝亀六年、五月十三日。
大納言、藤原魚名。
記憶が、音を立てて崩れ落ちた。
父の顔。息子の声。帝の御前で下げた頭。上がった官位。遠ざけた相手。聞こえなかったことにした訴え。
左大臣を免ず。
事に坐す。
西へ向かう牛車。摂津の雨。息ができない夜。
死後、燃える文書。
墨で頬を汚した、名も知らぬ若者。
私は紙コップを落とした。
床に広がる茶を見ながら、机へ手をついた。
「魚名」
声に出すと、腹の底に収まった。
「私は、魚名だ」
同時に、直哉でもあった。今朝の電車も、昨日のコンビニの弁当も覚えている。二つの人生が、狭い頭の中で肩をぶつけ合っていた。
いちばん先に浮かんだのは、荘厳な悟りでも、神仏への感謝でもなかった。
「また大宰府か」
私は笑った。
笑い出すと、止まらなくなった。
「千二百年もあったのだぞ。人事部は何をしていた」
狐はあくびをした。
ひとしきり笑ってから、私は床の茶を拭いた。
元左大臣でも、こぼした茶を放っておけば、明朝の清掃の人が困る。
机の下へかがんだとき、狐が音もなく椅子を降りた。棚の陰へ入ったきり、姿が見えなくなった。
何も置いてはいかなかった。
机にあったのは、もとからそこにあった、小野寺の顛末書だけだ。
三 燃やされなかった一行
記憶が戻ったところで、私は立派な男にはならなかった。
むしろ、自分を正当化する経験が六十三年分、増えた。
いまは耐えよ。
中に残らなければ、何も変えられぬ。
古い声が、実に流暢にそう言った。
私は六つの御代を生き延びた官人だった。政変のたびに首を差し出していては、左大臣まで行けない。譲り、黙り、引き際を測った。
その果てに、守り抜いた席には狐が座り、最後には席そのものを奪われた。
携帯電話で、自分の名を調べた。
藤原魚名。
七二一年生まれ。七八三年没。
人の一生が、少し指を動かすだけで終わった。
失脚の原因は、明らかでない。
私は画面の文字に触れた。
やはり、分からないままなのか。
その下に、死後、免官に関する詔書と官符の焼却を命じられた、とあった。
指が止まった。
あの若者の頬の、墨の染みが浮かんだ。
焼いたことは、残ったのだ。
誰かが書き、別の誰かが写し、それをまた誰かが残した。その先に、この小さな画面があった。
私は顛末書を引き寄せた。
この紙に小野寺が署名すれば、後の人間は何を知るだろう。
若い分析官が数字を誤り、寛大な上司に許された。
ひょっとすると、真相を調べる者すら現れない。
午前零時十二分、私は小野寺へ電話をかけた。
「署名するな」
『……守ってくれるんですか』
今度は、すぐに答えた。
「私が黙ったことも含めて、調べてもらう」
電話の向こうが、静かになった。
「関係資料の保全を申し立てる。私物に移さず、元のファイルにも触らず、保存場所を教えてくれ」
『会議のメールも、全部ですか』
「全部だ」
少し長い間があった。
『分かりました』
そのときの間の意味を、私はまだ知らなかった。
庁内の文書管理画面を開いた。
集計表には版の履歴があり、決裁には名と時刻が残っている。火をつければ終わった前世と違い、記録を探す手立ては、いくつもあった。
だが、七月十四日の会議資料には、「一時的な打合せ資料」と付いていた。
保存期間一年未満。議事録の欄は、まだ「案」。
翌週の一時保存領域の整理予定に、この資料群も入っていた。
短期保存の分類だからといって、何を捨ててもよいわけではない。判断の根拠になる記録は残すべきだ。規程にも、そう書いてある。
ならば、誰がこれを、一時的な資料と判断した。
私はその問いを、保全要請に加えた。
午前一時四十分。
官房監察室へ通報書を提出した。
集計表とその履歴。会議録と案。電子決裁。メール。操作の記録。
資料の不適切な変更と、職員への虚偽記載の強要が疑われること。
自分も七月十四日の会議で、手続の継続に同意していること。
通報者、藤原直哉。
送信した。
受付番号が表示されたとき、窓の外はまだ真っ暗だった。
*
翌朝、官房監察官の和気奈津から連絡が来た。
「削除予定のものを含め、関係記録の保全に着手します。ただし、今の時点では事実関係を認定したわけではありません」
「分かっています」
「それから、藤原さん。調査のため、あなたの操作権限も一部止めます」
「私もですか」
「全員です」
私は一瞬、口をつぐんだ。
告げ口をした者が調べる側の上座に座れるとは、この世の規程には書いていなかった。
「……そのほうがよいですね」
「ええ。そのほうが」
昼までに、小野寺への顛末書提出指示は、調査が進むまで保留になった。
私はようやく、朝から握っていたペンを置いた。
勝った、と思いかけた。
九月七日。その考えを、私は恥じることになった。
委員会へ提出する議事録の確定版が届いたのだ。
確定日は九月二日、午前零時四十分。私が保全を求める前だった。
確定者、事業推進室長・橘慎二。
第三項に、こうあった。
――藤原企画官の提案により、避難所要時間を標準値へ統一する方針を確認。異論なし。
私は、提案などしていない。
異論もあった。
小野寺が、はっきりと述べていた。
欄外には、資料間の不整合については集計担当者の確認不足によるものと考えられ、調査中、と付記されていた。
私は和気へ電話をかけた。
「これは保全されていなかったんですか」
「されています。以前の案も、確定版も。それぞれの作成経緯を調べています」
「それでも、委員会へ出る」
「局は、それが会議の正式な記録だと主張しています。私からは、内容に争いがあり、調査未了である旨を通知しました」
保全はできた。
だが、保全しただけでは、誤った記録を根拠に話が進むことまでは止められない。
画面の隅には、委員会までの日程が出ていた。
あと四日。
その日の午後、廊下で若手が二人、話す声が聞こえた。
「通報した人が、もともと言い出したんですか」
「後になって怖くなったんじゃないですか」
私は壁の案内図を見ているふりをした。
千二百年前、何を疑われたかも分からず都を出た。
今度は、どう書かれつつあるかを、目の前で見ていた。
四 助けないでください
翌日の夕方、榊原局長に呼ばれた。
庁舎裏の喫茶店だった。局長は店の奥を指し、窓からいちばん遠い席に座った。
官位がなくても上座が分かる。これは前世から持ち越すほどの能力だったのだろうか。
「橘の議事録は、私の指示じゃない」
局長は、アイスコーヒーのストローの袋を折りながら言った。
「ただ、私は訂正を求めなかった。君なら、その気持ちは分かるだろう」
私は返事をしなかった。
「小野寺君の顛末書は、撤回させる」
袋を、もう一度折った。
「担当にも残す。君の異動も見直す。議事録には追補を付ける。それなら、これ以上、事業の審議を止める必要はないだろう」
「何をすればよいのですか」
「委員会への追加意見書を見送ってほしい。通報はもう出ている。調査には協力する。処分が必要なら受ける。ただ、採択は先へ進める」
きれいな取引だった。
小野寺は助かる。私は東京に残れる。
数値の問題は調査中。その言葉を添えたまま、設計だけが動き出す。
「君は、この事業を初めて聞いたとき、いい仕事だと言ってくれた」
「今も思っています」
「なら、半年止めたあとに災害が来たら、どうする」
局長は内ポケットから、色の褪せた写真を出した。
泥に汚れた防災服を着た男たちが、避難所の前に並んでいた。端に、少し若い局長がいた。
「八年前だ。隣の避難所に医療班がいた。それを私たちは六時間、知らなかった」
写真の隅は白く擦れていた。
「こちらには、医療的な支援が必要な人がいた。紙の名簿には書いてあった。だが、その情報を、必要な相手へ届けられなかった」
局長は写真を裏返した。
日付と、数人の名前が書かれていた。
「亡くなった人もいる。その六時間がなければ、と今も思う」
私は何も言えなかった。
「橘には、何とか通せと言った。数字を直せとは言っていない。ただ、あいつが何をしたか知ったとき、止めれば最初からだと思った」
局長の指が、写真の白い隅を押さえた。
「先に動かして、直せばいい。間に合わないよりはいい。そういう仕事もあるだろう」
あった。
私も、その理屈で幾つもの書類を通していた。
店の奥で、食器の重なる音がした。
「返事は、委員会の前まででいい」
局長は写真をしまった。
「君の意地と、私の意地のために、現場を待たせたくない」
*
その夜、私は以前から作りかけていた、段階導入案を開いた。
既存設備を使える避難所と備蓄の連携を先行させる。複雑な要支援者情報の統合は、再評価のうえで第二期へ送る。
事業は進む。数字もごまかさずに済む。
小野寺に示すと、彼女は二ページ目で手を止めた。
「母は、第二期ですか」
私は顔を上げた。
「君のお母さんが、どうした」
「左脚に麻痺があります。去年の台風で、避難所に行けませんでした」
彼女は画面を見たまま続けた。
「指定されたのは、二階の体育館。エレベーターはない。近くまで車で行って、階段を見て、引き返したそうです」
「自宅へ?」
「高い場所の駐車場です。車で二晩。あとで電話したら、混んでいたからって。私を心配させたくなくて、行けなかったと言わなかった」
廊下で、人感照明が消えた。
「避難所の名簿には、母はいません。何も知らずに数字だけ見れば、避難の必要がなかった人になります」
私は資料へ目を落とした。
「第二期を急ぐためにも、まず第一期を――」
「それは、橘室長も言いました」
言葉が止まった。
「個別事情は、あとで詰めますって」
私は資料の端を押さえた。
「全部を一度に直すのは無理だ。期限がある。費用もある」
「はい。だから、全部を直せとは言っていません」
小野寺は、第二期の工程表を指した。
「行けなかった人がいることだけは、最初から見えるようにできませんか」
私は、ようやく黙って彼女の話を聞いた。
新しい全国共通の名簿を完成させるには時間がかかる。けれど、既存の仕組みを使い、各自治体の担当窓口が「支援の依頼がまだ終わっていない」と知らせることはできないか。
薬が届いていない。迎えが来ていない。避難所まで行けていない。
個人の詳しい情報を何もかも一つに集めなくても、担当者の間で、対応が終わっていない案件を消さずに引き継ぐ方法はないか。
「システムだけでは、人は迎えに行けません。そこも費用に入れてください。あとで、誰かが何とかすることにしないで」
私は、工程表の第一期へカーソルを戻した。
「現場に聞こう」
「今からですか」
「今から、明日の照会を作る」
小野寺は椅子を引き寄せた。
「そのほうがいいです。もう十時なので」
もっともだった。左大臣の昔から、急いでいる上司は夜を共有物だと思いがちだ。
*
翌朝の照会に、いちばん早く返事をくれたのは、筑紫防災事務所の大伴健吾所長だった。
私の異動先である。
『藤原さんですよね。来月来る方』
「はい。着任前に、お願いばかりで恐縮ですが」
『本庁で揉めているとは聞いています』
人事の秘密は、九州でも守られていなかった。
大伴は、送った工程案をすぐには褒めなかった。
『画面の欄を増やすだけならできます。でも、その未対応の欄を、誰が何時に見るんですか』
「担当窓口で――」
『担当窓口も被災します。夜勤も必要です。転送先がずっと話し中なら、その次は?』
私は空欄へ、質問を書き込んだ。
答えられないことが、次々に増えた。
八つの自治体と協議した結果、共通機能の一部を絞り、既存の連絡網を使う実証なら年度内開始を目指せる、と分かった。
ただし、六十八自治体一斉ではない。
現場の人員、訓練、引継ぎの費用も増える。調達と安全確認の手続をこれから詰める必要があり、最短の工程は約束ではなく目標だった。
派手な全国地図が、八つの小さな点になった。
私はそれを、六十八に見せかけたくなった。
小野寺が隣から、画面を見ていた。
「八、と書いてください」
「分かっている」
少しして、私は言い直した。
「いや。分かっていなかった」
*
九月十日、午後四時。
和気監察官から、翌日の協議で確認する資料が届いた。関係者に対する事実確認の一環として、自分の発言と送受信したメールを確認してほしいという。
小野寺は、そのうちの一通を机に置いた。
「これも、出ます」
七月十四日、午後四時八分。
会議の記録を担当した若い職員が、私へ送ったメールだった。
本文には、こうあった。
――室長より、結論を「異論なし」とするよう修正指示がありました。ただ、小野寺分析官は再検証を求めています。この記載のままでよろしいでしょうか。
その下に、私の返事があった。
差し支えありません。
九文字。
会議で言っただけではなかった。
私はその日の夕方、書いてもいた。
メールを見た瞬間、忘れていた場面が鮮明になった。次の会議へ向かう廊下。携帯の画面。二、三秒で送った返事。
覚えていなかった、と言えたかもしれない。
悪意はなかった、とも。
私はその二つを、どちらも口にしなかった。
「記録担当の人が、監察室にこのメールを示したそうです。私も当時、その人から相談されていたので、照会に答えました」
小野寺は立ったままだった。
「藤原さんが守ってくれるって言ったとき、これを思い出しました」
私は、紙へ目を落とした。
「すまない」
「あの日、私の話を聞いていたんですよね」
「聞いていた」
「それで、なかったことにしていいと返した」
「そうだ」
執務室の奥で、プリンターが動き出した。
止まるまで、どちらも話さなかった。
「局長から、話があった」
私は取引の条件を伝えた。彼女の顛末書を撤回すること。担当に残すこと。私の異動を見直すこと。
小野寺は、最後まで聞いた。
「それで私を助けたことに、しないでください」
静かな声だった。
「私が間違っていなかったことと、この事業の数字が間違っていることは、同じ資料で分かるはずです。私だけ許されたら、何を間違えたのか分からない人になります」
名誉は戻る。
説明は、なくなる。
私は、紙と麻紐の焼ける匂いを思い出した。
「分かった」
私はメールを自分の補足意見書の横へ置いた。
「これも、提出する」
「監察室は、もう持っています」
「……そうだった」
ひどく間の抜けた返事になった。
小野寺の口元が、少しだけ動いた。
「持っているものを、出す許可をもらう必要はありません」
私はうなずいた。
席を立とうとした彼女へ、もう一度言った。
「明日、私の口から説明する。自分の返事が何を消したかを」
彼女は返事をせず、椅子を引いて隣へ座った。
八自治体からの回答を、再び開いた。
「では、こちらの費用も詰めましょう。まだ夜勤分が抜けています」
私は電卓を引き寄せた。
許されたわけではない。
それでも、明日も一緒にする仕事があった。
五 賛成八名、反対一名
九月十一日、午前九時。
事業評価委員会に先立ち、提出資料の食い違いを確認する協議が開かれた。
榊原局長。橘室長。和気監察官。外部委員の吉備真帆弁護士。そして、小野寺と私。
机の中央に、録音機が置かれていた。
「本日の協議内容は記録します。調査中の事項については、ここで結論を決めつけず、それぞれの説明を残します」
和気が告げた。
私は反射的に、局長の向かいの椅子へ座ろうとした。
そこで足を止め、小野寺へ席を譲った。
「最初は、君から説明してくれ」
彼女はうなずき、資料を広げた。
最初に示したのは、一・〇八という数字ではなかった。
地方から集めた、避難訓練の原表だった。協議に必要な部分だけを抜き出し、個人を特定する情報は伏せてある。
「この行を見てください」
避難開始から到着まで、四十一分。
備考に、家族が車で迎えに来るまで二十四分待機、とあった。
提出用の評価表では、十二分。
「次の行です」
原表の所要時間は、空欄だった。
備考、階段を上がれず、指定避難所への移動を中止。
提出用の評価表では、十二分。
「これも、十二分で避難が終わったものとして計算されています」
橘室長がペンを回した。
「実測値をそのまま使うと、自治体ごとの差が大きすぎます。比較のための仮定です」
「仮定を置くこと自体を、問題にしているのではありません」
小野寺は次の紙を出した。
「十二分で到着できるようにするなら、そのための支援費用が必要です。時間だけ短くして、介助と移送の費用を落としたら、実際には起きない効果を計上することになります」
吉備が、二つの表を並べた。
「この前提の違いは、評価資料のどこに説明されていますか」
「別紙の留意事項に、今後精査とあります」
橘はすぐに答えた。
「そこには、要支援者の所要時間を十二分とすることも、支援費用を除いたことも書かれていません」
小野寺が言った。
橘は彼女を見ず、局長を見た。
「数字は担当者が作っています。私がすべてのセルを――」
「その点については、確認できた事実があります」
和気が資料を開いた。
「七月十三日、室長のアカウントで、該当する数式と費用項目が変更されています。端末の記録とも一致しています。小野寺さんの操作ではありません」
「評価方針に合わせた調整です。隠したわけではない」
「では、小野寺さんの入力ミスだとする根拠は、何でしょう」
橘のペンが止まった。
「管理は、担当者の仕事です」
「変更したのは室長です」
「だから、その変更が必要になったのは――」
「私が、原表どおりに作ったからですか」
小野寺が尋ねた。
誰も、すぐには答えなかった。
空調が止まり、部屋が急に静かになった。
橘は資料を閉じた。
「いいでしょう。変更を担当者の入力ミスと説明した点は、適切ではなかったかもしれない。ただ、方針を決めたのは七月の会議です。藤原企画官が提案し、全員で了承した」
私は息を吸った。
ここから先のために、昨夜、言葉を何度も書いた。
紙を見ないで言った。
「標準値への統一を、私は提案していません」
橘の目が細くなった。
「ただし、異論を消してよいという返事は、しました」
机の上へ、メールを置いた。
若い記録担当者の問い。
私の、九文字の答え。
局長が、ゆっくりと身体を起こした。
「小野寺さんは七月十四日の会議で再検証を求めました。私はその話を聞き、疑義があると分かっていながら、手続を進めることに同意しました。その日の夕方、議事の要約を確認され、異論なしと記すことも認めました」
「つまり、君も同じだ」
橘が言った。
「同じ責任を負う部分があります」
私は答えた。
「数字を直接変えたこと、異論を消したこと、後から担当者のミスと説明したこと。それぞれ、誰が何をしたかを調べてください。まとめて『現場の混乱』にしないでいただきたい」
橘は口を開き、閉じた。
和気のペンが動いた。
「なぜ、異論を消すことを認めたのですか」
問いは、私へ向けられた。
喉が、ひどく乾いた。
「会議を止めた者として、人事上の評価を下げたくなかったからです」
小野寺が、隣で資料の角をそろえた。
私は続けた。
「部下を守るべき立場で、先に自分の席を守りました」
紙を読み終えるより短い時間だった。
だが、言い終えると、背中が濡れていた。
吉備がメールを手に取った。
「記録担当の方は、異論があったことを確認していたんですね」
「当日の議事録案にも残っています。原資料と照合しました」
和気が答えた。
「手続の継続に賛成八名。再検証を求める反対一名、小野寺栞さん。その後の修正経緯と、企画官が提案したとする確定版の記載は、分けて検証しています」
私は、墨で頬を汚した若者を思い出した。
今度の書き役は、問いを送ってきていた。
それを塞いだのが、私だった。
それでも彼は、自分の問いを消さずに持っていた。
*
「分かった」
榊原局長が、低い声で言った。
「責任の問題は、調査してもらう。私も説明する。だが、事業の必要性は変わらない」
「はい」
私は答えた。
「だから、組み直した案を持参しました」
小野寺と二人で、新しい工程表を配った。
局長は一ページ目を読み、眉を寄せた。
「八自治体?」
「既存の設備と連絡網を使い、避難所と備蓄の連携、それに医療・移送の支援依頼を引き継ぐ機能を先行させます。年度内の実証開始を目標とします」
「六十八は、どうした」
「残りは準備ができたところからです。一斉導入の約束は、今の資料ではできません」
「全国一斉だから集められた予算だ。これでは縮小だぞ」
「初期の対象は、縮小です」
私は言った。
「全体の事業費も再算定が必要です。現在の四百八十億円に収まるとは言えません」
局長が資料を机へ置いた。
「増額して、遅れて、対象は減る。それを君は代案と呼ぶのか」
私は、指先に力が入るのを感じた。
「はい」
その一音を、何とか出した。
「数字の上で完了していた支援を、実際にできる計画へ直す案です。明日から全員を救える、と書くことはできません」
「では、待たされる自治体には何と言う」
「私も説明に行きます」
「頭を下げればいいと思うな。現場が欲しいのは、お前の謝罪じゃない」
その言葉は、胸へまっすぐ入った。
「分かっています、とは言えません」
私は答えた。
「昨日まで、夜に誰が画面を確認するかさえ、案から抜けていました。筑紫の大伴所長に指摘されました」
局長の目が、工程表へ戻った。
「大伴が見たのか」
「はい。各自治体の回答も付けています。稼働の条件と、まだ答えの出ていない点を分けました」
局長はページをめくった。
途中で、指が止まった。
「未完了の支援依頼は、翌担当者の確認が済むまで閉じない……」
「誰かへ送っただけで、終わったことにしないためです」
小野寺が答えた。
「受け取る側にも人が必要です。引継ぎに失敗した場合の連絡先も、運用前に決めます」
局長はそのページを、しばらく見ていた。
「これも、来年になったらどうする。調達が詰まるかもしれない。実証が失敗するかもしれない」
「あり得ます」
「簡単に言うな」
「簡単には思っていません」
私は答えた。
「今の案にも、間に合わない人がいます。だから、その人たちが見えなくなる計画には、もう同意できません」
局長は背もたれへ身体を預けた。
内ポケットに手をやり、途中で止めた。
「正しいことだけ言って、自分は降りる人間を、私は何人も見てきた」
「私もです」
「君は、残るのか」
東京へ残るか、という意味ではなかった。
「筑紫へ行きます。現場で、始めるところまで働きます」
「始めたあともだ」
「はい」
局長は私を見た。
長いこと、何も言わなかった。
*
「局長」
橘室長が口を開いた。
「先行実証は、現行案の枠内で行うことにしてはどうでしょう。本体は採択して、実施段階で修正すれば――」
「一・〇八を使うのか」
局長が尋ねた。
「現時点の正式な評価値は、それです」
榊原は目を閉じた。
部屋には、六人分の資料と、小さな録音機があった。
「橘」
「はい」
「私が、何とか通せと言ったな」
橘は答えなかった。
「小野寺君の報告を受けたあとも、その方針を変えなかった。私が止めなかった」
局長は和気へ顔を向けた。
「その点は、正式に説明する」
「伺います」
和気は、それだけ答えた。
局長は、次に小野寺を見た。
「顛末書の提出は撤回する。君の入力ミスとして済ませようとしたことについて、謝罪する」
小野寺は、膝の上で手を握った。
「撤回した理由も、書いてください」
局長の顔が、わずかに動いた。
「書く」
私は黙っていた。
小野寺も、礼は言わなかった。
吉備が資料をそろえた。
「本日の説明と確認資料、段階導入案を、午後の委員会へ提出します。現在の評価値で採択の判断を進められるかも含め、委員会で検討します」
榊原はうなずいた。
最後に、私の補足意見書へ目を落とした。
「藤原君。これも、そのまま出すんだな」
「はい」
「取り消せなくなるぞ」
私は、かつて自分へ授けられた官号を思い出した。
忠臣。
それを誇り、主君の望む形に整えることを、仕えるというのだと思っていた。
目の前の机には、自分に不都合な言葉が並んでいた。
局長が言ったこと。橘が変えたもの。小野寺が反対したこと。私が、消してよいと答えたこと。
私は、紙を局長の手元から中央へ押した。
「消さないでください」
今度は、生きているうちに言えた。
六 消してはいけない名前
同日午後、委員会は現行案での一括採択を見送った。
評価の前提を第三者が検証すること。先行実証案について、現場の体制と費用を改めて審議すること。
決まったのは、そこまでだった。
会議室を出ると、携帯電話に不在着信が六件入っていた。
自治体の担当者からだった。
最初の一件へかけ直すと、四十分、電話を切れなかった。
「こちらはもう、議会で説明しているんですよ。本庁の内部事情で簡単に変えられたら困るんです」
「申し訳ありません」
「申し訳ないではなく、次はいつになるのかを聞いています」
私は廊下の窓辺で手帳を開いた。
答えられることを答え、答えられないことを書いた。
電話を切ると、小野寺が紙コップの水を置いた。
「次の一件、私が折り返します」
「いい。私が説明する」
「藤原さん一人で全部背負うと、また私の話すところがなくなります」
私は、二番目の番号を彼女へ示した。
*
九月二十八日、調査の中間報告が出た。
集計表の変更は、小野寺の入力ミスではなかった。
橘室長による変更と、事実と異なる顛末書を提出させようとした経緯が記された。局長が変更を知った時期、議事録の作成経緯など、引き続き確認する事項も明示された。
橘は事業から外れ、局長も当面、NESTの指揮を離れた。
私が異論の削除を認めたメールも、調査資料に残った。通報したことと、それ以前の職務上の問題は別だと、改めて説明された。
小野寺への顛末書提出指示は、撤回理由を付して記録された。
彼女は、数字を扱う仕事に残った。
私の異動については、官房人事課から、いったん見直すと連絡が来た。
私は筑紫での勤務を希望した。
「東京に残る道もありますよ」
担当者は念を押した。
「分かっています」
「よく考えてください」
「今度は、考えました」
*
最終出勤日の午後、小野寺が追補議事録を持ってきた。
問題の確定版を消して、正しい版だけに置き換えるのではない。元の案と確定版、訂正の理由を、一緒にたどれるようにする。
手続継続への賛成、八名。
再検証を求める反対、一名。小野寺栞。
賛成者の列に、藤原直哉の名があった。
私は、それを読んだ。
「相違ない」
「確認日とお名前をお願いします」
署名をした。
小野寺は紙を引き寄せ、添付資料の番号を確かめた。
「あの記録担当の人は」
「和気さんが、質問した経緯もきちんと残すそうです」
「そうか」
私はうなずいた。
「あとで、お礼を言う」
「まず、返事の訂正では」
「……そのとおりだ」
小野寺は笑った。
机を片づけていると、最後の段ボールの底から異動内示書が出てきた。
太宰府。
九月一日には、これで終わりだと思った地名だった。
「千二百四十四年か」
「何ですか」
「前に、あそこへ行けと言われてからの年数だ」
小野寺の手が止まった。
「前って、前世ですか」
「そうだ」
「前世でも、公務員を?」
「左大臣だった」
彼女は数秒、私を見た。
それから携帯電話を取り出した。
「藤原で、左大臣で、大宰府……魚名?」
「私だ」
「その経歴、採用のときに申告しました?」
「思い出したのは今月だ」
「では、遅れた理由を書かないと」
「また顛末書か」
「今度は、ご自分で」
私は笑った。
彼女は画面を少し読み、黙った。
「死んでから、元の官に戻されたんですね」
「五日後だ」
「遅いですね」
「まったくだ」
画面には、失脚の原因は明らかでない、とあった。
小野寺が、そこへ指を置いた。
「分からない、と書いてありますね」
「ああ」
「適当な理由を付けられるより、いいです」
私は、画面を見た。
千二百年あまり、その空欄は、誰かが答えを知るために空いていた。
「そうだな」
私は段ボールを閉じた。
「今度の異動の理由は、自分で説明できる」
七 千二百四十四年の遅参
十月一日。
新幹線が、摂津を通った。
前世の旅が止まった土地である。
私は弁当の箸を置き、窓の外を見ていた。
あの雨の匂いはしなかった。胸も痛まなかった。
並んだ家の屋根、洗濯物、学校の校庭が後ろへ流れていく。
列車は速度を落とさず、西へ走った。
もう一度弁当を開けたとき、食べかけの卵焼きが少し冷えていた。
私はそれを食べた。
*
筑紫防災事務所の大伴所長は、袖をまくって玄関へ出てきた。
「お待ちしていました」
「お世話になります」
「赴任の挨拶は短くていいです。午後、実証案の打合せがあるので」
「承知しました」
「偉い人が来ると、挨拶だけで半日なくなることがあるんですよ」
千二百年分の心当たりがあった。
庁舎を案内され、机へ荷物を置いた。
隣の職員に名を告げると、さっそく、自治体からの質問が三つ渡された。
まだ答えは分からなかった。
手帳を開き、質問を書いた。
昼休み、大伴が近くの道を教えてくれた。
「政庁跡なら、少し歩けば着きます。藤原さん、歴史はお好きですか」
「多少、当事者意識があります」
「それは結構」
よく分からないまま受け流すのが、うまい男だった。
「令和の出典も、この土地なんですよ。大伴旅人の屋敷で開かれた、梅の宴の序文です」
私は歩みを緩めた。
大宰府は、私の人生が終わるはずの場所だった。
その土地で書かれた言葉が、いま、私の生きる時代の名になっている。
「妙なことも、あるものですね」
「何がです」
「いえ。よいところへ来ました」
大伴は少し笑った。
「まず、ひと月働いてから言ってください」
*
大宰府政庁跡には、青空が広がっていた。
草の上に、大きな礎石が並んでいる。
柱も、屋根も、役人の列もなかった。
子どもが二人、石の間を走っていた。奥のほうでは、犬を連れた老人が立ち止まり、水を飲ませていた。
私は中央へ進んだ。
ここへ、来るはずだった。
官を奪われ、息子たちと離され、病む身体で、それでも命じられたから来ようとした。
あのころ、私はこの土地で暮らす人々の顔を、ひとつも思い浮かべなかった。
都からの距離ばかり数えていた。
携帯電話を見た。
午後一時半から、打合せ。
聞かなければならないことが、手帳に三つある。
顔を上げると、奥の礎石に狐が座っていた。
片耳が欠けていた。
金色の目が、まっすぐに私を見ていた。
「また、いちばんよい席か」
狐は動かなかった。
私はその前で、背筋を伸ばした。
冠はない。笏もない。名を読み上げる者もいない。
ワイシャツの袖が、風に揺れた。
「藤原直哉、ただいま着任いたしました」
頭を下げた。
「千二百四十四年の遅参を、お詫び申し上げます」
顔を上げると、狐はいなかった。
私は石の裏をのぞきかけ、やめた。
遠くで子どもが笑った。犬が短く吠えた。
携帯電話が震えた。
小野寺だった。
『無事に着きましたか。こちらは第一期の費用表、再確認中です。夜勤分、今度は入っています』
続けて、もう一通。
『そちらで分かったことも送ってください』
私は空になった礎石から、事務所へ戻る道へ向き直った。
歩き出す前に、返信を打った。
『着いた。記録しておいてくれ』




