現実から
寒空の中、自転車を漕ぐ。
冷たい夜風が、ハンドルを握る手に突き刺さる。
街灯のオレンジ色だけが、やけに鮮やかだった。
家に着く。
何も無いのに、整ってはいない部屋。
脱ぎっぱなしの上着。
床に置いたままの鞄。
片付けるほどの気力もない。
布団に潜り込み、スマホを開く。
動画を流す。
次から次へと流れてくる、短い刺激。
「人生逆転」
「最強」
「無双」
どれも俺とは関係のない世界だ。
刺激のない日常に、
少しでも色を足そうとしているだけ。
他人の夢を自分の虚無感に塗り広げていく。
瞼が重くなる。
今日も、何もしていない。できていない。
それでも一日は、勝手に終わっていく。
――また、終わる。
⸻
陽の光を感じる。
眩しい。
カーテンは閉めていなかっただろうか。
ゆっくりと目を開ける。
「……空?」
視界いっぱいに、透き通った青が広がっていた。
雲ひとつない、絵に描いたような空。
慌てて跳ね起きた。
周囲を見渡す。
あまりにも見事に生い茂った森だった。
風が葉を揺らし、鳥の声がやけに鮮明に響く。
土の匂いが、鼻を刺す。
スマホもない。
布団もない。
冷たい土の感触だけが、妙に現実味を帯びている。
「昨日は……バイトに行って、それから……」
思い出そうとするが、何も繋がらない。
夢にしては、空気が冷たすぎる。
とりあえず、立ち上がる。
どれだけ歩いても、森は終わらなかった。
振り返っても、同じ景色。
進んでも、同じ景色。
それなのに、辺りは暗くならない。
太陽は、沈まない。
「……なんだよ、ここ」
不安が、じわりと胸に広がる。
その時だった。
「すみません。先程から歩き続けていますよね?」
背後から、柔らかな声がした。
慌てて振り向く。
そこに立っていたのは、可愛らしい少女だった。
十代半ばほどに見える。
淡い翡翠色の髪が、風もないのに揺れている。
「えぇ……ここがどこなのか、さっぱりで」
俺がそう言うと、少女は小首をかしげた。
「森から出たいのですか?出たいのなら出ればよいのでは?」
意味がわからない。
「いや……出たいのは山々だけど、この森、どこまでも続いてるみたいで」
「はい、そうですけど…」
とぼけるような顔であっさりと肯定された。
ますますわけがわからない。
「では、私が出してあげましょうか?」
そんな簡単な話なのか。
出口なんて、どこにも見えないのに。
少女は、森の奥を指差した。
「“ここから先は森ではない”と、想像するだけです」
――は?
次の瞬間。
ざわり、と音がした。
木々が揺れる。
いや、違う。
割れている。
まるで見えない手が森を左右に押し広げるように、
枝が退き、幹が滑る。
そして二人の前に、まっすぐな道が現れた。
森の外へと続く、抜け道。
少女は振り返り、微笑む。
「ね? 出られるでしょう?」
俺は言葉を失った。
偶然じゃない。
奇跡でもない。
今のは、明らかに――意図的だった。
そして、少女は続ける。
「ここは、想像が現実になる世界ですよ?」
初めて創作で話を書きました。
深夜テンションほど背中を押すものは無いですね。




