第八十八話 お世話になりました
翌朝、ちゃん起きられた私は、小屋に置かせてもらっていた道具を全て片付け、お師匠様と一緒に軽い朝食を済ませた後、お世話になった小屋を去ろうとしていた。
「忘れ物はねえな?」
「もう、お師匠様。それを聞くの、もう七回目ですよ」
「こんな僻地に忘れ物なんてしたら、取りに来るのが大変だろ? ワシなりの老婆心ってやつよ」
「なるほど。ありがとうございます」
感謝を伝えながら、私はお師匠様の顔をジッと見つめる。筋肉の塊といっても過言ではないくらい、逞しい姿には似合わない、とても穏やかで……寂し気な頬笑みを浮かべていた。
「いろいろと落ち着いたら、またご挨拶に来ますね。その時は、サイラス君も連れてきます」
「おう、それは楽しみだな。今のうちに、未来の嫁さんをこんなところにまで来させておいて、自分は病気で倒れていた軟弱者に、活を入れるための言葉を考えておくぜ!」
「お、お手柔らかに……」
「そりゃ無理な話だ。ワシの鉄拳は、岩を砕く固さだからな! どう頑張っても柔らかくは出来ん!」
「物理的な固さの話はしてませんから! もうっ!」
最後の最後まで、もうもう言わされて終わるのかと呆れながらも、これもしばらくできない……ううん、お師匠様としばらく会えないと思うと、なんだか寂しくなってきた。
「な~にしょんぼりした顔してんだか。これから薬を持ちかえって国を救う英雄になるってやつに、そんな顔は似合わないぜ」
「だって、短い間でしたけど、色々お世話になったから……しばらく会えないと思ったら、寂しくて」
「随分と可愛いことを言うようになったじゃねえか。今生の別れじゃねえんだから、もっと気楽にいこうぜ? な?」
お師匠様は明るく言いながら、ごつごつした手で私の頭を乱暴に撫でた。
撫で慣れていない感じで、結構痛かったけど、それ以上に不思議と胸が暖かくなっていくのを感じる。なんだか、幼い頃にお父様やお母様と一緒にいると感じていた者に似ているわ。
「はい、ありがとうございます。それじゃあ……私はそろそろ」
「おう。行ってこい!!」
「お師匠様……お世話になりました。行ってきます!!」
私はお師匠様にお別れの言葉ではなく、みんなを助けて、必ずここに来るという強い意思を込めた挨拶を残し、狼の背中に乗って出発した。
「狼さんにも、随分とお世話になったわね。本当にありがとう」
「くぅ~ん」
本当は徒歩で戻るつもりだったのだけど、まだ怪我をした足が完全に治りきっていないことと、早く帰れるようにということで、狼が森の出口まで連れてってくれるそうだ。
「みんな無事だと良いのだけど……」
ここに来てから、それほど時間は経っていないとはいえ、相手は未知の病気だ。来る前は安定していても、私がいない間に酷くなっている可能性は大いにある。
少しでもみんなの情報があれば、こんな不安を抱えなくても済むけど、町から遠く離れたこんな僻地では、連絡を取り合う手段は無いのがつらいところだわ。
「がうっ!」
「きゃっ! 急に急いでどうしたの?」
みんなの安否を心配していると、狼は突然走りだし、器用に木と木の間をすり抜けていく。
もしかして、私が心配をしていたから、少しでも早く行ってあげようって思ったとか? 本当にこの子はとても賢くて、優しい子なのね。
「ふ、振り落とされないようにしなきゃ!」
せっかく気を使ってくれたのに、途中で落っこちて取り残されたら、後世に語られてしまうくらい間抜けなことだから、必死に狼のフワフワの体にしがみついていると、段々と走る速度を落としていき……やがて静かに止まった。
「ここは、森の入口? もう着いたのね」
まだ出発してから、三十分も経っていないはずだ。もし自分の足で歩いていたら、何時間もかかる距離をこの早さで帰ってこられるだなんて、本当にありがたい。
「送ってくれてありがとう。ここからは一人で行けるわ」
「くぅん」
本当は、この子に送ってもらうのが一番早いけど、こんな大きな狼が町中に現れたら、パニックを引き起こしてしまう。それは避けないといけないことだ。
「そんな悲しそうな顔をしないで。必ずまた会えるから。お師匠様に、よろしく伝えておいてね」
「…………」
別れを惜しむように、私の顔を控えめに舐めてから、狼は来た道を戻っていった。
あの子にも良い知らせを持ってこれるように、早く戻ってみんなに薬を与えないと!
「足は……とりあえずは大丈夫そうね。さあ、行きましょう!」
とんとん、と足を地面に何度かつけて痛むか確認してから、サイラス君の待つ施設へと走りだす。ここから一番近い町に行って、そこから定期便に乗れば、目的地に到着できる。
とはいっても、定期便の時間を覚えていないから、良いタイミングで乗れるかはわからない。こればっかりは、神様にお願いするしかないわね。
****
私は、思ったよりもスムーズに定期便に乗って目的地に到着すると、相変わらず中は大忙しだった。
私が出発する前よりも、施設に来ている患者の数が増えているのは、偶然じゃない。あの病気がさらに拡大しているのね……きっと、各地の薬師ギルドも大変なことになっているだろう。
「あれ……エリシアさん!? 無事だったんっすね!」
「ええ、なんとか。ごめんなさい、突然飛び出していっちゃって」
「本当っすよ! 置き手紙だけ残していなくなって……って、今はそれどころじゃないんすよ!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて……」
「ついさっき、サイラスさんの容体が……!」
ギルドの職員に連れられて、急いでサイラス君のところに向かうと、驚く程症状が悪化していた。このままでは、いつ耐えられなくなってもおかしくない。
「昨日までは安定していたんすけど、急変して……!」
「サイラス君……! しっかりして、すぐに私が助けてあげるから!」
「助けるって、もしかして薬ができたんっすか!?」
「はい! すぐにサイラス君に投与しますから、手伝ってください!」
私は、彼と力を合わせて、昨日作った薬をサイラス君に与えた。
お師匠様の指導の元、人間にちゃんと効果があるように調整はしたとはいえ、初めての患者への投与……それも、こんなに容体が悪化した状態の患者だ。効果があるかどうかは、まさに神のみぞが知ることだ。
「うっ……ごほっごほっ!!」
「サイラス君!?」
薬を投与してから数分もしないうちに、サイラス君はとても苦しそうな咳をしながら、口からたくさんの血を出し始めた。
そんな、薬の効果がなかったというの!? それどころか、逆効果だったの!? そんなことはない、お師匠様と一緒にちゃんと調整して、人間に害がないようにしたのに!
「お願い、サイラス君! しっかりして! 目を開けて!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
読んでいただいた方々に、お願いがございます。5秒もかからないので、ぜひ⭐︎による評価、ブックマークをよろしくお願いします!!!!
ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタッチすることで出来ます!




