第五十四話 感謝の気持ち
結論から逃げるために眠っている間に、パーティーの時間が迫ってきていた。私は使用人から起こされると、サイラス様が用意してくれた青いドレスに身を包み、髪もふわふわにしてもらい、お化粧もバッチリにてもらった。
まるで社交界に出るような装いだわ。前回は、仕事で使うラフな格好だったから、こんな格好をして参加したら、ギルドのみんなに驚かれてしまいそうだ。
「エリシア様、とてもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいけど……サイラス様、喜んでくれるかしら」
身支度をしてくれた使用人に感謝を伝えてから、じっくりと鏡に映る自分を見つめる。
このドレス自体が、サイラス様がわざわざ用意してくれたものだ。それに、これは己惚れかもしれないけど……あのサイラス様が、私のこんな姿を見て、褒めてくれないはずがない。
なんて言って褒めてくれる? 綺麗って言ってくれる? それとも可愛いって言ってくれる? どちらにしても、言われたら嬉しくて、恥ずかしくて、また可愛くないことを言ってしまいそうだ。
「エリシア、迎えに来たよ。準備できたか?」
「あ、ちょっと待って!」
浮ついた妄想をしている間に、サイラス様が迎えに来てしまった。念の為、もう一度鏡で確認してっと……あ、少しだけ前髪が……これでよしっ。
「お待たせ。いいわよ」
許可をするや否や、すぐに部屋に入ってきたサイラス様は、私の姿を見てから数秒程固まった後、その場で膝から崩れ落ちた。
「やはり、俺の目に狂いはなかった……! そのドレス、絶対に君に似合うと思っていた……!!」
「そ、そこまで号泣しなくても……あなたも似合っているわよ」
「エリシアが褒めてくれたぁぁぁぁ!? 嬉しすぎて、爆発しそうだぁぁぁぁ!!」
「ちょっとは落ち着きなさいよ、もうっ!」
サイラス様は、いつものように、大げさを通り越して、もはや演技ではないかと疑われてもおかしくないくらい、大喜びをしている。
一緒に生活するようになってからすぐのころなら、さすがに大げさだろうと思っていただろうけど、今なら喜びたくなる気持ちもわからなくはない。
とはいっても、さすがにここまで大喜びは出来ないと思うけどね。
「って……いつもみたいに、抱きつかないのね」
「したいのは山々なんだが、せっかくの綺麗な格好が崩れてしまうのは、いただけないからね」
それはその通りなのだけど、突然冷静になられると、そのギャップに驚いてしまうわね。
あと……本当は、ビシッと決めているサイラス様にくっつきたかったのだけど……ご、ごほん! なんでもないわ!
「それじゃあ、行こうか」
「ええ」
サイラス様に手を引かれてリードされながら歩いた先にあったのは、クラヴェル家の所有する、パーティー用のホールだった。
ホールの中心には、クラヴァル家とロンド家が、今日のために用意された沢山の料理が、ズラッと並んでいる。今回のパーティーも、ここから好きな料理や飲み物を取る形のようね。
イスとテーブルもいくつか用意されてるから、立っていても座っていても問題無い。
飲み物に関しては、自分で行かなくても、給仕の人が定期的に配ってくれるから、おしゃべりに夢中になっても安心だ。
こういうやり方は、貴族のパーティーではあまり採用されないのだが、今回参加するのは貴族ではないから、前回と同じように、わざとキッチリしていない手法を採用したのだと、数日前にサイラス様から聞いたの。
そんなホールに着いた私は、ギルドのみんなの格好を見て、目を丸くさせた。なぜなら、みんな社交界に出る時に着るような、とても綺麗な服を着ていたからだ。
私の記憶が間違っていなければ、職員の人達で私達のような貴族出身の人は、片手で数えられる程度しかいないはず。そんな人達が、社交界に出られるような服を持っているとは、少し考えにくい。
「わぁ……エリシアさん、凄く綺麗……」
「サイラスさんも格好良くない? 二人とも、仕事着も絵になるけど、ああして並んでると、王子様とお姫様みたい!」
「おお、あそこの人達はよくわかっているな。よし、来月から彼女達の給料を三割増しに――」
「なに職権乱用しようとしているのよ! もうっ!」
職員の女子達の褒め言葉に気を良くしたサイラス様の肩をバシバシと叩いていると、二人の人物が私達の元へとやってきた。
「こんばんは、エリシア様。今日はとても良い夜ですね」
「こんばんは、エリシア様! 今回は本当にありがとうございました!」
「レージュ様、メアリー様、こんばんは」
いつものように爽やかな挨拶をしてくれたレージュ様も、すぐに社交界に行っても恥ずかしくないような、素敵な燕尾服を着ている。メアリー様も、とても綺麗なドレスだ。
「その服、とても素敵ですね」
「ありがとうございます。エリシア様も、よくお似合いですよ!」
「お褒めにあずかり光栄です。ところでレージュ様。今日のためにわざわざ服の準備を?」
「それが……クラヴェル家の使用人が、これを持ってうちに来てくれましてね。せっかくの祝いの席なのだから是非と」
ま、まさか……それを全員にしてあげたってこと!? 数人ぐらいなら、理解できなくはないけど、最近は人がたくさん増えてきているのに……その人数分を用意したの!?
なんていうか、圧巻というか……開いた口が塞がらない。さすがはサイラス様だわ……。
「本当に凄いよな。俺もビックリだよ」
「そうよね、こんなの驚くなって方が……えっ、サイラス様!? あ、あれ? あなたが指示したことじゃないの?」
あまりにも自然に言うから、普通に受け入れそうになってしまった。
これをサイラス様が用意したわけじゃないのなら、一体誰が?
「実は、母上が提案してくれたことなんだよ。俺達が頑張っているのになにもできなかったから、せめてお祝いさせてほしいってさ。さっき呼ばれたのは、それについて少し確認したいことがあったからなんだ」
「イリス様が……」
ずっと私達のことを見守り、時には私に助言をしてくれたうえに、こんな素敵なサプライズを用意してくれるなんて……イリス様には、感謝しかないわ。
「ところでメアリー様、お父様の調子はどうですか?」
「とってもいいですよ! 自分も参加してお礼をしたいと仰ってました。まだ病み上がりなのだからと、使用人に止められてしまいましたけどね」
クスクスと笑うメアリー様の表情は、安心と幸せに満ちている。本当に彼女のお父様を助けられて良かったわ。
「さてと。それじゃあ、俺はちょっとみんなに挨拶をしないといけないから、行ってくるよ」
「挨拶? 大丈夫なの? あなた、人前に立つと変なことを言い出すから、不安だわ」
「大丈夫大丈夫! さすがにロンド家の人も参加してるパーティーで、変なことは言わないって! ほら、俺もギルド長として、ビシッと決める時は決めないとだしな!」
その台詞が、失敗する前の前振りにならなければいいのだけど……。
「なんだか、そうやって心配していると、まるで母親のようですね。いや、ここは妻と言った方が適切でしょうか?」
「やっぱりそういう関係だったんですか!! 結婚式には、ぜひ呼んでくださいね!!」
「な、なにを仰っているんですか! もうっ!」
顔を真っ赤にさせながら声を荒げていると、給仕をしてくれているロンド家の使用人から、お酒かジュースか、どちらか選んでほしいと言われた。
「それじゃあ、お酒を」
「僕はジュースを」
「私もジュースを」
それぞれ要求した飲み物が入ったグラスを受け取っていると、前に出たサイラス様が、ごほんっと咳ばらいをした。
「みんな、飲み物は行きわたったか?」
みんなの前に立ったサイラス様が確認をすると、参加者の全員が、受け取ったグラスを少しだけ上にあげた。
「よし! 今日は参加してくれてありがとう! そしてロンド家の皆様、我々のためにこんな素敵な宴をともに開いていただき、ありがとうございます!」
サイラス様の感謝に続いて、ギルドのみんなから感謝の拍手が鳴り響いた。
「今回の案件だけでなく、日頃から俺達のギルドのために働いてくれてありがとう! このパーティーも、その衣装も、君達のために用意したものだ! 少しでも喜んでもらえれば幸いだ! 今日は飲むもよし、食べるもよし、喋るのもよし、歌うもよし! 思う存分楽しんでくれ! それじゃあ……乾杯!」
『かんぱーい!!』
みんなの楽しそうに弾む乾杯の声と共に、シャンパンにそっと口をつける。
お酒なんて、成人した時にお祝いの席で一回飲んだきりだ。相変わらず不思議な味がするけど、嫌いな味じゃないわ。
「ふいー、なんとか噛まずに言えたよ」
「お疲れ様、サイラス様。何か飲む?」
「それじゃあシャンパンを……ん? エリシアが取ってきてくれるのか?」
「ええ。ちゃんと挨拶できたご褒美……なんてね」
我ながら偉そうなことを言っているなと思いつつ、ホールの中心に置かれたテーブルから、シャンパンの入ったグラスを持って、サイラス様のところに戻ってきた。
「あの、あれでお付き合いをされていないのですか……?」
「驚くことに、その通りでして。この世界の最大の謎かもしれません」
「レージュ様、メアリー様、聞こえてますからね?」
「おっと。さて、おじゃま虫にはなりたくないので、僕は失礼しますよ」
「なんだ、今日は気が利くじゃないか」
「今日も、だ。それではエリシア様、失礼します」
「私も失礼しますね!」
レージュ様とメアリー様は、返事を待たずにいそいそと私達の元を去っていった。
せっかくだから、二人と親交を深めたかったのだけど、わざわざ気を利かせてくれたのを、無下にする必要は無い。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ……俺達の勝利と、ギルドの繁栄、そして俺達の未来に……乾杯」
「ふふっ……乾杯っ」
言葉では言い表せないような充実感と幸福感、そしてサイラス様への愛情をこめながら、チンッとグラスを合わせあった――
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