第四十四話 恐怖に打ち勝たなければ
事前に話を通さずに、ロンド家へと向かった私達は、特にお引き取りを願われることもなく、屋敷の中に通してもらえた。
そして、応接室でお会いしたメアリー様に、事の顛末をしっかりと伝えると、メアリー様はとても驚いたような表情をしていた。
「そんな、酷い……! 私は、ちゃんと診てもらえるように、お願いしたのに!」
「あの、どうしてあのギルドに預けたのですが?」
「ギルドの偉い人に、環境が整っているうちに預けた方が良いと、アドバイスをされました。それで、信じて父をお願いしたのに……!」
私の知っているメアリー様は、ぽわぽわしているというか、とてもおっとりした女の子というイメージだったのだが、今はそのイメージとは真逆で、怒りの形相で両拳を机に振り下ろして、感情を爆発させていた。
「サイラス様、エリシア様、本当に申し訳ございません! 私が愚かでした……あの場で、きっぱりと勝負なんて許可しないと伝えておけば、こんなことには……!」
「そんな、お気になさらないでください。メアリー様が、お父様を助けたい一心で許可したのは、わかっていますわ」
メアリー様は悪くない。悪いのは、自分の欲を満たすためだけに、家族をなんとかして助けたいと思うメアリー様を利用した、マグナス様だもの。
「メアリー様、なにかお父様の診断結果が書かれたものをもっていませんか? 症状がわからないと、薬の作りようが無いのです」
「それなら、私の私室にあります。申し訳ございません、取ってきてもらえますか?」
「かしこまりました、お嬢様」
メアリー様は、使用人に数枚の紙を持ってこさせると、それを私達に見せてくれた。
そこに書かれていた病名は、ルーイン病というものだった。
「ルーイン病? 聞いたことが無いな……エリシア、知っているか?」
「一応、名前は聞いたことはあるわ。確か、症例がほとんど無い病気で、最後に確認されたのは、何百年も前だったはず……主に野生の動物から感染する病気……だったかしら。メアリー様、最近お父様がお肉とかお魚を、生で食べてませんでしたか?」
「……そういえば、外国にはお魚を生で食べる文化があって、それを出先で食べたとお話していました」
きっとそれが原因ね。環境がいい場所で育ったお魚なら、多分生で食べても大丈夫だろうけど、そうでない場所のお魚は、ちゃんと火を通さないと、体に害を及ぼす可能性がある。
「そんな病気だと、なおさらこの目で症状を確かめたいところだが……」
「こうなったら、なりふりは構っていられないわね。下手したら、このまま誰も何もせずに、メアリー様のお父様が亡くなってしまうかもしれないもの」
「そ、それってどういうことですか!?」
「あくまで私の仮説ですが……ルーイン病という厄介そうな病気を相手に、マグナス様がきちんと動くとは思えないのです。彼の目的は、あくまで私達ですから」
このまま私達が何も出来なければ、マグナス様の仕返しはうまくいくだろう。
その後、多少は効く薬を作ったものの、ほとんど知れ渡っていない病気が相手だったせいで、健闘虚しく助けられなかったと堂々と嘘をつき、実はたいしたことはしていなかった……なんて未来が見える。
少しでもマグナス様に、薬師ギルドの長の自覚があれば、名声のためとかでもいいから、患者を治すかもしれないけど、あの人の頭の中は、自尊心と高すぎるプライドと女性のことしかない。
「くっそぉ……と、とにかくルーイン病の資料を片っ端から集めるぞ!」
「そうね。ただ、申し訳ないのだけど、それはサイラス様に任せてもいいかしら?」
「それは構わないけど、エリシアは?」
「私は、私のやり方で何とか解決の糸口を掴んでみるわ」
資料を集めても、やはり患者を実際に見て状況を確認したい。それに、相手はあまりにも珍しい病気だから、病気の原因となっているものを採取しなければ、製薬することは難しいと思う。
そのために、私はとあることをすることを決めた。それは……患者の部屋に侵入し、患者から直接病原体を手に入れることだ。
サイラス様に、大事になるようなことをするのはやめろと、偉そうなことを言っておきながら、こんなことをするのは気が引けるけど……マグナス様のギルドと、患者がいるギルドの二重体制の今、正規の方法で検査するのは無理だもの。
大丈夫、私は日頃から素材を採りに行ったことで培った、身のこなしと体力がある。筋力だって、他の女性よりかはある方だと思うし、隠密行動も野生動物から何度も隠れる中で習得している。
ただ、さすがに窓の鍵を開ける技術は無いから、その辺りはメアリー様にお願いをして、上手くやってもらいましょう!
****
その日の真夜中、私はサイラス様には内緒で、真っ黒で体に比較的フィットしているエプロンドレスを着て、患者のいるギルドの庭に来ていた。
この時間でも、ギルドには見張りや見回りがいる。でも、観察している感じだと、そこまで人数は多くないし、やる気も感じられない。これなら、きっとうまくいく。
「確か、部屋は……あそこね」
ギルドの三階に、一つだけ窓が開いている部屋がある。あそこに、メアリー様のお父様が眠っているの。
どうして開いているのかって? さっきロンド家からお暇する間際に、メアリー様にお願いをして、あそこの窓を夜もあけてくれるようにお願いをしたの。
どうやってくれたかはわからないけど……多分、暑いからとか理由をつけたのかしら?
まあ、方法はこの際どうでもいい。あそこにどうやって上るかだけど……近くに使えそうな、大きな木がある。
高さだけで見れば行けそうだけど、木と建物の間が結構広いのよね。
「飛び移るしかないけど……失敗したら……」
当然だけど、下にはクッションなんて置いてない。落ちてしまえば怪我は免れないし、打ちどころが悪くて気を失ったら、そのまま見つかって大事になる。
最悪の場合、私は二度と目を覚ますことは無くなるかもしれない。
「…………」
自分の死が頭に過ぎると同時に、体がぶるっと震えた。
実際に目の前に死が迫ってくると恐怖に襲われるのは、何度も経験があるけど、この感覚に慣れることは一生来ないだろう。
「それでも……やらなきゃ」
私は深呼吸を何度もして気持ちを落ち着かせると、スルスルと木を登り、体を縮めこませて力を溜め……窓を目掛けてジャンプをした。
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