第四十二話 勝つと決めたから
あれから特に何事もなくパーティーを終えた私達は、馬車に乗って帰路についていた。
その道中、ずっと私の手を握りながら外をぼんやりと眺めていたサイラス様が、大きな溜息を漏らした。
「どうしたの?」
「いや、ただパーティーに参加するだけだったのに、大変なことになったなって思ってさ」
「そうね」
普通にパーティーに行って、普通に帰ってくるだけだと思っていたのに、まさか知り合いから仕事を頼まれたり、マグナス様と勝負をすることになったり、色々と想定外なことが起こったものね。
「まだどんな病気なのかわからないが、勝負となった以上、絶対に負けるつもりは無い。ましてや、相手はあのマグナス……最強のギルドが相手! 困難な相手だからこそ、やりがいもあるってもんだ!」
サイラス様の気合いは十分だし、私も諸々のことを含めて、マグナス様に負けるつもりは無い。
でも、世間一般からみたら、勝てる勝負じゃない。なのに、負ければサイラス様やメアリー様、そしてギルドに、どれだけ迷惑がかかるかわからない。
……これも全て、私が喜んで離婚を受け入れて、ここに来たのが悪いんじゃ……? 私がいなければ、サイラス様がグリムベアに怪我をさせられることもなかったし、あんな大勢の前で勝負を吹っかけられることもなかったはず……。
そんなことを少しでも考えると、嫌な感じが沸々と湧いてきて、私の気持ちを弱くしていった。
「…………ごめんなさい、私のせいで……」
「え、急にどうした?」
「私がいるから、サイラス様やギルドを変なことに巻き込んでしまってるって思ったら、いたたまれなくなって……」
「君が悪いなんてことはないだろう。君はマグナスの犠牲者なのだから、自分が悪いなんて思わない方が良い。それに、ギルドに勧誘したのは俺だしな! だから、気にしない気にしない!」
「サイラス様……」
「ほら、笑う笑う! 君には笑顔の方が良く似合う!」
そう言うと、サイラス様は私の頬を両手で優しく押さえると、円を描くように手を動かし始めた。
「ちょ、ちょっと! 女性の顔を急に触るなんて、非常識よ!」
「う~ん、エリシアのほっぺはモチモチで気持ちいいなぁ。今晩はずっとモチモチしてていいか?」
「いいわけないでしょ、もうっ! せめてこの場だけにしなさい!」
「今ならいいのか!?」
「あっ……」
今の私はサイラス様のことが好きだから、もっと触ってほしいって思う気持ちがあって……つい本音が漏れてしまった。
「それなら、一年分くらいはモチモチしなければ!」
「ちょ、ふにゃぁぁぁぁぁ~!」
悲鳴を上げたところで、誰かが助けに来てくれるわけもなく……結局私は、十分くらいサイラス様に頬をモチモチされ続けて……終わるころには、ぐったりしてしまっていた。
「うう、弄ばれた……もうお嫁にいけない……」
「大丈夫だ。もしそうなったら、俺が責任をもって嫁に貰うから」
「あ、あなたのことだから、どうせこのことがなくても嫁には貰うけどな! とか言うつもりでしょう!」
「バレた? いや~理解されてるってのもつらいものだなぁ」
「う、うぅ~~!! もうっ、もうっ、もうっ!!」
涙目になりながら、サイラス様の肩をポカポカ叩いてみたけど、鍛えている体に私のポカポカなんて、効くはずが無かった。現に、サイラス様は楽しそうに笑っている。
本当にサイラス様は、どれだけ私に恥ずかしい思いをさせるつもりなの!?
ま、まあ……おかげでさっきまでの暗い気持ちはどこかに行ってしまったけど……もうちょっとやり方というものを……。
****
翌日、始業前に必ず行っている朝礼の後、私とサイラス様は、レージュ様をギルド長室に連れて来て、昨晩のことを話した。
「そんなことがあったのか。全く、随分大きな依頼を引っ提げて帰ってきたものだ」
「それで、その依頼に俺とエリシアであたりたいんだが、通常の業務もおろそかにできない。だから、その辺りをよくわかっているお前に相談したくてさ」
「今のところ、切羽詰まっている依頼は無いし、最近は多くの人材を獲得できたからな。製薬はもちろん、事務もエリシア様が作ってくれたマニュアルのおかげで、問題なく進められている」
「エリシア、いつの間にそんなものを?」
「実は、隙間時間にコツコツ作っていたのよ。レージュ様に見てもらって、問題無いと判断してもらえた一品よ」
目を丸くさせて驚くサイラス様に、えっへんと胸を張って見せた。
こう見えて、マグナス様のギルドにいる時に、仕事がわからない人に教えることがたくさんあったし、こっちに来ても教える機会があったから、人に教える能力には、自信があるのよ。
「それにしても、本当に勝つつもりなのか? 僕達と彼らでは、明らかに差があるのは、お前もわかっているだろう?」
「勝つさ。勝たなくちゃいけないんだ」
「私も同じ気持ちです」
一時は弱気になってしまったけど、今は絶対にこの勝負に勝って、私達がメアリー様のお父様を救いたいという気持ちしかない。
あと、ついでにマグナス様への復讐――いや、それは今はどうでもいいわね。
「まあ、気持ちがどうあれ、勝負を持ち掛けられた時点で、こちらとしては圧倒的に不利な展開に持ち込まれているだろうからな……気持ちだけでも負けていないだけ、マシと言えるか」
「……? どういうことだ?」
「簡単なことだ。勝負を仕掛けることで、どう転んでも自分達が必ず有利になるようとわかっていたのだろう」
「……なるほど、そういうこと……本当にあの人は、汚いことを考える天才ね」
どうしてあの場でマグナス様が絡んできたのか、疑問に思っていたのだけれど、レージュ様の言葉のおかげで、その真意に気づくことが出来た。
「え、えっ? なんだよ、俺を置いてけぼりにしないでくれよ!」
「マグナス様が勝てば、私達の信頼を失墜させると同時に、自分の方がやはり上だったんだと、自尊心を満たせるわ。仮に私達が逃げれば、保身のために逃げたんだと言いふらし、私達の評判を著しく下げられる……でしょう?」
「ええ、僕も同じようなことを思いました」
マグナス様の中では、メアリー様との話を聞いたあの時点で、私達の負けが確定したと思っているのね。
……まあいいわ、今だけでも甘美な夢に浸らせてあげても、罰は当たらないわ。
「そういうことか! くそっ、本当に何から何まで最低な男だ! あんな奴に、絶対に負けてたまるものか! そうと決まれば、ロンド家に患者との面会の約束を取り付けないとな!」
サイラス様は勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで部屋を飛び出していく。彼がいなくなって静かになった部屋では、私とレージュ様が静かに見つめ合っていた。
「エリシア様、正直にお聞きしますが……勝率はどれくらいでしょう?」
「患者の容体を診ないと、確かなことは言えません」
「それはそうですが……」
「心配してくださり、ありがとうございます。大丈夫、私達は絶対に負けません。そう決めたのですから」
勝てる見込みが薄くても、たとえ僅かにでも可能性があるのなら、絶対に諦めない。万が一にゼロだったとしても、それを一に出来るように頑張るだけよ。
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