第三話 おかえり!
「エリシア、おかえり」
第一声から罵声が浴びせられることも覚悟していたのに、投げかけられた言葉は、とても優しい声色だった。
いつも険しい表情をしているお父様のお顔が、少し和らいでいるのも、優しさに拍車をかけている。
「話は既に聞いている。マグナスに離婚を突き付けられたそうだな」
「はい、その通りです」
「そうか。お前の部屋は、嫁いだ時と同じように残してあるから、好きに使うといい」
「その……怒ってないのですか?」
「うむ。家のためとはいえ、あんなクズと婚約させ、嫁に出したことを後悔していたのだ。学園でのことも、ギルドでのことも、大体は知っている。散々大切な娘に酷い仕打ちをして……許されるのなら、この手で復讐をしたいと、何度思ったことか」
「お父様……」
机の上で握り拳を作るお父様の表情は、とても険しいものだった。
私を助けたくても、下手に動いてバラデュール家と揉めてしまったら、この屋敷に関わる人の全員に迷惑がかかる。当主として、それは出来なかったのだろう。
「ほんと、爵位が高いからって、お姉様を好き放題してさ。あんな女の敵からお姉様を取り返せて、本当によかった!」
お父様と一緒に出迎えてくれた、白髪のショートヘアの少女が、私に抱きつきながら嬉しそうに笑う。
この子は私の妹のミラ。五つ年下の妹で、私が以前通っていた学園に通っている女の子だ。
まだ実家にいた時は、一緒によくお茶を飲んだりお買い物に行ったりしていた、とても可愛くて自慢の妹よ。
「お父様。お姉様が帰ってきてくれたのは良いけど、次の婚約者はどうするの? お姉様は今年で二十一……今から見つけるのは、少し難しいかも?」
ミラの言いたいことはわかる。貴族の子供として生を受けたからには、結婚をして家に貢献をするのは、定めのようなもの。
そのために、まだ小さい頃から互いの家の利益を考えて、婚約を結ぶのは当然で、遅くても十歳までには婚約者がいるのが普通だ。
そんな世界で、二十一歳でバツイチの女では……ミラはそう言いたいのだろう。
「なに、全員が全員、必ず結婚をしなければいけないわけではない。それに、家のことをどうこう言うのなら、ミラがちゃんと婚約しているから問題無かろう」
「あっ、確かにお父様の言う通りだね! あたしは婚約者とはラブラブだし!」
「しばらく会っていないけど、今もちゃんと仲良しなのね」
「そうだよ! 優しくて、格好よくて、剣も強くて! もうまさに理想の王子様~って感じ!」
ミラの婚約者様は、伯爵の爵位を持つ家の一人息子で、ミラの言う通り素晴らしい人格者だ。貴族同士の結婚にしては珍しく、互いが深く愛し合っている。
……正直な話、私もそんな素敵な旦那様が良かったなと思ったことは、一度や二度ではない。
「とにかく、エリシアが気にする必要は無い。今日は疲れているだろう? 久しぶりに自室でゆっくり過ごすと良い」
「はい。ありがとうございます、お父様」
「お姉様、今日は一緒に食事しようよ! あと、お風呂も一緒に入って、一緒に寝るの!」
「こらミア、子供じゃないのだから無理を言ってはいかん」
「だってだって、久しぶりにお姉様とゆっくり過ごせるんだよ!? 今までずっと我慢してたことをやりたいよ!」
「ええ、わかったわ。それじゃあ、まずは部屋に荷物を運ばないといけないから、一緒に行きましょう」
久しぶりに感じる家族の暖かさに、思わず涙が零れそうになったけど、グッとそれを堪えながら、ミアと一緒に部屋を後にした。
****
「……て……」
「……んん……」
「エリシア様、起きてください」
体を優しく揺さぶられる感覚に反応をして、ゆっくりと目を開ける。そこは、あの小さな仮眠室でも、最低限の家具しか置かれていないバラデュール家の自室でもない。見慣れた実家の自室だった。
「私……あ、今何時!? どうしよう、今日中にしなくちゃいけない仕事が山ほど――あっ」
実家の自室だとわかっていながら、つい無意識に仕事のことを考えてしまったが、その必要は無いのだと瞬時に判断した。
学園を卒業してから約三年程しか働いていないのに、体に染み付くほど、あの環境はブラックだったということだ。
「おはようございます、エリシア様。昨晩はよく眠れましたか?」
「おはようエレーヌ。ええ、バッチリ! こんなに体が軽いのは久しぶりだわ」
起こしに来てくれた、藍色の髪と切れ長な目が特徴的な、落ち着いた雰囲気の使用人――エレーヌに、笑顔で頷いてみせる。
ここ数年は、時間を気にせずにフカフカのベッドで寝るなんてことが無かったから、しっかり休めることと、疲れが取れることのありがたみが、改めてわかったわ。
「ところで、今は何時かしら?」
「もうすぐお昼ですわ」
「ええっ!?」
お昼って、何時間寝ていたの!? えっと昨日確か……二十一時くらいまでは覚えているけど、その後の記憶が……さ、さすがに寝すぎたわ!
「ぐっすりとお休みでしたので、起こすのは忍びなかったのですが……主様がお呼びになられてまして」
「お父様が?」
「はい。私室に来てほしいとのことです」
「わかったわ。すぐに準備をするわ」
「では、お手伝いをさせていただきます」
そうだ、実家にいる時は使用人に毎朝身支度をしてもらっていたのだった。家を出てからずっと自分で身支度をしていたから、すっかり失念していた。
「こうして身支度をさせていただいていると、昔を思い出しますわ」
「そうね。あなたには、小さい頃から色々と面倒を見てもらったわね」
エレーヌは、私が十歳になった歳からこの屋敷で働き、私の面倒をよく見てくれていた。身支度も、その一つのうちだ。
中でも、彼女に髪をとかしてもらうのが大好きなの。せっかく眠い目を擦りながら起きたのに、気持ちよくてまた寝てしまうなんてことが、なんどあったことか。ふふ、懐かしいわ。
「終わりましたわ」
「ありがとう。あら、今日はとてもおしゃれな髪型にしてくれたのね」
「はい。久しぶりでしたので、張り切ってしまいました」
鏡に映る私の髪は、編み込みハーフアップになっていた。最近は適当にまとめるか、そのまま降ろしたままだったから、とても新鮮だ。
「そうだ、ミラ様から伝言を預かっております。ごほん……お姉様! お父様とのお話が終わったら、あたしとごはんを食べようね! 約束だよ! だそうです」
「相変わらず、モノマネのクオリティが凄いわね……」
「恐れ入ります」
ミラったら、相変わらずというかなんていうか……本当に可愛らしい妹だわ。
他の家では、家族同士がいがみ合ってるだなんて話をよく聞くけど、うちは家族みんな仲が良いから、イマイチ信じられない。
「身支度を整えてくれてありがとう。それじゃあ、お父様の所に行ってくるわね」
「お部屋までご一緒させていただきますわ」
「いいの? ありがとう」
私は彼女の好意に甘えて、一緒にお父様が待つ私室の前に到着した。
「では、私はここで失礼しますわ」
「送ってくれてありがとう。今度一緒にお茶でも飲みましょう。私が淹れてあげるわ」
「あ、その……ま、まあ! なんて素敵な提案でしょう。楽しみにしておりますわ!」
やや引きつった様に笑ったエレーヌは、優雅にお辞儀をしてから去っていった。
あんなに喜んでもらえるなんて、誘った甲斐があったわ。薬を作る過程で、とても良いお茶になる植物を見つけたから、今度それを採ってきて振舞ってあげましょう。
もちろん、エレーヌだけじゃなくて、お父様やミラ、他の使用人も一緒に!
「こほんっ……お父様、エリシアです」
「入れ」
呼ばれて部屋の中に入ると、昨日と同じように、お父様が出迎えてくれた。
「おはようエリシア。ゆっくり眠れたかね」
「はい。ゆっくりしすぎて、こんな時間まで眠ってしまいましたわ」
「いいではないか。ずっと大変だったのだから、たくさん休んでも罰は当たらん」
「ありがとうございます。ところで、私に何かご用があったのでは?」
「うむ。今朝、クラヴェル伯爵家から使者がやって来たのだ」
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