第二話 私は都合の良い道具
――私は昔から、マグナス様のことが大嫌いだ。
幼い頃からワガママで、自分のやることはすべて正しいと思う横暴な性格。
更に独占欲が異常に強くて、学生時代は同級生でもあるマグナス様のせいで、友人がほとんどできなかった。
それだけ独占欲が強いなら、さぞ愛してくれるのかというと、そんなことは決してない。
マグナス様の中で、私はただの都合の良い道具であり、自分の婚約者と誇示することで、自分のステータスにしようとしているだけだ。
だから、自分が気にいらないことがあればすぐに怒鳴るし、ストレス発散の道具にされることもあった。
ギルドで仕事をするようになってから、製薬や事務といった、多岐にわたるたくさんの仕事を、私に押し付けるようになった。
これが、他に人員がいないとかなら、百歩譲って良いのだけど、大規模なギルドなだけあって、人員はたくさんいる。
その人達は、私が必死に仕事をしているのに、今日は平和だとかいってお茶を飲んだり、カードゲームをしたりして、のんびり仕事をしているのよ。
仕事としてくる製薬の依頼も、多岐に渡る。
中には、希少な素材を使わなければいけないものもあるのだけど、その素材を仕入れるようにマグナス様にお願いしても、自分で何とかしろと言われる。
素材は無い、でも依頼を出した人には元気になってもらいたい。だから、私は日頃から自分で自然の中に素材を採りに行っていたの。
さっきマグナス様が言っていた、仕事中に抜け出すという言葉の真実は、こういうことだ。
……こんな酷い状況を、何年も続けていれば、逃げだしたくなるのも当然でしょう?
でも、私は逃げられなかった。なぜなら、私とマグナス様の結婚は、私が生まれたチュレンヌ子爵家と、バラデュール家の両家によって決められた結婚だからだ。
爵位が低いチュレンヌ家の人間である私が、マグナス様に逆らってしまえば、後々面倒なことになるから、逃げられなかったの。
でも、抗議自体は何度もしたわ。そのたびに、マグナス様は私を叱責した。
中でも、誉高き我がギルドで多くの仕事をわざと振っているのだから、むしろ感謝しろと言われた時は、この人には何を言っても無駄なのだろうと悟ったわ。
そんな状況で、向こうから私を突き放すようなことを言ってくれたから、もう嬉しくて嬉しくて!
「ふふ、これで私の目標ために頑張れるかもしれないわ」
一度ギルドの仮眠室に戻って来て、荷物をまとめながら言葉を漏らす。
私が薬師になろうと思ったきっかけであり、目標というのが、どんな身分の人でも、苦しんでいたら助けてあげること。
でも、マグナス様のギルドのような大規模なものになると、依頼を出すのにかなりのお金がかかるから、ここにいると、私の薬師となった目標が達成できないのよね。
本当は別の薬師ギルドに入りたかったけど、マグナス様の誘いを断るわけにもいかなかったし……そもそも、勝手に入れられてしまったから、断りようがなかったのだけどね。
ああ、そうそう。今日の一件で、もう一つ目標というか……やらなければならないことが増えたわ。
それは……元夫であるマグナス様への復讐だ。
いつになるか、どうやってやるかは何も決まっていないが、あれだけ私に好き放題したのだから、痛い目を見てもらわなきゃ、私の気が晴れないわ。
「復讐と言っても、どうすればいいかぜんぜんわからないのだけどね……さてと、ここはもうよさそうね。あとは作業場の荷物を片付けなきゃ」
最近はほとんどここで寝ていたから、なんだか部屋に愛着が湧いてしまった。こことお別れと考えると、少し寂しい気がしてきた。
離婚することよりも、仕事を辞めさせるよりも、この部屋との別れが一番名残惜しいだなんて、何とも滑稽な話ね。
「あ、この化粧台にいくつか私物があったのを忘れてたわ」
手早く化粧台から自分の私物を回収すると、ふと鏡に映った自分と目が合った。
背中の真ん中まで伸びる、雪のように真っ白な髪は、日々の仕事の疲労やストレスで少し傷んでいるし、化粧で誤魔化しているはずのクマが、よく見ると見えてしまっている。
こうしてみると、いかに今までの環境が悪かったのかがよくわかる。それとさようならが出来ると思うと、鏡の中の自分のクリッとした黄金色の目が、キラキラと輝いた。
「さて、作業場に行きましょう」
今度は作業場に移り、私物を回収する。
その途中で、私と同じ薬師をしている人達が、必死に私を引き留めようとしてきたけど、当然全て断ってあげたわ。
彼らが必死になっていた気持ちはよくわかる。だって、私がいなくなったら、ずっと楽だった仕事が、一気に忙しくなってしまうものね。
でも、私にはそんなの関係ない。こんな地獄の環境からは、一秒でも早くさようならをするの。
「今までお世話になりました。皆様、ギルドの発展のため、私の分までよろしくお願いしますね!」
遠回しに、私のとんでもない量の仕事は、あなた達がやるんだと伝えてあげてから、私は数時間かけて、チュレンヌ家の屋敷に帰ってきた。
……こういうことを思うのは、あまり良くないかもしれないけど……私が出ていく際の、ギルドの人達の慌てぶりや絶望する顔は、見ていて痛快だったわ。
これも、ずっと私に押し付けて楽をしていた罰よ。しっかり受け入れてね。
「家に帰るのも、久しぶりね……お父様、怒っていらっしゃるかしら」
マグナス様との結婚は、チュレンヌ家にとって有益なものになるはずだった。しかし、私が離婚をしてしまったことで、その恩恵が無くなってしまった。
……改めて冷静に考えると、私はとんでもないことを受け入れてしまったのね。
いくら優しいお父様とはいえ、さすがに怒っているだろう――そう覚悟している間に無事に実家に帰ってきた私は、お父様が普段仕事をしている書斎に向かった。
「失礼します、お父様。エリシアです」
「入れ」
ここまできたら、もう逃げられないわ。怒られても、貶されても、全てを受け入れよう。
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