第十八話 危険とわかっていても
目的地の森の入口に到着した私は、深く深呼吸をして気分を落ち着かせた。
この先には、かなり危険な動物が住んでいる場所だ。一瞬の油断が命取りになる。
こういう危険な場所には、前の職場の時に何度も来ているとはいえ、何度経験しても慣れない。
「沢山走らせちゃってごめんね。すぐに迎えに来るから、ここで待っててね」
ここまで私を乗せてくれた、お利口な馬に感謝を伝えると、私は髪が邪魔にならないようにまとめてから森の中に入り、すぐに軽々と木の上に登った。
私が最も警戒している動物……グリムベアという熊は、凶暴性や腕力は恐ろしいけど、木登りが苦手という情報を、最近知ったの。
だから、見つかっても攻撃が届かないように、こうして木の上に登り、他の木に飛び移って移動している。
他にも、グリムベアについてここ数日で色々知れたから、もし出会った時に使えそうな素材も回収していかないとね。
「えーっと……あ、この木の実だわ。薬には使えないから、全然この木の実の性質を知らなかったのよね……もう少し手に入れたら、サリューがあると言われる場所に……あっ!」
飛び移った木に実っていたものをたくさんいただいていると、少し離れたところの茂みから、とても大柄で真っ黒な熊が顔を出した。
あれがグリムベア……大人の男性の身長を余裕で超すくらいの巨大な体に、丸太のような逞しい腕、そしてナイフのような鋭い爪と牙……ここが危険と理解して、覚悟をしてきたというのに、いざこの目で見ると、恐怖で体がすくむ。
見た目の恐ろしさ以外にも、グリムベアには恐ろしい能力がある。どんな些細な音でも聞き逃さない鋭い聴覚は、逃げる獲物の音を聞き、どこまでも追いかけてくるそうだ。
逆に、聴力に頼り過ぎているせいで、目と鼻はあまり良くないそうだ。
だから、出会ってしまったらこうして物音を立てずに、どこかに隠れてやり過ごす方法が有効と、古い本に書かれていた。
仮に見つかってしまった時は、さっき採った木の実を使えば、上手く逃げられる……かもしれない。
いかんせん、一度もやったことが無いから、ぶっつけ本番になってしまうのが怖い。状況が状況だけに、失敗した……では済まないもの。
「……ふう、行っちゃったみたいね」
今までの仕事で、野生の動物と出会うことは何度もあったけど、あそこまで迫力がある生き物は初めてね。改めて、極力接触は避けなければいけないと思わされたわ。
「早くサイラス様を見つけないと……どこかに痕跡が残って無いかしら?」
こういう自然の中をよく見ると、色々な生き物の痕跡を見つけることができる。例えば、さっきのグリムベアの足跡とか良い例ね。
さすがに動物に詳しいわけではないから、足跡で何の動物か判断するのは難しいけど、大雑把にいつ頃ここにいたかというのはわかるから、とても重宝する。
「人間の足跡……足跡……きゃっ!」
グリムベアが出るような危険地域では、人間の足跡なんて珍しいから、あれば一発でわかるのはいいのだけど、探すのに夢中になり過ぎて、木に頭をぶつけてしまった。
……似たようなことを最近していたのに、また同じ事をしてしまうだなんて、なんとも情けない。非常事態だからこそ、落ち着かないと。
「なかなか見つからないわね……」
――森の中を彷徨い始めてから、一時間くらいは経っただろうか。いまだにサイラス様の痕跡は見つからずにいた。
サリューが群生しているところはわかっているから、そこに向かうように痕跡を探しているのだけど、それでもサイラス様の痕跡は見当たらず、代わりに三頭のグリムベアと遭遇しそうになった。
これでは、命がいくつあっても足りないわよ……もしかして、サイラス様はここに来ていないのかも?
そんなことを思った瞬間、どこからか大きな物音と共に、地響きが起こった。
「び、ビックリした……今の音は一体?」
こんな森の中で起こる音としては、かなり異質なものだ。きっとなにか大変なことが起こっているのだろう。
そんな場所に行くのは危険極まりないけど、もしかしたらサイラス様が巻き込まれている可能性も大きいと思うと、行かざるを得ないわ!
「音がした方は、こっちの方ね」
急ぎたい気持ちは山々だったけど、これでグリムベアに出会って不意打ちでもされようものなら、私の体なんて簡単に引き裂かれるだろう。
そうならないように、慎重に、でも急いで音のした方に向かった。
「あ、あれは……!」
音のした方に向かうと、相当な樹齢であろう大木がなぎ倒されていた。さっきの音は、これが倒れた音だろう。
そして、その近くには……今日見たグリムベアで一番大きな個体と、それと対峙しているサイラス様の姿があった。
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