第十五話 長としての役目
町の中心から離れて、民家もほとんど無くなってきた頃、カロ君は小さな家の前で立ち止まった。
「ここが僕の家だよ」
「わかったわ。おじゃまします」
カロ君に続いて家の中に入り、おじいちゃんが寝ていると思われる部屋の中に案内してもらうと、衰弱した男性が眠っていた。
呼吸も荒いし、顔も高熱で随分と赤くなっているが、一番目立っていたのは……どこかにぶつけたのかと疑いたくなるような青アザが、顔にいくつもあったことだ。
「この症状は……随分前に猛威を振るった流行病の、モール病ね」
「流行病……?」
「ええ。モール病は、世界の各地で猛威を振るった恐ろしい病なの。この病にかかると、突然凄く高い熱が出て、動けなくなるくらい元気が無くなるの。それと一緒に、この青アザみたいなものが、体中に出てくるの」
「そんな……おじいちゃんは、助からないの……!?」
今にも泣きだしてしまいそうなカロ君の頭を優しく撫でながら、首を小さく横に振った。
「いいえ、大丈夫。この病は確かに怖いけど、治し方は昔の偉い人が見つけているわ。サリューっていう花に含まれる成分が、病の原因であるバイ菌をやっつけるのよ」
なるべくカロ君に心配をかけないように、わざと明るく振舞ってみせた。
……サリューが採れるシーズンがちょうど今なのだけど、採取できる場所には、サリューを好んで食べる、凶暴な熊が生息している。
しかも、ちょうど子供を育てる時期と重なるせいで、とても凶暴になっているし、サリューは栄養価が高いのもあってか、子供に与えてしまう。
それもあって、サリューは市場にはほとんど出回らないし、あったとしてもとても高価で、貴族やマグナス様のギルドのような大手の薬師ギルドが買い占めてしまう。
……とりあえず、一度ギルドに戻って、みんなに相談してみよう。
****
「なるほど、モール病ですか……」
特に何事もなくギルドに帰ってきた私は、製薬班の皆に事情を説明すると、揃って難しい表情を浮かべていた。
良くも悪くも、モール病は広く出回っている病だから、その治し方や、サリューを手に入れる難しさがわかっているということだ。
「この時代に、モール病にかかるとは信じられないっすね……」
「帰る前にカロ君……依頼人の男の子から聞いたのだけど、患者はかつて商人をしていて、世界の各地を旅していたそうです。その旅の中で生き残っていたモール病の病原体が体内に入りこみ、潜伏していたと思います」
「その可能性が一番高いでしょうね。モール病の潜伏期間は個人差でとても大きく左右されると、文献に書かれているのを見たことがあります。人によっては、何十年も潜伏するとか」
さすが製薬班の主任を務めるだけあって、レージュ様はとても博識だ。私が説明をする前に、しっかりと説明をしてくれたわ。
「でも、このままじゃその患者は長くは持たないんだろ? そんなことになったら、カロは一人ぼっちになってしまうじゃないか! ギルドの代表として、見過ごせないぜ!」
「ええ、その通りだわ。だから、なんとかしてでも助けてあげたい……けど……」
口で言うのは簡単だけど、肝心のサリューを手にれる術が私達には無い。
「うちが贔屓にしている商人で、サリューを扱えるような商人はいません。他の商人が持っていたとしても、売ってくれるかどうか……」
素材の仕入れを担当している事務の女の子が、悲しそうに眉尻を下げていた。
誰からも買えないのなら、あとは自分達で取りにいくしかないけど……本来サリューを手に入れるのには、何人もの手練れの兵士を連れてじゃないと不可能と言われているくらい、危険なことだ。
「よし、わかった。俺が――」
「却下だ」
「おいおいレージュ! 俺の言葉を最後まで聞く前に拒否するなって!」
「お前のことだ。自分がサリューを採りに行く、自分は強いから、野生動物程度に後れは取らないとか言いたいのだろう?」
「な、なんでわかるんだよ……エリシアもレージュも、俺のこと大好きかよ」
「大好きかは置いておくが、何年付き合いがあると思っている。それくらい、手に取るようにわかるに決まっているだろう」
軽口で何とか誤魔化そうとしたみたいだけど、それでレージュ様を誤魔化すことは出来なかったようだ。
「そ、それなら私がサリューを使わないで治す方法を探します! きっと諦めなければ……!」
「それが絶対にうまくいく保証は? モール病が大流行していた時代に、いくら研究してもサリューを使う以外に治す方法が無かったものを、どうやって探すのですか? それに、たった一件の依頼のために、全ての仕事を放りだすのですか?」
「ほ、他の仕事だってちゃんとやります!」
「なるほど、素晴らしい心意気ですね。しかし、それをするには、相当無理をしないといけないでしょう。それでもしあなたが倒れてしまったら、その後どうするのですか?」
「……それは……」
レージュ様が言っていることは、あまりにも正論だ。そして、それは嫌がらせで言っているのではなく、私とサイラス様、そしてギルドのことを考えて言っている。
だから、私はそれ以上、レージュ様の言葉に反論できなかった。
「エリシア様の気持ちも、サイラスの気持ちも、痛いほどよくわかります。僕としても、その少年と老人が、これからも幸せに過ごしてほしいと思っています。しかし、一人に固執してギルド長を失い、他の職員を路頭に迷わせるわけにもいきませんし、大切な仲間を犠牲にすることを承認するわけにもいきません」
「くっ……でもよ! たった一人を救えないで、沢山の人を救えるようなギルドになれるわけないだろ!」
「精神論で言えば、その通りだろう。だが、現実はそう甘くはない。サイラス、お前はギルドの長なんだ。真っ直ぐな正義の心は、いつの時代でも大切だが、上に立つ者として、切り捨てることも覚えろ」
「………………俺、部屋に戻るよ」
サイラス様は、まるで別人なくらい暗異表情を浮かべながら、静かに部屋を後にした……。
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