フルと遷姫
〈灯籠に汝が魂覗く生靈祭 涙次〉
【ⅰ】
善人・山城太助* が久方ぶりに「開發センター」の牧野を訪ねてきた。「だうしてたんだい?」と牧野が訊くと、「いや、色々ありまして」と齒切れが惡い。「仕事、辞めたんですよ。辞めざるを得ない理由があつて」‐牧野が茶を勧めると、「要らない」と云ふ。「一体だうしたんだ?」‐「手足が震えるのです。それを職場の上司に見咎められまして...」‐「震へ?」‐「だうやら『ロールパン』に一泡吹かせられたらしく...」‐「それは、具体的にはだう云つた話?」‐「夢の中で、奴が話をしやうと云ふ。珈琲を出してくれました。だが、その珈琲には毒が入つてゐた...」‐牧野(それで俺の茶を拒否したのか‐)
* 当該シリーズ第84話參照。
【ⅱ】
「さうかあ」牧野深い溜め息。「ロールパン」は先日(前回參照)自らの主宰する黑ミサを、カンテラ一味に無茶苦茶に荒らされてゐる。一味に近い(最近近くなつたと云ふべきか)山城に、見当違ひだが、報復行為をしたつて譯だ。カンさんに報告しなくちやな。牧野は思つた。
【ⅲ】
「僕の友達」と牧野は切り出した。「善人になつた【魔】の山城太助が、『ロールパン』から危害を加へられてゐるみたい、なんです」‐カンテラ「それは由々しき事だな。だが山城さんは依頼料拂ふ程、カネ持つてゐないだらう?」‐「さうなんですよ。それで、僕が、私闘になるんですが、『ロールパン』と話をつけに行つてもいゝか、と、カンさんに訊きたくて...」私闘は、一味の掟で禁じられてゐるのである。だがカンテラは「この場合に限るけど、フル、仕返ししてやんな」‐牧「いゝんスか?」‐「その替はり、出來る限りの事をしたら、すぐさま魔界から帰つて來るつて、約束してしてくれ。きみも今や『開發センター』の方では、重きを為してゐる存在だ」‐「分かりました。有難うございます」
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈黄泉の水飲めば忘れる失戀の痛手と云ひし黄泉へと降りる 平手みき〉
【ⅳ】
牧野は拳銃は2丁持つて行く事にした。替への彈丸も持つ。それで、カンテラの「修法」で、「ロールパン」の夢に潜入出來るやう、取り計らつて貰つた。だが、「ロールパン」はその動きに気付いてゐた。* 水晶玉の魔術で、牧野の動向を見張つてゐたのである。「ふん、たかゞチャカ2丁。何程の物でもないわ」‐「ロールパン」は大層な古物の、鎧・兜を何処からか引つ張り出して來て、それを身に纏つた。だが、大時代と嗤ふ勿れ。この鎧・兜には、「ロールパン」の先祖傳來の「念」が染み付いてゐる。
そして、夢に潜り込んだ牧野‐「ロールパン」の格好を見て、思はず笑つてしまつたのだが、それも脊景を知らないからこその笑ひなのだつた。「だうした、牧野。撃たんのか?」
* 当該シリーズ第74話參照。
【ⅴ】
「云はれなくたつてやつてやらあ」牧野は拳銃を乱射した。だが、彈丸は悉く彈き返されてしまふ。「こ、これは...」‐「今更気付いても遅いわ。さあ、皆のもの、この莫迦な人間を一人、血祭りに上げるんだ‐」‐「ロールパン」配下の者たちに毆る蹴るの暴行を受けた牧野、氣絶してしまつた... と、牧野の氣絶と云つたら、忘れてはいけない事が。「龍」と「龍」の精・謝遷姫が牧野の體外に出て來たのである。
遷姫「ふる... 可哀相ニ。コンナニボロ屑ノヤウニナル迄痛メツケラレテ...」遷姫は「龍」に命じた。「『龍』ヨ、コノ痴レ者タチヲ血祭ルニ上ゲルノダ!」久し振りに「龍」の大暴れ、である。その間に、遷姫は牧野に気付け藥のラム酒を呑ませ、牧野は何とか意識を取り戻した。「あれ? 遷ちやん、と云ふ事は、俺、氣絶してたんだな、面目ない」‐「今、『龍』ガオ主ノ意趣返シヲシテイルトコロダ」‐「助かつたよ。何せチャカが利かない」‐「ロールパン」は、牧野と「龍」の結び付きを知らなかつた。自慢の鎧・兜も「龍」にばりばりと嚙み砕かれ、(だうせ蘇生するのだらうが)一時的に、あの世行きとなつた。
【ⅵ】
ところが遷姫、持ち前の浮気性、と云ふか多情多恨氣質のお蔭で、牧野の事が氣になつて仕方がない。許婚者・金尾にはいゝ迷惑だが、最近カツコいゝところを遷姫に見せてゐないので、致し方ない。遷姫は牧野の無鉄砲さが氣に入つてしまつた。
遷姫、牧野を膝枕する事約10分間、その間に冷靜さを取り戻し、「ハッ、イケナイイケナイ」金尾の事を思ひ出したのである。だが、その日から遷姫の中で、牧野と云ふ男が息づき始めたのも、確かなのだつた。
【ⅶ】
牧野、人間界に帰つて來て、まづカンテラに報告。「何とか、遷ちやんのお世話になりながらですが、報復して參りました」カンテラ「これで氣が濟んだかい?」‐牧「はい。だうもお世話をお掛けしました」。カンテラは、これも仕返しとばかりに、一部始終を水晶玉で見てゐた。例の遷姫の浮気性も見てゐた事になる。何となく、金尾のゴーレムも使つてやらねば、フィアンセ同士、喧嘩と云ふことになり兼ねないなー、と思つた。よし、今度魔界に下りる事があつたら、金尾を連れて行かう、しかも* 夜。‐と同時に、すつかり人を使ふ事に慣れ切つて、己れの技を磨くのが疎かにならぬやう、固く自戒したカンテラだつた。
* 当該シリーズ第39話參照。
【ⅷ】
山城「フルさん、體内に龍を飼つてるんですつてね」‐牧野「誰に聞いたの?」‐山「いや、昔友達だつた【魔】からなんですが... 凄いぢやないですか」‐「いや、そんな、改めて云ふ程の事はないよ。兎に角、『ロールパン』退治が出來てよかつた」‐「依頼料、分割でいゝですか?」‐「え?」‐「只で報復代行して貰ふなんて、厚かまし過ぎますからね」‐牧野(これも善人化の効果か‐)「まあ、さう云ふ事なら、うちの金庫番・金尾に云つて置くよ」
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〈情熱を蘇らせよ蘭の花 涙次〉
さて、だうなる牧野と遷姫。遷姫の思ひが一過性のものだつたら良いのだが...。と云ふ譯で、要ウォッチなのだつた。お仕舞ひ。




