番外編『それは温もりに似ている』
その日はこの冬一番の寒さだったことを憶えている。
父さんと母さんが事故で死んでしまった。
お通夜とお葬式が終わり、私たち双子の引取先をどの家にするか、親戚中が揉めに揉めた。傍から見ても顔をしかめる醜悪さだったと、心配して付き添いをしてくれた学校の先生が後で教えてくれた。
揉めた理由は父さんと母さんが駈け落ちしたからだ。
母さんの実家はそこそこ大きな財閥らしく、現代の日本にはあるまじき身分差別の激しい家だった。
父さんを含む私たちを見下し、娘を奪った憎い敵と罵られた。
その憎い相手を引き取らなければならない。彼らには到底受け入れがたいらしく、信じられないことに半年ごとに親戚中をたらい回しにされることで話がついた。
今も言い争う大人の声が耳に残っている。だったら、引き取らなければいいのにと思うけど、私と双子の弟の大地はまだ小学生で、誰かの世話がないと生きていけない。大地と引き離されることを思えば、我慢するしかなかった。
半年ごとに変わる住所。冷たい空気に冷たい食事。親戚の子どもたちからの苛めも酷くて、酷い時はご飯を抜かれる。
訳の解らないままに全てを奪われて、外に放り出されたようなものだ。
私と大地はいつもご飯を分け合って食べて、寒い時は二人で暖めあった。
痩せて細くなっていく私たちを見兼ねて、学校の担任の先生が家を訪問して来て、私たちを連れ出して先生の自宅に連れて来た。
先生はとても優しい人で、いつも心配していてくれたのだ。
疲れ果て表情の無くなった私たちを抱きしめ、そして私たちの代わりのように涙を零した。
「何もできない腑甲斐ない大人たちを許してくれ……」
あの卑怯で狡い親戚の連中から私たちを連れ出して、暖かな腕で守ってくれたのは先生なのに、何もできないと泣いてくれた。
「これからもっと辛く厳しい現実が、君たちを容赦なく打ちのめすだろう。心折れるような裏切りや、死にたくなるような仕打ちに泣き叫ぶこともあるかもしれない」
再び先生は、私たちをぎゅっと抱きしめた。
「それでも、生きるんだ」
そして又一つ涙を零した。
「いつか出会うたった一人の誰かのために生きろ。その時まで、僕が君たちを愛している」
そう言って微笑んだ先生は、私たちが中学にあがった一年目に病で倒れ死んでしまった。
置いていってしまうことを最後まで悔やんでも、亡くなる寸前まで家族のように愛してくれた先生。
暗く冷たい世の中で、誰よりも私たちに温もりをくれたことを、私はずっとずっと忘れない。
今日私たちは高校生になったよ、先生。
あれからいろいろあったけど、私と大地は元気です。
「綾、急ぐぞ。入学式に遅刻する」
「うん。式終わったら、先生のとこ行こうね。報告しよう」
「そうだな」
雲一つない青空。暖かい日差しを浴びながら、桜の花びらが舞う道を歩いた。 春の暖かな日差しは、あの日先生がくれた温もりに似ていた。