閑話:優しさとナンパは紙一重・後編
「例えば?」
「山とか森みたいな大自然。町や村にある人の和。私の世界にもまだ残ってるけど、根底にある大切な何かを失っています。それがこの世界にはあると思います」
記憶に浮かぶのは、膝を抱えて泣いている自分。周りは卑怯な人間ばかりだった。
「森に辿り着くまで草原をひたすら歩いていたんですけど、大きな青空に続く光景に心が躍るなんて初めて知りました」
どんなに辛くても、世界はとても美しい。そこにあるだけで、自分を優しく静かに受けとめてくれる。
ちょっと恥ずかしいことを言ってしまった。
王子が何かすごい優しい顔で見つめてくるんですけど。
あーあーいいですよね美形は。ちょっと優しい顔するだけでも絵になるんだから!
目をそらして顔を背けたら、何故だか頭を撫でられた。
「アヤはいい子だね」
「は? っていうか子どもじゃないんだから止めて下さい」
なでなでしてくる王子の手を振り払うと、じっとりとヒーリアさんとシシリアさんの視線を浴びた。私が悪いんかいっ。
「殿下、隣室に夕食のご用意ができました」
「分かった。じゃあ行こうか」
王子はソファーから立ち上がり、隣に座っていた私に手を差し伸べた。
一瞬手を取るか悩んでしまう。拒否するのもおかしいので、私は右手をその手に乗せた。
にこりと笑う王子。そしてそれに鳥肌が立つ私。そんな私と王子を見守る? 部下二人。なんとなく複雑だ。
とにもかくにも美味しくご飯を頂き(超豪華)、あてがわれた客室に戻ろうとした時だった。
「ちょっとお茶でもしない?」
「……えーと」
「ここのお茶菓子美味しいよ?」
「……それじゃあちょっとだけ……」
お茶菓子に負けた気はするが、ヒーリアさんが入れてくれたお茶を飲んで一息吐いた。騎士っぽいのに、やけに茶器を扱う姿がしっくりくる。沈黙が流れたけど、そんなに苦にならないのが不思議だった。
まったりとした空気が流れて、私がお茶を飲み干した時だった。
「後数日で城下町に入る。その後城に入って生活するとなると、アヤがこれまで生活してきた世界の環境とは全くと言うほど変わると思う。きっとアヤの持ち合わせている常識や価値観は当てはまらない。城では用心してほしい。全てを疑えとは言わないが、基本的に私たち三人以外を信用しないでくれ」
思わず王子の顔を見ると、ふっと苦笑した。
「今はちょっと微妙な時期でね」
「……そんな時期に見も知らぬ私を城に入れ、面倒を見てくれるんですか?」
「これでも人を見る目はあるつもりだよ。アヤは大丈夫」
「……楽天家ですね……」
そう言った瞬間、ヒーリアさんたちに少し睨まれた。だってそうでしょ? 王子なのに全くの赤の他人をすぐに信用して城に入れるんだから。
そして王子は、ドアの側にいた私に近寄ると、突然私の頬を両手で包み、両目を真直ぐに見つめてきた。
「……大丈夫。信じて。私はアヤを一人にしない」
王子はその大きな手で私の頬を包んで、優しく笑いかけた。
顔にかっと血が昇る。赤くなったのが自分でも分かった。
「……! そ、そんなの分かりませんよ! 大体一人にしないなんてセリフ、恋人にでも言えば!?」
私は王子の手を顔から振り払って、客室に駆け込み鍵をかけた。
ドアを背にしてずるずると座り込み、今さっきまで王子の手があった頬に自分の手をあてる。
熱い頬は私が真っ赤な顔であることを思い知らせた。
「ナンパ王子め……! 歩く凶器かっての……!」
あぁ、明日からがまた思いやられる。私の心を見透かしたようなナンパ王子を相手にしなければならないんだから。
頭を振って立ち上がり、もう今日は寝ることにした。明日のことは明日考えよう。
それにしても。
王子ってやつは油断ならない生き物だ。